11 三年間
「え? うん。いいけど」
彩葉に視線を向けると、さあと肩をすくまれる。
「片里はこれからゼッケン貼るのか?」
「貼ってなかったっけ……あれ、忘れてた。取りに行かないと」
水菜が荷物置き場に向かおうとした矢先。短距離走の招集アナウンスが掛かってしまう。
どうしよ、と荷物置き場の方向に目を向ける。そわそわしながら走ろうとした瞬間、腕が掴まれた。
「これ予備用の。三年生の分は持ってたから」
水菜の名前が書かれたゼッケンが、耀の手元にあった。
胸に手を当てると、息を吐く。ありがと、と貰う。
「……安全ピンは?」
「ない」
「え……?」
「冗談。まだ俺の出番じゃないし使って」
耀が、腕と腹部に貼っていたゼッケンを取り外す。
「いいの?」
「時間ないし。じっとしてて」
え、と水菜が呟く。しゃがんだ耀の顔が、近付いてくる。
腕を取られると、ゼッケンを安全ピンで固定。
水菜は、何も動くことができず黙り込む。真剣な眼差しで、耀が手元を動かしている。短いまつ毛が、瞬きするごとにぴくりと揺れる。
腹部のゼッケンも、同じように上左右を貼り付ける。ほら、と立ち上がった耀。
水菜は、はっとした。
「……あ、ありがとう月島」
「早く並んでこい。走るのも最後だろ? 感謝はタイムで出してくれよ」
「うん!」
背中を押し出される。目を見開いた水菜だったが、耀にこくりと頷いた。
なんとか出場予定のコースに辿り着く。
スターターピストルの音が、どんどん近くなっていくに連れて、会場のコースが見えていく。
ぱん、という音に合わせて足を上げる。
前の組が準備を始めた。スターティングブロックに前足と後ろ足を掛ける。静寂が、会場を支配する。
よーい、とスタッフが叫ぶと、ピストルの発射音が響いた。前の組が、コースを走り出す。
胸に手を当てると、ゆっくりと呼吸をする。
凪から、頑張ってというメッセージを貰った。耀から、背中を押してもらった。後輩たちが、同級生が、応援してくれている。
――私の番だ。
月島から背中を押して貰った時。少しだけ、どきっとした。
でも、同時に顔が目に焼き付いて。
頑張んなきゃ、って思った。あの顔に、応えるために。
でも、あのどきっとした感覚はなんだったのだろう。私は、一体どうしてしまったんだろう。
未知の感覚が、胸にじんわりと広がっていく。一歩前に踏み出すと、汗に滲んだ手元の感触が伝わった。
■□■□
遠くから、会場の声援がぼんやりと響いている。頭上に目を向けると、膨らんだ雲が何層にも連なって、灰色の空へと染め上げられていた。
「三年間……早かったなぁ」
空は、今にも泣き出しそうだ。腰掛けたベンチを掴むと、地面に目を落とした。
はぁはぁ、とどこからか荒い息遣いが近付いてくる。
「こんなところにいたのか。みんな反省会してる」
「私はいい。月島行けばいいじゃん」
顔は下に向けたまま、唇を噛む。ぴっ、と電子音が聞こえる。
「……スポーツドリンクでいい?」
「いらない」
「走ったあとは喉が渇く。体調管理も大事だ。飲まないと――」
「いらないってば……っ」
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