第14話 彼と淑女と地獄
「聞きたいことは、これで終わりですか?」
「……ああ、もう十分だ」
先程までの怒りに満ちた声から一変、アルミナはとても冷静な声色で応えた。
そして、自らの両腰に差していた鞘から、音もなく剣を抜き―――
「君がもう―――私達とは全く違う場所を見つめているということが、よく分かったよ」
そう告げながら―――その切先をスクトへと向けた。
「ふふふ……もう十分、ですか」
スクトは軽く笑いながら、アルミナを見つめ―――問いを返した。
「どうして僕がこんなことをやろうとしているのか―――その理由については、聞かなくていいんですか?」
「―――っ」
何故、彼がこの世界から『魔王』を生まれなくさせようと―――ベリルと同じことをやろうとしているのか。
その理由に―――アルミナは既に心当たりがある。
とある『スライム』の少女から聞かされた―――
もう1人の『スライム』の少女が辿った、とある『少年』と『淑女』との、出会いと別れの話―――
「その反応から察するに―――やはり貴女達は、もうご存じなんですね。
『あの子』のことを」
「………ああ、キュルル君から全てを聞いたよ」
その時の―――目の前にいる『元』仲間の目には、確かな『感情』が見えた気がした。
「君は、もう二度とあのような『悲劇』を繰り返したくないのだろう?
だからベリルと同じ様に、全ての人類を敵に回してでも『あの子』のような憐れな『魔物』が生まれないように―――」
「くっ―――」
突然―――
「はっ―――ははははははははははは!!!」
スクトは声を上げて笑い始めた。
アルミナは思わず言葉を止め、戸惑いと共にスクトを見つめる。
「ベリルさんのように―――?
ただ純粋に『魔物』達の未来の為だけに行動したあの人と、僕なんかを同一視するなんて―――失礼にも程がありますよ」
笑い声を静めながら、スクトは改めてアルミナの目を見つめながら答えた。
「アルミナさん、貴女はもう知っているんでしょ?
『あの子』が―――ウルルが何故、消えてしまったのか。
ウルルが『最期』に、何を望んだのか」
ウルル=ガーネット。
世界の『仕組み』によって『魔王』に目覚めてしまった『スライム』の少女。
あの心優しい『スライム』は願った。
自分のような心を持った『優しい魔物』が、もう二度と『魔王』に目覚めないことを。
『魔王』になる魔物は、自分が最後であることを―――
「それなのに僕は―――無理矢理『魔王』を目覚めさせたんですよ?」
そう―――彼は『マーナ山』の鉱脈を爆破し、『オリジン・コア』に『揺さぶり』をかけた。
『魔王』を、目覚めさせる為に―――
「『あの子』の想いを踏みにじり、目覚めた『魔王』を捕らえ、その『力』を利用している―――
そんな僕が、『悲劇』を繰り返したくない?
ははっ! どの口がほざくと言うんですか!?」
スクトは、笑っていた。
「これはね―――ただの『八つ当たり』なんですよ」
いや―――嗤っていた。
「あの日のことを、ずっと後悔し続けている子供が―――
『あの子』が消えていくのを、ただ見ていることしか出来なかった馬鹿な子供が―――
せめて『世界』に対して一矢報いてやろうと、はた迷惑な騒動を巻き起こした―――ただそれだけの話なんですよ」
自らを―――ひたすらに、嘲笑っていた。
「―――もういい、スクト」
アルミナは、これ以上の話し合いを望まなかった。
もうこれ以上―――彼を喋らせたくなかった。
「改めて、よく分かったよ」
アルミナは静かに剣を構え―――
「何としても―――君を止めねばならないということが!」
『決意』を込めた眼光と共に、告げるのだった。
「ええ、それじゃあ―――始めましょうか。
僕達の―――全てを終わらせる為の戦いを」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
《 大陸西側・『イエローエリア』上空 》
その2人の戦いに、近づける者はいなかった。
「《シェル・エアー-ハイ・ラピッド・ラージ》」
―――ヒュッ……ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボッッッ!!
上空に浮かぶ隻眼の『淑女』―――サンドリーチェ=コスモス=ガーデンより放たれる『空気の大口径連弾』は―――
―――ズッ……ドドドドドドドドドドォッッ!!
「「「うおああああああああッッッ!!!」」」
その場一帯の地形そのものを変形させる程の威力を持ち―――その激震に、大地に立っていた生徒達から叫び声が上がる。
間違いなく、一発でも身体をかすめようものなら、骨ごと抉り取られてしまうであろう『砲弾の嵐』の中を―――
「ふッ――――!!」
もう一人の『淑女』―――アリスリーチェ=マーガレット=ガーデンは、むしろ自分からその『砲弾』に当たりにいくように両腕を大きく広げ、猛然と突き進む。
そして、その身体に『空気の砲弾』が触れた瞬間―――
―――シュォオオオオオオッッッッ!!!
『空気の砲弾』が、アリーチェの右掌の上へと集まり―――瞬く間に、直径5メートルを超すほどの『超巨大空気弾』が形成された。
アリーチェは、そのまま右腕を振るい―――
「はぁあああああああッッ!!!」
『超巨大空気弾』をサンドリーチェへと放つ!
「ふ――――」
高速で迫り来る『砲弾』に対し―――サンドリーチェは、ただ片手を前へと突き出す。
そしてその指先が『砲弾』に触れた瞬間―――
―――シュオッ……!
『超巨大空気弾』は、一瞬のうちに霧散した。
「………やはり、そうなりますか」
その現象を見やり、アリーチェは驚くこともなくぽつりと呟く。
だが、それも当然である。
彼女は『マーナ山』での戦闘で、既にその現象を目撃しているのだ。
自らの姉が―――他者の魔法を自在に操れる『エクシードスキル』、【マジック・ドミネイト】を使えることを。
アリーチェは―――独りごちるかのように、話を始めた。
「以前、貴女のその『力』のことなど、諸々についてを学園講師の方と話し合い―――とある結論に達しました」
以前、医務室でリブラからアリーチェ達へと伝えられた推測、それは―――
「貴女は―――他者の『エクシードスキル』を使うことが出来る」
「……………」
何の反応も見せないサンドリーチェに対し、アリーチェは話を続けた。
「かつての大陸西側における魔物の集団による襲撃事件ですが―――そもそも、スクト=オルモーストはどのようにして魔物をあのように操っていたのか。
それは―――貴女の『力』だった」
魔物を操る『力』。
すなわち―――
「かつてベリル=ビーイングが『ヴァール大戦』を引き起こす為に用いていた、魔物に対して自らの意志を『共感』させる『エクシードスキル』―――【マスター・エンパシー】を貴女が使っていた、ということだったのですね」
「……………」
サンドリーチェは、尚も沈黙を保ったままであった。
だが―――
「そして、その他者の『エクシードスキル』を使うことが出来るという『力』は―――貴女だけのものではない。
わたくしやスリーチェ―――『ガーデン家』の血を引く者であれば、その『力』を使うことが出来る」
「―――――っ」
その言葉に対して―――確かにサンドリーチェは反応した。
「あの『マーナ山』でのキュルルさんの暴走時―――わたくしは『アーティフィシャルフラワー』の補助なしで走ることが出来ておりました。
あれは『魔力』を一時的に増幅させる『エクシードスキル』をわたくしが無意識のうちに使っていた、ということだったのでしょう。
初代勇者アルミナ=ヴァースの【インフィニティ・タフネス】……あるいはコリーナさんの【フィーヴァー・タイム】などでしょうか。
ひょっとしたら、わたくしが知らない『エクシードスキル』であった可能性もありますわね」
「………………」
「スリーチェがあり得ない程の短期間で『減衰魔法』を習得していたのも、その『力』の影響だったのでしょう。
わたくしの【マジック・ドミネイト】や、その他の魔法習得に関する『エクシードスキル』を、スリーチェは知らずの内に使っていたのですね」
サンドリーチェは、静かにアリーチェの話を聞いていた。
「『マーナ山』の戦闘時にわたくし達がその『力』を使えるようになったのは、偶然ではないのでしょう。
切っ掛けはおそらく―――キュルルさんの『魔王』への覚醒。
理由は定かではありませんが―――それが何らかのトリガーとなり、わたくし達も僅かながら『力』に目覚めた。
そして―――――」
アリーチェはそんな姉の姿を見つめ、告げる。
「『それ』こそが、わたくし達の命を狙った理由。
この『力』に目覚めたわたくし達が―――貴女達の『目的』の達成を阻む障害となるであろうことが、予測出来たから」
真っ直ぐに、決して視線をそらさずに―――アリーチェは、自らの姉が自分達の命を奪おうとした理由を口にした。
その視線と言葉を受けたサンドリーチェは―――
「ええ―――そうよ」
同じく、自らの妹の目を真っ直ぐに見つめながら、言葉を返すのだった。
「貴女達は、私と同じ『力』に目覚める可能性があった。
故に―――その存在を排除しようとしたのよ」
「………………………」
アリーチェは、その言葉を正面から受け止め―――
「お姉、さま―――――」
遠くの場所に立つスリーチェからの、零れ落ちるような呟きが聞こえた。
「………これは半ばわたくしの願望に近い推測ですが―――
これまで貴女が自身の手で直接わたくし達の命を狙わず、レディシュ=カーマインのような刺客や、『水晶ゴーレム』を使っての暗殺という、不確実な方法を取っていたのは―――その時点では、まだわたくし達に対する『情』のようなものが残っていたから、なのではないでしょうか」
「………………………」
「ですが―――今の貴女はもう、『それ』が出来てしまうのですね」
アリーチェは『最愛の姉』に対して、最後の言葉をかける。
「ええ、出来るわ」
サンドリーチェは、それに応える。
「『汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ』。
私には―――全てを捨ててスクトと共に地獄へと落ちる覚悟がある」
その隻眼に、ただ一つの決意を乗せて告げる。
「彼を―――この地獄に誘ったのは、私なのだから」




