第23話 アリーチェとスリーチェとサリーチェと―――
「アリーチェお姉さま……
サリーチェお姉さま……!」
スノウ=ホワイリーチェ=ダリア=ガーデンは2人の姉の戦いを、決して目を逸らさずに見続けていた。
その上空の戦場は彼女がいる場所から遠く、ここから2人の表情などを確認することは出来ない。
それでも、スリーチェには分かってしまう。
アリーチェが―――既に限界に近いということが。
スリーチェは『ギュッ……!』と掌を握り締め―――
「トリスティスさん、バニラさん―――ごめんなさい」
「―――?」
「え―――?」
すぐ傍にいるトリスティスと、彼を共に護衛していたバニラへと声をかけた。
突然の謝罪に2人が戸惑いの表情を浮かべた、その直後―――
「少しだけ―――この場を離れます!」
―――ダッッ!!!
スリーチェは―――全速力で駆け出した。
「なっ、おい―――!?」
「スリーチェさん―――!?」
トリスティスとバニラが焦りの声を上げ―――
「お、お嬢様―――!?
くぅッ―――!!」
スリーチェのお付き、プランティもそれに気付くが―――相手にしている最中の『水晶ゴーレム』と魔物の群れに、動きを阻まれてしまう。
そんな周囲の声を置き去りにして―――彼女は目指す。
2人の姉の元へ―――!
「お姉さま―――お姉さまっ!!」
自分が2人の元に辿り着いた所で、出来ることなど何もない。
あの凄まじい戦いに、自分が関われるわけがない。
そんなことは分かっている。
それでも、スリーチェは走った。
彼女達の妹として―――
家族として―――ただ2人の戦いを見ているだけなど、出来るはずもなかった。
そして、2人の姉による戦場のすぐ近くにまで辿り着き―――
「アリーチェお姉さまぁっ!!!」
声を、張り上げた―――
「っ―――!?
スリーチェ!?」
突然聞こえて来た妹の声に、上空にいるアリーチェの表情が驚愕に染まる。
「どうかこちらまで来てください!!
お姉さまの体力を回復しますわ!!」
こうしている今もなお、上空では吹き荒れる嵐の如く魔法の応酬が行われている。
すぐ目の前で災害が起きているかのような状況で、それでもスリーチェは震えを押し殺し、叫んだ。
「わたくしも―――わたくしも一緒に戦います!!
お姉さまだけに全てを押し付けることなんて―――わたくしには出来ません!!」
そんなスリーチェの姿を横目に見ながら―――それでも自身へと襲い来る魔法の『掌握』を行いながら―――アリーチェは焦燥と共に叫び返す。
「よしなさいスリーチェ!!
速くこの場から離れ―――――っ!!」
その叫びが―――途中で途切れる。
スリーチェの背後から迫る影に気付いたことで―――
「スリーチェ、後ろ!!
逃げなさいッッ!!!」
「え―――?」
スリーチェが振り返った、その瞬間―――
彼女の視界いっぱいに広がったのは―――『シルバー・ワーウルフ』の体躯であった。
その『白銀の人狼』の振り上げられた禍々しい爪が、スリーチェの身体を引き裂くのに0.1秒もかからない。
アリーチェは自身の負担も、サンドリーチェのことも忘れ―――絶望の表情で『それ』を見つめた。
そしてサンドリーチェもまた―――魔法を放つのを止めて『それ』を見つめていた。
魔物からの不意打ち―――皮肉にも、自身の偽りの死因を辿ろうとしている妹を―――
そんな2人の姉が見つめる先で―――
『白銀の人狼』の爪が、スリーチェへ振り下ろされる―――
その直前。
―――ヒュバァッッッッッッッッッ!!!!
「ギ―――――ッッッ!!!」
『白銀の人狼』の身体が―――両断された。
凄まじい速度でこの場へと駆けつけて来た、何者かが握る長剣によって―――
「こんな危ない真似しちゃダメでしょう―――スリーチェちゃん」
「え―――――?」
聞こえて来たその『声』は―――スリーチェがよく知っている人物のものであった。
「なんて―――わたしが偉そうに言える立場には無いんだけどね~」
「グ―――グリーチェお姉さま!!??」
『声』の主―――それはガーデン家次女、グレーテリーチェ=ガーベラ=ガーデンであった。
「ど、どうしてグリーチェお姉さまがここに―――!?
それに、そのお姿は―――!?」
スリーチェは突然現れたもう1人の姉の姿を、驚愕と困惑の目で見つめる。
糸目で朗らかな笑顔を浮かべる彼女の身体には―――アリーチェが纏っているものと酷似した『装甲』が装着されていたのだ。
「うふふ~、ガーデン家に送られてきたアリーチェちゃんのお手紙を見て~。
わたしも居ても立っても居られなくなっちゃったのよ~」
「アリーチェお姉さまの、手紙―――?
あ―――そういえばお姉さま、コーディス先生から伝書鳩の使用許可を―――!」
それは、スクト達による王都への魔物襲撃が起きる前―――
サンドリーチェと戦う意志を固めたアリーチェは、それまでの全てを書き記した書簡を、伝書鳩を用いてガーデン家へと送っていた。
それは『ヴィシオ領』でウィデーレ達も使っていたものであり、速達馬車よりも格段に早い時間で届けられ―――それが偶然ガーデン家へ戻っていたグリーチェの手へと渡ったのだった。
「それで~、今アリーチェちゃんが使っている『完成品』の前段階で作られた『試作品』の『アーティフィシャルフラワー』を、ちょっと借りて来たの~。
これって~、出力が高すぎて使用者の身体がもたないって代物だったんだけど~。
わたしの『身体強化魔法』で、無理やり耐えて来たのよ~」
「な、あ………!」
スリーチェはその返答に開いた口が塞がらなかった。
「そ、それじゃあ、グリーチェお姉さまはガーデン家のお屋敷からここまで―――走って来られたというのですか!?」
「うふふ~、『アーティフィシャルフラワー』の補助があるとはいえ、きつかったわ~。
途中で『スタミナ・ポーション』を何度もがぶ飲みしてきちゃった~」
普段とまるで変わらない口調で語られる無茶苦茶な内容に、スリーチェはそれ以上何も言えなくなってしまうのだった。
「まあ、流石にわたしも無茶だとは思ったけど~、無茶をするだけの理由は十分にあるもの~。
ねえ―――」
そう言いながら―――グレーテリーチェは、その糸目を開き―――
「サリーチェ姉さま―――?」
自らの姉の姿を―――その瞳に写すのだった。
「グリーチェ……まさか貴女まで現れるなんてね」
サンドリーチェもまた、その隻眼でこの場に現れた最後の妹の姿を見つめた。
「アリーチェちゃんの手紙に、全て書かれていたわ。
貴女がスクトさんと共に引き起こしてきたこと。
貴女が、アリーチェちゃん達の命を狙ったこと―――」
普段閉じられているその瞳の奥に―――明確な『悲しみ』を宿らせながら、グレーテリーチェは告げる。
「そうよ―――そして勿論、貴女もその対象となっているわ、グリーチェ。
貴女が来てくれたおかげで―――『抹殺対象』が全てここに揃った」
その悲しみの瞳から決して目を逸らさずに、サンドリーチェは答えた。
「これで―――本当に、全てを終わらせることが出来る」
そして―――魔法によって生成されたサンドリーチェの左腕から―――
―――シュオオオオオオオオオオ!!!
今までで最大規模の、魔力の奔流が巻き起こる。
「――――っ!!
グリーチェお姉様……!!
スリーチェを連れて……遠くに離れてください……!!
わたくしが―――わたくしが必ずサリーチェお姉様を止めて見せます……!!」
アリーチェは限界に近い己の身体をおして、グリーチェへと呼びかけた。
次のサンドリーチェの一撃で―――恐らくその限界を迎えてしまうであろう、という予感を覚えながら―――
「っ……!!
嫌―――嫌です、お姉さま!!
アリーチェお姉さま1人だけで、こんな、こんな―――!」
スリーチェは尚もアリーチェへと呼びかけるが、2人が上空にいる以上こちらからはどうすることも出来ない。
目に涙を浮かべながら、彼女は必死に叫ぶしかなかった。
そんなスリーチェへと―――
「ねえ、スリーチェちゃん―――」
グリーチェは、静かに語りかけた。
「グリーチェお姉さま!!
わたくしは逃げません!!
アリーチェお姉さまを1人になんて―――!!」
その時―――
眼を開いたグリーチェが―――スリーチェの瞳を真っ直ぐに見つめながら、問いかけた。
「アリーチェちゃんの為に―――全てを擲つ覚悟はある?」




