↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
現代神話構文黙示録 〜スマホアプリ《AVIS》と未定義の神々〜  作者: 秋月キアラ
第10話 ― 神話は、誰のものでもない
PR
67/85

第七節 ― GOD NAMEでログインしてください

 部屋のいちばん奥に置かれていたのは、拍子抜けするほど普通のパソコンだった。


 黒いミドルタワー。量販店でも見かけそうなキーボード。少し古い二十四インチほどのディスプレイ。机にも特別な加工はなく、横には使いかけの付箋と、蓋の閉じたペットボトルまで置かれている。


 さっきまで見ていた改造端末の方が、よほど危険な機械に見えた。


「これ?」


 レンが立ち止まる。


「これ」


 NOCTは椅子の背へ手を置いた。


「《GATE 0》」


「名前だけ急にラスボスっぽいな」


「俺が付けたんじゃない」


「じゃあ誰が?」


「分からない」


 レンが眉を寄せる。


 NOCTは気にした様子もなく、ディスプレイの電源を入れた。


 黒い画面。


 一瞬だけメーカーのロゴが出る。


 その後も、普通だった。


 OSが立ち上がり、デスクトップが表示される。見慣れたフォルダ。ブラウザ。テキストエディタ。端には時刻表示まである。


 ユウリは少し待った。


「……普通ですね」


 ミオも同じ感想だったらしい。


「だから厄介なんだよ」


 NOCTがマウスを動かす。


 デスクトップ上。


 名称のないアイコンを一つ開いた。


 画面が暗転した。


 中央に、白い文字が浮かぶ。


《LOG OLYMPOS》


 その下。


《USER LOGIN:DISABLED》


《INPUT GOD NAME》


 ユウリは数秒、画面を見つめた。


「ユーザー名じゃなくて?」


「神名」


 NOCTが答える。


「メールアドレスも、端末IDも、ここのアカウントも受けつけない」


 レンがキーボードへ手を伸ばす。


「適当な文字入れたら?」


「やってみれば」


「いいの?」


「接続は切ってある」


 その一言で、レンの指が止まった。


「先に言えよ」


「先に触る方が悪い」


「……まあ、それはそう」


 珍しく素直に手を引く。


 ユウリはレンの横から画面を見る。


《INPUT GOD NAME》


 神の名前でログインする。


 文字だけなら、妙な冗談にも見える。


 けれど、今まで見てきたフォーク版AVISの接続先が、すべてこの表示へ重なっている。


「誰が作ったんですか?」


 ミオが訊いた。


「分からない」


「この画面を?」


「UIを見つけた時には、もう動いてた」


「《MISLEAD》が作ったんじゃない?」


 ユウリが訊く。


「違う」


 NOCTは即答した。


「少なくとも、ここの誰かが作ったという記録はない」


「記録がないだけかもしれない」


「そう」


 そこで否定しない。


「だから、『誰も作っていない』とは言わない。誰が作ったか分からない」


 その言い方に、ユウリは少しだけ引っかかった。


 分からないものを、分からないまま言っている。


 ネフリドとは別の意味で、答えを余計に埋めない話し方だった。


「アクセス履歴は残ってる」


 NOCTが別のキーを押した。


 画面の右側に、縦長のログが展開される。


《ACCESS RECORD》


 日付。


 時刻。


 接続経路。


 そして、


《GOD NAME》


 その欄を見て、ユウリの目が止まった。


《LOKI》


 次。


《LUCIFER》


《PROMETHEUS》


 少し離れて。


《AMATERASU》


《HECATE》


「……普通に有名どころだな」


 レンが呟いた。


「普通かどうかは知らないけど」


 アヴィがユウリのスマホ画面に現れる。


「少なくとも地球側の神話資料なら、いくらでも参照できる名前だ」


 ログはそこで終わらない。


 NOCTが下へ送る。


 次の表示。


《SERA=EDICA》


 ユウリは瞬きをした。


「セラ=エディカ」


 マシロの契約神。


 その下。


《ZAIN=TUL》


「ザイン=トゥル……」


 今度はトウマの神だ。


 レンも黙って画面を見ている。


 さらに。


《ZAIN=――》


 後半が欠けている。


 文字化けではない。


 神名の一部だけが、最初から切り取られたように空いていた。


「これ、壊れてる?」


 ユウリが訊く。


「元ログからこの状態」


 NOCTが答える。


「別の保存断片でも同じ」


 アヴィが短く解析表示を出す。


《ZAIN SERIES:PARTIAL MATCH》


《FULL NAME:UNRESOLVED》


「ザイン系列なのは拾える。でも、それ以上は無理」


 その次。


《VALGA=RAIOS》


 レンの呼吸が、わずかに止まった。


「……ヴァルガ=ライオス」


 自分の契約神の名を、レンは小さく読んだ。


 ユウリはログの日付を見る。


「これ、レンがここに来る前?」


「ずっと前」


 NOCTが言う。


 レンは画面へ近づいた。


「俺の契約ログから拾った可能性は?」


「ある」


「じゃあ、マシロさんやトウマのも?」


「ある」


 NOCTは、また決めつけない。


「ただし、ここへ入ってくる経路は一つじゃない」


 レンは何か言いかけたが、続きを飲み込んだ。


 ログはまだ続いている。


 地球神話の名前。


 見覚えのある契約神。


 欠けた名前。


 それらの間に、ユウリの知らない神名も混ざっていた。


 いくつかはアヴィが照合結果を横へ出す。


《PARTIAL MATCH》


《NO DIRECT MATCH》


《LOCAL TRADITION CANDIDATE》


 ところが。


「……待って」


 ミオが言った。


 ユウリも同じ場所を見ていた。


 ログの一行。


 文字列は表示されている。


 確かに、何かが書かれている。


 アルファベットでもない。


 漢字でも仮名でもない。


 見慣れない文字だから読めない、というだけでもなかった。


 視線を合わせる。


 形を追う。


 次の瞬間には、どこからどこまでが一文字だったのか分からなくなる。


 もう一度見る。


 さっきとは違う並びに見える。


「これ……何て読むの?」


 ユウリが訊く。


「読めない」


 NOCTが答えた。


「誰も?」


「今のところ」


 レンが画面へ顔を近づける。


「文字データとしては?」


「取れる」


「なのに読めない?」


「表示はできる。コピーもできる。検索にも投げられる」


 NOCTは横の端末を操作した。


 問題の神名らしきデータ列が、検索欄へ入る。


 結果。


《0 EXACT MATCH》


「ゼロ?」


「完全一致では」


 レンが自分の端末も取り出した。


「部分一致は?」


「やった」


「画像照合?」


「それも」


「文字コード違い」


「試した」


「翻字候補」


「出ない」


 レンが口を閉じた。


「アヴィ」


 ユウリはスマホを持ち上げる。


「もうやってる」


 少し不機嫌そうな声。


 AVISの画面へ、いくつもの検索窓が展開されていた。


《TEXT TRACE》


《IMAGE TRACE》


《ARCHIVE TRACE》


《NETWORK REFERENCE SEARCH》


 数値が次々に動く。


 アヴィはいつものようにすぐ結論を出さなかった。


 ユウリは待つ。


 十秒。


 二十秒。


 レンが先に耐えられなくなった。


「長くない?」


「黙って」


「はい」


 検索範囲が広がる。


 現在残っているページだけではない。


 保存キャッシュ。


 引用。


 転載。


 画像化された投稿。


 消失ページの参照記録。


 別言語圏のアーカイブ。


 それでも、同じ文字列へ遡っていく道が見つからない。


 ユウリの眉が寄る。


「検索できない?」


「違う」


 アヴィの返事はすぐだった。


 画面上の処理が、さらに切り替わる。


《DELETION TRACE》


《REPOST TRACE》


《REFERENCE ORIGIN TRACE》


「検索結果がない、だけじゃない」


「どう違うの?」


「普通、今のページが消えてても引用が残る。引用も消えてたら、リンク痕跡が残る。転載。キャッシュ。参照。スクリーンショット。誰かが後から消したなら、『あったものが消えた形』がどこかに出る」


 アヴィの声から、いつもの皮肉が消えていた。


「これは、それがない」


 ユウリは画面を見る。


「後から消された形跡もない?」


「ない」


「じゃあ」


 自分で言いながら、嫌な感じがした。


「最初に投稿した人を探せば――」


「それも違う」


 アヴィが遮る。


 一つの表示だけが中央へ残る。


《REFERENCE ORIGIN:NOT FOUND》


「最初がない」


 誰も声を出さなかった。


 階下から伝わる低音も、ここまで来るとほとんど聞こえない。


 代わりに、PCのファンが回る微かな音だけが続いている。


 レンが椅子の背へ手を置いた。


「最初がないって」


 画面から目を離さない。


「途中から急にネットに出たってこと?」


「それなら最初に観測された地点がある」


 アヴィが答える。


「一件目じゃなくてもいい。誰かが『知らない神名を見つけた』って書く。検索エンジンが拾う。別サイトへ転載される。何かしら入口ができる」


「それがない?」


「ない」


 ミオが小さく言った。


「でも、ここにはあるんですよね」


 誰も答えなかった。


 その神名は、現に画面へ表示されている。


 アクセス履歴まである。


 入力された日時も残っている。


 けれど、そこへ至る最初の一歩だけがない。


 ユウリは、さっきまで見ていた復元ログを思い出した。


 失われた断片を繋ぎ、元からあったのか分からない一文まで補った記録。


 あれとは逆だった。


 こちらには結果がある。


 なのに、元が見つからない。


「じゃあ、どこから来た?」


 レンが言った。


 アヴィは答えなかった。


「アヴィ?」


 ユウリが呼ぶ。


 スマホの中で、小さな影が静止している。


 解析表示だけが動き続ける。


《LOCAL ORIGIN:UNRESOLVED》


《NETWORK ORIGIN:UNRESOLVED》


《EXTERNAL CORRESPONDENCE:――》


 最後の一行が点滅し、消えた。


「今の何?」


「まだ出せない」


「候補も?」


「候補だから困ってる」


 アヴィが短く返す。


 そこから、また長い停止。


 ユウリは急かさなかった。


 レンも、今度は黙っている。


 ミオだけが、読めない神名をじっと見ていた。


 やがて。


「……たぶん」


 アヴィが言った。


 声が低い。


「俺たちが名前を作ってるんじゃない」


 レンが、確かめるように呟く。


「それだけじゃない」


 アヴィは一拍置いた。


「向こうからも来てる」


 ユウリはスマホへ視線を落とした。


「向こう?」


 アヴィは答えなかった。


 解析画面が閉じる。


 それ以上は、出せないというように。


 レンも追及しかけて、やめた。


 画面には、まだ《LOG OLYMPOS》が開いている。


《USER LOGIN:DISABLED》


《INPUT GOD NAME》


 人の名前を求めない入口。


 神の名だけを受けつける扉。


 その履歴には、誰かがネットへ書いた始まりさえ見つからない名前が、すでに残っている。


 ミオが、ほんの少しだけ端末へ近づいた。


 その瞬間。


 暗かった画面の一部で、小さな表示が瞬いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。