新堂・ポケクリマスター・仁深
森の中で寝たはずの『つよにく』だったが、次に目を開いた時、そこはどこかの白い部屋の中だった。
真っ白なツルツルとした壁に1つだけドアがあり、その反対側は一面ガラス張りの部屋。そのガラスの向こう側には、何やらコードがたくさん接続されたカプセルのような装置。その中に痩せ細った子供が見える。
そのカプセルを囲むように、部屋中を埋め尽くすぬいぐるみの山は、遠目に見ても中々壮観だ。
(ポケクリか。サトミちゃんが喜びそうだな)
そう考えて側で見ようとするも、なかなか体を自由に動かせない。そこで足が床についておらず、少し浮いていることに気が付いた。
(ああ、これは夢か)
あっさりと夢と思い至ったことに不思議に思いつつも、それならば時期に目も覚めるだろうとぼんやりしていると、不意にドアが開いて白衣の男が入って来た。
歳は70を超えているだろう。髪の毛は総白髪で顔には深いしわが刻まれている。
若い者にはまだまだ負けんと言わんばかりに活力に満ちており、180㎝にやや届かない体は背骨がピシッと伸びて、動作もきびきびしている。ただ、その目は赤く充血し、苦虫を嚙み潰したように歯を食いしばっていた。
その後ろに続く様に、白衣の男女が入って来た。女は40歳に届くか届かないか。男の方はその白髪の量から50歳から60歳の間だろうか。
どちらもひどく疲れ果てている感じだが、特に男の方が焦燥しきっており、右手を女の肩にかけ、支えがないとまっすぐ歩くことすらできていない。
そんな男だったが隣の部屋のカプセルを見ると、そっと女の肩に回していた手を放して、左手に持っていたぬいぐるみを両手で抱え、ふらふらとガラスに近づいていく。
「仁深……ほら、見てごらん。なかなか目を覚ましてくれないうちに、どんどん種類が増えてしまっているよ……? このぬいぐるみで、今いるポケクリは全部だけど……目を覚まさないとどんどん増えちゃうぞ? 覚えるのが大変になっちゃうぞ……?」
(サトミ……! まさかこれは……)
ガラスにもたれるように倒れ込んだ男の肩に、女が両手をかけた。なんとか体を動かしてふたりに近づくと、首にかけているどちらのネームプレートにも『新堂』とはっきり書かれているのが見えた。
恐らく目の前にいるのはサトミの両親で、隣室のカプセルの中にいるのが仁深なのだろう。今目の前に繰り広げられているのが、サトミの生前の様子なのだと、不思議と何の疑いもなく信じられる。
これで全部と、ガラスに向かって差し出されているぬいぐるみは、よく見るとつぎはぎだらけで、とても商流に乗った正規のファングッズとは思えない。
『つよにく』も現在のポケクリについて、そこまで詳しくないが、その数は最初期に比べて大分増えているのは知っている。当然人気キャラ・不人気キャラもいるわけで全部が全部商品化されるわけがない。きっとこのつぎはぎだらけのぬいぐるみは、この父親が自分で作ったものなのだろう。
「……婿殿。気持ちは分かるがね、いい加減これ以上は見ておれん。孫娘も完全に意識を失ってもう半年だ、全ての怪獣をそろえてやったのだから、これを一区切りにしたまえ」
「ですが医院長、仁深はまだ頑張ってくれているんです! 発症したときに……余命は1年と言われたのに、7年も生きてくれたのです!! 仁深がまだ……まだ必死に生きようとしてくれているのに、なんで生きたいと、元気になりたいと思うことを止めることが出来ましょうか!!」
「あなた……」
深いクマを刻んだ目をギラギラと光らせ、サトミの父親が最初に入って来た老人に叫んだ。第一印象では10歳以上の歳の差を感じさせた男女だが、もしかしたら男は見た目よりもずっと若いのかもしれない。心労が重なった結果、ここまで老けて見えるのなら、周りが心配するのも当然だ。
これは実際に起きたことなのだろうと確信するが、だからこそこの場面を盗み見ていていいのかと、『つよにく』が居心地悪くしていると、不意に部屋の中にザザ……というノイズが入った。
『あ』
「…………仁深? 仁深、仁深!!」
「仁深ちゃん!!」
部屋に設置されたスピーカーから流れた合成音声に、サトミの両親が感情を爆発させてガラスにへばりついた。祖父もまた信じられないと言わんばかりに目を見開いているが、その目尻には涙が浮かんでいた。
創作物でしか見たことがないような医療機器の中、目を凝らさないと分からないレベルだがわずかに右の人差し指だけが動き、それが音声となって部屋に響く。
『ポ……ケ……ク……リ……いっ……ぱ……い。う……れ……し……い』
「ああ……! ああ!! そうだな仁深! 早く元気になって、パパと一緒に覚えような! 見えるかい? 仁深が好きそうなのも、たくさん増えているよ」
「ええ、パパったらずっと楽しみにしてるのよ? ママも仁深ちゃんにしてあげたいことたくさんあるんだから」
危機の中の少女の顔はうっすらとだけ目を開き、もはやそうする体力もないのか動く気配がない。
それでも涙と鼻水でぐちゃぐちゃにした顔で呼びかける両親の声に、ほんの少しだけ口が笑ったような気がした。
『パ……パ……、マ……マ……、お……じ……い……ちゃ……ん。あ……り……が……と……』
ゆっくりと、一言ずつ、それでも響いた合成音声。それが途切れると、先ほどまで弱弱しくも脈打っていた心電図が、止まった。
「仁深……? あ。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!!」
同時に部屋に響く男の慟哭に、その妻と義父も涙をぬぐった。
その声は外にも響いたのだろう、何事かとドアから看護師の女性が顔を出すが、すぐに察してドアを閉じた。
10分くらい泣き叫んだだろうか、もはや声も出なくなったのか、静まり返った男の肩にそっと義父が手を乗せた。恐らく希望に縋りついていた男と違って、覚悟はしていたのだろう、その所作は毅然としたものだ。
「婿殿。キミの言う通り、孫娘はずっと――――我々の見立てよりもずっと頑張って長生きしてくれたんだ。それはとてもとても、苦しく辛い道のりだっただろう。そんな健気で優しい娘がどうしてという気持ちは分かるが……もう、苦しみから解き放たれたのだと……これからの天国への道のりが、優しいものになることを祈るしかない」
「……あなたが一生懸命揃えてくれた、大好きなポケクリに囲まれているのですもの。きっと、ずっと……ずっと、夢だと言ってた……ポケクリマスターになる旅に――――……」
途中で耐え切れなくなり、言葉を詰まらせる妻にも反応を示さず、父親は床にうつ伏せで倒れ微動だにしない。それを静かに義父が見つめているという状況にドアがノックされた。
そこに顔を出したのは先ほどの看護師。小声で医院長と呼んだと思うと、バインダーに挟んだ1枚の書類を手渡す。
(……空気が読めてるのか、読めてないのか分かんねえな)
『つよにく』が覗き見ると、それは左に死亡届、右に死亡診断書と書かれたA3の紙だった。
1度天井を仰ぎ、大きく息を吐いて医院長がペンを取ると、そこにふらふらとサトミの父親が、今にも倒れそうになりながら近づく。
「……これは私が書いておく。だから今は休みなさい」
「いえ……せめて……氏名だけは」
そう言って自分の胸ポケットからペンを取ると、震える手を抑えながら1画ずつ丁寧に名前を書いていく。
――新堂・ポケクリマスター・仁深
「あの子に……仁深に……その旅のはなむけに……私がしてあげられるのは……」
そういって糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちたサトミの父。床に落ちたボールペンのカツンという音がやけに耳に響いた。
家庭裁判所への申請もせずに、公的な書類にミドルネームを加えたことに何も言うことが出来ず、医院長はその続きを書き綴っていった。
*
『つよにく』が目を覚ますと、丁度日の出を迎え、うっすら空が明るくなるところだった。その腹にしがみつく様にサトミが寝ている。
(あんな夢を見たのは契約の影響なのか……? それにしても――)
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
両親は心の底から娘を愛していたし、加えて昨夜サトミが言っていた『一生懸命生きてきた』と言う言葉。偉そうにも説教をたれた自分よりも、はるかに全力で生きてきた少女に、恥ずかしさが限界を超えた『つよにく』は、起き上がると崖の向こうの空に向かって叫んでいた。
ミドルネームにしろ、14歳という年齢にしてはあまりにも体が未成熟だったことにしろ、まともな親に育てられていない結果だろうと、断定していた『つよにく』。
自分が心底ムカついていた記憶の中の面接官のように、他人の一面だけを見て勝手な憶測を作り上げていたこともまた、胸を抉った。
『何じゃ何じゃ!? おい怪物! 朝から叫ぶでないわー!!』
『何だよもー……。朝……そっか、朝日……』
なんとも感慨深そうに、涙ぐんだ目で朝日を眺めるサトミの姿に、『つよにく』の胸は再び締め付けられた。昨日もその景色をキラキラした目で眺めていたサトミの姿に、異世界の壮大な景色に圧倒されていたのかと思っていたが、サトミにとってはもっと単純な気持ち、ずっと見られなかったものが見れた感動なのだと知っている。
(サトミちゃんのご家族の皆さん。この子は必ずオレが守ってみせます)
もともと強制契約の効果で、庇護欲に駆られていた『つよにく』だったが、己自身の気持ちだけでなく、他人の想いも載せて主を守ると、気持ちを新たにした。




