14 遠ざかる背中
きゃっ、と彩葉が立ち上がる。片手に掴んだポイは、破れている。腕の袖を、一方の手で摘んでひらひらと揺らしていた。
濃いシミが、袖に染み渡っている。
「濡れちゃった? ちょっと動かないでね、赤沢さん」
え、と彩葉が呟く。日向が彩葉に近寄る。袖を掴むと、ハンカチを取り出して上から優しく拭き取っていた。
日向を見つめる彩葉。最初は目を見開いて驚いた様子だったが、目尻を緩めて袖を日向に預けている。
はい、と日向が離れると、名残惜しそうに彩葉が瞳を揺らしていた。
金魚すくいを終えた二人と合流し、屋台を回っていく。
水菜と彩葉は、綿あめやチョコバナナを手に持ち、二人で食べ歩いている。たこ焼きを買った凪は、日向とシェアしながら跡を追う。
人混みに紛れて、彩葉が隣に来た。
「私さ、少し頑張ってみる」
屋台に目を巡らせている日向を、こっそりと彩葉が見つめている。その瞳に、祭りの酔いは入っていない。
隣から駆け出した彩葉が、後ろから日向の手を掴んだ。振り向いた日向は、眉根を大きく上げている。
「いこっ。ひ、ひなた……君」
日向の視線が僅かにこちらへと動く。だが、すぐに彩葉へと視線が戻ると、微笑みを浮かべながら、こくりと頷いた。
その光景に、凪は一人取り残されてしまう。
水菜の背中に、目をやる。三つ編みの後ろ髪が、一歩進むたびに揺れている。
彩葉は、少しずつ成長していっている。
手を伸ばす。だが、何も掴めない。
「僕も……」
彩葉と日向の繋がれた手。凪は、静かに拳を作った。
祭り通りの端まで到達した四人。警備員が、通りの真ん中に立っている。
「折角だし写真撮りたいな」
水菜が躊躇いがちに呟く。彩葉が勢いよく首を縦に振ると、凪に携帯を渡してきた。浴衣姿の二人を撮影すると、次は凪と日向が撮られる番に。
撮り終えると、警備員の方に駆け寄っている彩葉の姿が目に入った。
「身長的に水菜と鈴川君は後ろね。私と日向君は前に並んで」
連れられてやってきた警備員に、彩葉が携帯を渡す。
彩葉が日向の手を取ると、カメラの前に立った。凪が水菜に目を向けると、困惑気味に笑みを返された。
彩葉と日向の後ろに並んだ凪。隣に立つ水菜とは、一人分の間がある。
「水菜と鈴川君もっと寄って! 画角に入らない」
水菜が、視線を逸らしながら近寄ってくる。肩が、ぶつかった。
水菜の前髪が、頰をそっと撫でてくる。屋台の食べ物の匂いに紛れて、柑橘系の香りが鼻を掠めた。
凪は、横目で水菜を盗み見る。だが、視線が合ってしまい、気まずげに顔を逸らした。
「うん、大丈夫!」
撮影が終わると、すぐに水菜は距離を取ってしまった。目を伏せた凪に、声がかかる。
「写真見てみて。鈴川君顔真っ赤」
「そ、それは……」
彩葉を睨み付けるも、不敵な笑みに受け流されてしまう。水菜と日向が首を傾げながらこちらを見つめている。
「浴衣の感想言った?」
「え、あぁ……似合ってると思うよ」
「私じゃないっ。水菜の!」
「言ってない……でもそんなに重要かな?」
彩葉が、何度も首を縦に振る。肘で凪の脇腹を突きながら、去り際に一言呟いた。
「お互い頑張ろ。私も勇気出すから、さ」
彩葉の瞳には、迷いのような濁りが一切なかった。凪は、思わず視線を逸らした。
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