CHAPTERⅡ.見えざる悪意-3
3.
職員室で部活申請書を提出した僕たちはあてがわれた部室のある特別棟三階、第三理科室へ赴いた。叢雲先生が管轄を任されている教室で普段の授業では滅多に使われることは無い。
そのため、今までは吹奏楽部のパート練習に使用されていた。現在は隣の空き教室を使ってもらっているようで、金管楽器の奏でる音色がときおり音を外して教室に響き渡る。
「下手な演奏」白彌くんが反吐でも吐きそうな顔を見せてぼやく。素人目に見ても確かに上手では無いが練習中なのだろう。これから奏でられるはずの鮮やかな音に望みの薄い期待をかけておく。
「でもちゃんとした教室が貰えただけでも嬉しいよ」僕の言葉に続いて立木くんが喜びを見せる。「そうそう。これからここを拠点に僕たちの活動が始まるんだから」
第三理科室は主に授業で使われる第一理科室と比べるとやや狭い空間になっており、机の数も二列ほど少ない。窓側には理科の授業で使われることのなかった備品がダンボール箱に乱雑にしまわれて積み上げられている。それが床面積を三分の一も占めてしまっているので余計手狭に感じる。
本来そういった備品が置かれるはずの理科準備室は叢雲先生の憩いの部屋と化していたのを考えると、ここを都合のいい物置にしていたようだ。
「しかしここからどう動くかだな」
白彌くんが眠そうに話を切り出す。
「そうだね······天文部ってことにしてるし、いきなりお悩み相談募集ってのも不自然だよね」なにかいい案がないか頭を捻らせる。そもそもこれまでも成り行きで行動を起こしてきたし、僕にとってみればただがむしゃらに突っ走るばかりで気持ちの余裕もなかった。
「ふっふっふ。そこで僕の出番さ。見てこれ僕が作った······」
「あ、いたいたぁ!」
陽気に手を振り見慣れた二人組が部室に入ってくる。宮嶋先輩と笹木先輩だった。
「へぇ、ほんとに部活やってんだ」
笹木先輩がそう言いつつも特にまだ何も活動をしていない僕たちをみてひやかしてくる。
「先生から大地くんたちが部活始めるって聞いて」宮嶋先輩は相変わらず聖母のような優しい笑顔を向けてくれる。
「今は何をしてる感じ?星見てるか〜?」
「今は見えないでしょ」そんな雑談をまじえながら二人は部室の端に散らかる備品を見ては楽しそうにあさっていた。
そうだ。先輩たちはよく僕らに相談事を持ってきてくれていた。このツテを利用しない手は無い。そう思い僕は部室を自由に散策する二人に話を持ちかけてみることにした。
「ん?あ〜なるほどそういう感じか」笹木先輩は妙に勘が鋭い。僕たちが本当にやろうとしていることにいち早く気づいたようだ。
「あぁ、そうそう。それなら、って訳じゃないんだけど」そういうと笹木先輩は部室を出ていき五分もしないうちに戻ってきた。その後ろに別の人影があった。
「あ、たしか二年の······」
「この前はどうもありがとう。改めまして、二年の赤井凛子。よろしくね」
「同じく二年の青木だ」
そう言って二人はにこやかに挨拶をかわす。
赤井先輩は以前、オーバーロードの力に囚われ最愛の人を歪んだ形で手中に収めようとした。その代償として彼女が最も誇っていた美しかった長髪は無惨にも失う結果となってしまった。しかし目の前にはショートヘアになりながらも明るく前向きな表情を浮かべ、以前にも増して美しく華やかさを身に纏う幸せそうな彼女の姿があった。晴れて恋人となった青木先輩とも上手く付き合っていけているようだ。
「良かったです。お元気そうで」
僕の言葉に二人は微笑み頷き返す。
「本当に、君たちのおかげ」
その言葉に嘘は無いのだろう。しかし、彼女らにはあの時実際には何が起きていたのか、その事実を知らない。オーバーロードのコアを破壊したことで宿主だった赤井先輩はその時の記憶が半ば失っている。ただ何か取り返しのつかないことをしてしまったのだという罪悪感に似た感情だけが残されていた。
そこからこの短期間で立ち直れたのはひとえに青木先輩の支えと、赤井先輩自身の持ち前の精神力あってこそだったのだろう。すごい人たちだ。素直にそう思った。
「でもどうして笹木先輩はこの二人を······?」
僕の疑問に笹木先輩はあっけらかんとした表情で答える。「だって君ら、不思議事件を追ってるんでしよ?実際体験した二人なら何か知ってるかも〜って」
なるほど、確かにそうかもしれない。オーバーロードの直接的な記憶はなくとも、そこで体験した不思議な出来事、というのは記憶されているはずだ。思いのほかいい案かもしれなかった。
あれよこれよと話が進むのをよそに、机を挟んだ後ろではラフを書いたコピー用紙を手に半笑いをうかべふらふらとよろめく立木くんが白彌くんになだめられていた。
「いいんです。僕はただコラージュが出来るだけのしがないオタクですから。白彌くんの顔の良さを生かしたお悩み募集ポスターなんて役に立ちませんから」
「なんかそれ、色々と俺に失礼じゃないか?」
なんというか圧倒的行動力の陽キャに全てを持ってかれたような、そんな残念な姿がそこにはあった。
理科室の実験台をテーブル代わりに、改めて赤井先輩ら二人に何か変わった出来事はないか聞いていく。しかし理科室特有のこの机ではなんとも格好がつかない。応接間のような立派な場所まではいらないものの、なにかちゃんとした空間は作るべきだろうか。
「変わったこと······そんなすぐには思いつかないかも。何か知ってる?」赤井先輩があごに指を当てながら青木先輩と共に最近の記憶を遡る。
「俺もそんな話は聞かないな······」
やはりそうそう結びつかないか、と落ち込む。すると赤井先輩がはっと思い出したように身を乗り出した。
「あ!不思議なことってわけじゃないけれど水泳部の友達に聞いた話があるの。一応学校にも伝えてあるらしいんだけど、最近プールの更衣室の下着が盗まれるってことがあったらしいわ」
「下着泥棒!?」そういえばいつかの朝のHRでもそんな話を聞かされた気がする。しかし、れっきとした犯罪ではあるがオーバーロードの事件に繋がるだろうか。泥棒と言うだけでは少し弱い気がする。
「それについて何か聞かされてないのか?犯行の特徴とか」白彌くんがすかさず質問に入る。
「その子が言うことが本当かは分からないって先生には口止めされてるらしいことが··················」
勿体ぶるようにひと息入れて言葉を繰り出す。
「なんでも他に誰もいない更衣室で下着だけが浮いてどこかへ消えたって······」
「!」
前言撤回。どうやら僕たちが確認する価値のある不思議な事件のようだ。




