第24話 覚悟と『開錠』
―――ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ………!!!
サンドリーチェの失われた左腕から巻き起こる魔力の奔流は―――巨大な『嵐』となっていた。
それに飲まれようものなら、人間など決して原形を保てないであろうことが一目でわかる『暴威』。
それが今―――
「はぁっ……!!
はぁっ……!!
はぁっ―――!!」
満身創痍に近い状態のアリーチェの前で、吹き荒れていた―――
「これで終わりよ、アリーチェ。
今の貴女には『これ』を『掌握』することも、『消失』させることも出来ない。
仮に出来た所で―――もはや貴女に戦う力は残されていない」
サンドリーチェは、淡々とその『現実』を口にする。
「貴女を始末した後、すぐにスリーチェとグリーチェも後を追わせるわ。
母様も待っているであろう『天国』で―――どうか、仲良く暮らしてちょうだいね」
とても美しく―――冷たい笑みを浮かべながら、彼女は『別れの言葉』を妹へと告げた。
「さようなら―――
かつての私の『希望』達―――」
そして―――――
「 《ルイン・テンペスト》」
ぽつりと唱えられた『魔法名』と共に―――『それ』は放たれる。
「―――――っ」
アリーチェは最後の力を振り絞るように掌を前方へと向けた。
だが、その『破滅の嵐』は―――
『掌握』されることも『消失』されることもなく―――
―――ゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!
アリーチェを―――飲み込んだ。
それを見届けたサンドリーチェは、その隻眼を静かに閉じるのだった―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『破滅の嵐』が放たれる、少し前―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「スリーチェちゃん、実はね―――本当に『魔力値』が無かったのは、貴女の方だったの」
「え―――――?」
目の前の姉からの言葉に、スリーチェは戸惑いの声を上げた。
「アナタがまだお母様のお腹の中にいた時、お母様は病にかかってしまったの。
それは魔力が――つまりは『生命力』が一切作り出せなくなる病。
体内の魔力を生み出す器官に異常が起きることで発症するこの病に治療法は存在せず、罹患してしまえば1週間と持たずに魔力は枯渇し、死に至るといわれていたわ。
そしてその病は―――お腹の中の貴女にも発症していたの」
「な―――――!」
突然告げられたその事実にスリーチェは頭の整理が追いつかず、ただただ混乱するばかりであった。
そんな混乱する頭の中で、当然の疑問が思い浮かぶ。
ならば何故、自分は今こうして生きているのか―――
「アリーチェちゃんのおかげよ」
スリーチェの頭の中に浮かんだその疑問に答えるように、グレーテリーチェは語り出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それは『ヴァール大戦』が始まる直前の時期―――
その日、ガーデン家の屋敷の医療室の中には、彼女らの親族だけが集まっていた。
ベッドの上に憔悴した様子で伏せる女性―――マリアリーチェ=ハルジオン=ガーデン。
そんな彼女を無力感に苛まれた表情で見つめる夫―――ヴェルダンテ=サンライト=ガーデン。
父親と同じ表情をしながら項垂れる長女と次女―――サンドリーチェとグレーテリーチェ。
そして、サンドリーチェの両腕に抱かれている、去年生まれたばかりの三女―――アリスリーチェ。
「ごめんなさいね―――
貴女を産んであげられなくて―――」
目の端に涙を浮かべたマリアリーチェがお腹に手を当てそんな謝罪を零し―――傍にいたヴェルダンテやサンドリーチェ達が、唇を嚙みしめた―――
その時―――
サンドリーチェの腕に抱かれている幼いアリーチェの小さな掌が、マリアリーチェへと向けられ―――
―――シュァァァァァアアア………!!!
突如として―――
マリアリーチェの身体が、温かな光に包まれた―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「当時まだ1歳にも満たなかったアリーチェちゃんは―――お母様と、お腹の中にいる貴女に魔法をかけた。
魔力―――すなわち『生命力』を自らの身で創り出させる『恒常魔法』―――
《ジェネレート・アライブ》」
『恒常魔法』―――それは魔力を消費することなく、常に発動し続ける魔法。
それにより、失った身体機能の補助や代替をすることが出来るというもの。
しかし、その代償として―――
使用者は、『魔力値』の上限が著しく低下してしまう―――
「ま、さか―――」
「そう―――アリーチェちゃんの『500』というあり得ない程の低『魔力値』は―――その『恒常魔法』を今も使用し続けているからなの。
スリーチェちゃん、貴女を生かす為に」
スリーチェの両目が見開かれていく。
「アリーチェちゃん自身は、この事を全く覚えていないわ。
恐らく、これはあの時周りの悲しみを感じ取ったあの子が、無意識のうちに発動したものだったのでしょう」
「あの子はずっと、自身の低『魔力値』は生来の体質によるものだと思っているわ」と話すグレーテリーチェを、スリーチェは呆然と見つめていた。
「最初、アリーチェちゃんはお母様とお腹の中の貴女、2人に対してその魔法をかけ続けていたわ。
けれど、『生命力』を創り出すという余りにも高次元なこの魔法は、本来であれば1人に対してでも全魔力を使い切らなければ発動できないような代物。
それを2人分だなんて、幼いアリーチェちゃんが耐えられるはずがなかった。
お母様は病から解放されたけれど―――代わりにアリーチェちゃんはどんどん衰弱していったの」
「っ………!」
スリーチェは、自らの掌をぎゅっと握り込んだ。
「だからお母様は―――貴女を産むと同時に、アリーチェちゃんの魔法を『開錠』したのよ」
「『開錠』――それって―――!」
グレーテリーチェがコクリと頷く。
「自らの身にかけられた『恒常魔法』を自らの意志で解くこと。
それにより使われていた魔力はアリーチェちゃんの元へと還元された。
そして―――」
グレーテリーチェは、スリーチェの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「『生命力』を創り出す魔法を解いたお母様は―――命を落とした」
「―――――――っ」
スリーチェは呼吸をも忘れ、息を飲んだ。
「けれど―――魔力が還元されてもなお、アリーチェちゃんの『魔力値』は『500』という常人を遥かに下回る数値にしかならなかった。
これはおそらく、アリーチェちゃんが使用した魔力の大部分は2人の内、お腹の中のスリーチェちゃんの方に大きく割かれたからだと思われるわ。
何せ、お腹の中の胎児に対してかけられるものですもの。
未成熟な肉体でも耐えられるような、繊細な魔力調整が必要だったのでしょうね」
「………………………」
スリーチェは、もはや何一つとして言葉を発さなくなっていた。
そんな彼女の様子を見つめながら、グレーテリーチェは話を続けた。
核心に触れる話を―――
「スリーチェちゃん、さっきわたしが聞いたこと―――覚えてる?」
『アリーチェちゃんの為に―――全てを擲つ覚悟はある?』
先ほどの問いが、スリーチェの頭の中に響く。
彼女にはもう、目の前の姉が何を言いたいのかが分かっていた。
「きっと今の貴女なら―――自らの魔力の『源』に強く意識を向ければ、自分の意志で『開錠』が出来るはずよ。
それでアリーチェちゃんに魔力を還元させれば―――あの子を助けることが出来るかもしれない。
ただし―――――」
彼女達の母親、マリアリーチェがそうだったように―――
スリーチェも―――命を落とす。
自身の命と引き換えにすれば―――
最愛の姉を―――助けられるかもしれない。
全てを理解したスリーチェは―――
「グリーチェお姉さま―――――」
はっきりと、告げた。
「そのような覚悟―――毛頭ございませんわ」
一切の迷いもない、『否定』の意志をスリーチェは示した。
「アリーチェお姉さま―――そしてお母様に望まれて産まれたこの命。
何故―――それを捨てることなど出来ましょうか」
彼女は決して望まない。
自らの命を差し出して姉を助けることなど。
スリーチェが命を差し出してでも救いたいと願う最愛の姉は―――命を差し出すことなど、死んでも望んだりしないから。
「わたくしにあるのは―――わたくしの全てを擲ってでも、お姉さま達と共に生きるという覚悟ですわ!!!」
その言葉を聞いたグレーテリーチェは―――
「百点満点よ―――スリーチェちゃん」
とても満足そうな笑みを浮かべ―――スリーチェを抱きしめた。
「グリーチェ、お姉さま―――?」
困惑の声を上げるスリーチェに、グレーテリーチェは優しく声をかける。
「大丈夫、スリーチェちゃん。
貴女は―――わたしが絶対に死なせない」
「―――――!」
その姉の言葉に―――スリーチェの心から、あらゆる不安が消え去る。
「だから―――ね?」
「はい―――!
グリーチェお姉さま―――!」
スリーチェは、胸の前で手を重ね合わせた。
そして――――
上空で『破滅の嵐』が放たれたのと、ほぼ同時に―――
スリーチェは、静かに呟いた。
「『開錠』―――」




