混沌の者
『オデ……#$%&*+……ナイ……$&#%』
(あー……オレはお前を取って食おうとするわけじゃないから、心配するな)
『あははー! つよにくの英語、下手くそー』
「んが!? そうか……おっさんの英語下手くそか……サトミちゃんは上手だね」
「にしし~、そうでしょー? パパとママに教えてもらったんだー。ドイツ語も話せるよー」
「は~……最近の小学生半端ないな……。おっさんの時は英語なんて中学からだったのに」
今は竜の方が心配なサトミは、感心する声も耳に入らないようで、焦点の合っていない竜の目を真っすぐ見つめた。
『『つよにく』はあなたを食べたりしないから安心してって。もし虐めるようならボクがバシーンってやっつけてあげるしね!』
『そうか……? 本当にワシを食べたりしないか? というよりアヤツは何なのじゃ……なぜサトミはアレと普通に話せるのじゃ』
『何でって、『つよにく』もボクにとって大事なポケクリだから! メギドフレイムも今は怖いかもしれないけど、きっと仲良くなれるよ!』
『そうかの……? 本当にワシも――――』
「あ~……ちょっといいかい、サトミちゃん?」
「どうしたの『つよにく』?」
微笑ましい光景を邪魔するのは心苦しいが、『つよにく』はおずおずと手を挙げて疑問をぶつけた。
「さっきからその『のじゃドラ』、英語話してるよね……?」
「『のじゃドラ』って……メギドフレイムの事? 聞いての通りだけど、日本語に訳した方が良い?」
「いや、いいんだ。ただその……一人称、I としか言ってないよね? ワシって言ってないよね? 語尾に~のじゃって、ついてないよね?」
「??? もしかして『つよにく』さっきの戦いで疲れてる?」
「そうか……おっさんだけか。なんかずっとそのドラゴンが、~のじゃ~のじゃ言ってる気がするんだよね……そうか……虫の体液浴び過ぎて相当疲れてるかも」
「そっかそっか。ボクが無理させちゃったんだね……よしよし。森の中は暗くて分からなかったけど、もう夕方だしここでキャンプしよっか」
「キャンプというか野宿だけど、たくましいね。というより……今更だけど凄い景色だな」
崖の上から眺める景色は圧巻。森から奇襲を受けて落ちれば命はない高さ。日本では到底見られない光景に『つよにく』は息を呑んだ。家族で登った東京タワーの展望台どころではない。
「さすがは異世界。さっきまでの場所と違って日が当たるせいか、低木や草も生えてるけど、見たことないものばかりだな……サトミちゃんは、『のじゃドラ』と一緒に森には入らないように、そこらの枝を集めておいて」
「任せて! それで火を起こすんだよね! 木の板の上で棒を、こうやってグルグル回して」
「いや、無理に火は起こさないでいいよ。どうしてもって言うなら、そこの古代火焔竜とかいう大層なのを使って」
「え~、せっかくのキャンプなのに……」
「うーむ……正直、見たこともない木で火を起こすのはリスクもあるからな……。耐性を考えたらオレがやるか、『のじゃドラ』にやらせるかなんだけど、仕方ない。分業しないで全部みんなでやろうか」
明らかにキャンプ経験ゼロのサトミに『つよにく』は不安を覚えた。名前を失った時に両親の顔も名前も思い出せなくなったが、毎年夏と冬にキャンプに連れて行ってもらった記憶はある。
異世界の植物で迂闊に火を焚けば、煙に毒が混じる可能性もある。目の届かない場所で火を任せるのは危険だ。
「ここはキャンプするには良さそうだけど、水の近くまで行ってみてもいいか。あっちでキャンプに不向きなら戻ってくればいい」
数㎞先、同じ崖の上から落ちる滝を指さしながら提案すると、サトミは深く頷いた。
日本では見られない壮大な景色に心を奪われながら崖の上を進む3人。途中、手を握りながら歩く友にサトミが質問した。
『そういえば、メギドフレイム。さっきは聞きそびれちゃったけど、名前の由来とかってあるのー? とってもカッコいい名前だから気になっちゃって!』
『う、うむ? 気になるかの……? そ、そうじゃな。そんなに気になるなら、教えてやらんこともないの……!』
明らかに警戒しているのが丸わかりで、ちらちらと『つよにく』を見る竜は、声を裏返しながら胸を張った。
『メギドフレイムというのはの、古の神話に出て来る、世界を闇の世界に変えようとする混沌の存在。それを滅ぼす正しき者が使う聖なる焔の事じゃ! 漆黒より生まれし混沌の者を呑み込む、より黒く暗い焔! つまり混沌を討ち滅ぼす者になれというのが、親父殿から託されし想いよ!』
「え、ダークフレイムマスターとかそういう意味の言葉か? さてはお前もキラキラネームだな? いっそのことオレと同じで、サトミちゃんに付けてもらった方がよかったんじゃねえの?」
「つよにくー、メギドフレイムとも話す時は英語でー!」
「お、おう……」
顔を向けるとサトミの後ろに引っ込む竜に、『つよにく』は単語を思い出しつつ英語で話す。
『オデ、サトミ、名前ヅげられダ。お前……元のまま……#$%&*+……幸せ……カ?』
(オレはサトミちゃんに名前つけられた。お前は元の名前のままだけど、付けてもらった方が幸せだったんじゃねえの?)
『あははー、下手くそー』
「うるさいよ」
(コヤツは何を言うておるんじゃ。いきなりサトミに名前を付けられたことでマウントをとってくるなど意味が分からぬ。確かにサトミは大切な友じゃが、名前を付けてもらうなど――――はッ!?)
サトミと『つよにく』が和気あいあいと進む中、あることに気づいた竜は滝のような汗を流し始めた。それは父からの大切な教え。
*
『いいかい娘よ。混沌の者と出会っても、迂闊に名前を口にしてはいけないよ。彼の者たちは名前を呼んだ者に憑りつき、深い深い闇に引きずり込むからね。その中でも特に名前を持たぬ者には注意しなければならない』
『名前を持たぬならば呼びようがないではないか。何を言うておるのじゃ親父殿』
『数多の混沌の者が日々生まれ、そして誰にも知られず消えてゆく。そういう者にうっかり適当な名前を付けてしまうと、存在が確立され、新たな混沌の者が生み出されてしまうのだ』
*
つまり――そういうことなのだと竜は理解した。
なぜこれほど優しく暖かい友が、あのような怪物と行動を共にしているのか。その答えは父の教えの中にあった。
(なんという……なんという残酷なことをしてくれたのじゃ……!! 我が友サトミはすでにヤツの邪気に当てられて……! その証拠にサトミは訳の分からぬ言葉でアヤツと話しておるではないか!)
ただの日本語――こちらの世界にも別名で存在する言語なのだが、生まれた時から英語しか知らぬ幼い竜にはそれが分からない。
(許せぬ……! アヤツの支配から、絶対に我が友サトミを救い出して……救い…………いや、今すぐはムリじゃけど……いつか必ず……きっと……出来れば……。てか親父殿よ……今こそ我が名にこめられし使命を果たす時と思うのじゃが……あれは……いくらなんでもきついのじゃ~)
こうして主人の知らぬところで、決定的なすれ違いを起こした従魔2人。そんな愉快なパーティーによる冒険が始まったのだった。




