17 笑顔と後悔
背後から、何者かの疑問声が響いた。振り向くと背丈の高い男の姿が。
焼けた肌に、落ち着いた雰囲気を纏っている。耀だ。
「月島……っ」
弾んだ声が、静まり返った境内に木霊した。屋台の提灯に照らされた水菜の瞳は、茜色に煌めいている。
凪から一歩離れ、視線が宙に右往左往していた。
「こんなところで何してたんだ……?」
耀の視線が、凪へと移る。眉根が縮まると、再び水菜へと戻した。
バツの悪そうな水菜と耀。
軽く握り拳を作った凪は、薄らと笑みを浮かべた。
「僕は十分回ったから。月島君と一緒に行ってあげて」
えっ、と顔をこちらに向ける水菜。ゆらゆらと揺れる瞳の色は、いつもよりも透明で、綺麗で。
凪が、背中を軽く押す。
二人は顔を合わせると、気恥ずかしそうに頬を赤らめ、祭りの喧騒へと姿を消した。
一瞬、耀が首だけ振り向いたが、すぐに前に戻した。凪は、鞄の取手をぎゅっと掴む。
――あの二人は、あまりに眩しくて。どこからどうみても、お似合いで。
僕の入る隙間なんて、もう存在しない。あの瞳が映すのは、僕なんかじゃない。
はぁ、と空を見上げる。闇色の薄い膜が、夕空を張り替えている。
視界が、ぼやけていく。震える唇を噛むと、乱雑に目元を擦った。
祭りの熱気に浮かされた喧騒の残響が、境内に広がっている。まるでこの場所だけが、人々から取り残されたかのように。
携帯に通知が鳴る。凪はポケットに手を入れたまま動きを止める。だが、取り出すと、一件のメッセージが届いていた。
彩葉『振られちゃった』
■□■□
夕闇に染められた河川敷は、いつになく薄暗い。川の水面も遠慮がちに揺れていて、虫のざわめきが耳を包み込んだ。
土手に、体育座りで背中を丸めた少女の姿が見える。夕凪色の浴衣が、夜景に存在を潜めていた。
「……っ、ぅ。っ」
彩葉から場所を引き出すと、すぐに凪は駆け付けた。
慰めたかった、という訳ではない。ただ、あの場所から逃げたかった。
「赤沢さん……」
「っ、す、鈴川君……見てた?」
「ごめん……」
顔を上げた彩葉の目元は、真っ赤に腫れている。口を開こうとした矢先、再び涙が溢れそうになっていた。笑って誤魔化す彩葉だが、涙が頬を伝う。
凪は、黙ったまま土手に腰を下ろす。
ふと、水菜と耀のことを思い出す。二人は、今何をしているのだろうか。
地面の雑草を掴むと、思いっきり引き抜く。
――好きな人と祭りに行けた。それだけで、嬉しいはずなのに。
「ひ……柏木君って、人を好きになったことないんだって。だから私とも付き合えないって」
独り言のように、彩葉が呟いた。虫の合唱に、少女の嗚咽が混じり合う。
同級生が背中を丸めて、涙を流し続けている。
彩葉が顔を上げると、視線を横に向ける。すると、涙で腫らした瞳を大きく開いた。ぼそり、と呟く。
「なんで鈴川君まで泣いてるの?」
「……えっ」
凪の拳が震える。目元に熱い感触が迸っていた。
彩葉に言葉を返した唇が、不安定げに痺れている。はっ、と腕で目を擦るも、一度ぼやけた視界は消え去らない。
えへ、彩葉は口元に笑みを浮かべた。
「振られた私よりも泣いてるじゃん」
ぽろぽろと涙を流しながらも、彩葉は笑っていた。頰に残った涙の跡を、月の明かりがきらりと照らす。
「なんで……笑顔でいられるの?」
――僕には、そんな笑顔ができない。
「勝負できたから……かな。土俵にも立てないで負けるよりかはさ、後悔しなくていいじゃん」
もちろん悔しいけど、と弾んだ声で付け加える。
凪が、咄嗟に視線を逸らした。
自分の気持ちを伝えた彩葉は、なんだか嬉しそうで。反対に、振られてもいない凪が苦しげで。
――あんな風に、笑えるかな。
「……花火だ」
遠い夜空に、鮮やかな色彩が花咲いた。断続的に響く炸裂音。
打ち上げられた花火が、水面に反射して、薄く揺れている。
「綺麗……」
宙を踊る花火の光が、彩葉の瞳を煌めかせている。
その瞳に、凪は思わず目を奪われた。
――振られたのが僕だったなら。
花火を見る余裕も、綺麗だって思える感情も湧かない気がする。
なんで、嬉しそうなの?
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