転生の祭壇
鼻につく埃っぽい匂いが、男の意識を覚醒させた。
そこは4方を壁に囲まれた20帖ほどの石室。東南アジアの寺院やアステカのピラミッドのような質感……もちろん高山超新星は現地に行ったことはないが、写真で見た外観から受ける印象に近い。
部屋の中央、彼が立っているのは4角錐台の祭壇のような場所で、足元には意味の分からない呪文と模様で描かれた魔方陣がうっすら青く光っていた。その光は徐々に弱まっていく。祭壇の4隅には天井に届かない程度の柱が立ち、部屋の1方には戸口が見える。
「ここは……本当にオレは……転生したのか?」
転生と聞いて赤ん坊として生まれ変わるものだと思っていたが、手を見ると見慣れた太い指。さらに丸く飛び出た腹も健在だった。
「まさか50近い身体のまま転生させられるとはな。というよりこれは転生というより転移じゃないのか? まあ向こうで死んで、こうして甦ったのなら転生なのかもしれないけど、なんか納得いかねえ」
日光も火もないのに部屋が明るいのは、異世界では必ずと言っていいほど使える魔法的な何かのせいだろう。ジョブを設定させたくらいだ、魔法使いも普通にいる世界なのだろう。
「……ってそうだ。結局ジョブとやらはどうなった?」
体を確認すると、見慣れない服を着ている以外は変わらない。ただ、いつもなら立ち上がるだけで苦しいのに、死後の世界にいた時と同じく体が軽く、何らかの変化があったのは間違いないだろう。
しかし確かめる術がない……そう思った時、ひとつ思い当たる。
「これはアレか……?」
異世界ものではお決まりのアレ。誰にも見られていないとはいえ少し恥ずかしい。精神年齢は大学時代で止まっているとはいえ、実年齢は50近い。いい年してそれは……という思いが強かった。
それでも現状把握が最優先。腹をくくる。
異世界ものが流行っていたことも、本物の天使に出会い超常に巻き込まれた今となっては、ひとつの可能性を与えた。つまり、異世界に行って戻ってきた人間が、その体験をノンフィクションとして書いている可能性だ。
深呼吸してメンタルを整え、右手をまっすぐ伸ばす。
「ステータスオープン!!」
しん……と心に痛みを伴う静寂。頬が熱くなる。本当に誰にも見られなくて良かったと安堵するが、このお決まりが通用しないなら現地の人間に尋ねるしかないだろう。
唯一の出入り口に向かう前に、念のため辺りを見渡すと、段差のせいで気づかなかったのか、入り口の反対側に緑色に光るものがある。
そこへ行くには1mほどの段差があり、普通なら戸口側の階段を使うところだが、体の軽さに任せて飛び降りても膝に痛みはなかった。
「こいつは……何ていうか世界観とかどうなってんのかと問い質したくなるくらい、風情ってもんがないな」
それはSF作品でよく見るホログラムのような宙に浮くタッチパネル。歴史的建造物のような建物とのミスマッチに、高山超新星は微妙な気持ちでつぶやく。
とはいえ世界観がどうのと言っている場合ではない。触れると起動したのか、『転生者の皆様へ』と英語で表示された。
「全部英語かよ、面倒くせえな。……そういえばこの世界の言語ってどうなってんだ? メッセージ的にこれはこの世界の住人じゃなくて、転生させた天使が設置したもんだろうしなぁ。結局最強のジョブで無双して来いって言われただけで、この世界については何も教えられてないぞ」
あまりに無責任な転生に怒りを覚えるが、説明端末があるから省いたのかもしれない。英語でもリーディングなら問題ないと、面倒に思いながらも画面の隅々を流し見ると、右上に言語設定の文字を見つける。
「お、あるのか。あの天使にしては、ずいぶんと親切じゃないか」
日本語に切り替えることには成功したものの、説明の文章量は相当なものだ。くじけそうになるものの、この世界について何も知らない以上、1字1句読み逃すまいと読み始める。
「なになに? ここはブリトルンの転生の祭壇です。転生先はランダムで選ばれますが、ここは地球―サヴァイヴァリア間の転生の中で、最も過酷な環境の――はぁ!? ざっけんなよ!! やっぱあの天使クソだわ。絶対ランダムじゃねえだろ!!」
初めの文章だけで前言撤回。性悪が選んで飛ばしたと疑う。しかし読み進めると「申し訳ありません」「幸運を祈ります」など下手に出る文言が続き、天使の印象と重ならず、本当にランダムだったと結論づけた。
冗長な文章を読み終え、要約すると次の通り。
1.ここは言語系統が元の世界と同じである。
2.魔法があり魔物が蔓延る世界である。
3.村や町単位で魔物防衛は戦える住人の義務である。
4.戦闘ステータスを数値化する技術がある。
5.近隣の公用語はブリトルン語=英語。
6.最寄りの街まで40km。
なるほど、元の地球より物騒だが、世界に目を向ければ戦争は続いているし、最近被害が増えている熊を魔物と考えれば、日本とそう変わるわけでもない。
だからそう悲観することもないと考えられるが……高山超新星にとってもっと厄介なのは別にあった。
「公用語が英語ってなんだよ!? 自慢じゃねえが日本語でも話をしたのが、さっきの天使とで数年ぶりなんだぞ!? リーディングは自信あるし、リスニングはまあどうにかなるかもしれねえけど、話すのは無理だっての!!」
チート能力が無理でも自動翻訳くらい付けろと言いたい。さらに町まで40kmと書いてあるくせに肝心の方角が書かれていない。
「こんな場所に転生させてすいません感」満載の文章を書いておいて、町の場所を記してないのは不親切にもほどがある。そう考えた男は初めのメニュー画面に戻る。
「おっと、あるじゃん。ステータス測定」
日本語に切り替えてすぐ、世界の説明というボタンを押して読み進めたから気づかなかったが、すぐ下には世界地図、さらに下にはステータス測定のボタンがあった。




