CHAPTERⅡ.見えざる悪意-9
9.
「矢翔!知都里!」
騒ぎを聞き付けた木守嵐先輩が駆け寄る。
二人は怪我こそ無いものの、オーバーロードによる影響か体勢を崩し気を失ってしまったため、学校の保健室で安静にさせている。
外では、崩壊したプールのそばで警察や消防らしき人たちがしきりに状況を確認しようと動いていた。
その光景に引き寄せられるかのように生徒たちが野次馬のごとく様子を伺っており、かなりの賑わいとなっていた。
「ここまで大事になるなんて」
「はじめはただの下着泥棒だったからね」
立木君が頷きながら僕の言葉に反応する。
「・・・・・・ん・・・・・・ここ、は」
「矢翔!!」
木守先輩が古畑先輩に覆い被さるようにその顔を覗く。その動きに驚いたのか「ら、嵐ちゃっイデッ!!」「ダッ!!」「・・・・・・ぶ、ふふ・・・・・・っ」
「・・・・・・!知都里っ!」
いつの間にか目を覚ましていたらしい上郷先輩が堪えきれずに吹き出す。
二人とも無事のようだ。
「よかった・・・・・・よかったよォ・・・・・・二人とも、心配かけさせんなよなァ!」
「ごめんね嵐ちゃん」
「・・・・・・ごめん、嵐」
上郷先輩は俯き、しばらく間を置いたあと僕たちを強く睨むように顔を上げると、途端にその瞳に涙を滲ませ声を漏らした。
「・・・・・・迷惑、かけた。ごめん」
「謝罪は俺たちじゃなく、もっと他にいるだろ」
白彌くんが冷たく突き放す。
「うん、そうだね。・・・・・・部長は」
白彌くんは何も言わずただ後ろを見ろと顎をくいっとあげる。上郷先輩は後ろを振り向く。その視線の先には保健室の扉があった。
その扉がゆっくりと開かれる。
「・・・・・・・・・・・・目を覚ましたようだな。上郷・・・・・・、それに・・・・・・矢翔も」
その姿に二人はほとんど同時に目を見開き、
「ぶ、部長!?」と息を揃えて驚愕に満ちた声を出した。
「部長、もう退院を?ケガは?」
古畑先輩が慌てふためく。上郷先輩は、じっと白鷺部長を睨んでいた。
「お前たちには、いや、とくに矢翔には悪い事をした。謝って済むことじゃないのはわかっている。だが、今は謝らせてほしい。私はきっとどうかしていたんだ」
その言葉に上郷先輩が一番衝撃を受けたようで、呆然として、やがて俯き拳を握りしめ肩を震わせた。そして、ゆっくりその拳をひらくと顔を上げ真っ直ぐに白鷺先輩を見つめる。
「どうかしていたのは私たちも同じです。まるで何かに取り憑かれていたように・・・・・・でも、これまで散々部に迷惑をかけてきたのは事実です。私は部を辞めます。・・・・・・でも、矢翔は矢翔だけは、この子は何も悪くないから大会に・・・・・・っ」
「知都里ちゃんっ!」「知都里!」
オーバーロードが引き起こした事件とはいえ、それを使い、決行したのは紛れもなく彼女たちだ。その罪の清算の時が来たとういことなのだろうか。それでも、僕は・・・・・・。
「部活動は無理だ。プールがああなっては部活どころでは無いからな。どのみち、学校側から差し止めが入るだろう。大会出場は叶わない。・・・・・・私の代は、な」
白鷺先輩が三人に歩み寄る。その足取りはぎこちなく、額に脂汗が滲む。松葉杖がなくては立つことも難しいだろうことは容易に想像できた。その状態で退院などできるわけもない。きっと、無理やりでも彼女たちに会いに来たのだろう。
「来年は、お前たちがやるんだ。全国の夢を掴んで見せろ」
そう言って白鷺先輩は三人を抱き寄せた。
「古畑矢翔、あんたに聞きたいことがある」
白彌くんは空気なんて読まない。極めて冷静で、理性的に物事を捉える。
「え、はい・・・・・・なんですか?」古畑先輩はびくっと体を強ばらせる。
「コア・・・・・・黒い球体を渡されたのはいつ、どこでだ?」
「え?・・・・・・えっと、あ・・・・・・れ?」
頭を抱え、必死に記憶を辿ろうとする古畑先輩の姿を見て白彌くんは小さく舌打ちをした。
「やはり・・・・・・もう記憶がほとんど残ってねえか。・・・・・・っくそ」
「ごめん、なさい」申し訳なさそうに涙を目を浮かべ頭を垂れる彼女に、白彌くんはあんたのせいじゃないとぶっきらぼうにフォローを入れる。
「いつだったかははっきりと思い出せないけどっ、場所はなんとなく覚えてる・・・・・・確か商店街で・・・・・・」
「あんたの言ってたよくわからない踊りを踊る人、か?そんなもんなんの当てにも・・・・・・・・・・・・、いや、待て」白彌くんは一人納得したようにブツブツと何か独り言を言う。
「そう言えば、水三沢先輩ってどこに行ったんですかね?めっちゃ慌ててたような・・・・・・」
立木くんの呟きで忘れていた人物のことを思い出した。
みんなもそれは同じようで、白彌くんも固まってしまっていた。
「たしかに、あの騒ぎの後一度も見かけていない・・・・・・先輩たちは知りませんか?古畑先輩のことも気にかけていたようでしたけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ、と・・・・・・・・・・・・」
「先輩?」誰一人答えようとはしない。それどころか皆困惑の色を浮かべていた。
どうしたのだろう。何か聞いてはいけないことだったのか。よほど嫌われていたとか・・・・・・。
けれど、そのどれでもなかった。
「水三沢って・・・・・・だれ?」
「・・・・・・え?」
誰一人、いや正確には僕ら天文部以外誰も覚えてはいなかった。
何がどうなっているのか、まるで分からない。知らない内にまたなにかオーバーロード絡みの事件が起きているのだろうか。
「白彌くん」僕は思わず白彌くんに駆け寄った。白彌くんも顎に手を当て額に冷や汗を浮かべていた。白彌くんもまた、良くない何かが既に起こっていることを予感していた。
「確かめる必要があるな・・・・・・」
「白彌くん!?どこに・・・・・・」
足早に廊下に出た白彌くんを追いかける。立木くんが保健室からこちらを見ながら廊下は走るなとおだてるように叫ぶ。軽く頭を下げ謝罪の意を伝える。
「何か心当たりがあるの?」
足をゆるめることなく進む白彌くんに僕は何とか着いていく。歩幅が違う分、僕は早々に息を切らしながら彼に尋ねる。
「当てはある・・・・・・と思う。だがどこにいるのかは分からない」
「それじゃあどこに向かっているの?」
「商店街だ」
「商店街!?どうして?」そこで僕は先程言っていた古畑先輩の言葉を思い出す。そうか、謎の踊りの人、それが白彌くんの言う当てなのだろう。
「踊りじゃない。多分、時空が歪んで人の形がはためからはそう見えていたんだ」
「時空の歪み?」ぎょっとして白彌くんを見る。至って真面目だ。
「あぁ、そういう能力を持つヤツを一人知ってる」
白彌くんはそう言うと脇目も振らずに靴を履き替え夕暮れに沈む街並みにとけて走り去っていく。
僕はその背中をただ、見つめることしか出来なかった。
─────ここから先へは、踏み込んではいけない。
何故だがそう感じたからだ。
何がそう感じさせたのかは分からない。けれど胸の奥がざわつくのを無視できなかった。
・・・・・・僕はまだ、臆病なままなのだろうか。
身体がぐらつく感覚がした。前にも感じた、一瞬周囲の景色が止まったかのような錯覚。
足元に何か当たっている。一枚のコピー用紙。胸騒ぎがする。
そっと、その紙を拾い上げると、
「・・・・・・やっぱり、またか」
そこには前と同じ筆致で書かれた、星読みの賢者からのメッセージがあった。
おめでとう。
君たちには本当に驚かされる。
今回の星々はなかなか逸材だと思っていたが これはこちらの読みが甘かったかな?
だがまだ我には及ばない。我を探ろうとしても無駄だ。
月の王とその従者よ、次の星は君たちの時を揺るがす。我は時の中にいる。我を探したくば、時を読め。
我は星読みの賢者。
ふざけている。こんなことの何に意味があるのだろう。
僕はその紙をぐしゃりと握りつぶす。
空を見上げる。いつの間にか夕日は沈み、南西の空に浮かぶアークトゥルスの光がいやに目に付いた。
その奥にうっすらと水星の輝きが空に霞んで鈍く僕を見つめていた。




