19/20
⒆『批評雑考』
⒆『批評雑考』
㈠
精神の思考からの、現実判別によって、現実を解釈する場合に、物事は非常に安易な場所にあると言って良いだろう。それは、つまりは、雑考という形式で思考される問題である。物事は、多角的に見れば見るほど、本質を失い易い、ということになる。
㈡
そしてまた、批評という形で、物事が形式を抱く時に、厳密には正確でない、思想の形をした塊が、空位して降って来るのを見て、今日の我々の住む世界以外の何処かに、何かが存在するという、非現実的実在論が勃発するだろう。
㈢
何事も、便利になればなるほど、本来の美的範疇が消失する。例えば、遠くの風景を見に行くのに、電車で行くのと、歩いて行くのとでは、見える風景の価値が違うというものだ。批評雑考の位置としては、そう言った、時間空間を付加しての、思考に落ち着くと思われる。




