220.船上の戦い
敵の魔の手に捕らわれた相棒。
「わわー♪」
刻々と傾いていく船体に、私はバランスを崩して思わず滑り落ちそうになる。
「わわっ!」
傾斜した甲板の先の海では、無数の触手を四方八方に広げるグロテスクな海の怪物が今か今かと獲物である私を待ち受けている。
いやー、最初から完全にあちらさんはやる気だよ。強いモンスター特有の、人類に対する殺気っていうものがみなぎっちゃってるもの。
まだ決して絶体絶命ってわけじゃないけど、海に落ちたらいよいよピンチもピンチ。こりゃ待ったなしの状況だね。
「おーい、サリエルー! そっちは大丈夫ー?」
「あはー♥ すっごく楽しいよー! エミカもおいでよ~♪」
「………………」
触手に巻き取られて高々と掲げられながら余裕しゃくしゃくのサリエルは、私の呼びかけに場違いにもニコニコ笑顔で応じる。
いや、行かねーし。
てか、なんかやっぱ全然平気そうだし、あののほほん天使は放っておいてこのまま転送石で一人地上を目指すのが最良なのでは?
なーんてクレバーな考えも一瞬頭をよぎったけど、そんなことしたらまたパメラに薄情者と呼ばれかねないし、第一のこと冒険者として仲間を見捨てるわけにもいかない。
なので、滑り落ちないよう気をつけながら甲板の柵までそそくさ移動。さらに傾斜が厳しくなりつつある船の上でバランスを保ちながら私は急いでモグラシュートを放った。
もちろん狙いはサリエルを捕まえてる触手だ。正確に距離と方向を定めて放たれた最強の一撃は次の瞬間、命中。
そのまま吸盤だらけの長いウネウネの一本をズタズタに引き千切った――かのように見えた。
――ビヨヨ~~ン!
「げっ!」
だけど直後、思わず目を疑う光景が。
ダイヤモンドの杭に穿たれた触手は引き裂かれることなくモグラスポンジのように弾んで技の威力を相殺すると、そのままいとも簡単に私の必殺の一撃を明後日の方向に弾き返した。
「あはー♥ エミカー、この〝守護者〟に物理攻撃は効かないよー♪」
「ええっ、そんなのあり!?」
「ありといえばありだねー♪」
モグラシュートを受けた反動で触手の先端ごとビヨンビヨンとこれでもかと激しく揺れながら、衝撃的なアドバイスをしてくるのほほん天使。
できれば自力で脱出してくれると手間が省けるし最悪そうしてくれないかなと半分ほど心の中で期待してたけど、打撃系の攻撃が一切効かないとなると話は別だ。サリエルですら脱出の手段は限られてくるかもしれない。
「ぐぬ、ならしかたない。あれの出番か……」
このままじゃあの赤いブヨブヨに船体ごと海に引きずりこまれるのも時間の問題。一刻の猶予もないこともあって、私はこんなこともあろうかと用意してきた最強の切り札を惜しまず使うことを決めた。
さっそくその場で背負っていたずぶ濡れの革袋を開ける。唯一旧タイプの羊皮紙スクロールってこともあって、お目当てのアイテムはすぐに見つけることができた。
それはルシエラが転写術で作ったものではなく、ホマイゴスにある魔術師協会ってところからの貰いもので、モグラ屋さんの超高額コーナーですら置いてないとても貴重な一品だったりする。
だから正直、あんまり使いたくないってのが本音も本音。
それでも、海という私には不利な場所を想定して持ってきたアイテムでもある。ここで使わなきゃ、この先で使う場面もなく宝の持ち腐れになってしまうかも。ならいっそのこと、派手に使ってしまったほうがいい。
「フッフッフ、我が魔術に身も心も凍てつくがよい!」
サリエルが効果範囲に入らないよう、マストに巻きついてる触手全体に狙いを定めてから私は貴重なスクロールの紐を勢いよくほどいた。
「大氷嵐――!!」
青白い光とともにスクロールが消滅した瞬間だった。
私の手元から迸る猛吹雪。氷の風が足元の甲板を一瞬で凍らせると、そのまま吹雪は轟音を響かせながら船上を奔るように伸びていく。
あっという間に、目の前のすべてが凍てついた。
発動後、標的だった触手の束をマストごと完全に氷漬けにするまで、ほとんど時間はかからなかった。
「サリエルー、今助けるからー」
――バリンッ!
さっきと同じようにモグラシュートで触手を狙うと、今度は命中と同時に砕け散った。
その足に捕らえられてたサリエルも、くるくると空中を回転。落下の途中で凍ったマストを蹴りつけると、彼女はぴゅーんとその反動を利用して私のほうまで華麗に戻ってきた。
「エミカ、すっごーい! 今度は船を冷え冷えにしたー♪」
「ふふんっ、まぁーね。ま、私がちょっと本気を出せばこんなもんだよ」
いや、すごいのは水の上位大魔術がこめられたスクロールなんだけどね。
それでもやわらかい相手を凍らせて砕くというのは私の機転なので、この場は厚かましさをおくびにも出さず、えっへんと胸を張っといた。
――グラグラグラ、ズドォーン!
「おっと」
「おー♪」
サリエルを救出してすぐ大きな揺れとともに船の傾斜も元に戻った。
どうやら自分の手足が帆や船体に凍りついたせいで、赤いブヨブヨも身動きができず戸惑ってるみたいだ。
「攻めるなら今がチャンスだね。よし、ここで一気に畳みかけてやっつけよう」
「今のでもっと凍らせるのー?」
それが一番楽で確実だろうけど、生憎あれが虎の子の一本。
それに船尾に取りついたあのあまりに巨大な頭部まで凍らせるには、目算でもあと大氷嵐を五~六回は連発する必要がありそうだ。たとえ時間があったとしても、そんな本数のスクロールは用意できそうになかった。
「エミカー、あたしが魔法でやっつけようかー?」
「いや、大丈夫。ちょっといいことを思いついたから」
今まで試したことはないので成功するかは未知数。それでも、船の半分ほどが凍りついてるこの状況はある条件を満たしているといえた。
そう。
私の禁魔法の発動条件を。
「――モグラアイスウォール!」
ふとした閃きで試したのは早い話、土ではなく氷を使ったモグラウォールの派生技。氷なら雪と一緒に爪の中に大量にストックしてあるし、この規模でも十分展開が可能のはず。
足元の氷にどんどん氷を送りこむイメージで技を発動すると、凍った甲板から次々に太くて巨大な氷柱が突き出していく。氷の結晶の道しるべはたちまち植物の枝葉のように船の真ん中まで伸びると、マスト全体をさらに分厚い氷で包みこんだ。
「よっし、いける!」
「わー、さっきより冷え冷えだー♪」
思ったとおり成功となれば、この場はもう私の独壇場。もはや土の上と同じ。
ガチガチに凍りついた触手を伝えば、たとえモグラウォールの射程距離外でもお構いなし。巨大な海の怪物はその手足から本体の頭部へと侵食するように、瞬く間に凍っていく。
――ズドドッ!
最後の抵抗を試みようと船を再び揺らしはじめるも、放った氷の壁がすべてを呑みこむほうが早かった。
ピッキーンと船体のほとんどが透明な氷の世界で覆われる中、船尾に張りついてた赤いブヨブヨの頭部も完全に沈黙。巨大な海の怪物は全身コチコチの、ただの氷塊にその姿を変える。
あとは貴重な素材を使ってモグラシュートを放つまでもなかった。
「――モグラアイスアッパー!」
ツルツルの床を滑って移動したあと、私は船尾から発生させた無数の巨大氷柱で目の前の赤い氷塊を滅多刺しに。
「わー、ばいおれんすー!」
となりのサリエルがきゃっきゃとはしゃぐ中、そのうち赤い氷塊は大きく何分割かに崩れるように割れて、最後には海の底へと静かに沈んでいった。
「よし、後始末も完了っと」
「エミカー、おつかれー♪」
ちょっと卑怯な感じもするけど勝利は勝利。
貴重なスクロールとか必要条件はあるけど、足元に土がない場所でも戦える方法を編み出せたのは何よりの収穫だった。
てか、倒したあとで今さらだけど、あの赤いのアリスバレー・ダンジョンにいた〝水晶宮の捕食者〟となんか似てた気がする。
触手がいっぱいでウネウネしてるところとかさ。もしかしたら色違いなだけで同じモンスターだったのかな? ま、帰ったらパメラに訊いてみよっと。











