第9話 2人の『淑女』と来たるモノ
「再びお会いすることが出来て、嬉しく思いますわ―――お姉様」
車椅子に座るアリーチェは、一切の淀みなく声をかける。
自らの姉にして、自身が『勇者』を目指す原点となった存在―――
そして―――自分達の『敵』、サンドリーチェ=コスモス=ガーデンへと。
「―――アリーチェ」
上空に浮かぶサンドリーチェは、そんなアリーチェを見下ろしながら彼女の名を呼ぶ。
「私の正体を知ったうえで、貴女がここに来るとは思っていませんでした。
貴女とスリーチェは―――もう戦えないと、そう判断していたのですけどね」
「…………」
「サリーチェ……お姉さま……」
サンドリーチェの言葉を聞いたアリーチェは何も言わず、離れた場所にいるスリーチェは両手を胸の前で重ね合わせながら、その名を呟く。
「―――この学園に来る前のわたくし達なら、そうだったかもしれませんわね」
アリーチェが静かに―――強い『意志』を込めた声で、告げる。
「わたくし達はこの学園で、彼らと共に強くなりました。
だから―――」
言葉を口にしながら、彼女が座っている車椅子が『カチャカチャ』と音を立てながら変形していき―――彼女の身体を覆う『装甲』となる。
「今こうして―――貴女の前に立ち、戦える」
そうして、自らの足で地に立ったアリーチェは―――『最愛の姉』にして『最大の敵』を、揺るがぬ瞳に映した。
「アリーチェ、さん……」
そんなアリーチェの姿を見て、フィルは思わずその名を呟く。
自らの姉に挑む―――そんな彼女達の『決意』に、今更口を挟むつもりはない。
それでも―――どうしても彼女の心情を思う気持ちが、フィルには止められなかった。
「フィル、貴方は先にキュルルさんの本体の元へ行ってください」
「え―――!?」
突然自分に対して投げかけられた言葉に驚くフィルに対し、アリーチェはサンドリーチェを見つめたままに続ける。
「リブラ先生から話を聞きました。
貴方がキュルルさんの本体へと辿り着くことが出来れば―――全てが決着すると」
「―――!」
アリーチェの言葉によって、フィルは彼女の真意を理解した。
「ヴィアさんの魔法によって強化された馬を使えば、この魔物の群れを抜けることが出来るはずですわ。
貴方が『水晶ゴーレム』を一体倒したおかげで、戦力には余裕が出来ました。
今すぐに、目的の場所まで―――キュルルさんと共に」
「―――っ!
で、でも―――!」
フィルは容易には同意を示すことが出来なかった。
この場にはまだまだ大量の魔物と『水晶ゴーレム』の脅威が残っている。
戦っている他の皆のフォローに入った方が良いのではないか。
何より―――これから自らの姉と戦おうとする彼女を、放っておくなど―――
「大丈夫ですわ、フィル」
「え―――」
懊悩するフィルに―――アリーチェは、とても穏やかな声をかけた。
「ここに居るのは紛れもない『勇者』達で―――
わたくしは―――『勇者』を超える『勇者』なのですから」
「―――――!!」
そう告げながら―――何一つ憂いの無い笑みを浮かべる彼女の姿に―――
「―――分かりました!」
フィルはもう、迷うことはなかった。
彼は即座に木剣の柄を取り出し、その先に『黒い包丁』を作り出すと―――それは掌サイズのキュルルへと変わっていった。
「キュルル!」
「きゅるっ!!」
そうして自らの肩にキュルルを乗せ、ヴィアの元へと駆けようとするフィルの耳に―――
「何をしようとしているかは分かりませんが―――何もさせる気はありませんよ」
その、冷たい声が聞こえ―――
―――シュォオオオオオオオオ………!!
「なっ―――!?」
「光の『門』―――!?」
空中に浮かぶサンドリーチェの左右に、空間跳躍の『門』が現れ、フィルとアリーチェが驚愕の声を上げる。
だが、2人が声を上げた理由は『門』そのものの存在だけでなく―――その大きさにあった。
その『門』の大きさは優に30メートルを超す程であり―――何故そのような規格外のサイズの『門』を作り出したのか、見ている者には分からなかったのだ。
まるで――――『門』を通るのにそれぐらいのサイズが必要な『もの』が、今から現れるかのような――――
―――ズ………オオオオオオオ……!!
そして―――その『門』の中から現れた『もの』を見て―――
「な……ぁ………!」
「あ……あれって……!」
「う………嘘、だろ……!」
生徒達が、戦慄の声を上げ―――
「あれは……!」
『まさか―――!』
「いえ―――想定しておくべきだった……!」
「全く……勘弁して欲しいですよ……!」
コーディス、ロクス、ウィデーレ、ヴィアの4人が、焦りを滲ませながら呟く。
その金色と銀色の鱗を持つ、2体の『ドラゴン』を前に―――
「『勇者一行』の皆さんは十分にご存じのはずですよね―――?
『ゴールデン・リフレクトドラゴン』に『シルバー・フィロソファーズドラゴン』
この2体の三大『危険域』ドラゴンのことを―――」
巨大な2体の『ドラゴン』の間で、サンドリーチェは高らかにその名を告げた。
その黄金の鱗により、あらゆる魔法を跳ね返す『魔法師殺し』に―――
高等魔法を扱えることが出来るという『賢者の竜』―――
かつての『ヴァール大戦』最後の決戦において、『勇者一行』ですら苦戦を強いられたその『ドラゴン』が―――今、再びこの決戦の舞台へと現れた。
「それでは―――さようなら」
その言葉と共に、2体の『ドラゴン』が動く。
長大な翼を羽ばたかせ、その輝く鱗に包まれた巨躯を、この場に集った者達の元へと向かわせる。
かつてその2体の『ドラゴン』と戦った『勇者一行』のメンバーは『水晶ゴーレム』に対応しきっている。
『水晶ゴーレム』と同時にあの『ドラゴン』の相手をすることなど、誰の目から見ても不可能であると分かってしまう。
だれもあのアレを止めることは出来ない。
この場に集った『勇者』達は―――2体の『ドラゴン』に蹂躙される。
そんな最悪の未来の想像図を―――
「ゴォォオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッ!!!!」
耳を劈く程の、大轟音が打ち破った。
―――ドォッッッッッッッッッッッッ!!!!
「「「「「―――ッ!!??」」」」」
突如として、この場に現れた巨大な『黒い影』は―――2体の『ドラゴン』に向かって高速で衝突した。
金と銀の『ドラゴン』は生徒達が戦っている場所から離れた位置へと吹き飛ばされ、重なり合いながら大地へと激突する―――
そして―――――
この場に現れた、巨大な2体の『ドラゴン』よりも更に一回りは巨大な体躯を持つその『黒い影』を見た1人の生徒は、ぽつりと呟いた。
「『ブラックネス・ドラゴン』――――?」
奇しくも―――それはその生徒が、『勇者学園』入学の日に叫んだ名であった。




