221.旧都へ
「それじゃ~、あたしは治療の続きしてくるねー」
「あいあい。ま、良くなったらウチに戻っておいでよ。そのときはシホルに復帰祝いのごちそうをたくさん用意してもらうからさ」
「本当っ!? わーい、ごちそう食べ放題だぁー♪」
赤いブヨブヨを倒したあと、私たちは転送石を使ってバートペシュポート・ダンジョンの地上層部分に飛んだ。
んで、そのまま転送の魔法陣がある広間から迷うことなく迷宮の出口に辿り着いたんだけど、舌の治療の途中ってこともありサリエルとはそこで別れることに。
旧都観光も一人より二人のほうが楽しいし、しつこく誘ったんだけどね。のほほん天使はめずらしく頑なだった。ついては行きたいけどこのままずっと食べ物の味がしないのは嫌だって。
うん、それはたしかに重大な問題だね。ついて来ても旧都の海の幸をまともに味わえないんじゃ蛇の生殺しもいいところって話だ。
なので、理由を聞いたあとはもう誘わずにおいた。その上で帰宅の手段も自力でなんとかしようと思う。サリエルは「帰るときはまた羽根で呼んでねー♪」ってあっけらかんとしてたけど、さすがに療養を邪魔してまで手配馬車代わりに呼びつけるのは良心がチクチクと痛んだ。
「んじゃ、ここで。またね、サリエル」
「あ、エミカー」
「ん?」
別れ際、地上に続く明るい出口に向かって歩き出したところでサリエルが不意に私を呼び止めた。なんだろうとこっちが振り向いた直後、のほほん天使はその呑気な声のトーンとは裏腹にとても重大で重要な忠告をしてきた。
「祝福の効果が半減してるから、くれぐれも大ケガとかには気をつけてねー♪」
「………………」
ほぉ、なるほど。
左爪の翼の刻印が薄れてるのはそういうことだったらしい。なんでもスリープモード中はどうたらこうたらでダメージの肩代わりがなんたらかんたらで結果的にいろいろと中途半端になってしまってるんだとか。
うん。サリエルの説明は毎度のことよくわからないけど、さっきまで私は凶悪なモンスター相手に普通に命懸けの綱渡りをしてたってことはよくわかったよ。
「って! そういう大事なことはもっと早く言えー!!」
「あはー♥」
最悪、下手したらさっきの戦闘で死んでた可能性もあったってことじゃん。うわ、今さらながら背筋が寒くなってきた。天使の加護があってこその無茶なんだし、ここからはそこんとこも踏まえて慎重に行動せねばだよ。
ま、この先さっきみたいなヤバいモンスターと戦う予定もないし、特に問題はないっちゃないけどさ。
「エミカー、いってらっしゃーい♪」
「ういー」
今度こそ元気に手を振るサリエルと別れて、私は明るい地上に出た。
「もう完全に朝だね」
日差しの眩しさにまじろぎながら周囲を見渡すと、外は何もない野原が地平のずっと向こうまで延々と続いてた。
さすがは攻略不可能ダンジョンで冒険者すら寄りつかない場所なだけある。辺りには人っ子一人いない。
目印になりそうなものはないけど、このまま真北に向かえば旧都に着くはずだ。
方向を確認するため空を見上げると、雲一つない青い空が広がってた。パメラが誕生日にくれたキングラクーンのコートも着てこなかったから若干の肌寒さもあるけど、とっても気持ちのいい天気だった。なんとも行楽にはぴったりの日和だね。
「いでよ、モグレム――!」
ってことで、旅の気分を存分に味わいたいこともあってその場で即席の荷車を作成し、いざ出発。
穴を掘って暗い地下を進むのが時間においては何よりだけど、人生に効率ばかりを求めてもつまらない。
たまにあえて無駄なことをしたくなるのが人間ってもんさ。うんうん。
――ガタガタ、ゴトゴト。
「ん? なんだろ、この匂い……」
三体のモグレムが力強く牽引する荷車が北に向かいはじめてしばらくするとだった。風の中にかすかに含む独特な香りが私の鼻孔をくすぐった。
鼻の奥を突くような、ちょっぴり刺激的な匂いだ。別に臭いってわけじゃないんだけど、なんとなく腐った野菜クズを連想しちゃう。
あ、もしかしてこれが噂に聞く海の香りってやつかな?
さっきもそうだったけど、ダンジョンの海域ではこんな匂いはしなかった。やっぱ地上の海は海でまた別物だったりするのかも。
「みんな急いで、ゴーゴー!」
ますます旧都への好奇心が湧いて、私はモグレムにもっと飛ばすよう命令した。そこそこの速さで進んでた荷車はさらに加速して北上を続けると、やがて地平の向こう側にバートペシュポートらしき都市の外観が姿を現した。
「おお、あれが旧都!」
まず一番に視認できたのはお城っぽい塔の輪郭と、広範囲にわたって地上から伸びるように広がる光の揺らめきだった。
最初はホマイゴスみたく魔術のバリアでも張られてるのかと思ったけど、さらに近づいたところでそれがすべて透明な水であることに気づく。
噴水なんてレベルじゃない。
なんて長大な水の壁だろう。
高々と防壁としてカーテンのように陸地に広がるそれは、日中の大らかな日差しを水面に反射させて燦然と輝いてた。
「ほんとに端から端までぜーんぶ水でできてる! すっご!!」
さすがは水の都というだけあるね。
でも、ここで一つ問題が発生だよ。
私のようなよそ者は、一体どっから入ればいいのかな?
「お、もしかしてあっち?」
このままバカ正直に真北に進むべきか迷ってると、西の方角に小さく数台の馬車が連なって旧都方向に進んでるのが見えた。
どうやら向こうに街道があるっぽい。そして、街道の先は必ず都市への門と繋がってるはず。
早急に方向転換して街道側に向かうと、その予測は大正解だった。街道の終点では水の壁の一部がぽっかりとアーチ状に開けてて、そこが旧都への入口となってた。
「おい、あれ見ろあれ!」
「うおっ、なんだありゃ!?」
「ゴーレムが馬車を引っ張ってやがる!」
「あんなもんどこで売ってんだ……?」
「バカお前、売ってるもんかよ。自前で召喚したに決まってんだろ」
「だろうな。あの若い娘、さぞ名のある魔術師と見た」
「人は見た目によらねぇな」
「………………」
水の壁の手前。入場を待つ馬車の列に並ぶと商人らしき一団に指を差されて驚かれた。どうやらモグレム荷車が注目を集めてしまってるみたい。たしかにこんなヘンテコな乗り物で街に入ろうとする奴は私も見たことがないよ。
そのまま衆目に恥ずかしい思いをしつつ、耐えて待つこと少々。審査を受ける番になって開けた入口に近づくと、そこにいた衛兵さんからいきなり旧都に来た目的を訊かれた。ほとんど条件反射だったけど、私は正直に「観光と商売、半分ずつ」と嘘偽りなく答えた。
「旧都バートペシュポートへようこそ、お若い商人さん。何か身分を証明できる物は持っているかい?」
「ええっと」
言われてアラクネ会長からもらった腕輪が一瞬頭をよぎったけど、それには及ばずだった。
「アリスバレーからとは、またずいぶん遠くから来たね。さ、長旅の疲れが癒えるまで存分に休んでいくといい」
王都みたく厳重な身体検査もなければ某魔術都市みたく排他的な能力検査もなく、ギルドカードを見せただけですんなり旧都に入る許可をもらえた。
ここの領主様の方針なのか。どうやらよそ者でも喜んで歓迎してくれる土地柄みたいだね。
某ホマイゴスのときみたいな惨事にはならずほっと一安心した私は、涼しげで不思議な水のアーチの中にモグレム荷車を進めた。
「おぉー、きれい!!」
一面、青の世界。
まるで魚になった気分だ。
「あ、でも、これってどういう仕組みでできてるのかな? やっぱ、これも魔術の一種……?」
陽光が射しこんでくるのもあってか、水のトンネルの中は煌々として明るかった。それでもすべてが透けてるわけじゃなく、周囲の視界はシャボン玉の表面みたく光の反射で揺らいでいて水の先にあるはずの景色は見通せない。
途中あまりに気になって爪先でちょこんと水の壁に触れてみたけど、水飛沫が少しも上がることなくそのまま指がなんの抵抗もなくにゅるっと入っていった。
多少冷たいという感覚はある。
それでも、水の中に手を入れてる感じとは明らかに違った。
てか、なんか前にもこれと似た経験をした覚えが……あ、そうそう、ルシエラが召喚した水の乙女だ。あれの体内がたしかこんな感触だったね。
「やっぱ仕組みはわからないけど、ほんと面白い。アリスバレーにあったらモグラの湯に並ぶ観光名所にもなりそうだし」
だけど、もしこの水の中を通り抜けられるなら防壁として意味をなさないんじゃ? いや、それでも水の乙女と同じように中で息ができるともかぎらないか。
ならば今度は頭を突っこんで試してみようかとも思ったけど、水のトンネルの終わりがいよいよ近づいてきたので自重しとく。
アーチ状の出口の向こうに広がる白昼の真っ白な光。その先にある旧都バートペシュポートに足を踏み入れるため、私は長い水のトンネルの中を悠然と潜り抜けた。











