友情契約
「うっははははは! 怖かろう怖かろう!」
このサヴァイヴァリアにおいて支配的な立場にある古代火焔竜。一部の生命体からは神とも崇められる圧倒的な存在。その娘が、まるで猫がネズミをいたぶるように小さなウサギを追いかける姿に、父である古代火焔竜王は呆れたため息を吐いた。
ただそれだけで周囲の気温が10℃は上がる。辺りの生命はたまったものではない。
「よいか娘よ。そうやって小さき者たちを虐げるものではない。小さき者の声も聞くのが竜としての務めよ」
「なんじゃ急に」
体長50mを超え、背に大きな翼、頭に4本の角を生やした竜が、頭に1本角を生やしたウサギを噛り付く娘に語りかける。
「娘よ、今お前が喰らっているウサギだが、それが何を考え、この世界を生きているのか、知ろうとしたことがあるか?」
「いや……あるわけないじゃろ。そんなもの考えておったら、喰らうことさえできなくなるわ」
「理解しろとは言わぬ。だが我らはこの世界の頂点に立つ存在のひとつ。小さき者たちが日々何を考え暮らしているのか、耳を傾け、世界の望む形を保つことに注力する義務がある。それが世界の理なのだと、そろそろお前も考えるべき歳だろう」
「親父殿の言うことは良く分からぬ……。それを知って何になるというのじゃ」
「それはお前自身が考えることだ。まずは耳を傾けること。寄り添う必要はない。それでも心を重ね声を聴けるようにはなりなさい」
説教臭い父の言葉に呆れ、ため息で答えると、小さな竜は寝息を立て始めた。
*
【来ないで! 来ないでえええええええ!!】
【拾って……ボクの……内臓……たすけて……たすけ……死にたくな……】
【出ていけ恐ろしい物――――!! この森から今すぐに――――!!!!】
恐怖――今、この森にいる2人の人間以外の者が抱く共通の感情。その声が、父の言葉を理解できなかった幼い竜の耳に、はっきりと届いていた。
必死に臭角を出して威嚇する芋虫。体が弾け死に至ろうとする芋虫。木の上から様子を窺う化け物たち。その全ての声が絶え間なく届く。
自分がなぜここにいるかは分からない。霊山の山頂で父に見守られながら寝ていたはずなのに、大きな揺れで跳び起きると、わけの分からない森の中で、わけの分からない芋虫に襲われ、わけの分からない怪物による蹂躙劇を見せられている。
目の前には自分に寄り添う小さな人間の女。その少女にはうっすらと、羊毛の衣服に革のカバンを斜め掛けした、顔のない男の姿が寄り添っている。
弱き人間を憐れんだ神の姿。神に近しい種族だからこそ気づけるジョブの神の姿。その加護の強さによって姿がよりはっきりすることを考えれば、少女は強い加護を受けていないのは明白だ。
(こっちの小娘は良い……じゃが……アヤツは何じゃ……?)
竜の目の前で暴れまわる『つよにく』。一見人間種に見える男。しかしまとわりつくモノの姿はあまりにもおぞましい。
普通の人間に付く戦士、僧侶、狩人、魔術師の姿は光で構成された神聖なもの。それに比べ『つよにく』に付いているものは真っ黒な煙に包まれ、ブヨブヨと膨れ上がった体が崩れているのが分かる。
ジョブの神とは思えない姿。それが付き、黒い煙の中にいる丸い怪物の姿に、竜の体は再び震え始めた。
【いやだああああああああああ!!!! 落ちたくない! 落ちたくないいいいい!! 世界を揺らさないで! あぁ……剥がれる……葉が落ちる……!!】
【お願い……もう痛いのは嫌……殺して……殺して……】
「だああああ!! キリがねえ!!」
地上で怪物が暴れまわる余波で、樹上の虫が落ち、そこでまた命を散らす。
耳を塞ぎたいのに体を動かせず、せめて惨劇を見まいと目を閉じる竜。その顔に温かいものが覆いかぶさり、優しく語りかけながら頭を撫でた。
「大丈夫。大丈夫だから。怖いのはすぐにいなくなるから」
自分を抱く人間が語りかけているのだと竜は理解する。言葉は分からないが、その温かさは亡き母の優しさを思い出させ、恐怖に駆られた竜は全面的に身を委ねた。
『怖い……怖いのじゃ……本当にいなくなるのかの……?』
「! 話せるの!? でも英語か、それならボクも英語を使えば、お話しできたり?」
こほんと咳をし、サトミは流暢な英語で語りかけた。
『えっと、これでお話通じるかな? 大丈夫だよ、全然怖くないから。あなたの怖い物、全部ボクたちが追っ払ってあげるから』
『ッ!! 本当か? 本当にあの黒い怪物を追っ払ってくれるのかの!?』
『黒……? 確かにお腹は黒いけど、どっちかって言うと紫……って『つよにく』! カブトムシ!! かっこいい! ゲット、ゲット!!』
「何、サトミちゃん!? てゆうか何で急に英語!?」
「あああああ!」
目の前で芋虫より小さいものの、6mはある3本角のカブトムシが爆散し、サトミの悲痛な声が上がった。
『つよにく』からすれば次々とモンスターの援軍が現れる状態。ゲームなら移動しなければ次のエンカウントはないが、ここは現実。木から落ちてくる化け物をいちいち確認していられない。
「とにかく、今はそのドラゴンを連れて、この場を離れられるなら離れよう。分かってるとは思うけど、もしそいつが少しでもサトミちゃんを傷つけようと動いたら、ごめんだけど殺すからね」
「もぉー! そんなこと言ったら怖がっちゃうでしょ!」
例の化け物相手にも物怖じせず声を張る少女の姿に、幼き竜は心の底から驚いた。力を感じないか弱き存在なのに、心は誰よりも強く、怖いものから守ってくれると言う言葉にも真実味がある。
(あぁ……何という……。この場にいる誰よりも弱いというのに、誰よりも強き者よ。このような者と共に過ごせていれば、ワシも親父殿にとやかく言われることもないくらい成長できていたのかもしれぬ。いや、今からでも遅くない。ワシはこの者と――――)
「わわ!?」
「うお!? 何だ!!」
急に光り始めた竜の姿に『つよにく』たちは驚いた。その光は竜だけでなく、寄り添うサトミの体にも纏う。
「何だろうこれ……? 何か温かくて、優しい感じ」
「とりあえず傷つけるようなものじゃなさそうだが……サトミちゃんと同じ色で光ってる以上、無関係とは思えない――。ッ! 友情契約の条件を満たしたのか!?」
「友情契約?」
それはテイマーがLv1で習得するスキル。『つよにく』は宇宙眼でサトミが使えることを知っていたが、サトミは慈愛神から「初めて見つけたモンスターに強制契約と叫べ」と言われただけで他の能力は知らない。
「モンスターと友情を結び、お互いの合意で力の差は問わず従魔にするスキルだ。それを使えば、そのドラゴンはキミのポケクリにできるってことだよ!」
説明を聞いたサトミは目をパチクリさせ、竜と向き合った。
『いいの? 私のポケクリ……ううん、友達になってくれる?』
『……! ああ、ワシもお主と友誼を結びたいのじゃ……!』
サトミは目を瞑り、自分のおでこを竜のおでこに当てた。竜も目を瞑り受け入れる。レクチャーを受けたわけでもないのに自然と取った行動――これこそがスキルの前準備だと、ジョブの神から無意識に教えられたかのようだった。
『それじゃいくね? 友情契約!』
叫んだ瞬間、2人を包む光はさらに強まり、暗い森を白く照らした。




