表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推しカプを見守るため悪役令嬢に転生しましたが、なぜか冷血公爵の本命になりました 〜私は壁になりたいのに、攻略対象たちが全員こちらを見てくる〜  作者: 鳳凰院暁月刃夜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/50

第42話 母上、動きが早すぎます

 母は、動きが早い。


 それは、以前から知っていた。


 社交界の噂を拾うのも早い。

 謝罪の手紙と便乗の招待状を分類するのも早い。

 父の胃薬が減りそうだと察して補充を命じるのも早い。


 けれど。


 これは早すぎる。


「お母様」


「なあに、ミリア」


「これは、何でしょうか」


 朝食後。


 ロゼリア公爵邸の小応接室。


 わたくしの目の前には、数冊の資料と、きちんと分類された書類の束が並べられていた。


 表紙には、母の美しい筆跡でこう書かれている。


『ヴァイスベルク公爵家との縁談可能性について』


 縁談。


 可能性。


 について。


 わたくしは、そっと表紙を閉じた。


 もう一度開いた。


 文字は変わらない。


 おかしい。


 昨日までは、侍女リタが最強の壁になる話をしていたはずである。


 なぜ、今日は突然、縁談可能性の資料が机に並んでいるのか。


「お母様」


「なあに?」


「まだ、候補です」


「ええ」


「レオンハルト様は、婚約者候補とおっしゃっただけです」


「ええ」


「わたくしは、まだ何も選んでおりません」


「ええ」


「では、なぜこのような資料が?」


 母は、にっこり微笑んだ。


 美しい。


 非常に美しい笑みだ。


 だが、その笑みの奥で、完全に戦が始まっている。


「候補の段階で地形を読むのが、貴族の母です」


 地形。


 縁談は戦場なのか。


 いや、貴族社会では半分以上そうかもしれない。


 隣で父が静かに胃薬の瓶へ手を伸ばした。


「あなた」


 母が、見ずに言う。


「朝食直後ですから、一粒までになさい」


「まだ飲むとは言っていない」


「手が伸びているわ」


「確認していただけだ」


「胃薬の存在確認を?」


「精神的な支えとして」


「では、一粒で」


 父は、負けた顔で一粒飲んだ。


 朝から父の胃が戦っている。


 リタはわたくしの斜め後ろに控えているが、表情はとても静かだ。


 静かすぎる。


 これは知っていた顔である。


「リタ」


「はい」


「あなた、この件を知っていたわね」


「資料の整理を少しお手伝いしました」


「裏切り」


「お嬢様側です」


「昨日、常にお嬢様側と言ったばかりなのに」


「ですので、お嬢様が選ぶための情報整理を」


「味方の攻撃が巧妙すぎるわ」


 リタは、一礼した。


 謝る気はない顔だった。


 母が資料の一冊を開く。


「まず、家格」


「始まりました」


「ヴァイスベルク公爵家は、古くから王国北方の要衝を守る名家。現当主はレオンハルト様ご本人。ご兄弟のクラウス様は宰相として王宮の中枢におられるわ」


「存じております」


「家格としては、ロゼリア公爵家との釣り合いは十分。むしろ政治的には強すぎるくらいね」


「強すぎる」


「王家との婚約問題が整理されないうちに動けば、余計な噂を呼ぶ可能性は高いわ」


 急に真面目。


 母は、ただ面白がっているだけではない。


 そのことは分かっている。


 分かっているが、心臓がついてこない。


「ですから、お母様。まだ動くとは」


「動くとは言っていないわ」


 母はさらりと言った。


「読むの」


「読む」


「地形を」


「やはり戦場」


「縁談は、剣を使わない戦場よ」


 父が小さく呟いた。


「その戦場に娘を出したくない父もいる」


「あなた、娘を一生屋敷に閉じ込める気?」


「できれば半年ほどは」


「短いようで長いですわ、お父様」


「父親の希望とは、だいたい現実より長い」


 父が真顔で言う。


 人間味がありすぎる。


 母は次の紙をめくった。


「次に、政治的相性」


「お母様、本格的すぎませんか」


「当然よ。相手は冷血公爵と呼ばれる方で、なおかつ外交と諜報に強い方。あなたのように顔に日記を書く娘が嫁いだら、情報管理の面でどうなるかも考えなければ」


「顔に日記を書く娘」


「違うの?」


「違うと言いたいのに、最近自信がありません」


 リタが静かに言う。


「お嬢様の表情管理については、改善余地がございます」


「リタまで資料側に回らないで」


「お嬢様側です」


「その言葉の信頼が揺らいできたわ」


 母は楽しそうに笑った。


「政治的には、良い面と難しい面があるわ。良い面は、あなたがヴァイスベルク公爵家へ入った場合、王家との婚約解消後もロゼリア家の立場が大きく損なわれにくいこと。むしろ王家、ロゼリア家、ヴァイスベルク家の関係を整える形にできる」


「難しい面は?」


「王太子殿下があなたを大切に思っていること」


 父が胃を押さえた。


 わたくしも胸を押さえた。


「お母様」


「事実よ」


「事実禁止令を出したいです」


「却下ね」


「お母様まで!」


 母は優雅に紙を整える。


「殿下は嫌な方ではないわ。むしろ、とても誠実で、あなたの自由を考えようとしてくださっている。でも、だからこそ雑には扱えない。婚約解消をするにしても、レオンハルト様との関係を進めるにしても、殿下の名誉と心を守る形が必要よ」


 母の声は落ち着いていた。


「恋愛は心の問題だけれど、貴族の結婚は心だけで済まないの」


「……はい」


「それを怖いと言うなら、その怖さは正しいわ」


 その言葉で、少しだけ呼吸が楽になった。


 怖い。


 王太子妃になるのも、婚約を解消するのも、レオンハルト様の隣へ行くのも。


 でも、その怖さは間違いではない。


 母はそう言ってくれる。


「ただし」


 母はにっこり笑った。


「怖いからといって、資料から逃げるのは違うわね」


「そこへ戻るのですね」


「ええ」


 母は、次の紙を取り出した。


 表題は。


『本人の性格および婚後予測』


 本人。


 性格。


 婚後予測。


「お母様!」


「ここが一番大事でしょう?」


「そうかもしれませんが、言葉が!」


「大丈夫。かなり控えめに書いたわ」


「控えめとは」


 母が読み上げる。


「レオンハルト・ヴァイスベルク公爵。二十四歳。冷血公爵の異名を持つが、実際は感情表現が極端に実用へ寄る傾向がある。言葉は短く、命令形が多い。ただし、対象を守ると決めた場合の行動は非常に早い。贈答傾向は花より不審者リスト、宝石より安全経路。甘い言葉は少ないが、時折、本人に自覚があるのか疑わしいほど重い発言をする」


「お母様!」


「最後はリタの意見も参考にしたわ」


「リタ!」


 リタは静かに一礼した。


「かなり正確かと」


「正確だけれど!」


 父が、紙を横から覗き込む。


「対象を守ると決めた場合の行動は非常に早い……これは昨日の木剣の件か」


「はい」


 母が頷く。


「娘を救ってくださったことは評価すべきよ」


「それは評価している」


「でも?」


「近い」


「あなた」


「父親としては重要だ」


「お父様、まだそこを」


「娘が抱き寄せられたのだぞ」


「お父様!」


 朝から、またその言葉。


 わたくしは両手で顔を覆った。


 リタがすぐ横で言う。


「お嬢様、呼吸を」


「呼吸はしています」


「浅いです」


「呼吸係にならないで」


 母は笑いながら、次の項目を指した。


「婚後の自由度」


 わたくしは顔を上げた。


「婚後の自由度?」


「ええ。これはとても重要よ」


 母の声が少し真面目になる。


「王太子妃になった場合、あなたの自由はかなり制限されるわ。もちろん、殿下が配慮してくださる可能性は高い。でも立場そのものが重い。公務、儀礼、慈善活動、王宮内の役割。自由時間は少ない」


「はい」


「ヴァイスベルク公爵夫人になった場合は、別の制限がある。公爵家の女主人としての役割、領地経営への関与、外交関係者との付き合い。ただし、王太子妃ほど常に王宮の顔でいる必要はない」


「つまり」


「あなたが自分の好きなものを大切にする余地は、王太子妃よりはあるかもしれない」


 胸が、少し鳴った。


 好きなもの。


 推し活。


 人の関係性を見て、物語にして、尊いと感じる心。


 それを笑わないと、レオンハルト様は言ってくれた。


 母は、その点まで見ている。


「お母様」


「なあに?」


「そこまで考えてくださったのですか」


「当然でしょう」


 母は、きっぱりと言った。


「あなたがどこへ嫁ぐかという話は、あなたがどんな生活を送るかという話よ。家格や政治だけでなく、あなたが息をできるかを考えなければ意味がないわ」


 息をできるか。


 その言葉が、胸に落ちた。


 母は、少し微笑む。


「王太子妃になっても息ができる道は、きっとある。でも難しい。ヴァイスベルク公爵夫人になっても、別の難しさはある。でも、あの方はあなたの好きなものを笑わないのでしょう?」


 顔が熱くなる。


「……はい」


 小さく答えると、母の笑みが深まった。


「大事なことよ」


「はい」


「あなたは、自分の好きなものを笑われるのが怖い子だから」


 母の声は優しかった。


 父も黙っている。


 リタも。


 わたくしは少しだけ視線を落とした。


 母にも、見えていたのだ。


 わたくしが怖がっていること。


 レオンハルト様の言葉に救われたこと。


「それから」


 母は、別の紙を出した。


「婚後の推し活自由度」


「お母様!」


 真面目な空気が一瞬で吹き飛んだ。


 父が盛大にむせた。


 リタがほんの少しだけ口元を押さえた。


「な、なぜその項目を正式書類風に!」


「大事でしょう?」


「大事ですが!」


「あなたの言う推し活が何なのか、私はまだ完全には理解していないわ。でも、人と人の関係を大切に見て、物語として考えたり、記録したり、誰かの幸せを応援したりすることでしょう?」


「だいたい合っていますが、急に高尚になりました」


「低く見る必要はないわ」


 母は、さらりと言った。


 その言葉に、また少し胸が熱くなる。


「ただし、観測のために植木鉢の陰へ入るのは不適切」


「そこまで記載が?」


「リタから」


「リタ!」


「重要事項でございます」


「違います」


「違いません」


 母は資料を読み上げる。


「王太子妃ルートの場合、公式行事が多いため観測機会は多いが、本人が観測対象になりやすい。隠れる余地は少ない」


「分析が具体的すぎます!」


「ヴァイスベルク公爵夫人ルートの場合、社交界や王宮への出入りは続くが、夫による行動制限の可能性あり。特に危険な観測行為、無断単独行動、植木鉢利用には厳しい規制が予想される」


「夫による行動制限!」


「レオンハルト様ならなさるでしょう?」


「……なさいます」


 否定できない。


 レオンハルト様は絶対に言う。


 観測は安全距離で。

 単独行動禁止。

 植木鉢の陰へ入るな。

 見たいなら堂々と見ろ。


 想像できすぎる。


 父が静かに言った。


「むしろ、その方が安心ではないか」


「お父様まで!」


「娘が植木鉢の陰へ入る可能性があるなら、止める者は必要だ」


「父としての結論がそこなのですか」


「重要だ」


 母が笑う。


「ただし、ヴァイスベルク公爵様は完全に禁止する方ではないと思うわ」


「そうでしょうか」


「ええ。あの方は、あなたの好きなものを否定しない。ただし、安全管理を徹底する」


「的確すぎます」


「だから、婚後の推し活自由度は中程度から高め。ただし監督付き」


「監督付き推し活」


 何だそれは。


 新ジャンルか。


 リタが横で静かに言う。


「お嬢様には適切かと」


「あなたも監督側でしょう」


「はい」


「否定しない」


「最強の壁ですので」


 味方が全員強い。


 母は資料を閉じた。


「もちろん、これは可能性の話よ」


「本当に?」


「本当に。私はあなたに、レオンハルト様を選べと言っているわけではないわ」


 母の声が、柔らかくなる。


「ただ、あなたが選ぶ時に、恋心だけでなく、生活も、責任も、自由も、怖さも、全部見てほしいの」


「……はい」


「殿下を選ぶなら、王太子妃として息をする方法を一緒に考える。婚約解消を選ぶなら、あなたの名誉を守る方法を考える。レオンハルト様を選ぶなら、ヴァイスベルク公爵家であなたがあなたらしくいられる地形を読む」


 地形。


 またその言葉。


 でも今度は、少しだけ頼もしく聞こえた。


「お母様」


「なあに?」


「私、まだ何も選べません」


「知っているわ」


「レオンハルト様のことは、考えると心臓に悪いです」


「顔に出ているもの」


「殿下のことも、軽くは扱えません」


「ええ」


「王太子妃になるのも、婚約解消するのも、公爵様の隣へ行くのも、全部怖いです」


「そうね」


「それでも、お母様は資料を作るのですか」


「作るわ」


 即答だった。


「あなたが怖がりながらでも見られるように」


 母は、資料を一冊、わたくしの前へ差し出した。


「怖いものは、名前をつけて、紙に書いて、項目に分けると、少しだけ扱いやすくなるの」


 それは、レオンハルト様が手帳をくれた理由にも似ていた。


 思考が散らかるなら書け。


 母は母で、わたくしのために書いてくれている。


 縁談資料という、心臓に悪い形で。


「……ありがとうございます」


 わたくしは、小さく言った。


「でも、婚後の推し活自由度は、さすがに衝撃でした」


「削る?」


「いえ」


「削らないのね」


「大事なので」


 母が楽しそうに笑った。


 父が、二粒目の胃薬へ手を伸ばしかける。


 母が見ずに言う。


「一粒まで」


「まだ」


「あなた」


「……分かった」


 父は手を引っ込めた。


 その顔があまりにしょんぼりしていて、わたくしは少し笑ってしまった。


「お父様」


「何だ」


「そんなに胃が痛いですか」


「娘の未来が、王太子殿下か冷血公爵か、あるいは婚約解消後の社交界かという三択に見える父親の胃を想像してみなさい」


「……痛そうです」


「痛い」


「申し訳ありません」


「謝らなくていい。だが、できれば父の胃にも優しい選択を」


 母がすぐに言う。


「それは条件に入れなくていいわ」


「妻よ」


「ミリアの人生ですもの」


「私の胃も人生の一部だ」


「あなたの胃は、あなたが世話をなさい」


「厳しい」


「リタ、胃薬の在庫は?」


「十分にございます」


「よろしい」


 この家は、どこかおかしい。


 でも温かい。


 わたくしは資料の表紙に触れた。


『ヴァイスベルク公爵家との縁談可能性について』


 昨日までなら、悲鳴を上げて燃やしたくなったかもしれない。


 今も悲鳴は上げたい。


 でも、燃やしたくはない。


 これは、母がわたくしのために作った地図だ。


 逃げ道ではなく、選ぶための地図。


「お母様」


「なあに?」


「この資料、お借りしても?」


「もちろん」


「手帳に写しても?」


「必要なところだけにしなさい。全部写したら寝不足になるわ」


「リタみたいなことを」


「リタは正しいもの」


 リタが一礼した。


「恐れ入ります」


「皆、どんどん連携していくわね」


「お嬢様包囲網でございます」


「やっぱり包囲されている」


 母が微笑む。


「幸せになるための包囲網よ」


「それは、逃げにくいです」


「ええ。逃げにくくしているのだもの」


「お母様」


「だって、あなたは逃げるでしょう?」


「……否定しづらいです」


 父がぼそりと言った。


「この家には逃げ道がないな」


 母が即座に答える。


「必要な逃げ道は残してあるわ」


「あるのか」


「ええ。休む場所、泣く場所、迷う場所。それは逃げ道ではなく、帰る場所よ」


 母の声は、とても優しかった。


 父が少し黙る。


 リタも。


 わたくしも。


 帰る場所。


 この屋敷。


 家族。


 リタ。


 だからこそ、外へ出て選べるのかもしれない。


「……お母様」


「なあに?」


「私、ちゃんと読みます。この資料」


「ええ」


「でも、今日は婚後の推し活自由度の項目だけは、心臓に悪いので最後にします」


「分かったわ」


「お母様」


「なあに?」


「それを、面白そうなお顔で見ないでくださいませ」


「無理ね」


「即答」


「母ですもの」


 万能の母が、今日も強かった。


 その夜。


 わたくしは手帳を開き、母の資料を横に置いた。


 リタが灯りを整えながら言う。


「お嬢様、全部写してはいけませんよ」


「分かっているわ」


「特に婚後の推し活自由度は、考え始めると寝不足になります」


「リタ」


「はい」


「あなたも結構、その項目を気に入っているでしょう」


「実用的ですので」


「ヴァイスベルク公爵様みたいなことを」


「影響でしょうか」


「影響が深刻ね」


 わたくしはペンを取った。


『母上、動きが早すぎます。

 ヴァイスベルク公爵家との縁談可能性について、という資料が出てきた。

 まだ候補です。

 何も選んでいません。

 なのに、家格、政治的相性、本人の性格、婚後の自由度、推し活自由度まで分析されていた。

 母上いわく、候補の段階で地形を読むのが貴族の母。

 縁談は戦場らしい。

 父上は胃薬を飲んだ。』


 そこまで書いて、少し笑う。


 さらに続けた。


『でも、母上は私を急かしているわけではない。

 私が怖がりながらでも見られるように、地図を作ってくれた。

 王太子妃になる道。婚約解消の道。レオンハルト様の隣へ行く道。

 どれも楽ではない。

 でも、知らずに逃げるより、知って怖がる方がいい。

 好きなものを好きと言えるか。息ができるか。自分で選んだと思えるか。

 それを見なければならない。』


 ペン先が止まる。


 レオンハルト様の顔が浮かんだ。


 君の好きなものを、私は笑わない。


 あの言葉。


 やはり、心臓に悪い。


 でも。


『レオンハルト様は、私の好きなものを笑わないと言ってくださった。

 母上は、それを大事なことだと言った。

 私も、そう思う。

 まだ答えではない。

 でも、大事な目印ではある。』


 書き終えて、手帳を閉じた。


 リタがこちらを見る。


「お嬢様」


「なに?」


「今日は寝られそうですか」


「婚後の推し活自由度を考えなければ」


「では、考えないでくださいませ」


「努力します」


「善処ではなく?」


「努力します」


「よろしいかと」


 リタが満足そうに頷いた。


 わたくしは灯りの下で、母の資料をそっと撫でた。


 母上、動きが早すぎます。


 そう思う。


 でも、その早さは、きっと愛情だ。


 父の胃薬も、リタの最強の壁宣言も、母の縁談資料も。


 全部、わたくしを逃がさないためではなく。


 わたくしが、自分で選べるようにするためのもの。


 そう思うと、少しだけ怖さが薄れた。


 もちろん、心臓には悪い。


 特に、婚後の推し活自由度。


 あの項目だけは、本当に危険だ。


 いつかレオンハルト様に見られたらどうしよう。


 そう思った瞬間、わたくしは枕に顔を埋めた。


「リタ」


「はい」


「この資料は、絶対に公爵様に見せないで」


「内容によっては、既に公爵様も予想されているかと」


「やめて!」


 夜の部屋に、リタの小さな笑い声が落ちた。


 わたくしは枕に顔を埋めたまま、また一つ思った。


 選ぶための道は、どうやら思ったより騒がしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ