第16話 『意志』と『魂』
「《ヴァリアブル・コランダム-サファイア》」
アルミナが静かにその『魔法名』を唱えた、次の瞬間―――
―――ボッッッッッッッ!!!
彼女の姿が、消える。
髪の色を『青色』へと染めた彼女の『速さ』はもはや語るまでもない。
十数メートル先にいるスクトへと瞬きの間に肉薄したアルミナは―――
「はッ――――――!!」
右手に握る長剣の切先を―――容赦なく彼の胸へと突き出す!
しかし―――
―――ギィィィンッッッッ…………!!
「―――ッ!」
その切先は、1ミリたりとも突き刺さることはなく―――
まるで金属にでも衝突したような甲高い音を立て、胸の前で止まってしまうのだった。
「ふっ―――胸に鋼鉄板でも仕込んでいるのかい、スクト」
「そんなもの、貴女は豆腐のようにすっぱ切れるでしょうに」
互いに笑みを浮かべながら、そんな会話を交わした直後―――
「《ローバスト・ウォール-エッジ・ストーム》」
―――ヒュッ……ババババババババババババババババババババッッッ!!!
スクトの周囲に―――『刃の嵐』が吹き荒れた。
常人には影を追うことさえ出来ず、骨すら残さず細切れになっているであろうその『嵐』を―――
「うおっ――――とぉッ!!」
アルミナは一瞬の内に数十メートル後方へと飛び退き、避け切った。
「ははっ! 《エッジ・ストーム》とはな!
コーディスの《サーペント・ストーム》のパクリかい!?」
「リスペクトと言ってくださいよ。
貴女達はいつだって、僕の憧れ『だった』んですから」
「ふはは!!
そうかいッ!!」
軽い調子で言葉を交わしながら、アルミナは全神経を研ぎ澄ましながらスクトを見やった。
そして、静かに思考する。
やはり―――『組み換え』とやらの影響でスクトもこれまで以上にパワーアップしているな。
《サファイア》では傷一つ付けられないどころか、力任せに吹っ飛ばすことすら出来ないとは。
キュルル君の本体が巻き込まれないようにこの場から引き離そうとしたのだが、これは想像以上に―――
「それじゃ―――今度はこちらから」
アルミナの思考を遮り―――スクトは告げた。
「《アクセル・タイム》」
「―――――――え?」
その『魔法名』を聞いた瞬間―――アルミナの思考は『一瞬』停止した。
そして、その『一瞬』の間に―――
―――ヒュオッッッッッッッ!!!!
スクトは―――アルミナの眼前へと移動していた。
「《ローバスト・ウォール》」
肌が触れ合いかける程の至近距離から―――スクトの『防御壁』による刃が振るわれる。
「―――――ッ!!!」
―――バッッッッッ!!!
アルミナは凄まじい反射速度でその場から更に百メートル以上後方へと、一足飛びで瞬時に退避した。
だが―――――
「下がり過ぎでしょう。
そこまで驚きましたか?」
「――――!!??」
後方へと跳んだアルミナの―――『背後』からスクトの声が聞こえた。
アルミナが振り向くと同時に―――
―――ヒュバッッッ!!!!
『防御壁』の刃が、アルミナの四方から襲い掛かる―――
「―――るぁああああああッッッ!!!」
―――ゴッッッ!!!
「おっ――――!」
刹那―――アルミナの身体が弾かれたようにその場から吹き飛び―――『防御壁』の刃は虚空を舞った。
「咄嗟に僕の身体を蹴って、その反動で―――流石ですね」
スクトは回し蹴りを受けた脇腹を軽くさすりながら賞賛の声を上げた。
そして、弾き飛んだアルミナはザリザリと地面を擦りなから着地し―――顔を上げ、スクトを見つめる。
その表情に、先程までの余裕は微塵もなかった。
「今の、魔法は―――――!」
「ええ、そうです」
スクトは驚愕の表情を浮かべるアルミナへ、告げた。
「『時間魔法』ですよ」
「―――――――っ!!」
その言葉を聞いた、その一瞬だけ―――アルミナの顔から『勇者』の仮面が剥がれ落ちていた。
「そう意外な事でもないでしょう。
これまでだって、僕は得意魔法の『防御魔法』だけでなく『空間跳躍魔法』も使えていたのですから。
まあ、全部サンドリヨンのおかげなので偉そうな口は叩けませんけど」
改めて穏やかな口調でスクトは口を開く。
「《アクセル・タイム》―――僕の肉体の動作時間を加速させる魔法です。
なんて、わざわざ説明するまでもありませんかね。
何せこれは―――――」
スクトは、アルミナの目を見つめ―――
「貴女達の『元』仲間―――ベリルさんの得意魔法だったんですから」
「………………………!」
静かに、語りだした。
「貴女達『勇者一行』はベリルさんが引き起こした『ヴァール大戦』を止める為、この大陸へと渡って来た。
だけど、妙なことがある。
貴女達は何故―――『ヴァール大戦』が始まって『6年』も経ってから、この大陸に現れたのか?
それまでの間、貴女達は一体何をしていたというのか」
「………………………」
「勿論、ベリルさんから決別を突きつけられた後、目を覚ました貴女達はすぐにベリルさんの後を追ったことなのでしょう。
しかし、その時の貴女達は大層驚いたはずだ。
何せ―――――」
ニヤリ―――と、スクトの口端が弧を描く。
「目を覚ましたら―――『6年』の月日が経っていたのだから」
「…………………っ……!」
アルミナの息が、小さく詰まる音がした。
「ベリルさんは―――倒れ伏した貴女達に魔法をかけていた。
先程、僕が使った魔法の『逆』。
特定の人物の動作時間を停滞させる魔法―――《ステイシス・タイム》
それにより貴女達を『時間の檻』の中に閉じ込めていた、という事だったんですよね」
そこまで説明し終えたスクトは―――不意に笑みを消した。
「ああ、全く―――なんという半端者だったのでしょうか。
ベリル=ビーイングという人は」
「―――――!!!」
その言葉に―――アルミナは強く反応する。
「貴女達の存在は、間違いなく自分の目的における障害となることが分かっていたはずなのに―――貴女達の命は奪わず、『時間の檻』による足止めで済ませてしまった」
「―――スクト」
今まで誰も聞いたことのない、冷たい声がスクトへとかけられる。
「自ら決別を突き付けたというのに―――貴女達という存在を、完全に切り捨てることが出来なかった」
「スクト………!」
スクトは、尚も喋り続ける。
「その結果―――彼女は何一つ残せず、その命を無駄にしてしまった」
「スクト!!!」
スクトは―――断言する。
「とても―――憐れな人だった」
その直後――――
「スクトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
―――ボッッッッッッッッッ!!!!
凄まじい怒号と共に―――アルミナが地を蹴りだす。
それを見たスクトは『ふっ――』と口元に笑みを浮かべ、再び『時間魔法』を即座に発動する。
ああも感情的になってしまえば、その動きを読むことは容易い―――
スクトはそんな思考の元、目の前に迫るアルミナへ―――
『防御壁』の刃を振り下ろし―――!!
―――ヒュボッッ!!!
「―――!?」
瞬間、アルミナの姿がスクトの目の前から消え―――その気配が背後へと移った。
既に規格外に達している彼女の『速さ』が―――ここに来て更に増したのだ。
それでも、スクトに焦りはなかった。
《サファイア》では自分にダメージを与えることが出来ないのは照明済みだ。
そんな思考の元、振り向いた彼の目に映ったのは―――
髪の色を赤へと染めたアルミナの姿であった。
「―――ッ!!
《ルビー》!? この一瞬で切り替えを―――!?」
驚愕の表情を見せるスクトへ―――
「うおおああああああッッッ!!!!」
アルミナは、両手に構えた2本の長剣を―――スクトへと叩きつける!!
―――ガッッッッギィィィィッッッ!!!
スクトは、両手を交差させそれを防ぐも―――!
―――ドォオオオオオオオオッッッ!!!
「ぐッ――――おおおおおおおッッ!!!」
今度は―――その場に留まることは出来ず、スクトは凄まじい速度で弾き飛ばされた。
「―――っ!!
《ローバスト・ウォール》!!」
―――ザシュザシュザシュザシュッッッッ!!!
スクトは『マーナ山』でのフィルとの戦闘時のように、『防御壁』を地面へと突き刺すことで勢いを殺した。
地面へと着地したスクトは―――改めて、そのアルミナの姿を見る。
「ベリルが―――『何一つ残せなかった』?」
その『勇者』は―――
「違う!!!」
圧倒的な『意志』を込めた瞳で、叫ぶ。
「今ここに私が―――『彼ら』がいるのは、ベリルのおかげだ!!」
心の底から―――叫ぶ。
「『勇者とは、勇気を持つ者というだけじゃない―――勇気を与える者のことを言うんだ』!!
アイツが私に伝えたあの言葉のおかげで、今の『私達』があるんだ!!」
そして―――宣言する。
「お前を止めることで―――それを証明してやる!!!」
その言葉を受けたスクトは―――暗い『光』を宿した瞳で、告げる。
「ならば僕は―――全身全霊をもって、それを否定します」
両者は―――
「スクトォオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
「来いよ!!!
『勇者』ああああああああああああッッッ!!!」
『意志』と『魂』を賭けて、ぶつかる―――




