遺跡の外へ
「んほおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「あははー! 何その声ー変なのー」
名前を呼ばれた瞬間――脳みそから脊髄を通って全身に走った快感。1000人いたら1000人がドン引きする声を上げたにもかかわらず、純真な顔で笑う『主』。その感情は愛情とは少し違う。主が喜ぶことなら何を差し置いてもしてあげたいという忠誠心と、絶対にこの娘を守らないといけないという庇護欲。その2つがドラッグのように脳を支配した。
『つよにく』は知らなかったが、これが従魔になるということ。もともとのアイデンティティを消すのではなく、主への感情が最優先項目として上書きされる。つまり、日本社会への負の感情――圧倒的な力とワープ能力を得て復讐してやろうと増幅していた負の感情を、上回る強さで新しい感情が流れ込んできた。
ビクンビクンと震える『つよにく』に、主は何か思い出したように手を叩いた。
「そういえば自己紹介してなかったよね! ボクは新堂仁深。『仁』――思いやりの心が『深い』で『さとみ』だよ。よく『ひとみ』って間違えられたけど、アニメのポケクリの主人公と1文字違い!」
「……ええ。よろしくお願いします、マイロード」
さっきまでの挙動不審はどこへやら。片ひざを突き、目線を合わせるようにして『つよにく』は差し出された小さな手を握り潰さないようにそっとつまんだ。
一人称がボクであること、少年にも見えるショートカット、やたら高い行動力。その全てが活発な娘であることを示しているのに、白く細い身体とのギャップに少し困惑する。だが部屋でポケクリばかりしていたのだろうと理解した。
「あははー、なんだよマイロードって。サトミって呼んでー。それじゃ改めて、これからよろしくね。つよにく!」
堅苦しいのは嫌だと肩をポンポン叩き、サトミは祭壇を回り込むように入り口へ向かった。溢れ出る忠誠心が少し拒むが、主の意向に背くのはありえない。『つよにく』は学童ボランティアの時のように子供に接するべきだと考え直す。
「おいおいおい、ちょっと待って。サトミちゃんも……死んで転生してきた、ってことでいいんだよね……?」
「ん? そうだよー。女神様がこの世界で存分にポケクリマスター目指しなさいって言ってくれたんだー」
「女神様か。天使が応対したオレとの差を感じる」
女神と天使では格が違う。扱いの差に贔屓を感じるが、今の『つよにく』にとってサトミは絶対的存在。そりゃ贔屓もするだろうと何度もうなずく。
その言葉にサトミは目を丸くして固まった。
「え!? もしかして『つよにく』も、日本人!?」
「何だと思ってたの!?」
「えーとね……? 女神様がね? ボクがポケクリ大好きって知ってて……それなら従魔使いを司る神様にお話ししてあげるって言ってくれたのね?」
(尊い)
人差し指をツンツンさせながら言い訳するサトミに、思わず感涙する『つよにく』。涙に気づいたサトミは慌てて続ける。
「それでね! 従魔使いに就いた状態で転生しても、従魔がいないと何もできないって。だから最初に目についたクリーチャーを必ず強制契約しなさいって、口酸っぱく言われて……ごめん『つよにく』! 私勘違いしちゃって……もしかして、とんでもないことしちゃった……?」
なるほど、たった1回だけ使えるチートスキルはこの娘の身を案じてのもの。少し前の『つよにく』ならブチ切れていたが、今はサトミの幸せが最優先なので問題ない。
それどころか、弟と同じくらいの年齢なのにずいぶんしっかりしていることに感心すらした。妙なミドルネームをつけた毒親という印象からはかけ離れている。
「いや、謝らなくていいよ。何も気にしてないから」
「本当?」
近づいて不安そうに見上げるサトミの髪をそっと撫でると、嬉しそうににししと笑った。主従として行動するにも、わだかまりが残らずよかったと『つよにく』は安堵する。
「それよりサトミちゃん。多分女神様から言われたと思うけど、これはゲームじゃなくて新しい世界で生きるってことだよ。死んだらそこで終わり。何の考えもなしに外に飛び出しちゃ危ない」
サトミを守ることが最優先の『つよにく』にとって、それは最低限の注意。ここは日本ではなく魔物が蔓延る世界。警戒心は必要だ。
「ここにこの世界の情報がたくさん書いてある端末があるよ。まずはこれを一緒に見よう」
端末を指さして諭すが、サトミは不服そうに下唇を突き出した。
「むー……『つよにく』はもう見たんじゃないの? なら、きっと大丈夫だからここから出ようよー。こういう狭苦しい場所は嫌だよ。それにポケクリマスターを目指す旅はもう始まってるんだからさー」
「いや、たしかにオレは確認済みだけど……さてはサトミちゃん、キミ説明書を読まずにゲームを始めるタイプだな?」
ゲーム好きなのは明らかなので話を振ると、サトミは小首をかしげた。
「説明書?」
「え……ああ、そうか。今のゲームってダウンロードだったりで、説明書の小冊子はなかったね。昔はあれだけで2時間くらい潰せたのに」
ジェネレーションギャップに打ちひしがれていると、サトミが急かすように腕を引っ張る。
「いいからー! 早く冒険に出ようよー」
「うーん……分かった。でも、せめて地図だけは見よう」
お願いされると『つよにく』に抗う手段はない。世界地図のページを開くと、親切なことに印刷できる仕様だった。
「わ! すごいすごい! 紙はどこから出て来たの!?」
「これが魔法、ってやつなのかもね」
腰の革ポーチに折りたたんだ地図をしまい込む。
「体格が違いすぎるから気づかなかったけど、転生者は皆この服なんだね」
「おー! ほんとだ! てか、『つよにく』お腹出すぎー!」
体形をからかいながら前を走るサトミに置いていかれないように部屋を出ると、右側はすぐ壁で道は左に続いていた。
「! 見て、『つよにく』。もしかしてあそこが出口じゃない?」
長い直線の先、戸口の奥はほの暗く光がない。魔法で明るい遺跡とは別の場所だろう。
「そうだね。暗いってことは今は夜なのかも。それより危ないから走らないで!」
「はーい」
遺跡内部は安全地帯扱いなのか、過酷な場所というわりには何もない。本番は外だ。無警戒に飛び出そうとするサトミの手を握り、『つよにく』は緊張に喉を鳴らした。
出口に近づくと外の様子が分かり、隣のサトミのテンションが跳ね上がるのも分かった。強くなりすぎないように、しかし手を離さないように絶妙な力加減で握る。
「ねえねえ、つよにく! 見てあれ! ポケクリ! なんかすごく強そうだよー! すごいすごい!」
「……ははは、そうだね。すごく強そうだね」
外がはっきり見えると、そこには真っ赤な鱗にクリーム色の腹をしたドラゴンが、遺跡の出口を塞ぐように眠っていた。




