退職の堕天使
「はっはっはっは! なるほど、高山超新星! これはおかしな名前だ! 世間から笑われても仕方がないというものですな!」
盛大に地雷を踏み抜いたと、生きた心地のしなかった堕天使の耳に飛び込んできたのは、愉快そうな紳士の笑い声だった。ひとしきり笑い終えると、紳士は柔和な笑顔で堕天使へ向き直る。
「しかし、本当に素晴らしいスキルをお持ちですな。私の正確なステータスまで把握されているようだ。サヴァイヴァリアでは過去の英雄の力を越えられぬ壁と想定したせいで、装置で測定できる最大値が4桁どまりでしてね。仕方ない部分もありますが、明らかな欠陥。どうにかすべきとは思うのですが、物理は得意でも魔法がからっきしな私ではそれも難しく……」
(おう、嘘つけや。こちとら魔力も魔法攻撃力も100万超えてんの知ってんねんぞ)
心の中で堕天使がツッコんでいるとは露知らず、紳士は続ける。
「日本でも最強の格闘家だろうと、素手でヒグマには勝てないでしょう? 人間の限界を超える動物などいくらでもおりますし、実際私が転生したブリトルン地方の祭壇がある『災いの森』など、ただの芋虫ですら防御力が20万を越えますよ」
「へ……へえ~そうなのね……」
「じゃあ何であんたは生き残れてんのよ!!」と怒鳴りたくなる衝動を必死に抑え、堕天使は引きつった笑顔で相槌を打つ。ジョブのおかげなのは理解しているものの、脳がそれを受け入れたがらない。
それにLv3というのも違和感がある。ジョブが資格なら、ジョブLvは資格の等級。日本では数値が低い方が上等だが、サヴァイヴァリアでは経験を積んで次のステージへ昇る形式で、数値が大きいほど上等。ジョブLvを認定するのは、そのジョブを司る神である。
どんな職業でも初期Lvは1だが、最大は究めた者がいないため不明。それでも、これほどの能力を持つ者がLv3というのは道理に合わない気がする。もっとも、聞いたこともないジョブに就いている以上、追及しても仕方ないが。
「さて、お話というものはこれだけですかな? それでしたら、家族が待っておりますので、そろそろお暇いたしたいのですが」
「あ、ちょっと待って! 最後にもうひとつ、私が呼んでないのにどうやってここに来たの!? それだけ聞かせて! たしか宇宙跳躍とか言ってたけど、それってなんなの!?」
「ふむ……私の宇宙眼と違い、相手が持つスキルまでは見えない感じですかな?」
(いや、宇宙眼ってなんだよ!? 見た目は完璧執事なのにアホなこと言ってると、その立派な髭を引っこ抜くぞ!?)
喉元までツッコミが出かかるも、今の超新星の能力と何が地雷か分からず必死にこらえる堕天使。しかし宇宙跳躍についてはどうしても聞きたかった。
何しろ今こうして穏やかに話せているものの、出会った時の態度が相当悪かったという自覚がある。まかり間違ってお礼参りとばかりに来られたら……そう考えると、枕を高くして眠れない。
「さて……それでは宇宙跳躍についてでしたか。私のジョブ――超超究極宇宙闘士は宇宙を股にかける闘士という設定ですから、当然ワープくらい使えますよ。基本的には目の届く場所への短距離跳躍か、1度行ったことがある場所に跳ぶ長距離跳躍を併せ持つスキルです。ちなみにサヴァイヴァリアから日本に跳んだこともございます。高山超新星という名を忘れていたとはいえ、日本社会から弾かれたという記憶だけは残っていたものですから、いやはや、あの時は本来の目的を忘れて列島丸ごと破壊したくなる衝動を抑えるのが大変でしたよ! はっはっはっはっは!」
「あは、あははははー……それは、大変だったわねー……はは」
「ちなみに天使様にお礼をしたく、こっそりここへ伺ったこともございます。残念ながら他の方に変わられてましたが」
その言葉に堕天使の喉の奥がヒュッと鳴った。超新星からすれば純粋なお礼だったが、堕天使はお礼参りだと受け取り、謹慎させられていたことを心から感謝した。
「ということで。今の質問が最後でしたら失礼いたしますが……本当にもう何もありませんな?」
全身から汗を流しながら堕天使がコクコク頷くと、超新星は深くお辞儀し背を向けた。まるでライオンの檻に拘束された状態で投げ込まれたような、生きた心地のしなかった堕天使は安堵の息を吐く。
「ああ、大切なことを忘れておりました。こちらから1つ言っておかなければならないことがありました」
「何ッ!? まだ何か用があるの!!?」
「用があったのは天使様の方ではありませんか……」
終わったと思ったところに声をかけられ、余裕のない反応をする堕天使に、超新星は呆れた視線を向ける。しかし一度目を閉じて気持ちを切り替えると、肩越しにサムズアップしてにこやかに言った。
「今の私の名は、『つよつよにくだんご』です」
「……………………そ、そう。とてもいい名前で良かったわねー」
「はい。心から誇れる自慢の名前です」
心の底からそう思っているのだろう。超新星改め『つよつよにくだんご』は満面の笑みを残して姿を消した。
それを見て体の力が抜けたのか、堕天使はへなへなと膝から崩れ落ちた。超新星の方がまだマシに思える珍妙な名前に、褒めるか憐れむかの二択を強いられた気分だったが、なんとかグッドコミュニケーションを引けた。そう安心した堕天使はひとつ気になることに思い至る。
「あれ……こっそりここに来てたって言ったわよね……? それってやっぱりお礼参り? 今日は機嫌よかったけど、私が復帰したと知った以上、何かの拍子に私への怨みとか思い出したら……」
すっかり疑心暗鬼になった堕天使は、冷静さを失った頭で必死に考え、そしてひとつの結論に至った。
「よっし! 辞~めよっと!!」
ここから消えたら同僚や上司に追われるかもしれない。その可能性と、主神並のプレッシャーを放つ化け物に命を握られている状況。その二つを天秤にかけた堕天使の選択は早かった。
あの男のワープは誰かを指定して跳ぶのではなく、場所を指定して跳ぶ。ここで仕事を続けることが最高のリスクだ。念話を辿ったというのも、たまたま知っている場所から発信されていたからワープできただけに違いない。
思い立ったら即行動と言わんばかりに、机の上に辞表を置く堕天使。さっきまでとは打って変わり、堕天使という名からは程遠い晴れ晴れとした表情を浮かべると、自由と安全を求めて漆黒の翼を羽ばたかせた。




