【1−4】 「逃走開始、いやなんで!?」
ヤバいヤバいヤバいって!!
なんで、私────。
王子に追いかけられているの!?
意味わかんない!!
と、とりあえず……この部屋!!
わけもわからず、視界に入ったドアを開け勢いよく閉める。
バタンッ!! と派手な音を立て私は息を潜めた。
事は遡ること数秒前。
王子から許嫁になってくれと言われたこの私。
心のなかでは叫び散らかしたけど、頭はフリーズしていた。
……まずね、私は友達すら出来たこと無いのに異性と付き合うとか、私にとってハードルがエベレストより高くマリアナ海溝より深いのですよ。
それに私は社会不適合者だよ?
さっき国を懸けた大仕事を終わらせたのに、まだ背負うなんて無理に決まってる!!
「に、逃げ切れたかな……?」
外が静かになり、壁に耳を当てた。
「サークラちゃん!」
背後から幽霊のようにヌッと現れた彼に、驚きすぎて気を失いそうになった。
「あー、やめて!! 私は、「コミュ障」「無一文」「引きこもり」の社会不適合者、肉無し絶壁のキモオタ処女(彼氏いない歴=年齢)、食べても美味しくないのでどうか見逃してくださいぃぃ!!」
今までで一番大きな声を出しただろう。なんか、喉がキーンってする。
チラッと彼の方に目をやると、みるみるうちに顔が赤くなっていく。
「な、なな、何考えてるの? そんなことしないよ。俺はただ……」
そこまで言った時、彼はバタッと音を立ててその場で倒れてしまった。
❀ ❀ ❀
「いやあ、ごめんね。ずっと寝たきりだったし、当然か。身体が軽くなったから油断したよー」
ハッハッハと声に出して笑ってるが、私はそんな余裕もなく。
「あ、あの大丈夫……?」
「ゼー……ゼー……これ……が、大丈夫……に、見え、るの……なら、目、見てもらっ、たほうが……良い、ですよ」
走ったことより、倒れた彼を運ぶのが一番身体にガタが来た。
あのまま、お城の人が見つけてくれなかったら二人して廊下のド真ん中で倒れ、晒し者になるところだった。
体力がなさすぎて嫌になる。
お城の人が彼を部屋まで運んでくれたものの、途中まで運んだ私は今にも死にそうで、息が上手く吸えないし、吐けない。
運んでくれた彼らも最初急に動いた第一王子を見て、驚きすぎてあたふたしていた。
これがいわゆる、驚愕失当というのかとなんとなく思った。
今は国王を呼びに行っているらしい。もうそろそろ来るだろう。
「サクラって、あんな大きな声出せるんだね。自己紹介の時小さかったから」
「そ、それは、省エネですよ、省エネ」
「?」
私には無理なんだよ、そんなこと。人前で大きな声を出すなんて。
まあ、そんな声で話したこと無いんだけど。
この人にはそんな私の気持ちなんて、きっと────。
「それにしても、あんなこと言われるなんて思ってなかったなー。サクラ、どんなこと考えてたの?」
ニヤニヤと笑いながら、こちらを見つめてくる。
「い、いや。あれは言葉の綾というか……その」
「それ、本当に?」
私はテンパると意味不明な言葉を吐く癖がある。
頭が回らないというか、考えるより先に口が言葉を紡いでいるというか。
テスターベッドに寝転がっていた彼は急に起き上がり、ベッドの側に座っていた私の上半身だけをベッドに押し倒した。
「もしかして、こういうことだったりする?」
私の下はベッド、上には異次元レベルの美貌を持った男の顔。
ん? 何この、いつしか興味本位で買ったエロ同人誌みたいなシチュエーション。
「やらしーね」
無駄に色気と妖艶さを含んだ声で囁く。
え? 待って待って。顔近っ……ちょ、このままだと、マジでキ────。
「セドリック!! 病が治ったというのは本当か!? ってあれ? どうしたんだ?」
「ち、父上。いえ。大丈夫です……少々そこの棚に、頭をぶつけまして……」
顔を近づけられた私は、そのまま思いっきり頭突きを食らわしてやった。
おかげで、こぶが出来たのではと心配になるくらい超絶に痛い。
でも、二人同時に痛がってたら不審に思われるから、ここは我慢よ、我慢。
大丈夫。あれは、間違いなくこの男が悪い。私のは正当防衛よ。
❀ ❀ ❀
あの後医者に見てもらった彼は、もう完全に治っているらしかった。
私はイマイチ受け入れられない。あんまりにもあっけらかんとしているものだから。
いや、もしこれがアニメだとしてね? 病気が治るまでの展開は少なくとも8、9話ないとダメでしょ。
私が考えてたのは、このお話は病気が治るまでの話だと思ってたのに。
今の状況をアニメに換算すると、2話程度で終わりだよ?
じゃあ、これは病気が治るまでの話じゃないってこと!?
「そうです、父上! 相談があるのですが」
「なんだ?」
「サクラを側近といわず、許嫁にさせていただくことはできますでしょうか?」
な、何言っちゃってんのー!?
え、嫌……なわけじゃないけどさ。だって、顔はものすごく良いし。ルイ様に似てるし。
第一王子の許嫁なんて私には荷が重いというか、務まるわけがない。
今まで最低な人間として生きてきた私にとって、そんなの────。
「ど、どうでしょうか?」
まるで捨てられた犬が拾ってくださいとでも言うような顔をしている。
も、もちろん。断ってよね? お願いしますよ、マジで。
「仕方がないなぁー! 可愛い息子のためだ。いいぞ」
この人も何言っちゃってんのー!?
ほ、本当に勘弁して!
さては、相当な親バカだな!?
「あ、あの! その……一つ、良い、でしょうか?」
行け、行くんだ私。ここは、私でも譲れないものは譲れないんだから。
「私が許嫁になんてならなくても……名の高い貴族の御令嬢等、相応しい人はたくさんいるはずです。私は、今まで社会のはみ出しもので、人間としては下の下、そんなふうに生きてきました。そんな私に務まるものとは到底思えません」
実際そうだ。私なんかが許嫁になったとて、圧倒的に不利なのはこの王家の方だ。傷がついて、周りから笑いものにされるだけだ。そうなるくらいなら────。
「そうか。でも、それは今までの話。そなたは今、血の繋がりや友人はおろか、会ったことも話したこともない我が息子を助けてくれた。そんなそなたが人間の下の下なんて、私はそんなふうに思っちゃいないよ」
それは、あなたの頼みであったからで……とは言えなかった。
そんなこと言われたのは生まれて初めてで、嬉しかったから。
「大丈夫。優しいそなたならきっとできる。私はそう信じているよ」
❀ ❀ ❀
「それじゃあ、改めて。俺は君が好きだ! 君はどう?」
国王や使い……というより家来か、あれは。まあ、彼らが部屋から出ていったあと、私は彼……セドリックから口説かれていた。
どうと聞かれても、今日あったばかりのやつを好きになるやつなんて、そんな馬鹿なやついるわけないだろう。
なんとかして止めたい。
「ねね、許嫁ができたらみんなどんなことするんだろうね! ちょっと聞いて……」
「セドリック様って雛鳥みたいですよね!」
セドリックのスキスキ攻撃が一瞬にして止まった。
ほら、言葉が足りなさすぎて固まっているじゃないか!! 補足しろ、補足を!
「あ、その、雛鳥って生まれた時、初めて見た動く対象を親を認識するらしいのです。セドリック様に関してはまさにそれで……私が病を治したばかりに、勘違いをしているのです。そう、これは刷り込みなんです。だからセドリック様のいう『好き』は、決してそういうものじゃあ……」
私がまだ言い終わっていないのに、ドンッと身体を押され本日二回目、ベッドに倒れ込んだ。
「違う、俺は本気だよ? じゃあさ、どうすればサクラは俺の気持ちを信じてくれるの?」
こ、これは怒っている? なんで? こんな私を恋愛対象にするなんて、趣味が悪いにも程がある。
「それは知りません。ですので、今みたいな状況をもし誰かに見られたら……困るのです」
このぐらいしか、この状況の打開策が見つからない。こんな状況になったことなんてないからシナリオもクソもないのだが。
ギシッと音を立て、私の視界から外れる。
「この半年後に俺の誕生日がある。それまでに絶対、俺がサクラを堕としてみせるから」
まるで、獣のような目。いくら馬鹿で鈍感な私でもわかる。
私が欲しいのだと、目だけで訴えている。
ラブコメのヒロインってこんな気持ちなのかな?
「私は、その半年後まで逃げきってやりますから」
よし! かっこよく決まった、いいぞ私!!
「やってみれば? やれるものなら」
ここから始まる私と彼の逃走劇。
このお話の本番はまだ始まったばかり……。




