CHAPTERⅡ.見えざる悪意-8
8.
まだ僅かにカメレオンはその姿をおぼろげに見え隠れしながら僕らの動向をうかがっている。
だがその姿も徐々に周囲の景色に溶け込もうとしていた。
「急いで白彌くん!また隠れてしまう」
《・・・・・・大丈夫なんだろうな?》
「うん、きっと成功させてみせる」
僕は右手にルミナスアークを握りしめ、ルナティクスの掌の上で身をかがめる。チャンスは一度きりだ。
《そうじゃない、お前の体の心配だ》
「え?」そう言われて咄嗟にルナティクスの顔を見る。近くで見るルナティクスの顔は、鏡面のフェイスガードがまるでフィクションで見かける宇宙服のヘルメットのようで、その中に機械的な顔が額から頬にかけて流れるルミナスの光に照らされその容貌を映し出す。
「ルナティクスの顔、こんなに近くで見たの初めてだ」
《はぁ?何言ってんだこんなときに》
「君の頭は、まるで月みたいだ。すごくきれいで」
《気持ちの悪いこと言ってねぇで、いくぞ、歯ァ食いしばれよ!》
「うん!お願い白彌くん!」
次の瞬間、猛烈な風が顔に襲いかかったかと思うと僕の体は空を舞っていた。
まだかすかにその姿を晒しているカメレオンを肉眼に捉える。僕の体は真っ直ぐにカメレオンへ向かって飛んでいた。
「・・・・・・いっ・・・・・・けぇえええええええっ!」
右手に握りしめたルミナスアークを突き出し、僕はカメレオンに向かって体当たりする。
(光れ!ルミナスアーク!)
優しい温もりが僕を包み込んだ。
───────だ・・・・・・い・・・・・・・・・・・・
光の中に誰かの姿があった。後光に照らされ誰なのかは分からない。
けれど、その姿に僕はひどく懐かしいような、胸の奥に込み上げる激しい感情があるのがわかった。
(・・・・・・誰?誰なの?そこにいるのは、誰!?)
光に向かって僕は手を伸ばす。しかし光がその人影を完全に飲み込むと、僕の視界は目の前の巨大な怪物の姿を捉えていた。
「!・・・・・・見え、た!?」
その怪物が耳につんざくような甲高い奇っ怪な悲鳴をあげる。
「う・・・・・・ぅうっ!」
僕は咄嗟に耳に手を当て顔をしかめる。
なんてひどい悲鳴だろう。けれど、その体に当てたルミナスアークを僕は決して離すことは無かった。
「今・・・・・・だ!行って白彌くん!」
《あぁ、姿が見えちまえばなんてことは無い。これで決める!》
ルナティクスの脚にルミナスの光が集う。空高く飛び上がると、ルナティクスは光を纏った脚を突き出し、急降下する。
《ルーンドロップ》!!
ルナティクスにおける最大級の蹴り技。まさに月から降る雫のようなその煌めきは、浄化の光を伴ってカメレオンを狙う。
「やめて!!」
「!?」《!》
聞き覚えのある声に制止され、ルナティクスの蹴りは僅かにカメレオンの体をかすめたが致命傷にはならなかった。
「やめて、その子を消さないで!」
「・・・・・・やっぱりあなただったんですか」
黒いショートヘアを風に揺らし、その声の主は静かに僕らを見据えていた。
「・・・・・・これが見えるんですね、古畑先輩」
そこに立っていたのは、今回の被害者でもあるはずの水泳部二年、古畑矢翔だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・その子は私を守ろうとしていただけなの・・・・・・。お願い、消さないで」
古畑先輩は悲痛な面持ちで懇願する。
「どうして・・・・・・?だってあなたは今回の被害者で、虐められていた本人だって・・・・・・」
「・・・・・・私はっ、」
「矢翔を責めないであげて。彼女はほんとにただの被害者なんだから」
また違う声が僕らに呼びかける。
「そのオーバーロードを呼び出したのは私だよ。三崎くん」
「上郷・・・・・・先輩?」
上郷知都里。彼女も今回の事件に巻き込まれた被害者だと思っていた。けれど、彼女はオーバーロードを呼び出した張本人だと言う。
いや、それよりもオーバーロードはその宿主かその存在に影響されたものでなければ認識することが出来ないはず。
二人も宿主を有するオーバーロード・・・・・・?
「どういう、ことですか・・・・・・?」
上郷先輩は口を固く結んだかと思うと、ゆっくりと、その口を開いた。
「あんたらの言うオーバーロードってやつを最初に手にしたのは間違いなく矢翔だよ。けど、矢翔は何もしなかった。けど・・・・・・」
「違うの!私はっ・・・・・・はじめそれを手にした時に何か嫌な感じがして・・・・・・だから部長に相談をっ」
沈黙していた古畑先輩が覆い被さるようにまくし立てる。
「部長がそれなら私が預かっておくね、って・・・・・・。そしたらだんだん、部長の様子がおかしくなっていって・・・・・・それで」
頭を掻きむしりながら、古畑先輩は独白を続ける。
「それで今度は、上郷知都里に相談したのか。自分に都合よくしてくれるいい相手が見つかったから、白鷺まことから乗り換えたって訳だ。ずいぶんムシのいい話じゃないか」
「!!」
「白彌くん!?」
いつの間にか人間態に戻っていた白彌くんが割って入る。
「白彌!あんたに何がわかんのさ!矢翔の気持ちも考えないで好き勝手言って!」
上郷先輩の怒声が響く。
「この子は、誰よりも優しいから、だから私が守ってやんなきゃダメなんだ。あんなクソ部長の言いなりになっていじめ倒してるヤツらなんか許してやるもんか!だから私がっ・・・・・・!」
「オーバーロードの力を使ってその命を奪おうとしたのか」
白彌くんのその鋭利な言葉に貫かれ、上郷先輩のみならず古畑先輩までもが顔を蒼白とさせる。
「違う、ちがうちがうちがうっ!そんなことは望んでない!ただ、部内で問題を起こして矢翔を出させなかった大会に、みんなを巻き込もうと・・・・・・っ!出場停止にさせればきっとみんな気づくはずだって・・・・・・、皆おかしいんだって事に!」
上郷先輩の言葉は支離滅裂としていた。多分自分でも何を言っているのか解っていないのだろう。それだけオーバーロードの影響を受けていた。
「先輩たちが望んだのは、本当は違うものなんじゃないんですか。・・・・・・いじめのない、みんなが寄り添えあって切磋琢磨できるようなそんな部を取り戻したかったんじゃないんですか」
二人の返事はなかった。
きっと気づいていたのだ。いつからか、自分たちが望んだことから遠く離れてしまっていたということに。
古畑先輩は周囲に馴染めない自分に味方してくれる人が欲しかった。
白鷺先輩はそんな古畑先輩を助けようと友達として寄り添おうとした。
上郷先輩はいじめの対象となった古畑先輩を救おうと奮闘した。
そんな、それぞれの願いが複雑に絡み合い、歪んだ願いへと変貌した時、存在の隠蔽という能力を持ったオーバーロードが生まれた。
「・・・・・・どうして、こうなるんだ」
自分に寄り添ってくれる人を望んだ。
たった一人に寄り添おうとした。
だが、その想いは踏みにじられ、歪んだ理想に縛られた。
「あなた達は友達だったんでしょう?なのに、どうしてこうなるんだっ!!四人でなら何とでもなったんじゃないんですか!・・・・・・木守先輩だって、二人を心配してたのに・・・・・・!」
「!」
二人がほとんど同時に顔を上げた。
その顔は涙に濡れぐちゃぐちゃになっていた。
「・・・・・・・・・・・・これは、もうあんたらには必要のないものだ」
白彌くんが瓦礫の上に落ちたオーバーロードのコアを拾い上げ、その手で握りつぶした。
ガラスのような球体はいとも簡単に砕けて消えた。まるで、宿主の想いと共に砕けてしまったかのように・・・・・・。




