第15話 永遠の淑女と灰かぶり
《 - 5年前 - 》
―――ゴトゴト……ゴトゴト……
「……………っ…………」
揺れる馬車のキャビンの中で―――灰色の髪の少年が目を覚ます。
「スクト、気が付きましたか」
「う………サリーチェ……さん………?」
御者席からかけられた声に反応したスクトは、強い頭痛に頭が回らなかった。
「ここ、は………馬車の中………?」
「覚えておりませんか?
貴方はあの後、気を失ってしまったのですよ。
『超』高等魔法をアレだけ展開し続けたのですから、無理もありませんが……」
「あの後―――――っ!!!!」
その言葉で、スクトは思い出す。
『あの結末』を。
ウルルが―――消えてしまったことを―――
「うっ………くっ…………!
あぁ…………………!!」
「………………………」
その嗚咽の声に対し、御者席にいるサンドリーチェから慰めの言葉はない。
何を言っても―――今の彼の耳には、届かないであろうことが分かっていたからであった。
「もう少ししたら、休憩に入ります。
それまで、ゆっくりとしていてください」
それっきり、サンドリーチェから話しかけることはなく―――
その場には、スクトのすすり泣くような声がただ響くのみであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……あの後、どうなったんですか………?」
真夜中の平原の一画。
あれから数時間が経ち―――ようやく少しは頭が回るようになったスクトは、焚火の前に座りながらぽつりとサンドリーチェへ訪ねた。
「特に、これといったことは起きておりませんよ」
サンドリーチェ曰く―――ウルルが光となって消えた後、スクトは眠るように気を失ってしまったとのことであった。
先に彼女が言っていた通り、彼は『超』高等防御魔法を自身の限界を超えて展開し続けていた。
それに加え―――ウルルの消失。
その精神的なショックも加味すれば、むしろ意識を失わない方が不自然なぐらいであったのだ。
そしてサンドリーチェはその後、気を失ったスクトを『魔王城』最上層から運び出し、馬車のキャビンへと乗せ―――そのまま『魔王城』を後にしたのだった。
「………『魔王城』を離れる時、『ブラックネス・ドラゴン』の姿が再び見えましたが―――あの竜は、何もしてきませんでした。
ただ―――こちらをじっと見つめて来ただけでした」
「……………………」
ウルルの友達だったという、あの『黒竜』―――
あの竜も、ウルルが消えたことを知ったのだろうか。
あの竜は、彼らを見て一体何を思っていたのか―――今となっては、もう分からないことであった。
「………すみませんでした。
その隻腕の身で、僕をあの塔から運び出すなんて、とても大変だったでしょうに……」
「いえ、私はその気になれば『ゴーレム』を片手で持ち上げることが出来ますので。
貴方1人を運ぶくらいは余裕ですよ」
さらりとそんなことを告げるサンドリーチェに対して、「ははは……」と乾いた笑いを返したスクトは―――絞り出すように、口を開いた。
「ホント………僕は貴女に頼ってばかりですね………
あの『ナイフ』を使って……ウルルの『衝動』を鎮めて貰ったり……
ウルルを『魔王』の呪縛から……救ってあげたり……」
「―――スクト」
サンドリーチェの声に、スクトは反応しない。
「僕は……僕は何も出来なかった……!
あの子を……救えなかった………!!」
「―――スクト!!」
再び嗚咽混じりの声を上げるスクトに対し、サンドリーチェは強く呼びかける。
「あの子が言っていたことを忘れてしまったのですか?
貴方はウルルさんを救ったのです。
それを否定することは、貴方であっても許しませんよ」
「―――――っ!!」
『救ってくれたよ』
『ベリルに出会って―――
そして、スクトとサリーチェに出会って―――気付いたの。
ボクは……ウルル=ガーネットは幸せだったんだって』
『大好きだよ―――スクト』
ウルルの言葉が、スクトの耳に蘇る。
その声を思い出すと共に―――スクトの目から、涙が零れ落ちていく。
「こんな……こんな終わり方しか、無かったんですか……!?
僕は……僕は、こんなの………!
こんな………!!」
「………………………」
涙を流し続けるスクトを、サンドリーチェは何も言わずに見続ける。
今はただ、このまま気持ちを吐き出させ続けるべきだと彼女は思った。
いつかはこの悲しみを乗り越え、立ち上がる時を待って―――
「―――僕なんかじゃなければ良かったんだ………」
「え?」
そのぽつりと落とされたその言葉に―――その声の『冷たさ』にサンドリーチェは思わず震えた。
「あの子と出会ったのが、僕でなければ―――いや、そもそも……僕なんかが『勇者一行』に選ばれたこと自体が間違い―――」
「っ!!
スクト、止めなさい!!」
サンドリーチェは彼女らしからぬ大声を上げた。
「先程も言ったでしょう!
そのような物言いはウルルさんに対する侮辱――――っ!!」
サンドリーチェは―――言葉を失った。
その時のスクトの『瞳』に。
その『瞳』に映る『闇』の深さに。
それを見て―――彼女は思ってしまった。
この少年は―――帰ってこれない、と。
自分を許すことが出来ず―――失意の内に、自分で自分を『壊して』しまう、と―――
「僕なんかが―――居なければ――――!!」
だから…………
だから―――――!
「スクト―――世界の『仕組み』を壊す方法があります」
「―――――え?」
突如として告げられた不可解な言葉に―――スクトはサンドリーチェへと目を向ける。
そしてスクト自身は気付いていないだろうが―――その目に若干の『光』が戻ったことを確認したサンドリーチェは、静かに告げた。
「『魔王城』最上層で『オリジン・コア』の掌握作業を行おうとした、その瞬間―――私の頭の中に『知識』が流れ込んできました」
「『知識』―――?」
その言葉でスクトは思い出す。
サンドリーチェが『オリジン・コア・レプリカ』にナイフを突き立てた時、彼女が驚愕の表情で固まっていたことを。
「あの『塔』の本当の名は―――『ラ・ディヴィーナ・コンメディア』。
1人の『淑女』が『伴侶』の元へと至る為に造り上げた『道しるべ』です」
「え、え―――?
1人の『淑女』―――?
『道しるべ』―――?」
サンドリーチェが何を言っているのかさっぱり分からず、スクトはただ困惑の声を上げるばかりであった。
「その『淑女』の血を引く私になら―――ベリル=ビーイングと同様のことが出来ます。
いえ、もっと『根本的』な解決―――『オリジン・コア』の破壊を行うことさえ」
「―――――!!!」
その言葉に―――スクトは強く反応した。
『オリジン・コア』の破壊―――ウルルにあのような運命を背負わせた、この世界の『仕組み』を司る存在の、破壊―――
「ウルルさんは―――もう『魔王』が生まれることのない世界にしたくて、その身を犠牲にしました。
しかし、それも絶対の保証があるわけではありません。
この世界の『仕組み』が―――『オリジン・コア』がある限り、『次の魔王』が生まれる可能性は、依然として残っております」
「……………………」
サンドリーチェの言葉を聞きながら―――スクトは静かに掌を握りしめた。
「ですが、『それ』を行う為にはベリル=ビーイングと同等の―――いえ、彼女よりも更に重い『業』を犯さねばなりません。
そして何より―――『あの子』の想いを踏みにじることになります」
「………………………」
「その覚悟があるのなら―――私は貴方を連れて往きます。
もう二度と、『魔王』が生まれることない世界へ」
スクトは―――俯いたまま、黙り込んだ。
ぱちぱち……という、焚火の音だけが、ただひたすらに静かな空間に響き渡る。
そして、決して短くない時間が過ぎた後――――
顔を上げたスクトは―――――
「詳しい話を――――聞かせてください」
その瞳に―――暗い色をした『光』を宿しながら、口を開くのだった――――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「では…………!
では、これまでの全ては―――!」
アリーチェは―――全てを語った姉を見つめ、声を上げていた。
「そう―――私が始めたこと。
絶望の淵に堕ちた『彼』を―――立ち上がらせる為に」
その『淑女』は―――決して揺るがぬ瞳で、告げる。
「サリーチェお姉様、貴女は―――!」
「サンドリーチェ=コスモス=ガーデンは死んだ」
その『淑女』は―――その隻眼に、スクトと同じ暗い『光』を宿しながら、告げる。
「私は『彼』を待つことが出来ず、煉獄山を下りた。
地獄へと堕ちた私はもう―――『永遠の淑女』ではない」
『堕ちた淑女』は―――ただ、告げる。
「私はサンドリヨン。
『嘆きの灰』が降り続ける『彼』のそばに寄り添う『灰かぶり』」
そして――――
「だから―――アリーチェ」
『淑女』が、右腕を掲げると同時に―――
―――シュオォオオオオオオ………!!
存在しないはずの『左腕』が、眩い光と共に生成され―――
「貴女とも―――これで、さよならなの」
―――ゴォオオオオオオ………!!!!
その両腕に―――魔力の奔流が巻き起こる。
それを見た、もう1人の『淑女』は――――
「ええ―――分かりました」
とても落ち着き払った声で―――同じく、告げる。
「わたくし、アリスリーチェ=マーガレット=ガーデンが―――これより、サンドリーチェ=コスモス=ガーデンを弔います。
来なさい―――サンドリヨン」
その言葉と共に―――
―――ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!
この場の空間を揺らす程の、魔法の嵐が吹き荒れた―――




