降って来た怪物
土煙の向こうで蠢く影の全容が次第に明らかになると、サトミは顔を輝かせ、『つよにく』は全身を強張らせた。
「ひゅっ……」
「わぁ! 見て見て、つよにく! また別のポケクリだよ! これはこれでかわいいなぁ……ゲットしたいよね!」
喉が鳴るだけで言葉すら出ない『つよにく』とは対照的に、テンション爆上がりのサトミ。庇護欲と忠誠心に溢れているとはいえ、アレを「かわいい」と言える感性にはさすがについていけず、信じられないものを見る目で主を見つめる。
落ちてきたのは、巨大な木の上で葉を食べていたであろう芋虫。幼いころ、木を蹴って虫を落としていた時の記憶が蘇り、『つよにく』は懐かしさすら覚えた。
見た目はアゲハ蝶の幼虫そのものだが、背中は暗い紫、腹は黒。薄暗い森に合わせたカラーリングで、大きな目のような黄色い模様だけが異様に目立つ。
「ドラゴンが1番好きなのはまだ分かるけど……これを可愛いと言えるのは、なかなか玄人だな……。ええと、サトミちゃん。本当にこれもゲットする気なのかい?」
「もちろん! いけー、つよにくー!」
「いや……いけって……」
背中を押されてもやる気は起きない。むしろドラゴンの方がまだマシだと思えるほどだ。気が進まない中、とりあえずステータスを確認するため宇宙眼を使う。
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種 族:カオスバタフライ(幼虫)
生命力:336274 攻撃力:10055 防御力:216222 速 度:502
魔力量:326 魔攻力:0 魔防力:79640 技 巧:16
所有Aスキル:臭角改
所有Pスキル:物理耐性・強(打撃)、状態異常無効(毒、マヒ)
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「やっぱこっちも強えわなぁ!? 重さ《ウエイト》こそ大正義な自然界において、電車1両サイズの芋虫が弱えわけないもんなぁ!?」
驚くべきはそのサイズ。地面の様子や土煙からして相当な重さ。『つよにく』の全速体当たりでも折れなかった木にこんな芋虫が這っているのだから、枝も幹も相当丈夫なのだろう。推定100m以上の高さで光を遮るほどの豊かな葉の上に、こんなのがうようよしていると考えると、ぞっとしない。
「ぐわー!? ぐわー!!!!」
「ぎゅぱ……ぎゅぱ……ぎゅぱ……ぎゅぱ……」
困惑するような鳴き声に視線を向けると、衝撃で目を覚ましたドラゴンが、3匹の芋虫に威嚇していた。目を覚ましたらいきなり体積比で数十倍の芋虫に囲まれているのだから、さっきまで怖がっていた『つよにく』も同情せざるを得ない。
「わわわ、もしかしてバトル? ポケクリバトル!?」
「そうみたいだね。……しかしこれは、はっきり言って運がいい」
安全を考えるなら、互いにつぶし合いが始まった隙に逃げるのが吉。だがこれは『つよにく』にとって絶好の検証材料でもある。わくわくするサトミと一緒に観戦モードに入ると、仕掛けたのはドラゴンだった。大きく口を開け、半身を持ち上げて威嚇する芋虫の腹にかぶりつく。
「ぴぃぃぃぃぃ!!」
「何! 効いてる!?」
「おー!」
芋虫の物理防御力はドラゴンの物理攻撃力の倍。LF5でも「かみつく」などの特殊攻撃は通常攻撃より強いが、それでもダメージが通るとは思わなかった。数値だけ見れば自分の物理防御力はドラゴンの10倍近くあるとはいえ、痛みを感じるかもしれないとなると腰が引ける。死なないと分かっていても、ノコギリクワガタの顎に指を入れようと思う人間はそうはいない。
「ねえ、つよにく。これどっちが勝つと思う? どっちか選ばないとダメなら、ボクはドラゴンをゲットしたいんだけど。この芋虫は木の上にいっぱいいそうだし、今度チャレンジでもいいしさ」
「呑気だね……。まぁ、ドラゴンの防御力は芋虫の攻撃力の10倍。これで芋虫の攻撃が通るかを見たいんだけど……ん、なんだ?」
ドラゴンが優勢と思っていたら、急に牙を抜き、体を痙攣させて倒れ込んだ。芋虫は体を揺すり、半身を持ち上げてドラゴンに体重を乗せた頭突きをぶちかます。
「……!! つよにく、助けてあげて……!!」
「いやいや、何で急にあんなやられ放題になってんのか見極めないと」
贔屓目に見ていたドラゴンが一方的にやられ始め、動転したサトミが助けを求めるが、むやみに突っ込むわけにはいかない。明らかに状態異常。超超究極宇宙闘士はLF5にない状態異常は無効にできない。
原因を探すと、戦っていない別の芋虫が毒々しい真っ青な角を出していた。
「臭角か! そりゃアゲハ蝶の幼虫なら持っててもおかしくない……スキルにもあるが、意味深に『改』とかつけんな、マジで」
・臭角改――強烈な匂いと神経毒を撒き散らし、匂いの届く範囲にいるモノに確実に毒とマヒを付加する。
毒+マヒなら自分には問題ない。それが分かって安心すると、逆に古代火焔竜というボスみたいな種族のくせに耐性ガバガバなドラゴンが憐れに見えてきた。
宇宙眼を継続発動していると、ドラゴンの生命力はゴリゴリ削られているものの、頭突きのタイミングでは減っていない。どうやら10倍の数値差を超えてダメージを与えることは無理らしい。
「よし、任せてくれサトミちゃん。オレがドラゴンを助けたあと、そのまま確保してここまで連れて――――」
確信を得て、いよいよサトミの望み通り動けると思った『つよにく』が目線を下げると、主の姿がない。背中に冷たいものが走り、慌てていると遠くから愛しい声が響いた。
「もう止めてあげてよ!!」
「は――――――」
『つよにく』が動かなかったことに業を煮やしたのか、いつの間にか移動したサトミが、芋虫からかばうようにドラゴンに覆いかぶさっていた。
「いやいやいやいや!? 匂いの届く範囲は強制的に毒とマヒを起こすんだろ!? なら近づく前に……ってなんかピンポイントに耐性もってやがんな!? てか熱病って状態異常なのか、それオレ持ってねえぞ――って今はそれどころじゃねえ!!」
改めてサトミのステータスを見直した『つよにく』が悲鳴を上げる。耐性ガバガバ古代竜と違い、ナチュラルにきっちりメタを張っていることが今回は逆に厄介だ。
今まさにサトミ目掛けて頭突きを繰り出そうとする芋虫へ、『つよにく』は勢いそのまま体当たりをぶちかました。
「ぎゅぱ―――――」
電車サイズの芋虫が吹っ飛ぶのを見て、ようやく『速さ』以外のステータスの正しさにも確信を持った『つよにく』。……それはいいが、これだけ差があるのに倒せていないことに激しく舌打ちする。簡単に無双させてやるかという、例のクソ天使の顔が浮かぶようだ。
物理打撃への強耐性がどれほどのものか、拳で殴って倒せるのか、不安で脳みそがぐちゃぐちゃになる『つよにく』に、サトミの弱々しい声が届いた。
「つよ……にく……」
毒の影響か真っ青な顔でドラゴンに寄り添うサトミの姿に、『つよにく』の体温がかぁーっと上がった。耐性があろうが毒で死にかける姿に、かけられる時間は長くないと察し、一足飛びに臭角を出している芋虫へ近づく。
「悪いな芋虫。オレが木にぶつからなきゃ、お前らが地上にいることはなかったはずだった。だが、臭角を引っ込める気がないなら、すぐに死んでくれ!!」
スキルとして登録されているからか、どう動けばいいのかはっきり分かる。左足と左腕を前に突き出して腰を落とし、軽く握った右手を腰に当てると、その拳が煌々と輝き始める。
普通に考えれば打撃耐性持ちに正拳突きは愚の骨頂。しかしこれはただの攻撃でも、一介のスキルでもない。超超究極宇宙闘士が持つ唯一の『必殺技』だ。
「大ッ! 爆発拳ッ!!」
口に出すと某格闘ゲームを思い出してギリギリだなと思うが、ここは異世界。パクリだ何だと言われる筋合いはない。
光の届かぬ異世界の森を炙り出すような閃光が、巨大な芋虫の体に突き刺さった。




