18 夏の夜空
鞄を撫でた。
彩葉が立ち上がる。浴衣姿のシルエットが、花火によって浮かび上がった。
「振られたし、これで第二高校の受験勉強に集中できる! 頑張ろ……っ」
結んだ後ろ髪が、ふわりと揺れる。満面の笑みが、花火の明かりに晒された。
だが、それも一瞬だった。
瞳が水の膜を張ったと思いきや、頰に涙がいくつも垂れていく。肩を上下にさせながら、顔を覆い、華奢な体を震わせている。
何度も何度も、嗚咽が夜空に響く。
「……受験か」
凪は、視線を水面に外した。
座り込んだ彩葉は、ダンゴムシのように体を丸めた。嗚咽をこぼすたびに、背中がぴくりと揺れている。
凪は、鞄から水菜用に購入したハンカチを取り出す。包装を外すと、彩葉に渡そうとして、一瞬手が止まる。
薄く苦笑いをこぼす。これ、とハンカチを差し出した。
顔を上げた彩葉は、苦しげに目元を縮ませる。こくり、と小さく頷いて、ハンカチを受け取った。
「……ありがとっ」
垂らしていた前髪が、彩葉の頰を掠めた。凪は、口元を緩めて頬を掻く。
無数の花火が、夜空を虹色に染め上げている。
――僕の想いなんて、花火のように脆くて。いつか儚く消えるのだろう。
渡せなかったハンカチ。何もしないで後悔するのは、もう嫌だ。
ハンカチを持った彩葉が、凪の顔に手元を近付けてきた。ほら、と言いながら目元を拭う。
笑顔につられて、凪も頬を緩ませた。
■□■□
「久しぶり。凪とは夏祭り以来かな?」
登校していると、校門付近で日向と遭遇した。上履きに履き替えると、一緒に教室へと向かう。
全校登校日ともあり、すれ違う生徒たちの活気も、どこか気怠さが混じっている。
すると、前から見慣れた顔が近付いてきた。
「おはよ、鈴川君と……か、柏木君」
彩葉は視線を逸らしながら呟くと、一瞬日向に目を向け、去っていった。去り際に盗み見たのは、涙に濡れた瞳。
「嫌われちゃったかな」
日向は手を後ろに当て、苦笑いをこぼす。足の歩みを止めると、窓に顔を向けた。
「嫌ってはいないと思う」
河川敷で、涙を流していた彩葉の姿が脳裏を掠めた。
「僕だって嫌で振った訳じゃない。前と同じような関係には戻れないって、なんだかやるせないよ」
日向が、後ろを振り向く。凪も振り向くが、既に彩葉の姿はなかった。
――告白したら、僕も話せなくなっちゃうのかな。
課題提出に加え、必要事項を伝えられると、この日は解散となった。
帰ろうと立ち上がった矢先。廊下から教室を眺めている耀の姿を捉える。友人と談笑している水菜に目を向けると、廊下へと出た。
「少し付き合ってくれないか」
腕組みを解いた耀が、近付いてきた。
「……片里さん待ちじゃないのかな?」
「今日は鈴川に用があるんだ。部室借りてるから」
背中を向けると、耀は前を歩いていく。
凪は視線を感じて振り返ると、じっとこちらを見つめる水菜と目が合った。だが、すぐに視線を逸らされてしまう。
耀が扉を開ける。凪が続けて入ると、くぐもった臭いが鼻を刺激した。
タイムを書いているホワイトボード、隅に置かれているクーラーボックス、机の上に散乱されたノートやストップウォッチ。
耀は、窓に背中を預けた。生徒たちの喧騒が、室内に打ち響いている。
「片里のことが好きなのか」
気になった方は、高評価、ブックマーク登録をお願いします!




