走馬灯
「超新星ー、いつまでもゲームなんてやってないで、お皿並べるの手伝ってちょうだい。あなたも、明日からのキャンプが楽しみなのは分かるけど、いつまでも望遠鏡を磨いてないで」
「おっと、いけないいけない。去年は超新星の高校受験で行けなかったからつい、ね。ささ、お母さんの言う通りこっちに来て手伝いなさい」
「ちょっと今セーブできないから待って!」
沈む意識の中、高山超新星は昔の家族団欒の光景を見ていた。人は死に直面すると走馬灯を見るというが、気づかぬうちに死んでいた彼にはそれを見る余裕がなかった。これはどこにでもある……いや、普通の家庭よりも幸せを感じさせる温かい光景。彼は思い出す。ああそうだ、この日まではこんな幸せな日々が当たり前に存在していたのだと。
リビングのテレビで彼がプレイしているのは、昨年発売されたものの受験シーズンでお預けになっていた『ラストファンタジア5』。通称『ラスファン5』『LF5』と呼ばれる国民的人気ゲーム。今となっては複数ハードでリメイクされた名作RPGで、当時はダンジョン内ではセーブポイントまで行かないとセーブできず、母親に怒られながらもそこを目指していた。
両親はそんな彼に呆れながらも、去年は受験、高校に入ってからは慣れるために遊びを抑えていたことを知っていたから、大目に見ていた。この日は高校生活初めての夏休みに入って2週間。ようやく落ち着き、毎年恒例の家族キャンプに出掛ける前日だった。
両親は同じ天文台で働く研究職。夏と冬の長期休みには天体観測を兼ねて家族でキャンプするのを楽しみにしていた。去年は受験で流れた分、父親の浮かれ具合は相当なものだ。
必死にダンジョンを進みセーブポイントを目指す彼の足の上に、弟の小惑星が乗り、兄の胸を背もたれにして話しかけた。
「なーなー。兄ちゃんこのゲームに最強の隠しジョブあるの知ってるー?」
「んー? 道化師のことかー? それなら海に沈んだ塔で回収したぞー」
画面を見ながら交わす会話。弟は首を横に振る。
「違くてー、もっと強いなー、隠されてる凄いのがあるよー。もうなー? 人間を越えた存在でなー、超超強くてラスボスも1撃で倒しちゃうんだよ」
ああ、こんな会話もあったなと高山超新星は振り返る。『LF5』は自由にジョブを変えて冒険するRPG。恐らく最強ジョブがどうだという天使の言葉に、このやり取りを思い出したのだろう。
そんな強力なジョブがあればゲームは成立しない。小学校に入ったばかりの弟のかわいい嘘だと気づきながらも、彼はそのまま話に乗った。
「へえ! それは凄いなー、どうやったらなれるのか兄ちゃん教えて欲しいなー」
弟は寄りかかっていた体を起こし、床にあぐらをかく兄の足先に手を置いて前のめりになる。
「まずなー、ステータスをなー、最高の値まで上げるのなー。そんでなー、裏技でそれを100倍にするのー」
「おおっと、そりゃ難しいなー。兄ちゃん絶対そのジョブ見つけてやりたいけど、出来るかなー。それで何ていう名前のジョブなのか、兄ちゃん教えてほしいなー」
弟は足から降り、応接テーブルに紙を広げて何かを書き始める。なかなかいい名前が浮かばないのか、うんうん唸っている。母親の小言が飛ぶが、高山超新星はコントローラーを持ちながら弟の紙を覗き込む。
先ほどの超超強くてという言葉に引っ張られているのだろう、紙には平仮名で『ちょうちょう』とだけ書かれていた。微笑ましく思い、ペンを受け取ると紙に手を伸ばす。
「そう言えば兄ちゃん、友達から聞いたことあったかもしれん。もしかしたらこんな名前だったんじゃないか?」
――超超究極宇宙闘士
小学1年生には読めるはずもないが、なんとなく凄いと感じたのか弟は「これ! これ!」と大はしゃぎする。
「なーなー! なんて読むの? 教えて兄ちゃん!」
兄は胸を張って答えた。
「これは超超……いや、違うな。超超究極宇宙闘士だ!」
「ちょうすーぱー……かっけえええええええ!!」
「もう! 遊んでないで手伝いなさい! 電源ぬいちゃうわよ!」
母親の堪忍袋の緒が切れ、大慌てでセーブポイントに到達しダイニングへ向かう。弟と皿を並べる兄。その光景を感慨深く眺める父親。第三者視点で見ていた高山超新星は胸が締め付けられた。
人生最後の幸せな家族団欒。この翌日、キャンプ先の川で遊んでいた弟が流され、それを助けようと飛び込んだ父親と共に見つかったのはさらに翌日だった。
「……思えば、お袋もオレの事を愛してくれてたんだよな」
走馬灯とはこういうものか。生きている時に見せられたら反発したかもしれないが、落ち着いた気持ちで振り返ると、あの日から変わった母親のことも冷静に考えられる。
教育熱心だった母はこの日を境にさらに厳しくなり、それを糧に最難関のT大に現役合格。大学生活でも期待に応え続けた。しかし就職活動で失敗が続き、お互い余裕がなくなり、顔を合わせれば口論。全ての持ち駒がなくなりニートになった時、名前が原因で落とされ続けた彼はとうとう母に手をあげた。
それからは家庭内暴力が当たり前になり、祖父の家に避難した母から譲り受けた実家で父の遺産を食いつぶしながら無気力に生活してきた。
「今さらだな……。思い出して見りゃこの名前だって、本気で良いものと思って親父もお袋も付けてくれたってのに。こんな親不孝なオレが死んで、お袋は今どう思ってるのかね。ははは……ってか、もう30年近く連絡とってねえし、生きてるのかすら分からねえや」
長い走馬灯の果て、人生で一番楽しかった時を無理やり振り返った彼に残ったのは、母への後悔だった。面接官に言われて一番ムカついたのも、知りもしない親を毒親扱いされたことだった気がしてきた。
死ぬほど嫌っていた名前も、今のネット社会、読み方変更だけならすぐできるという情報もすぐに手に入っていた。それをしなかったのは、家族の繋がりを断ち切ることに無意識に抵抗していたからかもしれない。
「オレ自身、あのクソ面接官たちの悪意に大分染められてたみたいだな。ムカつくぜ……やっぱりオレは異世界じゃなく現実世界に戻り――――」
『あなたにジョブを授けます。さあ、今こそ口に出して答えなさい。あなたが就きたいと思う、あなたが考えた最強のジョブを』
「何だ!?」
急に響いた声は先ほどの天使のもの。しかしさっきまでの人を小馬鹿にした態度はなく、感情も感じない。恐らく転生者に向けて流している自動音声のようなものだろう。
そういえば、チート能力ではなく「自分で考えたジョブに、そのジョブに就くために必要な最低ステータス」で転生させると言っていた。ここでジョブを選ぶ必要があるのだろう。
「ならオレは世界を滅ぼす『魔王』に――……いや、ちょっと待て」
迷わず世界の敵を選ぼうとしたが、どうにもすっきりしない言い回しに彼は不安を覚えた。弱っているところに優しくされ、思わず気を許したが、あんな風に笑う天使の言葉に悪意がないわけがない。悪意に潰された人生を振り返り、脳が危険信号を送る。
そもそも職業を選ぶ意味が分からない。どんな世界に転生させられるのか分からないが、職業など宣言でどうにかなるものではない。簡単にコロコロその場で選択できる、それは――まるで『LF5』の世界のようじゃないかと。
そう思った男は、大声で叫んでいた。
「オレが就きたいジョブはただ1つ、全てのステータスを完ストまで鍛えた先、それをさらに100倍にすることで初めて就くことができる最強のジョブ『超超究極宇宙闘士』だ!」
厳密には弟が考えたジョブだが、合作のようなもの。そう叫ぶと、沈んでいくように感じていた意識が、はるか上空の光へと引っ張り上げられていくのを感じた。




