「転校生」「写真立て」「雨音」
百合です。
雨雲は1か所に留まってくれない。そう、君も。
あの日も今日も、一日中ずっと雨だった。あの日――君が転入してきた日、転入初日だというのに君のスカートからは水が滴っていた。
「今日からこのクラスに転入する水瀬です。よろしくお願いします」
そう言ってお辞儀をした君は、変わりのない日常に訪れた変化だった。私の隣の席に座った水瀬は、窓の外の雨と違って落ち着いた様子で真新しい教科書を取り出す。
「水瀬さん、よろしく。私は楠木。もう教科書持ってるんだね」
「よろしくね、楠木さん。今回は転入前に揃えられたの」
今回は。それだけで水瀬が頻繁に転校していることが伺える。だがわざわざ確かめるようなことでもない気がして、私はそっかとだけ言って会話を終わらせた。
最初の隣の席、最初の会話相手になった私は、自然と水瀬と話す機会も増えた。教科書はあっても移動教室の場所がわからない水瀬を連れて行ったり、昼食の弁当を一緒に食べながら他愛もない話をしたり。そうして一緒に過ごしているうちに、君は案外表情のコロコロ変わる人だということが分かった。初日の挨拶は緊張していただけで、笑ったり怒ったり照れたり――空のようだった。
私はあまり表情が変わらないと人に言われることが多い。何を考えているのか分からないと言われることもあった。それだけに、表情をよく変える水瀬は見ていて飽きない。窓の外ばかり眺めていた私の視線は、いつの間にか反対側に向けられ窓の外を見ることは無くなっていた。
「水瀬は分かりやすいし、楠木と足して割ったらちょうど良くなりそうだね」
そう言ってからかうように笑ったのはクラスメイトの女子だったか。聞きながら、私は確かに水瀬と一緒になれたらきっと楽しいだろうと想像した。楽しいだけじゃない。きっと飽きの来ない日々が送れる。
「……それは、ちょっと嫌かも」
そんな声で思考は断ち切られた。顔を上げれば水瀬は困ったように笑っている。嫌か。楽しそうだと思ったのは私だけだった。楠木さんと一緒になっちゃったら――そう言いかけた水瀬の声を最後まで聞いていられず、体が勝手に席を立っていた。
それからすぐに席替えがあったのもあり、水瀬と話す機会は無くなった。違う。私が避けたからだ。いつも話すときは水瀬からだったから、私が彼女を避けたら水瀬の周りには別の人がいるようになった。水瀬は明るいから、話すのは私じゃなくてもいいだろう。人の中心にもなれる。……私と一緒じゃなくても、いい。そう、きっと私は拗ねていた。
そうして私が勝手にへそを曲げている間に季節は過ぎ、春を目前に君は転校した。転校することさえも事前に聞けなかった。
ペン立ての陰に隠している写真立てには、君の写った写真が入っている。何か月か前の体育祭の写真だ。君の隣にはクラスメイトが何人かいて、当然私は写っていない。そんな写真を、眺めているうちにいつの間にか机が濡れていた。
「あの日……水瀬はなんて言おうとしていたんだろう」
もう聞けない。答えを知り得ない問題を考えても仕方ない。そう言い聞かせようとしても、心に押し寄せるのは後悔だった。
いつの間にか外の雨は止んでいた。雲さえも私を置いて去っていくのか。そんなことを考えて、我儘だと自嘲の笑みをこぼした。それでも――君も、雨雲も、ずっと居てくれたらよかったのにと、代わりにまた私は雨を降らせた。




