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推しカプを見守るため悪役令嬢に転生しましたが、なぜか冷血公爵の本命になりました 〜私は壁になりたいのに、攻略対象たちが全員こちらを見てくる〜  作者: 鳳凰院暁月刃夜


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第18話 冷血公爵様、正式参戦する

 壁になりたい。


 ただ、それだけだった。


 推しカプを見守りたい。

 ヒロイン様を守りたい。

 王太子殿下を傷つけたくない。

 ダリオ様には殿下のそばで尊くあってほしい。

 自分はその全部を、遠くから静かに見守る壁になりたい。


 そう願っていたはずなのに。


 なぜか今、わたくしは王宮の廊下で、見知らぬ男爵に進路を塞がれていた。


「いやはや、ロゼリア嬢。最近のご活躍は、社交界中の話題ですな」


 相手は、バルドー男爵というらしい。


 らしい、というのは、わたくしが名前を聞いてもほとんど記憶に残らなかったからである。


 年齢は父より少し若いくらい。

 身なりは悪くない。

 だが、笑い方に妙な湿り気がある。


 こういう人は苦手だ。


 前世で言うなら、飲み会で「最近どうなの」と近づいてきて、こちらが答える前から勝手に話を広げる上司のような空気がある。


「ありがとうございます。ですが、活躍というほどのことはしておりませんわ」


 わたくしは、淑女の笑みを保った。


 横にはリタがいる。

 ただ、廊下は人通りがそこそこあるとはいえ、今この瞬間、近くに知人はいない。


 本来なら、今日の王宮訪問はセシリア様への王宮作法の補助という名目だった。

 しかしセシリア様は礼拝堂で神官長に呼ばれ、一時的に別行動。

 わたくしはリタと控室へ向かう途中だった。


 そこに、この男爵が現れたのである。


「ご謙遜を。王太子殿下、ヴァイスベルク公爵、グランツ騎士団長、そして聖女候補様。そうそうたる方々とご親密でいらっしゃる」


「皆様には、よくしていただいております」


「いやいや、よくしていただいている、などというものではございますまい。特にヴァイスベルク公爵とは、ずいぶんと親しくなられたとか」


 来た。


 面倒な方向。


 わたくしは内心でため息をついた。


 レオンハルト様からの忠告を思い出す。


 不用意な茶会や私的な集まりには出るな。

 面白半分に近づく者も増える。

 必要なら、私の名を出せ。


 まさに今、その面白半分に近づく者が目の前にいる。


 ありがたい忠告だった。


 腹立たしいほど的確だった。


 そして、思い出すだけで少し胸が落ち着くのが、とても困る。


「公爵様とは、王宮内の件で何度かお話をしただけですわ」


「王宮内の件、ですか。ほう、なるほど。そういうことにしておく方が、今はよいのですかな?」


「男爵様」


 リタの声が、いつもより低くなった。


 おっと。


 うちの侍女が少し怒っている。


 だが、男爵は気づかないふりをした。


「いえ、失礼。私などは、ただ少々心配しているだけでしてな。お若い令嬢が、王太子殿下と冷血公爵の間で噂になっているとなれば、周囲も放ってはおきません。悪意ある者も出てきましょう」


「ご心配、痛み入ります」


「そこでですな」


 男爵が一歩近づいた。


 近い。


 わたくしは、半歩下がる。


 リタがすぐ前に出かける。


 男爵は声を少し落とした。


「我が家でも、小さな集まりを開く予定がございまして。信頼できる者だけの、内々の茶会です。ロゼリア嬢にもぜひお越しいただければと」


 内々。


 信頼できる者だけ。


 この二つの言葉ほど、信頼できないものはない。


 わたくしは微笑んだ。


「ありがたいお誘いですが、しばらく私的な茶会は控えておりますの」


「おや。王太子殿下のお考えですかな?」


「わたくし自身の判断です」


「それとも、ヴァイスベルク公爵の?」


 その名前を出した時の男爵の目が、少しだけ光った。


 ああ、なるほど。


 この人は、わたくしから何かを聞き出したいのだ。


 レオンハルト様との関係。

 王太子殿下との婚約。

 セシリア様やダリオ様とのつながり。


 それを茶会で探り、社交界の情報として使うつもりなのだろう。


 面倒くさい。


 わたくしは、壁になりたかっただけなのに。

 壁が政治的情報源にされそうになっている。


 どういう構造だ。


「男爵様」


 わたくしは声を整えた。


「そのようなお話でしたら、わたくしではなく、正式な手順でロゼリア公爵家へ」


「いやいや、堅苦しい話ではありませんよ。若い方同士、気楽に」


「気楽にできる話題ではないように聞こえます」


 そう返した瞬間、男爵の笑みが少しだけ硬くなった。


「ロゼリア嬢は、ずいぶんとはっきり物をおっしゃるようになりましたな」


「最近、皆様に分かりやすいと言われますので」


「それはまた」


「褒め言葉ではなさそうですが」


 微笑みながら言った。


 リタが横で、わずかに目を伏せる。


 笑ったのかもしれない。


 しかし、男爵は引かなかった。


「私は本当に、あなたのためを思っているのですよ。ヴァイスベルク公爵の名を利用する者だと誤解されては、あなたもお困りでしょう」


 その言葉には、棘があった。


 わたくしの胸の奥が、少し冷える。


 利用。


 そう見えるのかもしれない。


 レオンハルト様の名で茶会を断り、彼から手紙をもらい、噂を牽制してもらっている。


 わたくしは利用するつもりなどない。


 でも、外から見れば。


「それに、王太子殿下との婚約も、どうなるか分からないとか。今のうちに、味方は多い方が」


「そこまでだ」


 低い声が、廊下に落ちた。


 わたくしは、思わず振り返った。


 レオンハルト様だった。


 濃紺の上着。

 冷えた青灰色の瞳。

 相変わらず、気配がない。


 けれど今は、その存在感が廊下の空気を一瞬で変えた。


 男爵の顔から、湿った笑みが消える。


「ヴァイスベルク公爵……」


「バルドー男爵。王宮の廊下で、公爵令嬢の進路を塞ぎ、婚約に関する私的な詮索をするとは、ずいぶん暇なようだな」


 声は静かだった。


 怒鳴っていない。

 むしろ、冷たいほど落ち着いている。


 だから怖い。


 男爵は慌てて頭を下げた。


「い、いえ、私はただロゼリア嬢を心配して」


「心配」


「はい。最近は噂も多く」


「その噂を増やすために、私的な茶会へ招こうとしたのか」


「そ、それは誤解でございます」


「では正式な招待状をロゼリア公爵家へ送ればいい。王宮の廊下で令嬢を呼び止める必要はない」


「……」


「それとも、正式な手順では困る話だったか」


 男爵は、完全に言葉を失っていた。


 わたくしも、言葉を失っていた。


 強い。


 非常に強い。


 レオンハルト様の牽制は、剣より静かで、剣より逃げ場がない。


 ダリオ様の正面からの忠義とは違う。

 ユリウス殿下の王子様らしい圧とも違う。


 レオンハルト様の言葉は、相手が自分で掘った穴の縁に立たされる感じがする。


 怖い。


 でも、今はありがたい。


 男爵は汗を浮かべながら、もう一度頭を下げた。


「大変失礼いたしました。ロゼリア嬢、どうかお許しを」


「……お気になさらず」


「男爵」


 レオンハルト様が短く呼ぶ。


 男爵の肩が跳ねた。


「次からは、相手を選べ」


「は、はい」


「いや」


 レオンハルト様は、少しだけ目を細めた。


「手順を選べ」


 男爵は何度も頭を下げ、逃げるように廊下の向こうへ去っていった。


 その背中を見送ってから、わたくしはようやく息を吐く。


「……助かりました」


「礼は不要だ」


 レオンハルト様は、こちらを見る。


「不用意な相手に捕まるなと言ったはずだ」


「捕まりに行ったわけではございません」


「捕まっただろう」


「それは、そうですが」


「なら同じだ」


「公爵様は相変わらず厳しいですわね」


「君は相変わらず危なっかしい」


 いつもの調子。


 けれど、わたくしの胸はまだ少しざわついていた。


 助けられた。


 守られた。


 その事実を、どう受け取ればいいのか分からない。


 リタが横から深く礼をした。


「ヴァイスベルク公爵様。お嬢様をお助けいただき、ありがとうございます」


「侍女なら、もう少し早く割って入れ」


「次回からは肘を入れます」


「リタ」


 わたくしは慌てた。


 肘。


 公爵様の前で、肘。


 レオンハルト様は無表情のまま、ほんの少しだけリタを見た。


「肘で済ませるのか」


「状況によります」


「なるほど」


「なるほどではありませんわ、公爵様」


 何を納得しているのか。


 うちの侍女に危険な許可を与えないでほしい。


 レオンハルト様は、廊下の先を見た。


「控室まで送る」


「そこまでしていただかなくても」


「また捕まりたいのか」


「捕まりたくはありませんが」


「なら行くぞ」


 決定している。


 わたくしの意思はどこに。


 いや、助かる。

 助かるのだけれど。


 リタが小声で言った。


「お嬢様」


「なに?」


「公爵様の隣です」


「言わないで」


「目立ちます」


「分かっているわ」


「ですが、先ほどの男爵のような方は近づきません」


「それも分かっているわ」


「恋です」


「なぜ今それを言うの!」


 声が大きくなりかけた。


 レオンハルト様が振り返る。


「何か言ったか」


「何も!」


 即答してしまった。


 リタが横で目を伏せる。


 絶対に笑っている。


 わたくしは顔を整え、レオンハルト様の少し後ろを歩き始めた。


 廊下を歩く間、周囲の視線が刺さる。


 王宮侍女たち。

 通りすがりの貴族。

 遠巻きに見ている令嬢たち。


 皆、見ている。


 そりゃそうだ。


 噂の渦中のロゼリア公爵令嬢が、冷血公爵に送られて歩いているのだから。


 また相関図に矢印が増える。


 間違いなく増える。


 わたくしは小声で言った。


「公爵様」


「何だ」


「この状況、噂が強まります」


「だろうな」


「分かっていらっしゃるのですね」


「ああ」


「なら、なぜ」


「利用するためだ」


 さらりと言われた。


 わたくしは瞬きをする。


「利用?」


「私が君を気にしていると広まれば、先ほどのような者は軽々しく近づきにくくなる」


「……」


「噂は消せない。なら、使う方が早い」


 合理的。


 実にレオンハルト様らしい。


 そして、とても現実的だ。


 彼は、わたくしの噂を止めることができないと分かっている。

 だから、噂を盾に変える。


 わたくしには思いつかない発想だった。


「ですが、それでは公爵様にもご迷惑が」


「今さらだ」


「今さら?」


「すでに噂になっている。なら、半端に否定するより、牽制に使う」


「公爵様は、それでよろしいのですか?」


 思わず聞いた。


 レオンハルト様は、ちらりとこちらを見る。


「何が」


「わたくしの噂に巻き込まれることです」


「巻き込まれたと思っていない」


「では?」


「自分で入った」


 心臓が、変な音を立てた。


 やめて。


 そういう言い方。


 わたくしは足元を見そうになり、何とか前を見る。


「……公爵様」


「何だ」


「その言い方は、また解釈に困ります」


「困ればいい」


「ひどい」


「君は困っている時の方が、作り笑いが減る」


「また顔の話」


「事実だ」


「事実禁止令は」


「却下だ」


 いつものやり取り。


 少しだけ安心する。


 同時に、とても困る。


 こういう会話に安心し始めている自分が、本当に困る。


 控室に着くまでの廊下は、それほど長くない。


 だが、今日は長く感じた。


 視線が集まる。

 噂が生まれる。

 リタが背後で静かに見守っている。


 控室の前で、レオンハルト様は足を止めた。


「しばらく、私的な誘いは断れ」


「はい」


「断りにくい相手なら、私の名を出せ」


「公爵様のお名前を、わたくしが勝手に使うわけには」


「許可する」


「簡単に」


「必要だからだ」


「それは、わたくしを守るためですか?」


 聞いてしまった。


 また。


 わたくしの口は本当に危険だ。


 レオンハルト様は、少しだけ黙った。


 その沈黙の間に、胸が速くなる。


 彼は、静かに言った。


「そうだ」


 短い。


 ただ一言。


 でも、それだけで十分すぎた。


 わたくしは扇を持っていないことを後悔した。

 今日は王宮なので持っている。

 持っているはず。


 慌てて袖の中を探す。


 あった。


 開く。


 顔を隠す。


「……公爵様」


「何だ」


「優しくしないでくださいと、申し上げたくなります」


「なぜ」


「推し活に支障が出ます」


「またそれか」


「祈りの一種です」


「知っている」


「リタの説明を覚えないでくださいませ」


 レオンハルト様は、ほんの少しだけ目を細めた。


「君は、誰かの幸福を願うことを祈りだと言う」


「はい」


「なら、私も祈ればいいのか」


「何をですか」


「君の幸福を」


 息が止まった。


 廊下の音が、一瞬だけ遠くなる。


 リタも、背後で動きを止めた気がした。


 レオンハルト様は、淡々としている。

 まるで当然のことを言ったように。


「君が誰かの幸福を願うなら、私は君の幸福を願う」


 言葉が、胸の奥に落ちる。


 重い。


 優しい。


 怖い。


 逃げたい。


 なのに、逃げたくない。


 どうしようもなく、心が揺れた。


「……公爵様」


「何だ」


「その台詞は」


「うん」


「主人公に言うやつです」


 レオンハルト様は、少しだけ首を傾げた。


「君が主人公ではないのか」


 やめて。


 やめてください。


 それは、今一番言われたくない言葉だった。


 わたくしは壁になりたいのだ。


 背景で、脇役で、観測者でいたい。


 主人公なんて、そんな。


「わたくしは壁です」


「壁にしては、ずいぶん目が離せない」


「公爵様、それは壁への評価として重すぎます」


「ならば、君への評価だ」


「もっと重くなりましたわ!」


 思わず声が裏返った。


 レオンハルト様は、ほんの少しだけ口元を動かす。


 また笑った。


 反則。


 完全に反則。


 控室の前で、冷血公爵が、ほんの少しだけ笑う。


 誰か、この場面を止めてほしい。


 いや、止めなくていい。


 いや、やっぱり止めて。


 わたくしの心が忙しすぎる。


「ロゼリア嬢」


「はい」


「君は、よく逃げようとする」


「……はい」


「だが、逃げる先が危ない時は止める」


「公爵様が?」


「他に誰がいる」


「たくさんいらっしゃいますわ。リタも、セシリア様も、殿下も、グランツ卿も」


「そうだな」


 レオンハルト様は、少しだけ視線を外した。


 ほんの一瞬。


 そしてまた、こちらを見る。


「だが、私もいる」


 ああ。


 駄目。


 これは駄目だ。


 レオンハルト様の言葉は、いつも短い。


 短いのに、逃げ道を塞ぐ。


 人の心の入口に、勝手に鍵を置いていく。


 わたくしは、どう返せばいいのか分からなかった。


「……ありがとうございます」


 結局、それしか言えない。


「礼は受け取る」


「珍しいですわね」


「たまにはな」


「公爵様」


「何だ」


「今後、そういう台詞を仰る時は、事前に通達してください」


「なぜ」


「心臓への負担が大きいので」


「善処する」


「絶対に善処なさらないお顔です」


「よく分かったな」


 また、このやり取り。


 リタが背後で、深く、静かにため息をついた。


 これは呆れのため息だ。


 あとで「恋です」と言われる。


 間違いなく。


 控室の扉が内側から開いた。


 中にいた王宮侍女が、わたくしを見て一礼し、そしてレオンハルト様を見て目を丸くする。


 また噂が増える。


 もうどうにでもなれ。


 ……いや、よくない。


 よくないけれど、止められない。


「では、ロゼリア嬢」


 レオンハルト様が一歩下がった。


「しばらく不用意に動くな」


「わたくしは子どもではありません」


「子どもより目を離すと危ない」


「ひどい評価ですわ」


「正確な評価だ」


「事実禁止令を」


「却下だ」


 最後にそう言って、レオンハルト様は踵を返した。


 廊下を歩いていく背中。


 その背中が遠ざかるまで、わたくしは何となく動けなかった。


 リタが隣に立つ。


「お嬢様」


「言わないで」


「まだ何も」


「分かっているわ。恋です、でしょう」


「はい」


「やっぱり!」


 リタは真顔だった。


「ですが、今回はそれだけではございません」


「まだあるの?」


「レオンハルト様、正式に参戦なさいましたね」


 正式に参戦。


 その言葉に、わたくしは頭を抱えたくなった。


 けれど、否定しきれない。


 あの人は言った。


 自分で入った、と。

 私もいる、と。

 君の幸福を願う、と。


 それは、警戒ではない。


 ただの事情聴取でもない。


 では何なのか。


 考えたくない。


 でも、考えずにはいられない。


「リタ」


「はい」


「わたくし、壁になりたいのだけれど」


「はい」


「壁の前に、公爵様が立ってしまいました」


「そうですね」


「どうすればいいのかしら」


「壁をやめればよろしいかと」


「簡単に言わないで!」


「では、手帳に書いて整理なさっては?」


 レオンハルト様からの手帳。


 思考が散らかるなら、書け。


 今こそ書くべきなのかもしれない。


 わたくしは控室に入り、椅子に座るなり手帳を開いた。


 ペンを持つ。


 しばらく悩んで、こう書いた。


『冷血公爵様、正式参戦。

 噂を利用して不審な貴族を牽制。

 私の幸福を願うと言われた。

 重い。

 重すぎる。

 でも、嬉しかった。

 困る。』


 最後の一行を書いたところで、手が止まる。


 もう一行だけ、追加した。


『壁になりたいのに、壁の前に立つ人が現れた。』


 その文章を見て、胸がじんわりと熱くなった。


 わたくしは急いで手帳を閉じる。


 リタが横から言った。


「お嬢様」


「見せないわ」


「まだ何も」


「絶対に見せない」


「では、当てましょうか」


「やめて」


「レオンハルト様が嬉しかった、と」


「リタ!」


 なぜ分かる。


 本当にこの侍女、怖い。


 わたくしは手帳を胸元に抱える。


 その時、控室の扉の外から、かすかな囁き声が聞こえた。


「今の、ヴァイスベルク公爵様よね?」

「ロゼリア様を送っていらしたわ」

「やっぱり本命は公爵様なのかしら」

「でも王太子殿下も、まだ婚約を解消されていないでしょう?」

「聖女候補様はロゼリア様をお姉様と……」

「グランツ卿も気にされているとか……」


 わたくしは天を仰いだ。


 噂は、止まらない。


 むしろ、火に油が注がれた。


 そしてその油を注いだのは、冷血公爵本人である。


「……リタ」


「はい」


「今日の相関図、また更新されるわね」


「間違いなく」


「中央にわたくしを書くのをやめてほしいわ」


「難しいかと」


「なぜ」


「本日も、お嬢様が中心でございましたので」


 わたくしは何も言えなかった。


 壁になりたい令嬢は、また一歩、壁から遠ざかった。


 そして、冷血公爵は。


 どうやら本気で、わたくしの前に立つつもりらしい。


 それが心強いと思ってしまったことを。


 わたくしは、まだ誰にも言えなかった。


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