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⑾『批評雑考』
⑾『批評雑考』
㈠
繰り返す、観念性の問題、削られる脳内の映像、批評とは、且つて、自己を対象に投影することではなかったか。しかし、現在の批評とは、批評というよりも、批判である。言葉の暴力である。批判のための批判、これは、単なる雑考で片付けて良い問題であろうかと、言葉が、脳裏を過る。
㈡
雑考とは、まさに、取り留めのないものだ。批評雑考とは、そう言った、批評の大きな不完全性を、云わば、簡単に片付けることである。それは、多分に、気楽に違いない。ということは、批評を安易に論じることが、批評雑考となる。不完全の不完全、とでも言えば、適当だろうか。
㈢
自己が自己を理解する時、自己は自己に自己を投影している。まさか、自分を批評する場合があっても、自分を批判することはないだろう。脳内の言語を、言葉にして、執筆するという、困難に直面して、初めて、我々は、批評雑考の本質を知るのだろう。




