第10話 君と貴女と、そして皆で
「え――――!?」
「クロちゃん―――!?」
フィルも、その肩に乗る小さなキュルルも、他の生徒達同様に驚愕の表情でそれを見る。
かつてキュルルを乗せて勇者学園へと舞い降りた、黒い鱗に包まれた巨躯を。
サンドリーチェに呼び出された金と銀の『ドラゴン』と同じく、三大『危険域』ドラゴンの称号を持つ、その『黒竜』を―――
「グ………ゴァアアアアアアアアアアアッッ!!」
―――シュォォォオオオオオオオ………!!!
生徒達の混乱も解けぬ中―――吹き飛ばされた2体の『ドラゴン』の内の1体、『シルバー・フィロソファーズドラゴン』が、雄叫びを上げた。
銀の『ドラゴン』の口内に凄まじい魔力の奔流が渦巻き―――
そして―――――!!
―――ボアッッッッッッッッッッッ!!!
「―――――っ!!!」
その口から、超高出力の『爆発魔法』―――《フェイタル・ディレクティビティ・バースト》が放たれた。
人間がまともに浴びれば骨の欠片も残さずに吹き飛ぶであろう、一直線に伸びてくる爆風を―――
―――ドォッッッッッッッッッ!!!!
「グアアアアアアッッッッ――――!!!」
黒い鱗に身を包む『黒竜』が、生徒達の前へと降り立ち―――その身で受けきった。
「なっ―――!!」
「クロちゃん!!!」
魔物の中でも最大級の硬度を持つと言われているその『黒竜』も、同じ三大『危険域』ドラゴンからの攻撃ともなれば、流石に無傷という訳にはいかない。
苦痛の声を上げるその『ドラゴン』の姿に、フィルとキュルルが愕然とする。
だが―――
「グ……オオオオオ………!!」
その『黒竜』は決してその場から引かず、2体の『ドラゴン』を睨みつけ―――
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアッッ!!!」
雄叫びを、上げた―――
「―――――っ!!!」
そして、フィルの肩に乗るキュルルの目の端に―――涙が浮かぶ。
「もう、友達が―――居なくなるのは嫌だ――――って……!
クロちゃん、言ってる………!」
「―――――っ!!!」
キュルルの告げた言葉に―――フィルの目が見開いた。
そして―――息を思い切り吸い込んだフィルは―――
「あの『ブラックネス・ドラゴン』は味方です!!!
キュルルを―――友達を助ける為にここに来てくれたんです!!!」
「「「「「―――――!!」」」」」
混乱する生徒達に向かって―――叫ぶ。
「皆さんッ!! 絶対に勝ちましょう!!
スクトさん達を止めて!!
キュルルを助け出して!!
そして皆で、帰りましょう!!
僕達の『勇者学園』に!!!!」
その『叫び』に―――
「「「「「おうッッッッッ!!!」」」」」
その場の全ての者が、応えるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「『ブラックネス・ドラゴン』―――」
上空に浮かぶサンドリーチェが、2体の『ドラゴン』に相対する『黒竜』を見つめながら、ぽつりとその名を呟く。
かつて、スクトと共に『魔王城』に訪れた時にも現れた『ドラゴン』。
彼女にとっても決して忘れられぬ存在である、あの『スライム』―――ウルルの友達だったという『ドラゴン』。
その巨躯を見つめる彼女は今、一体何を思っているのか。
それは恐らく、彼女と同じ道を歩んだ者にしか分からないのだろう―――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「フィル!
先程言った通り、貴方はキュルルさんの本体の元へ!」
「っ! アリーチェさん!」
いつの間にかフィルのすぐ近くにまで寄っていたアリーチェから、フィルへと声がかけられる。
「『ブラックネス・ドラゴン』1体でいつまでも2体の三大『危険域』ドラゴンを抑え込めるとも限りません!
一刻も早く―――この事態を終わらせなければ!」
「―――っ!
はいッ!!
ヴィアさんッ! 馬の用意をお願いできますか!!」
アリーチェに応えたフィルは少し離れた場所にいるヴィアへと声をかけ、「はいはーい! 少々お待ちをー!」という返事を貰う。
そして、フィルがこの場を離れる為の準備をしている、僅かな時間―――
「フィル―――」
「はい! 何ですか、アリーチェさ――」
―――チュ………
「え―――」
「は―――」
突然の、左頬の柔らかい感触に―――フィルは呆けたような声を出し―――
右肩に乗っていたキュルルもまた、鳩が豆鉄砲を食ったような反応をする。
その感触がした方へとフィルが振り向くと、そこには頬を赤く染めたアリーチェの顔があった。
本人としては平然としているように心がけているのだろうが―――その表情からは、たった今自分がした―――頬への口付けという行為への、気恥ずかしさが隠しきれていなかった。
「な、え、あ――――」
何をされたのか理解したフィルがアリーチェ以上に顔を赤く染め、口をパクパクと動かし―――
「おッ!! おまッ!!!
巻貝ッ、お前ッ!!!
なにッ!! なにやってんだお前ぇえええええええええええええええええええええええええッッッッ!!!」
フィルの肩に乗っていたミニキュルルが語彙力を失う程に怒り狂う。
「わたくしからのちょっとした『餞別』―――そして『祝福』です。
このわたくしの加護が、きっと貴方をお守り致しますわ、フィル」
未だ頬から赤色の抜けないアリーチェが胸の鼓動を抑えながら答える。
「ぬわ~にが『祝福』だキュらぁっ!!」と叫び暴れまわろうとするキュルルを赤い顔をしたフィルが必死に両手で掴んで抑え込む。
そんな2人の姿を見て、ニコリと微笑んだアリーチェは―――
「必ず、一緒に帰ってきてくださいね。
フィル、キュルルさん」
「「―――!」」
心からの『願い』を、口にするのだった。
「―――はい!!
アリーチェさんも、どうか無理だけはしないで!」
「ふんッ!
言われなくても、帰ってきてやるってーの!」
そして、そんな会話の直後―――
「馬の用意、出来ましたよー!」
「―――!
ありがとうございます!
それじゃあアリーチェさん、行ってきます!」
「ええ!」
ヴィアからかけられた声に応えたフィルは、アリーチェと別れ―――ヴィアが手綱を握る馬の元へと走った。
「私の魔法で強化された馬は乗り手の意思に鋭敏に反応してくれます。
ちょっとした重心移動だけで直感的に走る方向を変えられるはずですよ。
ただ、キャビンが無い分さっきよりも速度でますから、気を付けてくださいねー」
「わ、分かりました!!」
ここまで来た時に乗っていたあの馬車を超える速度―――思わず生唾を飲み込むフィルであったが、今は何よりも速くキュルルの本体へと辿り着かなければならない。
覚悟を決めたフィルは馬へと跨った。
「それと、貴方にも『人体強化魔法』を施してあげますねー。
出来ることなら貴方だけで行かせず、私達も随伴してあげたいんだけどー……」
「ええ、分かってます……!」
フィルは改めて周りを見渡す。
『レッドエリア』生息の魔物の群れに、まだ残っている『水晶ゴーレム』、そして2体の三大『危険域』ドラゴン。
今この場は、ギリギリで均衡を保っている状態であった。
『勇者一行』は元より、生徒一人分の力も惜しい。
だからこそ、フィルも最初この場を離れることを躊躇したのだ。
「ここからは僕だけで―――いえ、僕とキュルルだけで行きます!」
「きゅるっ!!」
その言葉に、ヴィアはコクリと頷くと―――
「《エクストラ・バイタリゼーション》」
馬の上のフィルに向けて『人体強化魔法』を唱えた。
―――シュアアァァァァ………!
「わ………凄い……!
身体が《バニシング・ウェイト》を使った時みたいに軽い……!」
「コーディスも言っていましたけど、その強化は短時間しか持ちませんので、決して過信はしないようにしてくださいねー」
「はいっ!
ありがとうございます!」
そうして、フィルは馬の手綱を強く握った。
「それでは、行ってきま―――!」
「何もさせる気はない、と言ったはずですよ」
再び―――冷たい声が上空から降り注ぐ。
フィルがその声の方へと振り向くのと同時に―――
「《カタストロフィック・ゲイル》」
―――ビュォォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
「―――――っ!!!」
破滅的な規模の『風獄』が放たれた。
フィルのみならず、周囲にいる生徒ごと身体を粉微塵に引き裂くであろうその風は―――
―――シュォオッッッッ………!!!!
「―――――!」
大地に立つ者達へと向かう、その中途で霧散した。
そこには―――
「『アーティフィシャルフラワー・モード』―――『バタフライ・エフェクト』」
『装甲』の背面部に付け足された、蝶の羽根の形をした『翼』によって―――宙に浮かぶアリーチェの姿があった。
「フィル!!」
「―――っ!!
はいっ!! 行ってきます!!
そして必ず―――キュルルと帰ってきます!!」
フィルはその言葉を最後に、前だけを向くと―――
「はぁああああっ!!!」
―――バッッッッッッ!!!
強化が施された馬を走らせ―――あっという間にこの場から姿を消した。
そして―――
「さあ―――それでは始めましょう、お姉様」
「―――ええ。
いいですよ、アリーチェ」
2人の『淑女』が―――対峙する。




