邪悪な男と邪悪な笑顔
細身の男は状況がつかめないのか、キョロキョロと辺りを見渡していた。天使は翼を軽くはためかせて椅子から跳び上がり、男の前へ降り立つ。
「どうもー、初めましてー。驚くのは無理ないけど、まずは落ち着いてもらって」
「な、な、どこだよここ……え、え、え?」
おどおどした様子の男に言葉を無視されたと感じた天使は、一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに不敵な笑みを浮かべて声をかけ直した。
「Welcome to Underground」
「え、な、なに、天使? え、マジでわけ分かんねえ。つーか、Welcome to Undergroundってなんだよ。それを言うならWelcome to “the” Undergroundだろ。天使のコスプレしてるくせに英語もろくに使えねえのかよ」
「よし、情状酌量の余地なし。即地獄に落とすべし、と」
闇バイトに手を出している人間にどう接すべきか分からず、天使は闇の住人っぽい言葉をかけてみたのだが、それを冷笑されたことで、手に持っていた書類に「極悪人」とさらさら書き加えた。男はそれを見て慌てて天使を止める。
「おい……おいおいおい、待てよ。待ってくれよ! 今地獄とか言ってたけど、どういうことだよ!? もしかして本物の天使? 俺、死んだのか!?」
頬をつねる古典ムーブをかます男に、天使は憐れむような視線を向けて答えた。
「え、うん。私は日本人担当だから、49日経ってからここに来てるはずだけど、それだけ経ってるのに死んだって分からなかったの? てか強盗を4件もやってりゃ地獄でしょ。私をバカにした罪との併合罪で、罪の重さは3000倍になってるし、どこに地獄以外の道があると思ってたのかしら?」
「ふ、ふざけんなよ! バカにしたも何も、実際英語の使い方おかしかっただろうが! 強盗ってのもただの闇バイトだろ! ちょっとタイパ良く稼げる仕事してただけなのに、何が悪いんだ!!」
「タイパ……ちょっと待って。こちとら10年間謹慎してたから、私の常識と世間の常識にズレがあるかもしれないのよねー。え、今の闇バイトってタイパいいの?」
天使が中空に手をかざすと、スマホ画面のようなものが浮かび上がり、言葉を検索する。しかし疑念は晴れず、さらに続ける。
「10年前は奪った物を上納させた後に警察へ通報すれば、実行役は逮捕されるって流れだったじゃん? 指示役は個人情報全部握ってるし、自分の情報渡してないなら反撃もされないしで、報酬払う必要なかったでしょうよ。そんな使い潰してポイの相手に、タイパが良いって言うくらいの報酬を支払うとか、今の指示役って聖人なの?」
半ば独り言のようにまくしたてる天使に、男は唇を噛みしめて俯くしかできない。その様子を見て天使は悟った。
「ほら見なさい、やっぱり払われてないじゃん。何がタイパ良く稼げるだよ」
さらさらと書類に「虚言癖あり」と書き足す。すると男は涙を浮かべて叫び出した。
「なんだよ! ワリイかよ! どいつもこいつも見下しやがって全員死ね!! つーか何が地獄だバーカ! こういう場合はチート能力寄こして転生させてくれるのが、お約束じゃねえのかよ!! チート能力寄こせよ、チート能力!!」
「え?」
鼻息荒く突っかかる男をちらりと見て、天使は両手で顔を覆った。
「……それがあなたの望み? 本当に、それを望んでいるの?」
「当たり前だろうが!! できるなら早くやれよクソ野郎が!!」
傍から見ると、20歳の男に罵られ少女が泣かされているような状況。しかし、両手の隙間から覗く天使の口は、ますます邪悪に歪んでいた。




