【2ー1】 「私は第一王子に訊きたい」
────さて。
さくらは学校という魔境をどう乗り切るのか? セドリックはさくらを惚れさせることができるのか?
ドタバタ溺愛コメディ第2章。
開幕です。
「ぶえぇぇぇっくしょおお"ぉぉぉい!!!!」
────これが私のくしゃみなら、誰もが納得したはずだ。いや、納得されたはされたで悲しいけど。
だって考えてみなよ。
私がこんなおっさんのくしゃみをしようが、JKみたいな可愛らしいくしゃみをしようが、みんなには知ったこっちゃないでしょ。
ちなみにあのJKのくしゃみってどうやってするのか、この十七年生きてていまだにわからないんだが??
「あ……」
学校が始まって2日ほど経った後の休日。
事の発端は、セドリックに訊きたいことがあって、彼の自室に来たことだ。
もちろんノックしなかった私が悪い。
ドアを開けた瞬間だった。
彼も同じタイミングでドアを開けた。
そして、彼のくしゃみが私の顔面にクリティカルヒット。
おかげで私の顔は、彼の唾液と鼻水まみれ。
目の前でサァッと青ざめているセドリック。
こう言う時って、どうリアクションすれば正解なんだろう。
随分前にコミュニケーションという自発的行動をどこかに置いてきてしまったので、検討もつかない。
「か、顔、洗ってきますね……」
とりあえず私は洗面所へと向かった。
❀ ❀ ❀
「もうお嫁にいけない……」
洗面所から帰ってくると、完全に魂が抜けたセドリックがソファに腰掛けていた。
いや、弱っ。
たかがくしゃみ一つでそんなテンションとか、メンタル綿菓子かよ。
それに、嫁と婿が逆だったらしっくりくるんだが。
私は正直、イケメンの分泌物を浴びて少し嬉しいと思った……なんて言ったらマジで変態だから、これは墓場まで持っていこう。
「第2章の開幕早々、騒がしいですね。もう少しおしとやかに始まるのかと」
「俺だって、したくてこんなことしてるんじゃないよぉ。というか、大丈夫だった? モロにかかったけど」
「……い、いえ! 大丈夫です」
おっと、危ない。口が滑りそうだった。
「それに、こんなことで落ち込んでいたらいけませんよ! ほ、ほら。これからの人生、辛いことが沢山あるんですから」
「それは慰めの言葉としてどうなの?」
ズーンと、これまでにないぐらい落ち込んでいるセドリックをどうにかして元気づけたいが。
くしゃみをぶっかけただけでお嫁にいけなくなるのなら、裸を見られたあの時はどうなんだ。
あの方がよっぽど、男としての尊厳が砕かれそうなイメージだが。
やっぱり、私が思ってる価値観とこの世界の人達の価値観ちょっと違うような。
って「コミュ障」、「引きこもり」でろくに人と関わっていない私が言えたことではないか。
「あ、そうそう。サクラはなんで、俺の部屋に来たの?」
そうだった。私は訊きたいことがあって、ここに来たんだ。
初っ端からカオスすぎて本来の目的を見失うところだったよ。
「その……一つ相談なのですが……」
「うん。なんでも言って」
……とここまでは、完璧なスパダリ男子の発言だった。
「俺のを被ったお詫びに」
その一言さえなければ、だが。
でもまあ、それが彼なりの優しさなんだろう。
「友達って、どうやったらできるのですか?」
僅かな沈黙。それがまた痛い。
「ええっと……友達の作り方って、それって自然にできるものじゃないの?」
ああ、と落胆したと同時に腑に落ちた。
予想通りの答えが返ってきた。
第一王子であるセドリックからすれば、友達でなくても彼を慕う存在がたくさんいる。
近しい関係を築けなくても、彼はたくさんの人に囲まれている。
そればかりは陽キャとか陰キャとかではなく、彼の生まれや育ちが関わってくる。
彼とは根本的な部分が違う。聞く相手を間違えたかもしれない。
「え……っと、そ……うですね」
私もこんなふうに思う人間じゃなかった。
前世だってずっと一人でも良いって思ってた。だから「引きこもり」になった。
夜にゲームや漫画を読んで、いつの間にか昇っている太陽を拝んで、そして寝て。
昼夜逆転しても、家族ともろくに喋らなくても、全然平気だった。むしろ、一人の方が楽だった。
なのに。
学校で、私に一目もくれずに、セドリックの方へと寄っていく人たちを見て、少しだけ寂しくなった。
人生で一番いらない感情だった。
でも変えなきゃ。
自分から行動しなければ……何も変われない。
「そうだな。ソフィアと話してたじゃん? どうなの?」
「か、彼女とは、話しましたけど……うまく話せなくて」
今だって話すところを想像するだけで手汗が出てくる。
「でも、俺とはうまく話せてるじゃん」
「あなたとはそういう云々の話ではないというか……急に許嫁になれと言ってくる相手に、もう緊張なんかしていられませんよ」
あと、顔が良すぎるせいもあるけど。
大体セドリックの顔は、美少年美少女で溢れているあの学校の中で群を抜いて良い。
それを目の前にされたら、緊張とかふっ飛ばして、無になれる。
「あ、じゃあさ。手始めの会話として自分の好きなことについて話すのはどうだろう? お互いの親睦を深めるための基本の……」
「無理です」
自分でも信じられないような、低くて冷たい声が部屋に響いた。
そんなつもりじゃなかった。
ハッと気づいたときにはもう、口が止まらなくて。
「もう、この話は終わりにします。すみません、急に部屋に押しかけて。では、失礼します」
「え? え? ちょ、ちょっと……」
セドリックが私を呼び止めようとしたけど、その前に部屋のドアを閉めた。
彼もそれを開けてまで追いかけるつもりはなかったようで、廊下を歩いていても背後からの足音は一つも聞こえなかった。
最悪な思い出が蘇る。
折角異世界に転生したのに。
忘れようとしたのに。
それでも、あの日の記憶は私の中から消えてはくれない。




