CHAPTERⅡ.見えざる悪意-2
2.
「天文部!?」
昼休みに入り職員室から部活動立ち上げに関する書類を貰い、とある教室へ向かう道中二人に説明する。
「うん、幸い学校の裏山の方には箕島山展望台があるし」
「あぁ、あの天文台か。確かにあったな」
白彌くんの言葉に首肯する。
立木くんはへぇ、そんなところがあったんだとさも興味はうすそうに感嘆の声をあげていた。
「それに僕たちが部を立ち上げるのに必要なのは部員だけじゃないでしょ?」階段をあがり目的の教室のある階を目指す。二人はいまいちピンと来ていないようだ。「顧問の先生だよ」そう言うとさすがの二人も納得した顔を向ける。
「そして僕はそれにうってつけの人を知ってる」
僕たちは目的の場所───理科準備室へ辿り着く。
「理科準備室······?大地なんだってこんなとこに······」入ればわかると言うふうに僕は失礼しますとノックしてその扉を開ける。
「やあ、何か用かな?」
そこには僕たちのクラスの担任でもある物理教師、叢雲先生がいた。昼食の後のブレイクタイムという出で立ちで部屋の窓辺に腰をかけコーヒーを啜っていた。白衣の下に着込んだ黒のベストにスラックス姿が先生の長身と相まって存在感をひきたてる。
「先生、不躾で申し訳ありませんが単刀直入に伺います。僕たち新しい部活として天文部をたちあげようとしています。その顧問になっていただけませんか」
「いいよ」
「······そう、ですよね。分かってます。そう簡単に了承いただけないことは······でも、僕たち······························って、今なんて?」
「だから、いいよ。って」
あっさりと了承してくれた。もう少し根掘り葉掘り聞かれるものと覚悟していたのに。
「三崎にはこの前僕の秘密を知られているしなぁ。無下にもできんよ」
「秘密?」白彌くんが訝しむようにたずねる。
「え、えっと僕が授業中に抜け出して天文台のプラネタリウムを見に行った時に、ちょっとね」
なんだかはぐらかさなくてはいけないような雰囲気なのでそれとなく答える。
「おいおい、三崎。それじゃあ僕までそこにいてサボっていたことがバレてしまうじゃないか」
自らバラしてきた。未だに僕はこの人の性格が掴めない。
「あんた······やっぱどこかで俺と会ったことは無いか?」
唐突に白彌くんが先生に疑問をなげかける。
「どこかって?僕は君のことはこの学校に転入してくるまで知らないんだがなぁ」
「いや、だが何となく見知った雰囲気があるんだ。どこか、遠い昔······」
白彌くんの昔と言えばそれはラボにいた時代のことだろうか。だとしたら叢雲先生はその時の関係者ということになるのか?それはつまり······。
「昔············あぁそういえば」
「!やっぱり覚えがあるのか!?」
「いや、ないよ。けれど君の母親には昔あったことがある。白彌岬。かつて大学で同期でね。共同研究なんかも行っていたよ。まさか息子がいたとは······知らなかったがね」
そう言って遠くを見るように窓から外を眺める。でも先生が白彌くんのお母さんと知り合いだったとは。偶然にしては出来すぎ、というか素直にすごいと思った。
「たぶん君は母親の持っていた古い写真か何かで僕のことを見ていたんじゃないかい?いつか一緒に写真を撮ったことがあるよ」
「そう······っすか」
白彌くんはやや渋るように引き下がった。完全に納得はしていないみたいだ。
「えっとぉ、それで部活なんですが」
立木くんが話を戻してくれた。少し存在を忘れかけていた自分を戒める。
「おや、いたんだねえ」先生は空気を読むということに興味が無いようだ。立木くんは割とマジめにショックを受けているようで気の毒だった。
「しかし天文部か······」先生が呟く。僕は咄嗟に「何か問題が?」と尋ねた。
「いや、ね。僕が赴任する前まではこの学校にもあったらしいんだ。天文部が。それで裏山にある天文台をよく利用させてもらっていたらしい。」
「そうだったんですか」知らなかった。この辺りは有名でこそないが地元の人には割と名の知れた天体観測地だったはずだ。僕も入学当初からなぜ天体に関する部や学校行事がないのだろうと疑問を持っていた。「うん、この当たりも人口が減ってきてね。それに例の開発地が近くにあったものだから、ますます過疎化が広まった。その結果天体観測どころではなくなったんだろうねえ。あの天文台も、このままいけば閉館になるそうだ。天文を愛するものとして寂しいものだよ」
開発地───それはつまり白彌くんたちがいたラボと呼ばれる研究施設の表向きの姿だ。この街は僕が思っているよりも根が深いのかもしれない。
「それじゃあ、この書類を職員室に持って行こうか」叢雲先生から署名を貰い、ここ理科準備室での用事は済んだ。僕達は先生に軽く挨拶を済ませ教室を後にする。
「おっと」
「あ」扉を開けた先に宮嶋小春先輩がなにやら書類を手に佇んでいた。
「なぁに、大地くんたちもここに用があったんだ?」いたずらっぽく笑い宮嶋先輩が教室に入ってくる。「あ、先生授業で使うプリントみんなの分用意しときましたよ〜。もう、私確かに教科担当ですけどこういうのは先生の仕事ですよね?」
「いや済まない。どうも僕はそういう事務作業が苦手でね。出来れば自室にこもって研究に没頭していたい」
どうやら宮嶋先輩は先生に仕事を頼まれていたようだ。というより明らかに雑用を押し付けられていた。宮嶋先輩がそういうことは大学にでも行ってやってくださいと頬を膨らませ小言を言う。
「それじゃあ先生、僕達はこれで」長居する意味もないし、なんとなく二人の邪魔は良くない気がした。
教室を出て扉を閉めるその一瞬、二人の姿をちらと見る。二人は和やかに談笑を続けていた。




