13 逆行
今日は、いつもより少し早く家を出た。
「部活も引退なのに。早練の習慣抜けないなぁ」
校門の前まで来ると、おはようございます、と勢いよく挨拶される。
ジャージ姿で、水筒を片手にランニング。後輩だ。
おはよう、と水菜は返し、先を行こうとする。だが、後輩たちは足を止めると、不思議そうに問いかけてきた。
「昨日月島先輩と一緒に帰ってましたよね? 先輩たちって付き合っているんですか?」
違うよ、と否定すると、さらに質問が飛んできた。
「なら片里先輩は月島先輩のこと好きなんですか?」
考える素振りを見せた水菜は、柔らかく微笑み返した。
「ううん、分からないかな」
「そうなんですか?」
ありがとうございます、と去っていく後輩たちの群れ。きゃっきゃ、と黄色い叫び声をあげていた。
水菜は背中を見つめながら、ふっと肺に溜まった息を吐いた。
――私は一つ、嘘をついた。
月島のこと、好きか分からないんじゃない。
私は多分。彼のことが……。
泣いてても慰めてくれる訳じゃない。でも、不器用ながらずっとそばにいてくれた。たったそれだけで、地底に沈んだ心が、救われた。
そんな月島が。きっと。
足を一歩踏み出すと、隣から挨拶が交わされる。
「おはよ、片里さん。なんか今日嬉しいことでもあった?」
「鈴川君……自分の気持ちに整理が付いたし、ちょっとだけ嬉しいかな」
凪は、僅かに視線を逸らした。しかし、すぐに笑顔を浮かべた。
「そっか」
行こ、と凪が背中を見せる。
突然、空からぽつり、と雨が降ってきた。空を仰いだ凪が、呟いた。
「雨予報なんてあったかな」
■□■□
終業式が終わった。中学三年生の一学期は、今日の午前中で閉幕。
一度学校から帰宅した凪は、制服から私服に着替えると、駅前へと向かった。 目的地に向かう最中、商店街や道端に吊るされている提灯が目に入る。
みんみん、と暑苦しいほどに鳴く蝉たちの合唱も、今日という日だけは見逃せるのではないのだろうか。
時刻を確認すると、夕方の四時を過ぎていた。
「凪じゃん。学校ぶり」
駅前に辿り着くと、先着で日向が立っていた。
「女子二人組はまだっぽい?」
「凪の方には何がメッセージ来てない?」
メッセージを確認すると、一件通知が届いていた。
彩葉『水菜と合流してから二人で向かうね』
内容を伝えると、日向が目を丸くした。
「グループの方じゃなくて凪の方に直接送っていたんだ。仲良いじゃん。普段からやり取りしてるの?」
ぼちぼち、と凪が答える。すると日向は、何かを悟ったかのような表情をした。
「やっぱり赤沢さんは凪のことが好きなんじゃない?」
「そうだとは思わないけどね」
お前のことが好きなんだよ、とは口が裂けても言えない。額に当て、やれやれと肩をすくめた。
しばらく待っていると、カツカツと竹の音を鳴らしながら、近付いてくる二人の姿が現れた。
煌めく夕陽に照らされた浴衣が、淡く和と美を引き立てている。茜色の浴衣を着用しているのが彩葉で、水菜は白生地に青と水色の模様で飾られていた。
「やほー! 水菜も私も着付けに時間かかっちゃった」
「二人ともお待たせしちゃってごめんね」
水菜が申し訳なさげに手を合わせると、前髪の触覚が揺れた。後ろ髪は三つ編みで纏め上げており、乳白色のうなじが外気に晒さられている。
普段の縛った姿とは違った、今日だけの特別感。凪は、気まずそうに視線を逸らしながらも、ちらりと横目で盗み見ていた。
背後から、駅のホームを発つメロディが響いていた。
屋台が出ている通りに辿り着くと、夕日は落ちかけていた。屋台と提灯の淡い灯りが、人々を祭りの酔いに誘っている。
気になった方は、高評価、ブックマーク登録をお願いします!




