大襲撃
『くそったれの獣どもが、朝っぱらから騒ぎよってからに』
『ありったけの矢と投げ槍、岩を壁に上げろ! 戦える奴も全員北西の防衛だ。配置に付け!』
『きひひひ……獣どもが、誰に喧嘩売ったのか分からいでか。ワシのサーベルが血を飲みたいと訴え続けておるわ』
ブリトルン地方の北部に位置する開拓者たちの住む町は、朝から喧騒に包まれていた。
日が昇り、人々が活動を始めようとしたまさにその時、北西に広がる森……通称『災いの森』から恐ろしい声が聞こえたのだ。
しかもそれは森の中央、山頂に100mを超える漆黒の木々が生えた、高さ1000mほどのテーブルマウンテンの上の方からと思われる。
『見張りは目を凝らしていてくれ! 今の号令のような声、恐らくは『災いの森』に生息する何かしらの魔物に種族王が誕生したにちがいない! 大襲撃が来る可能性があるぞ!』
白銀の鎧に身を包んだ男が必死に指揮を執っていると、そこに1人の少女が近づいて来た。身長は150㎝を少し越えた赤い髪を後ろで三つ編みにした少女。胸にさらしを巻き、赤一色の無地の着物のような服をはだけさせている。
『クレス、状況はどないなっとるが?』
『マカロンか。まだ分からないが、キミも準備だけはしておいてくれ。……正直、相当厳しい戦いになるかもしれない、子供を戦わせるのは忍びないのだが』
『何言うとんじゃ。こん世界の理として、戦えるもんは老若男女問わず戦場に立つが常識じゃろがい』
『そうだクレス! ましてやマカロンはこの町最強の女傑! 子供と侮るでないわ!』
『大襲撃! 大襲撃! そんなもの我らが大虐殺に変えたるわ! せっかくここまで発展させた町、獣どもに壊されてたまるかい!!』
狂気にも似た熱狂に沸き立つ皆を呆れた目で眺めたまま、マカロンと呼ばれた少女がリーダー格の男に話しかけた。
『わっちの心配は無用じゃけえ。戦えんカタギを巻き込まんよう、安全な場所に下げとけや。ほいじゃ、わりゃも気張れよ』
『分かった。それにまだ大襲撃があると決まったわけではない。本来なら森にかかる瘴気の中でしか暮らせないような奴らが森を出るなんてありえない以上、このまま杞憂に終わってくれればいいのだが』
そんなクレスと呼ばれたリーダー格の男の願いは、見張り櫓の上にいる男の絶叫に打ち砕かれる。
『来た……! 来た来た来た来た、来やがったぞ! あれは……狼蜥蜴だ! 軽く100を超えやがるぜ!!』
『100体の狼蜥蜴だと!? 戦えるものは急いで配置に付け!』
『100《《以上》》だ!! ……待て、嘘だろう? 後ろから螺旋角猪に、三つ首烏!? 他にもどんどん出て来やがる!!』
『何だって……? 複数の種族を束ねているというのか? それでは種族王ではなく、おとぎ話の中の英雄の敵『王の中の王』じゃないか』
クレスが青い顔で森の方角を眺める中、狂った目をする老若男女の前で、ひとり正気の目をしたマカロンがギザギザの歯をむき出しにして笑う。
『ははッ! こりゃあ壮観じゃけぇ!! 『王の中の王』か『魔王』か知らんが、ぶっ殺して、ぶっ殺して、ぶっ殺しまくっちゃろうや!! ええかチンピラども、わっちらはこの町の盾にして剣! 一匹後ろに抜かせりゃ、ひとり大切な人間が死ぬと思え!』
『『『うおおおおおお!! キル! ゼム! オーーーーーール』』』
森を抜けて後から後から続く魔物の群れは、数百、いや、すでに千を超える。この世界には魔物を統べる魔王のような者はいない。
繰り広げられているのは種族間での生存競争であり、こうして複数の種族がともに移動するなどということはないはずなのだ。
だというのに今、魔物の群れが町へと迫っている。
『きひひひ……マカロンよぉ、打って出るか? 打って出て皆殺しにするか?』
『待つんだご老体、指揮は私が取る。弓使いは矢を番えて待機! もっと近づいたら一斉に射掛けるぞ』
『クレスん言う通りじゃ、わざわざ地の利を捨てて出て行ってやる理由もないけぇ。大人しく引き籠っちょけ』
『おう!』
壁の上には300人の戦士たちが戦闘態勢に入っているが、そのほとんどの目は何の恐怖も感じない狂戦士の物。
まともな判断が出来そうな者はリーダーのクレスとマカロンのふたりのみ。そのクレスの方はただひとり、この場の絶望感に今すぐ逃げ出したい気持ちになっている。
それも無理はない。先頭を走る狼蜥蜴は、1匹人里に現れただけでも討伐隊を組まなければいけない、危険度Aの魔物。定石では最低でも4~5人で当たるべき相手。それが今、次々と森から溢れ、数で負けている。
『来るぞ!! 弓使いども、ぶっ殺す準備は出来てるか!!』
『きひひひ……別に討ち漏らしても構わんぜ、ワシのサーベルの錆になるだけじゃからの』
『いや、ちぃと待て。どうも様子がおかしか』
戦闘が始まろうという中、最初に違和感に気が付いたのはマカロンだった。
『横に広がっとるが、こん町を目指しとるわけじゃなさそうじゃ。ただ森から逃げようとしとりゃせんか?』
『言われてみると……だが町にぶつかる魔物もいる。それだけを狙うんだ! ……ずれている魔物も、まさか包囲するために行動しているわけじゃあるまい』
『かかッ! 希望的観測、もしくは願望じゃのぉ。町から逸れるヤツぁ無視じゃ、下手に撃ってこっちば惹きつけるなよ!』
『よし、撃て!!』
全力で走る魔物たちに、もはや前が見えていないのかもしれない。
壁にぶつかるのも厭わずに、速度を落とさずに進むものに狙いを絞った矢が降り注いだ。
狼蜥蜴は尻尾を入れないでも3mほどある大トカゲで、灰色の狼のような毛皮に覆われているが、その下には硬い鱗が敷き詰められている。毛皮に何本も矢を突き立てながらも、鱗が肉体への被害を抑え、勢いそのままに垂直の壁を上った。
『かかか! そりゃ矢如きじゃ仕留め切れんじゃろうな! 抜刀ぉぉぉぉ!!』
『うおおおおおお!!!!』
マカロンの払った長ドスが軽々とトカゲの頭を両断すると、それに続いて近接装備に身を固めた者たちが続く。
『よし! 町中には入らないよう壁を超えさせるな! 壁の上で囲んで殺すんだ!』
『……? なんだコイツら、戦う気がないのか?』
『構うな殺せ殺せ!! 我らが町に牙をむいた獣どもに死を!!!!』
辺りで乱戦が始まるものの、魔物たちはあくまで何かからの逃げの一手。絶望的な状況に見えて、防衛線は殊の外うまくいっている。そんな時足場が大きく揺れた。
『なんじゃい!?』
『下だ! 螺旋角猪が突っ込んで壁を破られた!』
『猪突猛進とはよぉけ言ったもんじゃのぉ! カラスどもみたいに素通りできんのか、おどれらはぁ! わっちが行く、ここは任せるけぇ!!』
『おう!』
障害物に当たったことで、頭を振っている猪の頭を目掛け、マカロンは壁から飛び降りると、長ドスで上から突き刺した。
頭をドスで貫かれながらも、再び走り出そうとした猪は、そのまま10mほど走った後、力尽きて地面に倒れ込む。
『おう、見張りのッ!! あとどれくらいじゃ!?』
『町にぶつかりそうなのは20ってとこだ! 他は町をすり抜けそのまま去って行ってる!』
『なんじゃ肩透かしじゃのぉ。大襲撃ちゅうもんは初めてじゃったが、この程度かや。おんどれら気張れや、もう少しじゃ!!』
『おお!』
疲労の見えて来た者が多い中、この言葉に士気を取り戻すと、残った力を振り絞り魔物に立ち向かう――その時だった。
ズンと大地を揺らし降り立った3つの影、その姿に魔獣たちが一斉に騒ぎ出す。
「ぷぎぃぃぃぃぃ!?」
「ぎゃぎゃぎゃ! ぎゃッ!!」
その混乱ぷりにその影こそ、今回の大襲撃を引き起こした元凶であることを雄弁に語っていた。そして魔獣たちの騒ぎと反比例して、狂気の目をした戦士たちからは言葉が無くなる。
『あの角に尻尾……ドラゴンか……? なぜ人の姿をしている……? 竜種にとって人間など取るに足らん種族のはず……意味が分からない……ああ、神よ……』
クレスが神に祈るのも無理はない。身にまとう空気が明らかに違う者たちの出現に、戦士たちの狂気に染まっていた目も、次第に恐怖に変わっていく。
『こりゃ獣どもも騒ぐわの。クレス! カタギのもんと、腰抜かしたもんを連れて下がっとれ! 数揃えればどうにかなるいうもんじゃないけぇ!!』
『マカロン!? キミはどうするんだ!』
『さぁての。じゃけん、数を揃えりゃ死体が増えるだけじゃし、この町と皆を守るためにゃ誰かが戦わんといけんじゃろ』
空から降って来たのは、サトミとその従魔ふたり。その従魔が振りまく強者のオーラに当てられ、今まで魔物を相手に奮戦していた者たちが、死を悟り戦意喪失していく。
その中を、唯一恐怖を乗り切ったマカロンは町の外に出て、脅威と対峙した。




