↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代神話構文黙示録 〜スマホアプリ《AVIS》と未定義の神々〜  作者: 秋月キアラ
第10話 ― 神話は、誰のものでもない
PR
68/85

第八節 ― 神ではない名前

 暗かった画面の一部で、小さな表示が瞬いた。


 最初、ユウリは《LOG OLYMPOS》の処理が再開したのだと思った。


 違った。


《SCAN START》


「……え?」


 ミオが足を止める。


 端末まで、まだ一歩ほど距離がある。キーボードにもマウスにも触れていない。


「ミオ、何かした?」


「してません」


 ミオは両手を身体の前へ寄せた。触れていないことを確かめるように、指先を見る。


 画面の文字列が流れる。


《TARGET DETECTED》


《GOD NAME:SEARCHING》


 NOCTがすぐに端末へ寄った。


「待って。こっちからは走らせてない」


「自動?」


 レンが訊く。


「少なくとも、この端末では」


 検索表示が止まった。


《GOD NAME:NOT FOUND》


 次。


《DIVINE VESSEL:REJECTED》


 さらに。


《CLASSIFICATION:INVALID》


 部屋の空気が変わった。


「……何だ、それ」


 奥にいた一人が椅子から立つ。


 別の端末を見ていた人物も振り返った。


 さっきまで誰にも読めない神名へ向けられていた視線が、今度は一斉にミオへ集まる。


 ミオの肩がわずかに縮んだ。


 ユウリは反射的に彼女の側へ一歩寄った。


「アヴィ」


「見てる」


 ユウリのスマホでもAVISが動いている。


《EXTERNAL SCAN DETECTED》


《照合中》


 けれど、アヴィはそれ以上を言わない。


 画面の結果だけが残っている。


《GOD NAME:NOT FOUND》


《DIVINE VESSEL:REJECTED》


《CLASSIFICATION:INVALID》


「これ、もう少し取れるんじゃないか?」


 声を上げたのは、《BACK CHANNEL》でも公開範囲についてレンと言い合っていた男だった。


「照応深度を上げれば――」


 机上の別端末へ手を伸ばす。


「本人に聞け」


 レンの声が飛んだ。


 男の手が止まる。


 レン自身も、そこで一瞬だけ黙った。


 口にした言葉を、自分でも聞き直したような顔だった。


 ユウリは何も言わない。


 少し前までなら。


 珍しい反応を見つければ、レンが一番先に端末へ顔を寄せていたかもしれない。


 何が出るのか。


 どういう構文なのか。


 別のログと照合できないか。


 興味を持つこと自体が悪いわけではない。


 今もレンの目には、知りたいという色が残っている。


 それでも、先に止めた。


「……計測するなら」


 レンが続ける。


「星宮に聞いてからだ」


「もうスキャンは始まってるだろ」


「勝手に始まったのと、こっちが勝手に続けるのは別だ」


 男はレンを見る。


 何か言い返しかけて、やめた。


 室内にいる全員の視線が、今度はミオへ向く。


 さっきとは違う。


 調べる対象を見る目ではなく、答えを待つ目だった。


 ミオは困ったように瞬きをした。


「私が、決めていいんですか」


「ミオのことだから」


 ユウリが答える。


 ミオは画面を見る。


 《INVALID》という文字。


 それから、周囲の端末。


 少し考えてから、NOCTへ顔を向けた。


「測ったら、何が残りますか?」


「通常なら、入力名、照応結果、構文反応、時刻。端末側にログが残る」


「外にも?」


「この接続なら、保証できない」


 NOCTは誤魔化さなかった。


「ここで消しても、接続先まで消えるとは言えない」


 ミオはしばらく黙った。


 レンもユウリも、急かさない。


 やがてミオは小さく息を吐いた。


「名前は記録しないでください」


 NOCTが頷く。


「入力しない」


「星宮ミオも、別の名前も」


「分かった」


 ミオはもう一度画面を見た。


「それなら、一度だけ」


 レンが確認する。


「本当にいい?」


「はい」


 今度の返事には迷いがなかった。


「私も、何が出るのかは知りたいです」


 NOCTが端末を操作する。


 名前入力欄は空白のまま。


 保存設定も最小限へ落とされる。


「照応反応だけ取る。時間も短くする」


「お願いします」


 ミオが机の前へ立った。


 ユウリはすぐ隣にいる。


 何かが起きても代わりに選ぶことはできない。


 けれど、離れる必要もない。


「ここ」


 NOCTが端末脇の読み取り部を示す。


 ミオが右手を伸ばした。


 一度だけ止まる。


 それから、自分で触れた。


《SCAN START》


 白い光が画面を走った。


《NAME INPUT:NONE》


《MYTH CORRESPONDENCE:SEARCHING》


 ミオの指先に、淡い光が浮かぶ。


 ユウリが息を詰めた。


 音はない。


 風もない。


 なのに。


 足元で、白い輪が広がった。


「……水?」


 レンが呟く。


 水はなかった。


 床は乾いたまま。


 ケーブルも、机の脚も、何一つ濡れていない。


 それでも磨かれてもいない床面が、一瞬だけ鏡のように光を返した。


 天井。


 端末。


 立っている人間たち。


 全部が、足元にもう一つあるように映る。


 ミオの靴の下から、白い波紋が一つ。


 二つ。


 静かに広がった。


 ユウリは見覚えのある感覚に、無意識にスマホを握る。


 しかし、それが何なのかを言葉にするより先に、端末が反応した。


《CLASSIFICATION:INVALID》


 処理が止まる。


 ファンの音だけが残った。


「止まった?」


 レンが画面へ寄る。


 次の瞬間。


 一行だけ、新しい表示が出た。


《HIGHER LAYER RESPONSE DETECTED》


 誰も声を出さなかった。


「……Higher Layer?」


 レンが読む。


「上位層?」


「訳せばね」


 アヴィが答える。


「でも、何の上位かまでは書いてない」


「解析は?」


「今やってる」


 ユウリのAVISにも表示が出る。


《TARGET:星宮ミオ》


 一瞬、ユウリは顔をしかめた。


 名前を記録しないという条件を思い出す。


「これ、僕の端末側だけ?」


「ローカル照合。外へ投げてない」


 アヴィがすぐ答えた。


 続く表示。


《神格照応:対象外》


 それだけだった。


 神名候補は出ない。


 女神の名前も。


 既知の契約神も。


 分類候補すら並ばない。


 ユウリはミオを見る。


 彼女は足元を見ていた。


 白い反射は、もう消えている。


 ただの床へ戻っていた。


 ミオがゆっくり手を離す。


 同時に端末のスキャンも終了した。


《SCAN END》


 誰かが息を吐く。


 さっき測定を続けようとした男が、画面とミオを交互に見た。


「もう一回やれば――」


「一度だけです」


 ミオが言った。


 強い声ではない。


 でも、今度は誰も続きを言わなかった。


 NOCTが操作する。


「ローカル計測終了。名前は保存してない」


「ありがとうございます」


 ミオは自分の手を見た。


 何かが残っているわけではない。


 指を一度握り、開く。


「ミオ」


 ユウリが呼ぶ。


「大丈夫?」


「はい」


 少し考えてから、


「びっくりしましたけど」


 と付け足した。


 その言い方がいつものミオらしくて、ユウリの肩から少しだけ力が抜けた。


 レンはまだ表示を睨んでいる。


「《GOD NAME:NOT FOUND》で、《DIVINE VESSEL:REJECTED》」


「それから《CLASSIFICATION:INVALID》」


 NOCTが続ける。


「なのに反応だけはある」


「《HIGHER LAYER》が何かは?」


 ユウリが訊く。


 アヴィが先に答えた。


「現時点では不明」


「候補も?」


「出せる候補はある。でも、今並べても推測が増えるだけだ」


 今回は、そこで止めた。


 ユウリも聞き直さない。


 画面に書かれていること以上を、今ここで決める理由はない。


 ミオが《GATE 0》を見る。


《INPUT GOD NAME》


 白い文字が、まだそこにある。


「これ」


 ミオが言った。


 NOCTが顔を上げる。


「神様を探しているんですよね」


「そう」


 短い返事だった。


 ミオは少しだけ首を傾けた。


 自分の中で確かめるように。


「じゃあ」


 一拍。


「私を探しているものじゃないんだと思います」


 誰も否定しなかった。


 肯定もしなかった。


 ただ、端末には変わらず、


《GOD NAME:NOT FOUND》


 と表示されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。