12 涙と想い
水菜は、思いっきり顔を上げる。耀が差し出していたペットボトルから目を逸らすと、目元に熱い何かが込み上げてきた。
「片里……」
耀が、小さく呟くとその場で立ち尽くした。
頰から一筋の粒が、流れ落ちる。一粒落ちると、決壊したダムのように、水玉が目元から溢れていく。
込み上げてきた嗚咽に、肩が激しく揺れる。心臓が痙攣するぐらい、何度も何度も弱々しい嗚咽がこぼれた。
辺りの静寂さを、水菜の心の叫びが打ち破る。
「いっぱい練習した。いっぱい、いっぱい。でも、走れなかった」
独り言が、漏れていく。
「……私の三年間。これで終わり」
拳を振り上げると、膝に目掛けて力いっぱい振り下ろす。水菜の筋力によって加算された拳は、突如として現れた手によって掴まれ、速度を失う。
「高校も走ればいい。これで終わりなんかじゃない」
「自己ベスト更新した月島はいいじゃん。そうやって、理想の結果を出せて。でも、私はそんな前向きに考えられない……っ」
「俺は片里の走る姿が……好きだ。一生懸命走っている片里の姿が、いつも好きなんだ。片里は? 走ることが好きなんじゃないのか」
「私は将来とか、進路とか……そんなの分かんない。もう、何もかも分からない」
隣に、耀が座った。黙り込んだまま、空を見上げている。
「俺の前ならいくらでも泣いていい。三年間走り続けてきたんだ。今日ぐらい悔しんで……いいと思う」
三年間、という言葉を耳にすると、再び嗚咽が湧いてくる。
膝に手を置く。ぽつぽつと、溢れた水玉が、染み込んでいく。
嗚咽が止まってからも、耀はずっと隣にいた。閉会式のアナウンスの音が、耳を打つ。
「……ごめん」
「目元腫れてる。これじゃ戻っても泣いたことバレバレだな」
「うるさいし。でも」
ありがと、と顔を上げた水菜が、耀を見つめた。
空を見つめたまま、耀は缶珈琲を開け、口元に運んだ。
「短距離走終わったと思ったら安全ピン渡してどこかに消えるし。探すのに時間かかったわ」
耀が、珈琲を唇に流し込む。くすっ、と水菜が小さく笑う。
「カッコつけてるの? 可愛い」
「う、うるせ」
耀は視線を外す。だが、耳元は真っ赤。
勢いよく立ち上がった水菜が、耀に振り向いた。
「私第一高校受ける。第一でも頑張るから」
にひっ、とピースを耀に向ける。空の間から現れた太陽の光が、水菜の姿をキラキラと輝かせている。
唇の片方を吊り上げた耀は、水菜にピースを返した。
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帰りのバスに揺られていると、隣に座った後輩が、ぼそっと呟いた。
「ずっと月島先輩と二人きりで何してたんですか?」
「え、いや。なんでもないよ」
あはは、と水菜は誤魔化す。学校に着くと、耀から一緒に帰らないか、と誘われる。
下校路を歩いていると、アスファルトに水溜りができていた。
「俺も第一にしようかな」
「ほんと? なら一緒にまた走れるね」
後ろに手を組んだ水菜は、水溜りに足を入れる。ぴちゃ、と水滴が辺りに飛び散った。
耀に振り向くと、思わず頰を緩めてしまう。
「……これで三年間終わっちゃったんだね」
視線を逸らした耀は、ぼそぼそと頰を掻いていた。
「折角だし、三年のメンバーで夏祭り行かね?」
「え? あ……ごめん、先にクラスの子達と遊ぶ約束してて」
水菜は、後ろに組んだ手を弄る。そっか、と首の後ろに手を当てた耀は、頭を横に振った。
「いいや、あとから誘った俺の方が悪い」
「ううん、ごめんね」
耀の息遣いが、聞こえる。
「あの、さ。片里って……付き合ってる人とかいる、の?」
「え……?」
「あ、いや。忘れてくれ」
また明日、と耀が手を振りながら走り去っていく。
「……いないよ」
ぽつり、と水菜が呟く。耀の背中には、届かなかった。
一人残された水菜は、スカートの袖を、ぎゅっと握りしめた。
水溜りが、目の前に現れる。だが、そっと避けた。
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