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⑿『批評雑考』
⑿『批評雑考』
㈠
思考の自在の権現に於いて、所謂無知という、一種の現象は、絶えず雑考的であると言って良いだろう。何も真剣に問い詰めなくても、所在問題は現出するし、結果論としても、その行く末は、明滅の彼方に批評雑考として存在する訳である。
㈡
ただ、何度も、問題は複雑だと前述してきたが、雑考というものは、自由という名の元に存在する、原理批評の範疇に存在するのだろうし、それが、自由を標榜している。例えば、ゴーストライターなどは、雑考の範囲に入るくらいの、位置に位置している。
㈢
何億光年物、遠い世界からも、光が届く事実があるとして、我々はそれを、どう理解すれば、しっかりとくるだろうか。訳の分からないものにも、価値を付加するという点では、批評雑考は、非常にそのことに適しており、批評雑考の価値をも、纏うのであると言えよう。




