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⒅『批評雑考』
⒅『批評雑考』
㈠
思考で考察してきた、この批評雑考についても、一つの評論を超えて、雑考という形式を取っているのが、逸脱者の線路を踏み外す行為に酷似している。繰り返される能力の中で、批評の能力の価値観を垣間見る時、思考はまさに、雑考を敷衍している。
㈡
何かに対する倦怠感からくる、訳の分からない雑考によって、破滅地に降り立つ場合の、精神状態をも、透視することが出来るなら、雑考など、本当は必要ないのかもしれない。ただ、形式に則った、思想や情熱というものが、批評心を依存立てて居るのであろう。
㈢
徒労に終わろうとも、雑考はやはり、雑考である、眼前の太陽と月が、決して本物ではないことを、思想立てている。批評雑考は、雑考の域を出ないが、域を出ないが故、形を留めている、まさに、読者に分かり易いという我々の好奇心を奮い立てる、厳密に秩序建てられた、建築作用なのである。




