天使の真実、転生の真実
「――はい、ありがとうございました。それではこの魔方陣に乗って、審判を仰いでください」
天使がそう告げると、面談を終えた老人は深く頭を下げ、門の中へと消えていった。誰もいなくなった仕事場に静寂が戻ると、天使は椅子の背もたれに体重を預け、ぐーっと背伸びをしてひと息ついた。
復職後の記念すべき1人目があまりにも酷すぎて、日本が10年の間に終わったのかと心配したが、続く6人は程度の差こそあれどまともな部類。仕事は面倒でも、なんだかんだ愛着のある日本の現状に、天使は安堵の息を吐いた。
そんなささやかな休憩の最中、本来なら書類に手をかけない限り次の死者は来ないはずなのに、床が光り、1人の人間が現れた。
同僚から説明はなかったが、休憩すら取れないほどシステムが変わったのかと憤慨しつつよく見ると、それは先ほどサヴァイヴァリアへ転生させた男だった。
よほど恐ろしい目に遭ったのか、もともと陰気だった目の輝きは完全に失われ、虚ろな目で荒い呼吸を繰り返している。転生者全員に配られる旅人の服はずたずたに裂け、赤黒く染まっていた。転生先でどんな死に方をしたのか、服が雄弁に物語っている。
「……嘘でしょ、早すぎない? 1時間も経ってないんだけど。てかその傷ってゴブリン? ゴブリンに寄ってたかってやられた感じ? 詳しく教えてよ。ねえ、どんな気持ち? ねえ、ねえ!」
本来『転生の祭壇』は人目につかない安全な場所にあり、結界によって人ならざるものを通さない。だから天使の計算では、どんなに早くても2〜3日はもつはずだった。
ただし祭壇の石材が村や町に運び出され、結界が失われた場所が数か所ある。今回男はそのどこかに転生したのだろう。
「それにしても、もったいないわねえ。転生場所ガチャでSSR引いたのに、何をやってるのやら」
結界が失われた祭壇は人里に近い。つまり周囲の魔物や他種族が弱く、人間種でも暮らしやすい大当たりの場所だ。本来ならば。
天使の言葉を聞き、わずか1時間で5歳は老けたような男は、ようやく正気を取り戻し、泣きはらした赤い目で天使を睨んだ。
「おま、お前えええええッ!! 頭に思い浮かべた最強のジョブに就いた状態で転生って言ったじゃねえか! あんな化け物ばかりの場所に、何のジョブも持たない状態で放り込みやがって!! おまけに体もろくに動かねえし、どういうことだよ!!」
「え? 言ってないわよ? 私が言ったのは、あなたが考えた最強のジョブ――……あ、もしかして! すいませ~ん、何ていうジョブを望まれたんですか~?」
「そんなの、大賢者に決まってんだろ!!」
男の叫びに、天使は堪えきれず吹き出した。しばらく腹を抱えて笑い、ようやく向き直る。
「大w賢w者www。まあまあ、ジョブは資格みたいなものって説明したし、実際存在してるからいいんだけどさ~……ってあれ? あれあれあれ~? 存在してるってことはあなたが考えたわけじゃないよね~?
私が言ったのは『あなたが考えた全く新しいジョブ』であって、『あなたが最強と考える既存のジョブ』なんて言ってませんけど~~~?」
「な!? そ、そんなの詐欺だろ!!」
「言葉は正しく使ってくださ~い、だ・い・け・ん・じゃ・さ・ま。詐欺は相手を騙して財産を奪う行為ですよ~? そりゃ結果的に認識に齟齬がありましたけど~、私はあなたから財産奪ってませんよね~?」
翼を羽ばたかせ、なおも文句を言う男の前に降り立つと、天使は足で押し倒し、その胸を踏みつけた。
「まあ? 既存ジョブを思い浮かべたら当然無職になるのは仕方ありませんし~? 無職に必要な最低ステータスってことはつまり、生まれたばかりの赤ん坊並になるのも仕方ないんですよ~。赤ん坊程度の筋力じゃ、大の大人の体なんて動かせないでちゅよね~? きゃははははは!!」
これが天使が行っていた転生の真実であり、謹慎の理由だった。
始まりは行き過ぎた正義感。許せない相手に、自分の権限内で最大限の苦しみを与え、絶望の中で死に戻らせる――それは私刑だった。
既存ジョブを選べば最低ステータスで転生。既存のジョブを複合した、全く新しいジョブを思い描けても最低ステータスの設定がなければ赤ん坊並のステータス扱いになるという、悪意の二段構え。
哄笑する天使を見て呆然としていた男は、やがて目を見開き震え始めた。天使も自分の変化に気づく。
白かった衣と翼は黒く染まり、光輪は赤黒く禍々しい光を放っている。
邪悪な笑みを浮かべるその姿は、正義の名の下に私刑を楽しみ堕ちた、天使の成れの果てだった。
「それじゃ、楽しい楽しい異世界生活も終わったことですし、今度こそちゃんと行くことを願ってますよ。審判を受けて地獄にね!」
踏みつけられた男の背中に魔方陣が輝き、男の姿は床へと深く沈んでいった。




