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好きな人には、好きな人がいて。  作者: 座闇 びゃく


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12/26

11 三年間

「え? うん。いいけど」


 彩葉に視線を向けると、さあと肩をすくまれる。


「片里はこれからゼッケン貼るのか?」


「貼ってなかったっけ……あれ、忘れてた。取りに行かないと」


 水菜が荷物置き場に向かおうとした矢先。短距離走の招集アナウンスが掛かってしまう。

 どうしよ、と荷物置き場の方向に目を向ける。そわそわしながら走ろうとした瞬間、腕が掴まれた。


「これ予備用の。三年生の分は持ってたから」


 水菜の名前が書かれたゼッケンが、耀の手元にあった。

 胸に手を当てると、息を吐く。ありがと、と貰う。


「……安全ピンは?」


「ない」


「え……?」


「冗談。まだ俺の出番じゃないし使って」


 耀が、腕と腹部に貼っていたゼッケンを取り外す。


「いいの?」


「時間ないし。じっとしてて」


 え、と水菜が呟く。しゃがんだ耀の顔が、近付いてくる。

 腕を取られると、ゼッケンを安全ピンで固定。

 水菜は、何も動くことができず黙り込む。真剣な眼差しで、耀が手元を動かしている。短いまつ毛が、瞬きするごとにぴくりと揺れる。

 腹部のゼッケンも、同じように上左右を貼り付ける。ほら、と立ち上がった耀。

 水菜は、はっとした。


「……あ、ありがとう月島」


「早く並んでこい。走るのも最後だろ? 感謝はタイムで出してくれよ」


「うん!」


 背中を押し出される。目を見開いた水菜だったが、耀にこくりと頷いた。

 なんとか出場予定のコースに辿り着く。

 スターターピストルの音が、どんどん近くなっていくに連れて、会場のコースが見えていく。

 ぱん、という音に合わせて足を上げる。

 前の組が準備を始めた。スターティングブロックに前足と後ろ足を掛ける。静寂が、会場を支配する。

 よーい、とスタッフが叫ぶと、ピストルの発射音が響いた。前の組が、コースを走り出す。

 胸に手を当てると、ゆっくりと呼吸をする。

 凪から、頑張ってというメッセージを貰った。耀から、背中を押してもらった。後輩たちが、同級生が、応援してくれている。

 ――私の番だ。

 月島から背中を押して貰った時。少しだけ、どきっとした。

 でも、同時に顔が目に焼き付いて。

 頑張んなきゃ、って思った。あの顔に、応えるために。

 でも、あのどきっとした感覚はなんだったのだろう。私は、一体どうしてしまったんだろう。

 未知の感覚が、胸にじんわりと広がっていく。一歩前に踏み出すと、汗に滲んだ手元の感触が伝わった。

 



■□■□




 遠くから、会場の声援がぼんやりと響いている。頭上に目を向けると、膨らんだ雲が何層にも連なって、灰色の空へと染め上げられていた。


「三年間……早かったなぁ」


 空は、今にも泣き出しそうだ。腰掛けたベンチを掴むと、地面に目を落とした。

 はぁはぁ、とどこからか荒い息遣いが近付いてくる。


「こんなところにいたのか。みんな反省会してる」


「私はいい。月島行けばいいじゃん」


 顔は下に向けたまま、唇を噛む。ぴっ、と電子音が聞こえる。

 

「……スポーツドリンクでいい?」


「いらない」


「走ったあとは喉が渇く。体調管理も大事だ。飲まないと――」


「いらないってば……っ」

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