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幕間 ~もう一つの船上の戦い~


 黄金色の朝焼けが続く水平線。

 空の朱と海の碧が混じり合う幻想的な光景は何人の心も魅了する。

 旧都沿岸より大型帆船で半日ほどの海の只中。広大な北方海峡を船列を組んで進航するバートペシュ船団は、昨夜の怪物との激闘を終えて興奮冷めやらぬ朝を迎えていた。


「それにしても船団長、昨夜は稀に見る大捕り物でしたな!」

「ああ、我が船団の長い歴史においても一二を争う戦いであったことは間違いなかろう」


 七隻の大型帆船と二十一艘の小中型帆船で構成された船団。その中心に位置する旗艦セント・メアリ号の船尾アンカーの先には今、鎖で括られた巨大生物の死骸があった。市中を引き回される罪人のように海中を漂うは、超大型のシーサーペントだ。

 規格外の化け物であるそれはここ最近、バートペシュ船団の庭先でもあるこの北方海峡において恐怖の対象となっていた。

 北方の小国家群の漁師たちから〝海の殺戮者〟と恐れられ、やがて沿岸部一帯を合わせた死者と行方不明者の数は百を超え、事は近年稀に見る怪獣被害としてバートペシュ領内でも大きな問題となった。

 遠方まで漁に出る旧都漁業組合からの陳情もありここ数週間のあいだ、バートペシュ船団は北方海峡を暴れ回っているこの化け物を仕留めんと手を尽くしていた。

 漁師たちの目撃情報を頼りに湾内を縦横無尽に航行し、数日前にようやく件のシーサーペントらしき生物の影を湾内の中心部にて発見。

 そこからは狩りとも漁とも呼べぬ戦いの連続だった。

 帆船の射出銛と船員の攻撃魔術で傷を負わせ、その度に逃走を許すこと数十回。

 最後には船団の総力をかけて二重三重の包囲網を敷き、彼らは昨晩において見事、希代の怪物を仕留め輝ける勝利を収めたのだった。


「これほどの戦果である。さぞ公爵様もお喜びになられるだろう」


 朝日を前にパイプを口に銜え紫煙を燻らしながら、老年の船団長は満足気に呟く。

 若き頃、無名の海賊として人生を終えようとしていた彼の命を救い、この船団に引き入れたのは先々代の旧都領主だった。それ以降、船団長はバートペシュ家に忠誠を誓い北方海峡の治安維持と旧都の繁栄に心血を注いできた。

 やがて時代が進み、それぞれ短命であった先々代、先代と旧都の領主が変わり数えること三人目の主となった現在においても、彼のバートペシュ家に対する忠誠に揺らぎはなかった。


(親愛なるメアリ様に逸早く吉報をお届けしなければ)


 そんな船団長の思惑どおり動力補助に風珪砂を使用した最新式の帆船は、順調に最大船速で帰港の途に就いていた。



「ん? なんだ、空が急に暗く――」



 しかし旧都への帰路も、残り半分ほどとなったところでだった。なんの前触れもなく唐突に旗艦の甲板に不吉な影が落ちた。

 まるで船団の行く末を案じるような暗い影である。

 おかしい。いくら天気の変わりやすい海上とはいえ先ほどまで雲一つない快晴だった。もしや怪鳥の類だろうか。船員たちの視線は自ずと上方へと向く。彼らが見上げた朝焼けの上空にはポツンと、船団と並走するように不可思議な物体が浮いていた。


「なんだありゃ?」

「おい、あれって」

「ま、まさか……」


 船員たちの口から次々に「ドラゴン」という単語が飛び交うのに時間はかからなかった。予期せぬ事態に船団全体が騒がしくなる中、頭上の物体は急激に下降をはじめると、あっという間に得体の知れなかった影は巨大な翼竜となりさらに船団へ迫ってきた。


「ひい”いぃー!!」

「で、でけえっー!?」

「今度は空の蛇かよ!」

「おいおい、次はあれを()れってのか!?」

「ふざけんな、そんなん無理に決まってんだろ!」

「馬鹿者共、誇りある我が船団員が狼狽えるなっ! さっさと全員配置につ――!!」



 ――ズダァンッ!!



 経験豊富な船団長が声を荒げると同時だった。迫り来る翼竜の背から何かが勢いよく操舵輪のある旗艦の船首側に落ちてきた。

 衝撃によって生じる白煙と砂埃。

 船員たちの耳を劈く爆音とともに落下してきたのは奇怪な二人の大男である。

 そして、それに少し遅れてだった。手の平ほどの小さなクマの人形が甲板全体に撒かれるようにしてバラバラと大量に降ってきた。


「ふぃ~、ようやくだ……。ようやくっ、俺様の出番だぜえ”え”え”え”え”えええええええええぇぇぇっーー!!」


 着地と同時に甲板を豪快にぶち破った獣人族の男が、力任せに両足を引き抜きながらビリビリと咆哮するように叫ぶ。


「ゴルディロックス、拙僧らはまずこの船を潰す。そのあいだにお主らは周囲の船にも人形を撒いてくるがいい」

「わかったのー」


 飛び下りてきた坊主頭のもう一人の男と、上空から身を乗り出す黒い髪の少女。会話を交わした直後、翼竜は再び高く飛び立ち舞い上がる。

 呆気に取られた船員たちは指揮官である船団長含め、未だ誰一人としてその場を動けずにいた。


「貴様ら……な、何用だ! 我々がバートペシュ船団であると知っての狼藉かっ!?」

「あん? おいおい、狼藉ってほどまだなんもしてねぇだろ。ま、これから何もかもぶっ壊すんだけどよ。がははっ!」

「何っ!?」

「いやー、マジで悪ぃな~、爺さん。あんたらに別に恨みはねぇがよ、俺様の肩慣らしにちぃ~とばっかし付き合ってもらうぜー!」


 心底楽しげに歯を剥き出しにして笑う獣人族の男。彼が船への攻撃意思を明確にした、その次の瞬間だった。見計らったようにポンポンと旗艦の至るところで小気味よい音が鳴り響き、甲板に撒かれた大量の人形が次々に巨大化した。

 変貌を遂げ、本物の〝熊〟ほどの大きさになった凶悪な布地と綿の塊。

 それらは直後、二人の大男と共に船上にて破壊の限りを尽くすため暴れはじめた。








 ※


 救国(ニヴルヘイム)支配域――シュテンデルート城。

 その中央塔にある謁見の間では、実働部隊から外れた三人の終焉の解放者(リベレーターズ)メンバーが待機しており、翼竜に乗って旧都に向かった七人の仲間と密に連絡を取り合っていた。


「えっと、北方海峡上空のマカチェリーさんとロコちゃんから続報です。『ほぼ殲滅完了』とのこと」

「おいおい、早すぎだろ……」


 こめかみから指を離してあっさりと重大な戦果を伝えてくる褐色肌の少年アレクベル。その報告にユウジは戦慄を覚えるしかなかった。

 偶然にも敵の船団を発見したという連絡が入ったのがつい先ほどの話。すぐに大した思慮もせずジーアが攻撃の指示を出したため、遭遇と開戦のあいだにタイムラグがなかったことを考慮しても瞬く間に落着したことに疑いはない。

 実際の戦力規模は不明だが、たしか軍船は三十弱ほどという報告だった。おそらくこの世界における海軍戦力として最高レベルの相手であったはず。それを片手間程度の時間でほぼ壊滅させたというのだから、ユウジが味方ながら恐ろしく思うのも無理はなかった。


「アレク、船に下りた二人を回収して作戦を続けるようマカチェリーに伝えて」

「了解しました、ジーアさん」

「てかよ、本当に船を襲わせてよかったのかよ。旧都を侵略すりゃ丸ごと利用できたかもしんねーのに」

「いいのよ、敵なんだから。それに負傷明けのラッダとレオにとっては良い肩慣らしにもなったはずよ」

「そんな理由で襲撃されたとあっちゃ乗組員たちも浮かばれねぇな。まっ、海だけあって今頃マジで沈んでんだろうけど」

「ちょっとユウジ……そんなくだらないこと言ってる暇があるならしっかり自分の役割を果たしなさいよ」

「あ? 役割?」


 自分でも不謹慎でつまらないことを言った自覚はあったが、役割と言われて思い当たる節などなかった。

 役立たずの無能ながらしっかり数合わせとしてこの場に大人しく待機しているではないか。そんな抗議の意思を込めた眼差しをユウジが向けていると、ジーアはその場で急かすように指示を飛ばしてきた。


「パープルがいないわ。さっさと捜してきて」


 言われて初めて気づく。謁見の間をぐるりと見渡しても見つからない。いつの間にかクランの首領である、その純エルフの姿はどこにもなくなっていた。

 先ほど船団を発見したという報告があったときにはいたはずだが、おそらく待つのに飽きてどこかに行ったのだろう。


「たくっ、だから俺はあいつの保護者じゃねぇって……」


 当事者意識の薄いリーダーで困る。だがそんな彼女こそ、これからの戦いにおける最大の控え戦力にて最強の切り札だ。大一番に近づけば近づくほど、その存在はこの陣営にとっての要となっていくだろう。


「どうせまた塔の天辺だろ」


 不平を漏らしつつもユウジはパープルを捜すため謁見の間を出た。








 ※


 半壊し、水中へと沈没していく多くの軍船。

 海面には大量の木片が散乱し、運良く生き残った船員たちがつかまらんと波に呑まれながら必死に藻掻いている。

 壊滅状態に陥ったバートペシュ船団の残骸を眼下に、実働部隊として今回の作戦の中心を担うマカチェリーはジーアからの指示を翼竜に乗る仲間たちに伝えた。


「ハンサムボーイのアレクちゃんから連絡よ。『ラッダとレオを回収のち変更なく作戦を続行』ですって」

「てか、これが最大の海上戦力だとしたら王国(ミレニアム)って弱くない? もう私、旧都じゃなくてさ、このまま本命の王都を襲ったほうが手っ取り早い気がするんだけど」

「あらあらまぁまぁ、何もしてないくせに口だけは一丁前ねぇ~」

「はっ? 何よ、ダリア? 今回なんもしてないのはあんただって一緒でしょ。てか、こんなとこで喧嘩売るとかいい度胸ね。そんなに海の藻屑になりたいわけ?」

「きゃー、弟君助けて~。怖いお姉さんが虐めてくるー、がし!」

「………………」

「ちょっ!? あんた何モコに抱きついてんのよ!」

「弟君は今日から私のものでぇ~す。いえーい♪」

「いえーいじゃないわよ! てか汚い手で私の弟に触るな、このクソ売女っ!!」

「はいはい。そこの二人、まーちゃんの上で暴れないの。というかあんまりおふざけしてると振り落とされるわよ」


 手元の鎖を動かし合図を送ると、マカチェリーはそこで翼竜を急降下させた。騒いでいたロコとダリアは慌てて体勢を低くして身構える。

 すでに海上でまともに浮いている船はラッダとレオリドスが乗り移った旗艦のみとなっていた。

 しかし、それももう時間の問題だろう。巨大化した数十体のクマの人形により刻一刻とさらなる破壊は進んでいた。


「ゴルちゃんのミニクマちゃんたち効果覿面ね」

「当然なの。ゴルディーの〝くまさんといっしょ(べすとふれんど)〟は最強の天賦技能(ギフト)なの。えっへんなの」


 完全に落着しつつある惨状を見てマカチェリーがぽつりと感想を漏らすと、ゴルディロックスは誇らしげな表情を浮かべて威勢を示した。

 その胸には甲板に落とした物よりも一際大きい継ぎ接ぎだらけのクマの縫いぐるみが、ここが自分の指定席であると言わんばかりに抱かれていた。


「ねえ、ゴル……なんかさっきからラッダと虎男も、あんたのクマに襲われてるように見えるんだけど?」


 翼竜が旗艦に近づいたことで甲板の様子がはっきりと見えた。すでにそこに無事な船員の姿はない。その上でロコが指摘したとおり一部のクマたちがラッダとレオリドスを襲い、返り討ちにされている光景が確認できた。

 二人に殴り飛ばされたクマたちは一体、また一体と海面に投げ出されていく。しばしそのままバタバタと激しく暴れて水飛沫を巻き上げていたが、やがて布地と綿の身体が海水を含んで重くなったのか、どの個体も例外なく海の底へと静かに沈んでいった。


「あらあら、しかも泳げないのね~。もしかしなくてもあなたが抱いてるのと比べてかなり弱体化してなーい?」

「新人さん、それは仕方ないの。船に落としたのはどれも最後の仕上げにゴルディーが一縫いしただけのクマさんなの」

「ゴルちゃんのクマちゃんは手間と愛情をかければかけるほど強力になるのよね。嗚呼、愛がそのまま強さに結びつくなんて、ス・テ・キ♪ 本当ロマンティックな天賦技能(ギフト)だわー♥」

「こんな地獄絵図を生み出しておいてどこがロマンティックなのよ。てか、正直ゴルの力が一番ヤバいまであるし……」


 シュテンデルートで市民を動員し作らせたクマの人形は幾つもの巨大な布で包まれ、翼竜の背中にまだまだ大量に積まれていた。

 ゴルディロックスが仕上げの数縫いを施し、すでに()()()()()()()凡そ一万体のうちの二千体。

 それを旧都上空からばら撒くのが進攻作戦のまず第一段階である。船団の殲滅は偶発的なものであったが、ゴルディロックスのクマ人形が無差別兵器として機能することを本戦前に証明できたのは彼らにとって何よりの戦果だった。


「さあっ、男共を回収してこの勢いで旧都を落としに行くわよ!」

「幸せな人間たちの街をゴルディーのクマさんで滅茶苦茶にしてやるの」


 マカチェリーが鼓舞し、ゴルディロックスは冷笑とともに黒い呟きを漏らす。

 ファンダイン家の女傑たちを全滅させ、世界最強の船団すらも一蹴した終焉の解放者(リベレーターズ)

 北方海峡を渉る彼らを阻むものはもう何一つとしてなかった。


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[一言] クマのぬいぐるみ1万体と無限増殖モグレムの戦いを幻視してしまいました。 一見可愛らしいように見える地獄絵図
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