もう1人の転生者
「イッエーイ! はじめての『ポケクリ』ゲットだぜー!」
場違いなほど明るい少女の声に、男は混乱した。光が消えていく魔方陣の中で飛び跳ねて喜んでいる黒いショートカットの少女――いや、声変わりしていない少年にも見える。
ただ、日本語を話していること、そして「ポケクリ」――世界的に大人気のゲーム、ポケットクリーチャーを知っていることから、自分と同じく日本人の転生者だと男は確信した。
「んー……うん! なんか真ん丸な姿でブサ可愛いかも!」
「ブサッ――――!?」
身長120cmほどのその子は、段差を気にも留めずに跳び降りて男へ近づき、丸々と突き出た腹を叩いてにししと笑った。
(なんて失礼なガキだ……! これだから今時のガキは――いや、学童ボランティアしてた時もこんな感じだったわ。それより、部屋にオレとこのガキしかいないのに、ポケクリゲットだぜってどういうことだ……? 嫌な予感しかしない……)
体に異変がないか確かめるように触って回ると、肉に埋もれた首に首輪のようなものがついているのに気づいた。
無呼吸症候群の恐怖を抱えながら眠っていた男は、気道を圧迫するようなそれをつけられたことに怒りをぶつける。
「お、お、お、おい、クソガキ! こ、こ、この首輪、おま、お前がやったのか!? マジでおま……何を、何して……くれてんだよ!!」
猫の様に子供の首根っこを掴んで持ち上げたものの、弟と同じくらいの年齢の子に対してさえ目線を合わせられず、肩の辺りを見ながら言う。
普通なら知らないおじさんにそんなことをされたら怖がるはずだが、その子は一瞬目をパチクリさせただけで、すぐににししと笑った。
「あははー! 変な喋り方ー。おっかしー!」
「あ!? う、う、う、うる、うるせえよ!!」
学童ボランティアで子供の扱いは得意だったはずなのに、長い引きこもり生活のせいで視線を合わせることも話すこともできない。情けなさに、今すぐ部屋から逃げ出したい衝動を必死に抑える。
そんな男の気持ちなどお構いなしに、その子は男には見えない何かに向かって独り言を呟いた。
「ふむふむ……。なるほどね~、新しくゲットしたポケクリには名前を付けないといけないんだねー。よーし! なんていう名前にしよっかなー」
「あ? な、な、何が、名前だよ。お、お、お、オレにはちゃんと――――」
ちゃんと……何だ?
背中にじっとり嫌な汗が流れ、服が張り付く。五十路が近いとはいえ記憶力には自信がある。だからこそ悪夢にうなされ続けてきたのだ。
それにも関わらず――男は自分の名前が思い出せなかった。家族構成や思い出は浮かぶのに、家族の名前や住所などのパーソナル情報は出てこない。
(いやいやいや。ありえないだろ? その名前のせいで人生終わったレベルの苦しみを味わってきたのに思い出せないなんてことがあるか!?)
人生が名前のせいで最悪だったことは覚えているのに、それでも名前が出てこない。背筋が凍るほどの本気の恐怖を、死んで初めて味わった。
「お、名前を付ける前でもステータスは見れるんだねー。なんか参考に……って! 何コレ! 全部の能力が9999! キミってすごく強いんだね!!」
(ステータス! そうだ。さっき確認した時、1番上に名前がしっかり表記されてたはずだ!)
「宇宙眼!!」
「おー!」
男はハッと思い出し叫んだ。目の前で服の首元を引っ張る珍獣が、大声に小さく歓声を上げる。
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名 前:■■■■■
年 齢:48
ジョブ:超超究極宇宙闘士 Lv:1
生命力:999900 攻撃力:999900 防御力:999900 速 度:999900
魔力量:999900 魔攻力:999900 魔防力:999900 技 巧:999900
所有Aスキル:宇宙跳躍、宇宙眼、大爆発拳
所有Pスキル:状態異常無効(眠り、毒、暗闇、沈黙、マヒ、混乱、石化、老化、狂戦士、鈍足、時間停止、こびと、カエル、ゾンビ)
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「な……な……何で……? さ、さ、さっきは確か……名前も表示されて……」
年齢もジョブもステータスもスキルも変わっていない。ただひとつ、名前だけが黒い四角で塗りつぶされている。男の呼吸が荒くなる。
「どうしたのー? お腹痛いの? すこし寝る?」
さすがに男の様子が普通じゃないことに気づいたのか、子供は心配そうに声をかけた。元気で怖いもの知らずだが、根は優しいのかもしれない。
男が子供の顔を見ると、まだスキルの効果が残っていたのか、その子のステータスが表示された。
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名 前:新堂・ポケクリマスター・仁深
年 齢:14
ジョブ:従魔使い《テイマー》 Lv:1
生命力:308 攻撃力:56 防御力:47 速 度:125
魔力量:150 魔攻力:100 魔防力:69 技 巧:200
所有Aスキル:強制契約、友情契約
所有Pスキル:慈愛神の恩寵(使用済)、状態異常耐性・強(毒、マヒ、熱病)
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(やっぱり……名前は表示されるよな……。てゆうか……何だこれミドルネーム? 見事に親御さんの期待通りに育ってるなおい……)
真っ先に目に入った「ポケクリマスター」の文字に、感心なのか呆れなのかため息が漏れる。
(親は正気か……? こんなの苦労するのは子供の方だってのに……。しかも名前も……ヒトミじゃなくてサトミか。読みづらい名前つけやがって。名前で苦労してそうだと思うと……少し落ち着けたぜ。落ち着いてオレの名前が無くなった原因を……いや、そんなの分かり切ってるだろ)
そう、強制契約されたからだ。分かっている。しかし納得はいかない。
LF5の猛獣使いの「とらえる」も、ポケクリも、捕まえるには弱らせる必要がある。スペシャルカプセルのような例外はあるが、そんなものを使った形跡はない。
さっき見たステータスは男と比べて明らかに低い。それなのにスキル名を叫ぶだけで無条件でテイムできるなんて、ただのチートだ。
「んー? もしかして、なかなか名前を付けないから不安なの? ちょっと待ってね、うーーーーーん」
サトミが勘違いしている中、男はスキルの詳細を確認する。
・強制契約――モンスターの意思に関係なく従魔にする。自分より強い相手には無効。
・友情契約――モンスターと友情を結び合意で従魔にする。互いのステータスの10%が加算される。
あの時聞こえた声は明らかに前者。しかし説明を読む限り絶対に男には効かないはずだ。深呼吸して脈拍を整える。
(……いや、何が悪さをしたかなんて、一目見ただけで分かるだろ)
現実逃避をやめ、男はPスキルの先頭――これ見よがしに(使用済)と自己主張するスキルに目を向けた。
・慈愛神の恩寵――不幸な少女の人生を嘆いた慈愛神が、ポケクリトレーナーになりたいという少女に授けた恩寵。過酷な世界を生き抜く少女のために、初めての強制契約に限り慈愛神の力で確実に成功させる(種族が神・天使・人間の相手には無効)。
「はい、でたでた! どう読んでもチートです、本当にありがとうございました!!」
「わ、びっくりしたー。急に大声出さないでよね」
抗議の声は届かない。しかし男は疑問を口にした。
「ん、ちょっと待て。人間には無効って、それならなんでオレに……」
その疑問への答えは、過去から響く弟の声だった。
『もうなー? 人間を越えた存在でなー、超超強くてラスボスも1撃で倒しちゃうんだよ』
「人間を超えた存在って、比喩みてえなもんだろうがよもおおおおお!! つーか人間を超えたらそれはもはや神だろ!? ならどっちにしろ無効だ無効!!」
「ひゃ~、なんかすごくおかしなことになってる……? えっと、このままにしとくとマズいかも……すぐに名前を付けてあげないと……名前……名前……パパとママは相手の事を良く考えてつけなさいって……そうだ!」
発狂して床を叩く男を見て若干引きながらも、サトミは人差し指をビシッと突きつけて叫んだ。
「キミの名前は『つよつよにくだんご』! 略して『つよにく』だよ! これからよろしく、つよにく!」
中々にひどい名前だが、一方的にそう宣言された瞬間、まるで雷に打たれたような衝撃が男の体を貫いた。




