二章「与えられた力、魔物の足音」
ミラトア王国本土には、アルカンナ島で伝え聞くものよりも多くの神話が残っている。その中心舞台となるのが、ニウェースである。王国に住むものなら一生に一度は訪れると言われるこの場所には、神話や伝承を守っている中央教会、ラナクス研究院、そして学園が所在している。王都から少し離れたこの場所は、古くから祈りと学びの地とされており、この地を囲う白樺の森にも多くの伝説が残っている。進級式の晩、ヴィンスから教わった神様の兄弟の神話も、このニウェースでの出来事であるらしい。
このようなことを、初日に渡された入学案内のパンフレットを見て知った。寮に引きこもって冊子をめくっているだけでも、かなり学園の敷地のことは知ることができたし、授業の進み方などもある程度はわかった。引きこもりというのも、シャルルは昨晩、予想通り体調を崩してしまい、半日以上ベッドで過ごしていたのだ。予想より遥かに悪く、体が異様に重く感じ、立ち上がって医務室に行くなどという気力すら生まれないほどに疲れていた。水だけ机に置いてくれたヴィンスは、前日の宣言通りに声もかけず、世話を焼いたりもせず、彼は彼で予習をしたり読書をしたりしていた。
一日休んだおかげか、アルカンナより北の気候にも少しは慣れたようで、シャルルの食欲も朝食の頃には普段通りに戻った。
「そういえば、昨日じっくりパンフレットを見てたけど、選択授業はどれにするか目星はついた?」
ミルクをたっぷり入れた紅茶を啜ってから、ヴィンスが聞いた。彼はもう朝食を平らげている。少し食べるのが遅いシャルルは、アルカンナ産ママレードを塗ったビスケットの最後の一口を放り込んでから頷く。食べる前に答えればよかったか、と思い急いで飲み込んだ。
「でも、生物学と芸術で悩んでる」
「両方は取らない?」
「そこまで器用じゃないし、一つで十分だよ。ヴィンスは何を取るの?」
「僕は生物と武術。一年からずっと取ってるから」
「一年からかぁ。僕ついていけるかな……」
喉に残ったビスケットを流し込むように、ハーブティーを飲む。今日からはじまる授業への不安も一緒に胃の中へ入っていく。
「大丈夫だよ。先生たちは優しいし、魔術関連じゃない限りは、君が行ってた学校の授業とそこまで変わらないはずだ」
「そんなものなの?」
「そんなものだよ。それに、一週間はお試し期間だから、気になる授業はひとまず出てみたらいいんじゃないか?」
「……そうしてみるよ」
一番初めの授業は一般魔術。人数の少なさゆえに、ステルクスの生徒たちは必修授業の多くを他寮の生徒と合同で受けることになっている。この授業はクラシセント生との合同で行われる。ヴィンスに案内してもらいながら着いた教室には既に何人かの生徒が席に着いていた。その中に二人、同じ寮の生徒が居た。
「お、転入生じゃん」
一人がシャルルに気づいたらしく、顔を上げて態とらしく言う。進級式の日に、寮の階段を走ってクロエに怒られていた生徒だった。
「その言い方、失礼。ごめんね」
隣にいたもう一人のステルスクス生が、眉を下げて柔らかに注意した。
注目を集めているような気がして、シャルルは急いで彼らの近くの席へ座る。ヴィンスは特別気にした様子もなく、シャルルの隣へ腰を下ろした。
「どっから来たの?」
興味津々と言ったふうに、黄色いアイシャドウの生徒は身を乗り出した。
「自己紹介を先にするって言う考えはないのか?」
呆れてヴィンスが呟くと、それもそうか、と言って彼女はシャルルに明るい笑顔を向けた。
「私、カミーラ! カミーラ・アディーブ。あんたと一緒の三年生。んで、こっちも同じく三年のアルレット」
カミーラの隣に居た生徒は、シャルルに向かってふわりと笑った。長い猫っ毛を編んでまとめており、少し首を傾げると後れ毛が頬にかかる。
「アルレット・シャントルイユです」
シャルルは少し気持ちを落ち着かせてから口を開き、二人と順番に握手をした。
「シャルル・リーヴスだよ。アルカンナ島から来たんだ。よろしくね」
「よろしく、シャルル」
「ステルクスの三年はこれだけだから、一人仲間が増えて嬉しいよ」
ニッと歯を見せて笑ったカミーラがそう言うと、シャルルの横に目をやる。目線の先には三人には我関せずと言ったように、ヴィンスが教科書を開いて眺めていた。
「仲良くしましょうね」
アルレットの言葉にシャルルが笑顔で頷くと、先生が教室に入ってきた。生徒たちは既にみんな席に着いていた。急いでシャルルも持ってきたノートと教科書を並べて授業の準備をして教卓へと目を向ける。進級式の日と同じように、先生は手袋とブレスレットをつけていて、薄い花柄の描かれたブラウスに、黒いスカートを履いている。
「一般魔術を担当するベルトットです。三年生のこの授業では、魔力の基礎的な使用と理論を繋げて学習します。昨年までの知識も必要となるので、今日はその復習と、今年度の学習の導入をします。休暇前には実技テストに加え、三年以上では記述も行います。授業に関する質問は今受け付けますが、ありますか?」
口調は授業だからだろうか、多少ハリのある印象がした。生徒は何も無いというように黙って次を待っている。微笑んだまま見回して、ベルトット先生は教科書を開く。
「一般魔術理論入門は持っていますね? 忘れた生徒は……居ないようですね。十ページを開いてください。去年までの復習です。分からなければ教科書を見て答えてくださいね」
お願いだから当てないでくれ、と思いながらシャルルは開いたページに顔を向けた。ベルトット先生が歩き出して話を続ける。
「四能力全てに共通する魔力の核がありますね。魔力の核は訓練で成長させることが出来ますか? では、シモン」
当てられたクラシセント生は教科書を見ずに答える。
「訓練では成長しません。心身の成長によって変化します」
「いいでしょう。能力のように必ずしも訓練で大きくなるという訳ではなく、身体の成長や様々な経験によって魔力の核は変化するんでしたね。では次、能力の形や程度には個人差がありますが、四能力の基本的な特徴を答えてください。……サマセット」
このクラシセント生は当てられると思っていなかったらしく、シャルルの前方でがた、と身じろぐ音がした。彼は教科書から目を離さずに答える。
「はい、えーと……フォルツォは体を使った能力で、サナティオは癒しとかのエネルギーがあって、シエロは自然が使えて、ミデンはその全部です」
「おおよそいいでしょう。最近では能力が細分化されているところもあり、四つに分けられないという考えも出ています。要はミデンが木の幹とすると、そこから枝のようにわかれたのが、サナティオ、フォルツォ、シエロです。細分化とはその先の細い枝や、付いている葉や花の事ですので、研究対象にはなりますが分類には現れません。ここまで、よろしいですか?」
シャルルも他の生徒と同じく頷く。ベルトット先生はシャルルの反応を見ると、続けて話を進めた。
「次で復習は終わりです。能力を使うために魔力伝達を行いますが、この魔力の供給源となる場所は身体のどの部分にあると考えられていますか? グレイ、どうですか?」
「魔力の核の場所は分かっていません。伝達は神経系を通じて行われるため、脳だと考える説が有力です」
シャルルは教科書に同じことが書かれていないかと探していたが、ヴィンスが答えた質問だけは載っていなかった。
「そうですね。魔力の供給源とは核のことですが、その場所を含め、今の研究ではまだ解明されていない部分が多いです。よろしい、よく覚えていますね」
シャルルは後でこのページはもう一度読んでおこうと、ページ番号に丸をつけ、先ほどの質問と答えを軽くメモする。役立つかはわからないが、きっとみんなは二年生までで学習していることだろうから、色々知っておいて損はないだろう。
次のページをめくると、人間の身体を描いた図と細かな解説が入っている。魔力がどのように流れていくかを図説しているのだ。基本的な知識であろうところが続いていて、ベルトット先生が十五ページを開けるように言う。
「能力の形は違えど、誰でも出来る基本的なものがあります。それを『基礎魔力転換』と呼んでいます。これは道具などをつかう時の魔力とは別物と考えてください」
……魔力転換とは、それぞれがもつ魔力を体外に出し一定の効果を生み出すこと。それは個人差があるものの、手順を踏むことで能力別ではあるが同じ効果を生み出すことが出来る。ここでは、その初歩的な魔力転換の理論と演習をあつかう。各能力での基礎魔力転換は以下である。
フォルツォ……魔力を指先に集めることを意識し、そこから変形能力へ転換させる。
サナティオ……魔力を手のひらに集めることを意識し、そこから治癒能力へ転換させる。
シエロ……魔力を感覚器官に集めることを意識し、そこから知覚能力へ転換させる。
ミデン……以上全てを行なう。二種混交である場合、個人の能力によって選ぶこと。
教科書を読んでもイメージが湧かず、シャルルは助けを求めて隣のヴィンスを見たが、大丈夫だよ、と彼の口が動く。
「能力とは、がむしゃらに出して使えるものではありません。もちろんそうすることも出来ますが、コントロール不能になりやすい。小さい頃に経験した人もいるでしょう。また、ミデンに多いですが、持って生まれた魔力の核が大きければ大きいほど、君たちくらいの歳でもコントロールが難しいことがある」
最後の言葉に教室がざわついた。
「赤寮のあいつだろ? ミデンだし虚国の子ってウワサ」
「虚国」と聞いてシャルルはそちらへ意識を向けた。この学園にあそこから来たモノが居るなんて、本当のことだろうか。王国領にはもう居ないんじゃなかったのか。あの、魔物たちが?
「緑寮にもいるって」
「あれは嘘だよ、馬鹿だな」
「えー、じゃウチの寮にも隠れてたりして」
クラシセント生達の間に拡がった囁きを制するかのように、教卓から手を叩いて注目を先生へと戻す。そんな、まさか。虚国からこの世界への扉は全て封鎖されたというニュースがあったじゃないか。あれから一か月も経っていないはず。王国内での紛争は今はない。だけど、魔物と戦う軍に行って、戦死した父さんは帰ってこない。今考えたところでどうしようもないことだ、と自分自身に言い聞かせて、シャルルは早くなった鼓動を抑えようと長く息を吐き出し、教科書に視線を戻した。
「あることないこと言わないのよ。私語が多ければ課題も増やしますよ?」
ため息をついてベルトット先生が言う。静かになった教室を確認すると、先生は気を取り直して、この課題での理論について説明していった。
多くは教科書に書いてあることで、補足しながら図に書き起こしてくれたため、とてもわかりやすかった。魔力の使い方は分かったが、かといって実際に使えるとは限らない。もしも、自分だけが失敗して課題ができなければどうしようかと、シャルルはまた不安で胃が痛くなる気がした。
「ペアもしくは三人組を作って、理論実戦を行います。能力は揃えなくてもいいですよ」
教科書には、能力別の課題が書かれていた。シエロは「昼時の月面もしくは星光の観測」とあり、その下に観測結果を書き込む欄があった。
「各能力によって課題がわかれています。お互いに確認し合って、評価をつけてください。無駄なことはしないように。わからなければ手を挙げること。各自始めて。サナティオの生徒は課題に使うものを取りに来てください」
それを合図に、ガタガタと椅子や机を動かして生徒はペアを作りだす。
「シエロは僕たちだけだし、二人でやろうか」
「そうだね。これ、外見えるとこがいいよね? あっちの席、空いてるみたい」
シャルルとヴィンスも課題のため立ち上がって、窓際の席へ移動する。先程当てられていたサマセットが彼らに近づいた。申し訳なさそうにシャルルたちを見て、声をかける。
「なあ、入れてくんない? 俺一人溢れちゃって」
「相手がシエロでいいなら、だけど」
ヴィンスはクラシセントの他の生徒たちをさっと見やると、小さな声でそう言った。サマセットは首を横に振ってから、笑顔を向ける。
「俺はそんなの気にしないよ」
彼のふわふわとうねった長めの髪が揺れると、シャルルが抱えていた緊張感をとかすような気持ちがした。
「そうか」
ヴィンスも同じようで、答えた時の冷たい表情は消えていた。
「一緒にしよう」
シャルルは机を三つ近づけながら答えた。
「ありがとう! 君、転入生だよね? 俺、ウィリアムって言うんだ」
「よろしく。シャルル・リーヴスだよ」
「かっこいー名前! そういや、グレイって名前なんだっけ?」
「ヴィンセント。……名字は覚えてるんだな」
「そりゃあ、君の家有名だもん。ヴィンスって呼んでいい? なんか長いしさ、俺のこともウィルって呼んでよ」
「ああ」
ヴィンスは教科書をめくって課題を確認しながら答えた。ウィルとの会話には、シャルルと話すときのような軽やかさがなく気になったが、それよりも引っ掛かる言葉がある。ウィルが教卓に何かを取りに行っている間に、ヴィンスにこっそりと聞いてみた。
「ヴィンスの家って有名なの?」
「……それは今はいい。早く課題をしよう」
「う、うん……」
あまり答えたくないのか、さらりと受け流されてしまう。先生に注意されてもいけないし、シャルルも課題に集中することにした。
「ねえ、俺からやっていい? 多分すぐ終わるからこれ」
手に萎れた花を持って戻ってきたウィルは、教科書を開きながら言う。
「サナティオはこれ元気にさせたらいいみたいだから」
教科書を見ると「萎れた花もしくは瀕死の虫の再生」と書いてある。これが基本なのか、と驚きつつもシャルルはウィルの手の中を見た。
「行くよ」
ウィルがそういうと、少し腕に力が入ったようで手先が少し赤くなった。確かに、道具を使ったりする時の微弱な魔力とは異なる使い方のようだ。シャルルは感心しながら、花が瑞々しくなっていくのを見た。茶色くなった茎や葉は青さを取り戻し、切り口からは水滴すら垂れてきそう。弱々しかった赤い花びらは真っ直ぐになる。
「こんなもんかな。これなんて花か知ってる?」
「ガーベラだよ。凄いね」
シャルルはウィルから花を渡されて、その状態を見ながら言う。ヴィンスにも見せて、配られた評価シートにウィルの魔力転換の点数を書く。五段階評価で、シャルルは迷わず五を付けた。自分はきっと一か二だろうな、と思いながら。
「さすがだな」
ヴィンスも同様に五の点数をつけていた。ウィルは大したことないというように、肩を竦めて花をポケットに刺した。シャルルはこっそり他のサナティオの生徒を見たが、切り取ったばかりの花に戻すことができている生徒はごく少数のようだった。ある者は時間がかかりすぎているし、他では再生が一部分だけという生徒もいる。
「俺のはよくあるやつだから。それよりもさ、シエロがどんな感じなのか気になる!」
映画やショーが始まる前の子供のように、ウィルは目を輝かせてシャルルたちを見る。そうすると、ヴィンスが天文学の教科書を出してきて机の上に開いて置く。彼は索引に数多に並んだ見慣れない文字の中から、星の名前と思しき項目を指さして、教室の窓を開けた。青空が遠い。
シャルルはウィルと一緒になって、その星のページを開いた。研究院の天文台が撮影した写真が載っている。
「僕はこの星の色と形を見るから、あっているか確認してくれ。今の時間帯に望遠鏡なんて使えないから」
シャルルはヴィンスの様子をよく見ることにした。どのように昼間の星を見るのか、どうやって描きだすのか。
合図もなしにヴィンスは魔力を眼に集めた。涼しげな青い瞳は、燃えるような赤に色を変えていく。ヴィンスの手元には教科書とペン。星が見つかったようで、ヴィンスがペンに指先を触れると、勝手にペンが描き始めた。「描写ペン」を使うから持っておけと言われた事を思い出し、このためだったのかと理解した。魔力を使う道具のひとつである描写ペンは使う人の意識した形を描き出す。絵心がない人が使えば、下手な絵になるし、画家になるようなひとが使えば写真同様の物を描き出せる。
シャルルとウィルが見守るなか、描写ペンは精巧なスケッチを書き終えた。ヴィンスの瞳は青色に戻って、シャルルたちに教科書を差し出して比較するように促す。
「すっげー……これ写真みたい」
「ほんと、どうしてこんなに描けるの」
自分の絵心のなさを心配しながら、椅子に座ったヴィンスに聞いた。昔、リリと描いた猫が、犬と蛇の合体した生き物みたいだと言われてショックだったくらいには、シャルルは絵が下手だ。
「視覚で捉えた情報をそのまま魔力でこっちに流すんだ。見えたと思ったら、普通にペンを持つんじゃなくて、魔力を多めに転換させて触ったらいい。勝手に描いてくれる……。けど、色々考えても仕方ない。やれば出来るさ」
「そうか……」
ヴィンスの評価シートに満点をつけてから、シャルルは自分の教科書とペンを持って窓際に立つ。緊張して手汗が出てきそうだ。あまり難しいことをして失敗をしたくないから、うっすらと白く見えている月を見つけると、ペンを教科書の上に置いた。
「見やすそうだから僕は月にするよ」と、自信なさげにヴィンスとウィルに伝える。
「分かった。ウィル、月のページは最初の方だぞ」
「開けたよ~。シャルルがんばれ!」
シャルルは意識を目に集中させた。月を見つめていると、周囲の色は夜のように変わって行く。まるで自分の目が望遠鏡にでもなったかのように、太陽に照らされている月面がよく見えた。影になった部分にも注意しながら、シャルルはペンにそっと触れた。ペンはひとりでに起き上がってくれたようだ。描き終わる音がするまで意識を空の遠くに向けたまま、シャルルは昼の月を眺めた。
ふと、誰かがシャルルに向けて笑いかけたような気がして、はっとした。意識が明るい昼間に引き戻されていく。誰だろう、と周囲を見ようとすると当時にスケッチは終わった。既に月面は描き写されていたようで、周囲の星々まで欄外に描こうとする勢いだ。仕事は終わったと、ペンは教科書の上に転がっている。
「シャルルの目、灰色になってた。今はもう緑色だけど」
ウィルが興奮して言った。自分の顔が熱いような気がして、シャルルは手の甲で頬に触れた。
「え? あ、ほんと?」
「ああ。魔力転換すると変わるんだよ。というか、これ、成功以上かも……」
ヴィンスに言われてもう一度自分の教科書を見た。太陽の光を反射している部分はもちろん、影になった部分もクレーターまでしっかりと描かれていた。シャルル自身の能力であるとは思えないほど緻密な線が、よくできたモノクロ写真のように月を写している。
「三人とも素晴らしいわね。今日の中では一番じゃないかしら」
彼らの様子を見にきたベルトット先生が、感心したように言う。心配していたことが嘘のようだ。シャルルは気恥ずかしくなりながら自己評価を書いた。
「魔力転換の初歩は小さな力ですが、魔力が能力として放出されるまでには細かな段階があります。自然に行っていることでも、プロセスを知ることは、他の授業や訓練と同様に重要です。それがこの授業で扱う理論ということですね」
四年生以下の全生徒の必修科目が曜日ごとに割り振られている。終えたばかりの一般魔術に加え、文学と数学と社会科目もある。学年によって社会科目は内容が異なっているようで、シャルルたちは歴史の授業を受けることになっているのだ。
午後は能力別の必修科目の時間であり、生徒によっては選択科目になる。シエロの必修は天文学と占星術。サナティオは生物学と芸術、リブラールは武術と技術魔法、という風に能力に見合った学習を進められるようにカリキュラムが組まれている。他の能力の授業も選択できるが、どの生徒も一つは選択科目として受けなければいけないのがこの学園の決まりだ。
この日は生物学と技術魔法の授業があり、シャルルはヴィンスとウィルと一緒に出席した。
生物学を担当しているのはユシマ先生だ。この先生もディキンズ先生たちと同じようなジャケットを着ていた。その時シャルルは初めて教えてもらったのだが、あのジャケットをきている人たちはラナクス研究院にも所属していて、「教授」という専門的な研究職についている人たちだそうだ。反対に、研究院の制服であるジャケットを着ていない人たちは「教諭」といって、研究院以外のところから来た先生のことらしい。
「どちらにせよ先生と呼ぶのは変わりないから、気にする必要はないけど」
とヴィンスは言ったが、シャルルとしては学園の常識を知っておきたいため教えてくれてありがたかった。
生物学は導入と言いながらも今年度の学習内容についてさらっと説明をし終えると、ほとんどユシマ先生の研究対象は何かという話と、前年度からの生徒たちの質問に答えるといった内容だった。シャルルがアルカンナ島から来たとわかると島で有名なオレンジの栽培について語り出し、終いには面白がった生徒たちから「ユシマ先生のお気に入りの果物は?」という質問に対して、「ポムファ産の四種類のりんごは格別」という話をし始めた。
「だいたいあんな感じの先生だから、めーっちゃ楽だよ」と授業が終わり教室を出るときにウィルが言っていた。
次の時間は図書館に行ってみようと、技術魔法の教室に向かうウィルと別れて、シャルルとヴィンスは学校の北の塔へと向かっていた。教会学校をはるかに凌ぐ規模の学園は、八角形を描くように各方角に塔が建っている。その間を埋めるように教室やら廊下やらがつながっているようだった。不思議な作りをしているのだな、とヴィンスの案内を受けながら辺りを見回していた。
「これ、迷ったりしないの?」
「一年目の一学期だけ。割とわかりやすい構造をしているんだ。例えば、北の方は図書館を中心にして、文学や歴史関係の教室、あとその関連の先生の部屋がある」
空中に地図を書くように手を動かして、ヴィンスが説明する。
「休みの日に探索してみるよ」
「それがいいね。迷いそうだったら僕に声をかけてくれたら一緒に行くし」
話しながら二人が中庭が見える廊下に差し掛かった時、軽い爆発音と叫び声が聞こえた。
「なに⁉」
大きな音に驚いてシャルルは咄嗟に耳を塞いだ。ヴィンスも驚いたように目を見開いているが、動揺している様子ではない。
「誰かがまた悪戯したんだろ」
爆発音が聞こえた方向から数人走ってきて、おそらく上級生と思われるクラシセント寮の生徒たちが、シャルルたちに声をかけた。
「ロイが暴走した! 西側行け! 焼かれるぞ!」
「こっちに火がくるわよ!」
彼らが走っていくのを唖然として見ているしかなかったシャルルとヴィンスは、振り返って事件が起こった方向を見る。赤い光と、紫色の煙が寸前に迫ってきていた。思わず口を押さえたシャルルは、ヴィンスに肩を掴まれて側の壁際の柱の後ろに押し込まれた。
「ヴィンス⁈」
「今から逃げても間に合わない。そこから動かないで」
そう言ってヴィンスはポケットからチェーンにつながった何かを取り出して、右手に握った。
「ねえ! 逃げなきゃ!」
盾になるように前に立っているヴィンスの背中にシャルルは叫んだ。何が起こっているのか見当がつかないが、危ないということだけはわかる。
「大丈夫、防げるから」
ヴィンスは左手にチェーンを掴み、前方に手を伸ばし何かをしたようだった。煙と炎は彼らに届くまで一歩もない。もうダメだと目を閉じそうになったが、シャルルは見えた光景に驚愕した。
ヴィンスが伸ばした手より内側には火の手が及ばないのだ。まるで透明な防火ガラスがヴィンスの前に現れているようだった。窓もないのに風が吹き込んで、ヴィンスの黒い髪を靡かせていた。
「なにこれ……」
「僕の能力。すまないけど集中するから話しかけないで」
急いで口を閉じたシャルルは息をすることすら忘れてしまいそうだった。だが、二人の周りに吹いている風がそれをさせなかった。
「あっつ……」
吐き捨てるように呟いたヴィンスに何かできないかと思ったが、シャルルは自分の手足が全く動かないことに愕然とした。なにもできない。先生を呼ぼうにもそうする手段がない。僕の手元にあるものは役に立たない教科書だけ。
耳に聞こえる風の音と、その先にくぐもって聞こえる燃え盛る火の弾けるような音に、かつ、と足音が混じり、シャルルは顔を上げた。
ひどく顔色の悪い男の子が、ヴィンスの前に立った。
「なあ、お前、グレイだろ」
気怠げな声で話しかける。煩わしげに眉を顰めた彼は、煙の中でも至って普通に、何にも守られず立って、真っ黒な目に炎を反射させていた。その目がシャルルを映した、一瞬、眼球は全て赤に変化した。驚いて二度見をした時には、少年はシャルルに対して興味がなくなっているようで、ヴィンスに顔を向けている。
「だからなんだ。どうにかしろ、この火」
ぐ、とチェーンを掴む拳をより強く握りしめたヴィンスは、目の前の少年に言い放つ。こめかみのあたりに汗が一滴流れた。
「お貴族様がこれくらいで弱ってんなよ。はーあ、つまんねぇ」
飽きたと言わんばかりに、彼はまた歩き出した。どこへ向かっているのだろうかと、シャルルは赤い火の海を見つめた。
「関係ないだろ。自分の能力の制御くらいしろ。ソン・ロイ」
去っていく背中へ向かって呟いたヴィンスの声に、少年は足を止めた。暴走したと言っていたのはこの人物だったのかと、シャルルは良からぬ気配を感じつつも、ヴィンスの肩越しにロイを見た。
「……守られてるお前に、何がわかる」
振り返りこちらを見たロイの後ろで炎が大きくなり、ヴィンスの肩が少し動いた。
「ロイ‼︎」
反対側から、煙の中走ってくる背の高い影が叫んだ。
それが手に持ったステッキを一度振ると周りの煙が消えて、シャワーのように水が落ちてきて火も収まる。シャルルたちの周りには、ヴィンスが作っていた壁で濡れてはいない。
視界が晴れて、声の主がジュネット先生だとわかった。後ろには、新任だというケインズ先生とディキンズ先生もいた。水はきっとディキンズ先生だろう。
「大丈夫か?」
寮監はヴィンスとシャルルが壁際に立っているのを見て急いで駆け寄ってきた。
「はい……」
ヴィンスは肩の力が抜けて、大きく息を吐き出した。同時に風が止んだ。
シャルルはジュネット先生たちの方を見た。ケインズ先生が、逃げようとしていたロイの手を掴んでおり、ロイは抵抗はせずただ睨み返している。
「……おっさん連れて来んな」
「クラウスに文句を言うのは構わないが、今のは制御できただろう。なぜしなかった」
ジュネット先生の言葉に、ロイは唇を硬く閉ざしたまま返事を返さない。
「ロイ」
語気を強めたジュネット先生に、自分が呼ばれたわけではないのにシャルルは固まった。先生はあの子を怒っているわけではなさそうだが、いつだって誰かが怒鳴られたりするのは嫌だと思うのだった。
「やめてやれ、クイン」
軽く首を振ったケインズ先生に静止されて、ジュネット先生はため息をつき、すまない、とつぶやく。ロイはまた興味が失せたように、そっぽを向いた。
「……ディキンズ先生、寮でよろしいですね?」
生徒を庇うように立っていたディキンズ先生は頷くと、ヴィンスとシャルルをチラリと見やる。
「ああ。大丈夫だ。この子たちを医務室に連れて行ってくるから、あとは頼んだ」
別段怪我はしてないと思ったが、煙を吸っていてはいけないからと、半ば無理やりその場を離れさせられる。疲弊したように黙ったヴィンスを気にしつつ、シャルルはディキンズ先生の後ろをついていった。少し振り返ると、ジュネット先生があたりに侵入禁止のロープを張っていた。
◇
「それで、結局図書館には行けたの?」
火事騒ぎの翌朝、西の塔にあるカフェテリア。ウィルがわざわざステルクス寮の入り口までやってきて「朝ごはん食べよ!」とシャルルとヴィンスを引っ張り出してきたのだ。
「いや、無理だったな。当然だけど」
ヴィンスは包帯が巻かれたままの十本の指を見つめてうんざりした様子で応えた。その痛々しさにウィルとシャルルは少し顔をしかめた。
「寮で休んでなさいって言われたんだよ。僕はなんともないんだけど……」
と答えたシャルルの隣では、包帯で二周りほど太くなった手で慎重にグラスを掴んで、ヴィンスが水を飲んでいる。
他のテーブルから聞こえた話によると、事務職員か先生が東側の三階廊下、つまり焼け焦げてしまった事件現場を綺麗さっぱり元通りに直してしまったらしい。一体誰が、どのようにして、と噂好きな生徒がわいわいと騒いでいる。昨日あの場にいたシャルルは、それはきっとジュネット先生が片付けたんだと思う、と心の中で彼らに教えてあげた。
そして、ロイは罰則を受けているらしいが、この学校の罰則なんてきっとすごく嫌なことに違いない。教室掃除なんていう生易しいものではないだろうな。悪いことはしないに越したことはないがもし自分が何かしてしまったら、と妙な想像をしてシャルルはぶるりと震えた。
「二人が大怪我してなくてよかったけど、それ、マジで痛そう……」
改めてヴィンスの手を見て、ウィルは口をへの字にして言う。当の本人は肩を軽くすくめるだけだ。
「痛くはないけど不便だな。昼休みに即効性の軟膏をもらってくるよ」
そういえば医務室の先生が病院に行って取り寄せると言っていたな、とシャルルは昨日の怒涛の午後を思い出した。ディキンズ先生に連れられて行った医務室で、ほぼ尋問のような問診のあと、ヴィンスの手当をしている間、シャルルも喉やら目やら鼻の穴やら、あちこちを検査されたのだ。シャルルの蜂蜜色の前髪が、一センチばかり焦げている以外、何も悪いところはなかった。彼らが寮に戻る頃には、行くはずだった図書館の利用時間はゆうに過ぎていた。二人ともげっそりして夕食もそこそこに、ベッドへ倒れ込んだのだった。
おかげでお腹が空いていた二人が山盛りにしていたお皿もすっかり空になった。授業へ移動するために行くために、カフェテリアを出たところでシャルルはふと呟く。
「一時間目は数学だけど、ペンとか持てないね」
ヴィンスは元よりそのことは承知だったようで、ペンケースは持ってきていない。ただ教科書を抱えて見せて「君のを写させてもらうよ」という。
「え、数学なの⁉︎ 俺と一緒かと思ってたのに!」
「教科書見て気づかなかったのか」
ウィルががっくしと大袈裟に肩を落としていうので、二人は苦笑した。
「クラシセントは歴史?」
抱えているノートの間から見える本をみてシャルルが尋ねた。そういえば、ジュネット先生が教えている教科だったはずだ。
「そ! 担当のジュネット先生って優しいんだけど、一部の生徒がめんどくさくってさー」
「確かに。騒がしさはユシマ先生の授業に並んでる。気が散るって訳ではないんだけど」
「え、それってどういうこと?」
「見たらわかる」
首を傾げるシャルルに、うんうん、と頷きウィル。北西の塔についたところで、授業の五分前を知らせるチャイムが鳴り、ニコニコおしゃべりをしていたウィルは、雷に打たれたような表情になって飛び上がる。それに驚いてシャルルの肩も小さく跳ねた。
「やっばい! こっから北の四階まで上がらないといけないんだった! ちょっと俺急ぐ、また昼ねー!」
「き、気をつけてー……」
走っていく後ろ姿に手を振っているシャルルに、ヴィンスは「僕たちも行こう。オークス先生は時間に厳しいんだ」
数学の教室は北西の塔、二階にただ一つだけある部屋なので迷うこともない。重たい木の扉を押して開けると、ギシギシと蝶番が音を立てて、踏み入ったシャルルに静かな視線が刺さった。赤いネクタイをつけた生徒たちは、二人のステルクス生が教室へ入ってくる様子を
一言すら話さずに見ている。冷たい視線が刺さっているような感覚に居た堪れなくなったシャルルは、教室の一番後ろの席にいるカミーラとアルレットを見つけると、小走りに向かって隠れるように席につく。ヴィンスは静かにその隣へと座った。
「遅かったじゃん。寝坊?」
カミーラがあくびをしながら、他の生徒たちのことは気にした様子もなく聞いてきた。アルレットは何やら熱心にペンを動かしている。どうも声を出しづらい状況に、シャルルは苦笑いをして小さく首を振る。
「準備に手間取った」
そうヴィンスが短く返事をすると、一限目の開始を知らせる本鈴がなった。
黒板の横の扉が開き、先生が教室に入ってきた。白のシャツに教授のジャケット、そして黒いトラウザーを身に纏い、真っ直ぐと伸びた栗色の髪は店に並べられたばかりの人形のようだった。教卓の前でざっと教室を見回す瞳は黒々として監視しているようだった。入ってきた時からの緊張感のせいか、シャルルはこの先生が少し怖かった。
「揃っていますね。今年度も数学を教えるディナ・オークスです。毎回のことですが、確認事項を連絡してから、授業を始めます」
淡々と告げていく先生に、生徒は身じろぎひとつすらしない。
「時間厳守。出席は当たり前。課題は最低限しか出さないため、必ず期限内に提出すること。評価は課題と学期毎の考査でおこないます。質問がある場合は挙手をすること」
また少し間を置いてオークス先生は生徒たちに視線を投げる。シャルルは目があった時に、どきりとして肩が縮こまった。
「遅刻三回で欠席扱いです。欠席率が看過できない場合は追加課題を出します。そのほか、授業に関してわからないことがある場合は、速やかに私に聞きにきてください。では、授業を始めます。基礎数学入門の五十八ページを開いてください。前年度の復習から」
淡々した授業を終えると、オークス先生はさっさと奥の準備室と思われる部屋に戻っていった。相談や質問があるものはノックしてから入るように、と言ったが誰も行くような様子はなく、リブラール生たちは授業前の緊張感はどこへやら、ガヤガヤと話しながらさっさと教室を出ていく。シャルルは右手の鈍い痛みを感じて、自分がペンを握りしめていたことに気づいた。
「びっくりしたでしょ?」
教科書を薄桃色のトートバッグに仕舞いながらアルレットが笑いかける。確かに色々驚く部分はあったが、授業自体はわかりやすく追いつけないほどではない。シャルルが気になったのは、オークス先生よりも教室の雰囲気だったのだが、そのことを指しているのかわからずに肩をすくめた。アルレットの代わりにカミーラが眉を寄せて答えた。
「赤寮、えーと、リブラールのやつら。あいつらまじで、あたしたちのこと嫌いなんだよね」
「え……そうなの?」
あの妙な視線と空気はそのことだったのか、とシャルルは心に雨雲が掛かったような気分になった。話したこともないのに嫌われるなんてことは、どうしようもできない。きっと僕が転入生で島から来たということも、リブラールの彼らはよく思っていないのかもしれない。
「気になってるみたいに私には見えるけど? 好きな子に悪戯しちゃうのと同じで」
「それもそっか。あと、オークスが赤の寮監督だし」
「寮の先生だと緊張するなんて、まだまだ子供だよ」
それだけが理由ではないような気がするのだが、と考えながらも曖昧に笑って返して、シャルルは教科書とノートを閉じて腕に抱えた。
「リブラールが嫌ってるのはステルクスじゃない」
面白げにクスクスと話すカーミラとアルレットを遮るように、ヴィンスの呟きが重たく落ちた。口をつぐんだアルレットは助けを求めるようにカミーラを見やるが、彼女も何も言わなかった。
「じゃあ、誰を……?」
聞きくつもりはなかったはずが、独り言のようにシャルルの口からこぼれる。静かな教室に残っていたのは四人だけで、誰も彼の質問に答えることはなかった。
西の塔へと向かいながら、シャルルは少し俯いてヴィンスの横を歩いていた。
「ウィルは昼食を食べようとは言ったけど、場所は言ってなかったね。どこのカフェテリアだと思う?」
ヴィンスは数分前の出来事など気にしていないような調子で話し出し、ちらりとシャルルを見ると階段の途中で足を止めた。教科書をもつシャルルの手は、強く握り締められていた。
「……気になってる?」
後ろから声が響いてヴィンスが立ち止まっているのに気づいた。振り返ったシャルルは数段上にある青い瞳。初めて見た時は涼しげだと思った彼の顔が、ひどく冷淡に色を無くして見えた。
「ごめん、気になる……やっぱり、転校生っていうのがダメなのかな」
また歩き出して隣に並んだヴィンスの速度に合わせ、シャルルも階段を降りていく。
「そういう訳じゃない。ただ、シエロが気に入らないんだ」
「どうして?」
「僕も知りたいくらいだけど、まあ、根拠がない話だ。貴族生まれのシエロは、呪われた虚国の取替え子だという噂があるからさ」
ため息を吐き出してから、呆れたような笑顔を見せたヴィンスにシャルルは返す言葉がなかった。僕は貴族生まれじゃないことは明らかだろうから、そのことを考えると誰のことを言っているのかは自ずとわかった。
なんだか申し訳なくなって、シャルルは「あの、僕」と泣きそうになりながらヴィンスを見た。ヴィンスはその様子に目を丸くしてから、首を横に振る。
「謝らないで。悪いのはただの噂だからね」
「そう! 言いたい奴には言わせときゃいい。あと残念ながら一部の人間はシエロなら誰でも嫌ってるようだ。俺とか」
突然会話に加わった声に、シャルルとヴィンスは勢いよくそちらを向いた。ちょうど廊下を歩いていた奇妙な帽子がトレードマークの監督生、クロエだった。驚いているのは話しかけてきたクロエ本人も同じだったようで、首を引っ込めて肩をすくめている。
「うわ、うちの猫みたいな顔しないでくれ」
猫みたいなのはクロエだ、と二人ともが思いながら顔を見合わせ、ヴィンスが先に口を開いた。
「それより、来てすぐのシャルルにその話は早いんじゃないですか」
「追々は聞くことになるんだから、早いも遅いもないだろ。とにかく、どこでも少数派ってのは嫌がられるもんなんだよ。何が気に入らないのかは知らんけど」
「あの……いじめられたりするんですか?」
おずおずと聞くシャルルにクロエは笑って、気にしすぎるな、と答える。
「この学園で他の生徒を攻撃している奴がいれば、そいつは謹慎を喰らう。悪けりゃ即刻退学か追放。まあ陰口を言ってくるやつもいるが、報告してくれれば俺たち監督生なんかが対応する」
追放という強烈な表現に目を丸くしているシャルルを他所に、ヴィンスは、そういえば、となにか思い出したようだ。
「学生団体も対応するんですよね。確か、評議会?」
「そうそう。んで今日言おうと思ってたんだけど、それに君らが推薦されてんのよ」
クロエは二人の肩を軽く叩くと、「じゃ、また夕方に会おう」と言って、制服のマントを翻してカフェテリアの方へと向かっていった。
「なんか、すごいね」
「ああいう人だよ……」
初日にも同じようなやりとりをしたような、と思いながらも、気まずい空気を吹きはらってくれたような寮長に、シャルルは少しだけ感謝した。
「それで、その、評議会って……」
シャルルがヴィンスに尋ねようとしたところで、また彼らの会話は大声によって遮られる。
「あー! 二人とも! 迎えに行こうと思ってたんだよ」
前方から急いで走ってくる人影を見て二人はまた顔を見合わせる。ウィルの明るい声にシャルルとヴィンスは手を上げて応じた。
校舎の中にあるカフェテリアの一つはすでに生徒でいっぱいで、シャルルたちはプレートに乗せた自分達の昼食を持って、五分以上は席を探し歩く羽目になった。壁際の席を見つけた頃には、シャルルがとった焼き立てパンは冷たくなっていた。
「昼休みに図書館行く時間あるかなー。そうだ、数学の授業どうだった? シャルルは得意?」
パスタをフォークに巻き付けながらウィルが聞いてくる。ヴィンスは手が使えないので、パン一個を食べるのに苦戦しているようだ。
「難しくはなかったかなあ。得意かって言われたら、どうだろう……。ヴィンスは?」
シャルルがクリームソースのかかった魚を口に運んで、王国はちょっと味付けが濃いものが多いなと思いつつ、首を傾げる。ちょうど食べていたものを飲み込んだヴィンスは頷く。
「僕は割と好きだな」
「うーん、ぽいね! 俺は眠くなっちゃうから数学は苦手なんだよね~。家庭教師にも毎回怒られてさ」
やけに芝居かかったように大袈裟にウィルが腕を組んで言う。
「え? 家庭教師って本当にいるんだね。すごい」
「すごいの? シャルルのいたとこにはなかった?」
シャルルが首を横に振ると、「文化の違いってやつか~」とウィルは関心したようにつぶやく。
「文化の違いというより、そもそも一般的なものではないな。大抵の家は家庭教師なんか雇っていない。サマセットは伯爵家だから普通かもしれないが」
「あ、そっかぁ! でもヴィンスのとこもいるだろ?」
「まあ、一応は」
先に食べ終わったウィルとヴィンスの話を聞きながら、なんだかシャルルは気が引けるような心持ちになっていた。二人とも貴族出身なのだな、というのがこんな日常の話から伝わってくるのだから。アルカンナには家庭教師など雇っているような人は聞いた試しがなかった。
ようやく皿に残っていた一口を咀嚼し、飲み込んだところで、不意にシャルルは辺りを見回した。何か妙な違和感がある。言うなれば、透明な水槽の中にほんの一滴だけ黒いインクを落とした時のような。気のせいといえばそうかもしれないが、気になってしまう違和感を感じた。
「食べ終えた?」
カトラリーを置いて首を傾げているシャルルにヴィンスが声をかけるので、気のせいと思っておこうとグラスに残っていた水を飲み干してから彼は頷いた。
「うん。待たせてごめんね」
「大丈夫。片付けて今度こそ図書館に行こう」
シャルルたちは食器を一つのトレイにまとめて返却口に戻してから、カフェテリアを出た。途中空き教室の時計を見て、次の占星術の授業までは三十分はあることを確認した。昼休みを思い思いに過ごす生徒たちが廊下や中庭に見える。アルカンナの教会学校では、シャルルはいつも花壇の近くで本を読んでいたが、まだ生活に慣れきっていないこともあり、彼自身そのような気持ちの余裕は生まれていなかった。
ヴィンスとウィルについていきながら、北の塔に向かっているとツンと鼻につく匂いがした。シャルルは顔を少し顰めると前を歩く二人に声をかける。
「ねえ、変な匂いがしない?」
「そうか? 君は鼻が効くんだな」
「また誰か悪戯して遊んでるのかも~」
歩いていくほどに匂いが強くなっていくが、シャルルしか知覚していないようで、ヴィンスもウィルも首を傾げている。北西の塔の一階についたところでウィルは先ほどの自分の発言に納得したように頷いた。
「ほら、やっぱ誰かなんかやらかしてるよ」
廊下は騒然としていた。生徒たちが集まっていて、何かを見ているようだった。軽いものが壁にぶつかる音が断続的にシャルルの耳に入る。ウィルが「見に行こう」と二人を引っ張って人混みを掻き分けていく。先へと進んでいくにつれて異臭は我慢ならないほど強まっていく。シャルルはジャケットの袖で鼻を覆って、腐敗臭のようなものに耐えて引き摺られるようについていくと、立ち止まったウィルとヴィンスが同時に叫んだ。
「なんだこれ⁈」
辺り一面、真っ黒な羽の蝶が無数にバタバタと飛び回っている。その中央には蹲った学生が居た。具合が悪そうに呻いては、のたうち回っている。助けようにも黒い蝶の多さにどうしようもない。異様な光景に、人混みの前線で三人は唖然と立ち尽くす。
「おーい! 道開けろー!」
聞き覚えのある声が後方からしてきて、人混みがざっと開ける。クロエとともに、赤寮監督生と青寮監督生が駆け足にこちらへやってきた。シャルルたちの前に立つと三人は黒い蝶の大群を見て驚き呆れた様子で溜息をついた。
「あちゃー。これまた派手だねえ」
「久々に見るな、このレベル」
「俺たちで何とかする? シュウだけで大丈夫そうなんだけど」
「ちょっと、レオ、僕も要るでしょう!」
「俺らでやろか。てか、アランはなんでそんな楽しそうやねん。遊びとちゃうぞ」
「おお怖……」
「まあまあ、俺は先生呼んでくるから二人とも頼んだ」
赤寮の監督生が振り返ったところで、彼は「……じっとしてろよ」と言い残してウィルの肩を軽く叩いて行った。無数の蝶の羽音と生徒の呻き声、野次馬で集まった生徒のざわめきをかき消すように、クロエと青寮の監督生が声を張り上げる。
「お前ら、そっから動くなよー!」
「できればちょっと離れててね、みんな」
シャルルは本能からヴィンスとウィルの服を引っ張って後方へと下がっていた。
「アラン、いくぞ」
クロエに呼ばれた青寮の監督生アラン・ノーランドは腰に差した剣を引き抜いて構え、頷いて答える。先ほどの優しそうな雰囲気は消え失せ、ぎらり、と眼光が鋭い。クロエは細く息を吐き出すと、短く吸って緑色の石がついた杖の先を蝶の大群に向けた。
「青嵐綾」
そう呟いたと思えば、何かが通ったかのように蝶の群れに穴ができる。ぼろぼろと黒い羽がちぎれて廊下に落ちていく。蹲った生徒の背の上には、黒い羽の生えた何かがこちらをみて怒りをあらわにしていた。呻いているのは生徒ではなく、その「何か」だった。
蹲った生徒の状態を認めると、ノーランドは一歩踏み出し、束ねた白金の髪を揺らしてバレエでも踊っているかのように宙をまった。絡みついてくる黒い蝶を切り落としながら、見えない空中の道を走り抜けていく。溜息を吐いてクロエがもう杖を一振りすると、また蝶は霧散し大きく空間が開ける。
「地下からの分際で、うちの後輩に悪戯しないでくれるかな」
低く呟いたノーランドの言葉に憤ったように、黒い何かは金切り声のような叫びをあげる。次の瞬間、ノーランドの剣が化け物を切り裂いて、黒い液体を流してそれは消え失せた。
ドロドロと流れてくるそれの残骸に、シャルルの喉元まで違和感が、気持ち悪さが迫り上がってくる。悪臭だけではない。これはよくないものだという直感によるもの。恐怖に足を竦ませていたシャルルは、何かに憑かれてい蹲っていたはずの生徒の顔を見て膝から崩れ落ちた。
「シャルル? 大丈夫か?」
気づいたヴィンスが心配げに声をかけるが、シャルルにはそれが聞こえていない。
蹲っていた生徒は気を失ったかのように力無く床に倒れている。ノーランドとクロエが近づいて生徒の顔を確認すると、彼らは目を見合わせ、叫ぶ。
「今すぐここから離れろ! 今すぐに!」
監督生二人の剣幕に、女子生徒が悲鳴をあげる。野次馬たちは彼らが来た方向へと走っていく。
「そこを退け!」
「寮へ帰りなさい!」
赤寮の監督生とともに先生たちが数人走ってくる。生徒が逃げ惑う北西塔の一階廊下に、シャルルは立ち上がれず、ヴィンスとウィルが困惑したように彼に声を掛け続けている。
「虚国からの侵入者だ」
騒めきの中から響いてくる誰かの呟きがシャルルの心臓を強く跳ねさせた。虚国からの侵入者。耳が聞こえなくなる感覚に陥った。生徒たちの悲鳴はぼんやりと水中のようにくぐもって聞こえる。誰かの腕がシャルルを抱え立ち上がらせた。揺れる意識の中、もつれる足で彼はその場を後にした。
◇
暗い階段を歩いていた。登っているのか、降りているのかもわからないで、シャルルはただ足を動かし続けていた。足元はおぼつかない。そもそも踏みしめている感覚すらもない。
「シャルル」
彼を呼ぶ、柔らかな声が暗闇から彼を抱きしめる。父のような、母のような、優しい声だった。
「僕はどこへ行けばいいの」
つぶやいた彼に応えるように、足元を照らす星々が暗闇に現れた。歩きづつけていると、丸い月がシャルルの目の前に見えた。次第に大きく、近づいていく。
「やっと目が覚めた。二日ぶりだね、シャルル」
カーテンを開けて窓辺から振り向いたヴィンスがほっとしたようにつぶやいた。シャルルは自分が寮の自室、ベッドの上に横たわっていることに気がついた。体にかけられたブランケットを退けて起き上がる。手に巻かれていたはずの包帯は無くなっていて、すっかり元通りの様子のヴィンスが椅子を引いて、シャルルのベッドサイドへ寄る。
「ファン先生が連れてきてくれたんだ。体、大丈夫かい?」
「なんともないけど……僕、倒れてたの? 二日も寝てた?」
「そうだね。厳密にいうと、途中までは先生に支えられて歩いていた。一昨日の昼にあったあの騒ぎの後、君だけ随分具合悪そうだったけど、本当に今も大丈夫なのか? その前も変な匂いがするとか言ってたけど」
「そうだ! あの子、あの子はどうなったの」
シャルルが蒼白な顔でヴィンスに向き直る。落ち着かせるようにヴィンスがシャルルの肩を撫でてゆっくりと冷静にこたえる。
「被害に遭ってた生徒か? 先生たちは病院に連れて行ったと言っていたよ。その後どうなったかはわからないが、きっと回復しているんじゃないかな」
「そんな、そんなはずない……だって、あの子、もう息が」
「え?」
人より耳がいい。人より目がいい。人より鼻がきく。誰にも言わず隠してきたシャルルの厄介な特技だった。あの事件があった現場に漂っていたのは、これまで嗅いだことのない異様な臭いで、羽音に混じっていた人の声ともつかない呻き声だった。監督生たちが斬り倒した化け物の黒い残骸を被って倒れていたのは、指一つ、胸部も動かない生徒の体だったと、彼は理解したくなくとも、わかってしまったのだった。
「シャルル、深呼吸して。大丈夫だ」
ヴィンスがシャルルの隣に腰掛け、背中を撫でる。浅い呼吸を繰り返していたシャルルは促されるまま、息をゆっくりと吸って、震えながら吐き出した。
「そうだ、もう一回。……ディキンズ先生を呼んでくる。水、飲んでおきなよ。そこに入れてあるから」
シャルルの肩を優しく、安心させるように叩いて、ヴィンスが部屋を出ていった。足音は高く、速く遠ざかった。
寮監がシャルルたちの自室に来た時、配慮からかヴィンスは「ウィルに呼ばれた」と言って同席せずに、校舎の方へと向かった。ディキンズ先生はシャルルの話を聞いて、頷いて唸ったかと思えば、深く考え込むように黙った。口を開いたかと思えば、躊躇いながら「これを君に話して酷だとは思うが」と前置きをした。シャルルはその続きを覚悟をしつつそれに頷く。ディキンズ先生の深刻そうな声が低く続けた。
「あの生徒は、息を引き取ったので間違いない。虚国で作られた魔法道具を誤って所持していたのが原因だそうだ。このことは学生たちにはまだ公表していないから、リーヴス、君もすまないが少しの間、黙っていてくれるか? 公安の調査が済んでからになる」
シャルルはまた頷いた。虚国で作られたものがどうしてこちらに流入するのだろうか。あの黒い蝶の化け物はなんだったのだろうかと考えたが、これ以上は教えてくれないような気がして、シャルルは聞くのを止した。
「それから一度、君も検査を受けたほうがいいかもしれない」
「……検査?」
「ああ、いやそんなに心配するほどのものではなくてな。あの事件現場で倒れたのは君だけだった。もしかしたら、君はある種類の魔術に対して所謂アレルギーのようなものがあるかもしれないと思ってね。強力な魔術や、魔法道具によっては体質に合わないような人間もたまにいるんだ」
「アレルギー、ですか」
「今後の授業では、特にシエロはたくさんの道具を使うことになる。もし耐性のない魔術があると、リーヴス自身の勉強に支障が出ることになるから、先生たちで君が困らないように調整することができるんだ」
何もなければ、それはそれで安心して学園で過ごせるだろうし、ディキンズ先生の言うように病院で検査をしてもらうべきなんだろう、とシャルルは頷いた。
週末、王立病院へ母の見舞いに行くつもりであったので、そのついでにシャルルは自分自身の検査もすることにした。三年生以下の生徒は学園の外に一人で行くことはできないので、学園の先生がついていくことになった。ちょうど病院に行く予定のある、文学言語科教授のサミュエル先生がシャルルの引率担当となった。
ディキンズ先生から言伝られて、朝早くに北の図書館塔の一階へ向かった。結局まだ一度も図書館の中には入ってないため、シャルルは残念な気持ちになりながら、図書館を利用する熱心な生徒たちが行き来する様子を眺めていた。言われた時間の十分前に来たために手持ち無沙汰で、ただぼんやりと立っていた。
黒いコートを着た先生が青いクラシセントのネクタイをした上級生と何か話しながら二階から降りてきた。上級生の手には紙束があり、先生が何か分厚い本を手渡していた。
「今回は本当に読みにくかったので助かりました。歌の理解が深まります」
「あの劇場もなかなか変な台本を使うよね。俺の持っている本が君の仕事に役立ちそうでよかった……おっと、君がリーヴスかな?」
話していた黒いコートの先生はシャルルを見て立ち止まった。突然声をかけられて驚いていたシャルルが頷くと、「今日は病院」と先生は上級生に苦笑で伝える。
「じゃあ、私は失礼しますね。ありがとうございました」
上級生は桜色の髪を揺らして先生に軽くお辞儀をすると、シャルルにも軽く微笑んでから図書館の扉を押して入っていった。彼女を見送ると、先生がシャルルに片手を出して握手をする。ひんやりとした手のひらが、知らず知らずに固まっていたシャルルの緊張をほぐす。
「待たせてすまないね。サミュエルです。ディキンズ先生から聞いていると思うけれど、私が引率して一緒に病院へ行きます」
「今日はお願いします」
シャルルはサミュエル先生について図書館塔から出た。リブラール寮の横を通り過ぎて学園の北西の門へ向かっていると、先生がふと思い出したようにシャルルに尋ねる。
「君は今年来た転入生でしたね?」
「はい。アルカンナ島から来ました」
「なら中央病院も初めてでしょう。そこまで遠くない場所にあるから行き方を覚えておくといい。来年からは一人でも行けるようになるからね」
学園の広大な敷地をぐるりと取り囲む石垣を初めてみる。大人でさえ乗り越えることはできないだろうと言う高さで、灰色の石は頑丈そうであった。大きな門のところには大きな刀を腰に差した門番が立っていて、シャルルたちに敬礼をした。サミュエル先生が言うには、学園の敷地の出入りには許可証が必要で、生徒だけで外出する場合には教員のサインの入った許可証を門番に見せなければいけないそうだ。今回は先生が引率者なのでシャルルは許可証が必要なかった。先生たちは教職員の証明書を持っているらしく、それを掲示するだけで良いようだ。
学園の外に出ると進行方向に大きな建物がいくつか見えた。石畳の道が続いていき、三叉路で標識に気がつく。サミュエル先生が大きな建物を指差してシャルルに説明してくれた。
「ここを道なりにずっとまっすぐ行くとラナクス研究院です。私やディキンズ先生はあそこでも働いている。それから、右に曲がって行くと司法庁と駅がある。駅にはロゼア行きの列車が来るから、上の学年の生徒たちは週末によく遊びに行っているね。私たちが今から行く中央王立病院は左に曲がった道の先にあります」
白い花と針葉樹が道の両側を几帳面に並んで、病院へと彼らを導く。
中央病院は噂に聞くだけあり、アルカンナ島の病院とは比較にならないほどの規模だ。学園と同程度の敷地に、幾つもの病棟が立っている。敷地の門を入ったところに案内表示が立っており、いくつかの区画に分かれているようだ。どれが何を示しているのかはシャルルにはよくわからなかったが、今回シャルルの用がある「診部」と「特部」だけはわかった。シャルルの母親は「特部・第三棟」に入院している。おそらくは病状が「特殊」だからではないか、と彼は推測している。シャルルは迷子にならないようにサミュエル先生についていき、自身の検査のために「診部・第一棟」と看板の立っている建物へ向かった。
診部は外来の検診を受け付けているのだろう。人の出入りが他の病棟よりも多いような気がしたし、処方箋らしきものを持って、別の病棟へと向かっていく人の姿も見受けられる。さすがに建物内で迷うことはないだろうと言うことで、自身の定期検診があるというサミュエル先生に終わったらこの病棟の入り口で待ち合わせることになった。
「リーヴス、推薦状はもってきたかな?」
サミュエル先生に言われて、シャルルは封筒を取り出す。医務室の先生が検査のためにと書いてくれたもので、これを受付に渡せばいいそうだ。
「はい、これです」
「よろしい。ではこれをあそこの受付に渡してきて、それから番号札をもらうと思うので、呼ばれるまで待っていなさい。あとは病院の方の指示に従うといい」
「わかりました。……ええと、先生は?」
「私は五階で受付が違う。あとは大丈夫だね? 少し……私の方の時間が迫っている」
「大丈夫、だと思います」
「では、後で」
黒いコートを翻して、サミュエル先生は足早に立ち去る。あの先生も定期検診をしなければいけないような不調があるのだろうか。そうは見えない若々しさなのに、と思いながらシャルルは待合ロビーに立ち尽くしていたが、松葉杖をついた人が目の前を通っていき我にかえる。途端に一人になって緊張感がまた出てきた。握りしめていた封筒を持って、シャルルは受付に足を向けた。
検査は緊張するものでも心配するものでもなかったのが結論だ。採血しなければならなかったことだけが唯一緊張したことだが、それ以外に関しては非常に簡単で呆気ないものだった。
「全くもって異常なし。推薦状に書いてあったような魔術に対するアレルギーもなし。リーヴスくんは至って健康そのものですね」
検査を担当してくれた医師が診断簿を見ながら微笑んで言ったので、シャルルは大きくため息をついた。何もなくてよかった、と安堵して診断書を貰い、シャルルは診断室を出た。しかし、それであればどうして自分はあの事件の後倒れてしまったのだろう。詳細を伏せて医師に聞いてもみたが、環境が変わった疲労だろうと言われて片付けられてしまった。シャルルにはそうは思えなかったが、これ以上自分が考えてもどうしようもないと、なるべくこのことを考えないようにしようと決めた。
週末ではあるが、来た時よりも外来の患者も少し増えている。中央病院ともあれば、休日など無いに等しいものなのだろうな、とシャルルはさまざまな患者や、職員が出入りするのを見て、両親のことを考えた。父レイモンドは医療に携わっていて研究院に所属していたが、中央病院で働くこともあったのだろうか。聞いたのかもしれないが、自分が小さかったから何も覚えていない。軍医として働くようになってもきっと病院とは密接に関わっていたに違いない。母は一人でこの大きな病院にいて淋しくはないだろうか。通話をすることもできないから、島を出てからのことが、担当医から送られてくる手紙以外何もわからない。病状は悪くはなっていないらしく、緩やかな回復傾向にあるそうだが、顔を見なければ母の様子などシャルルには何もわからないと同然だ。自分のことはもう終わったし、早く母の見舞いへ行きたい。
シャルルが病棟を出て数分後サミュエル先生も検診を終えて出てきた。手にはシャルルがもらったような診断書と別の封筒をコートのポケットに入れて声をかける。
「どうだったかな?」
「何もなかったみたいです」
「それは何より。心配事がなくなってよかったね」
サミュエル先生はシャルルの肩を軽く叩き、それから腕時計をチラリと確認した。
「特部は面会時間が決まっているが、何か言われていないか?」
「えっと、昼の三時まで、とだけ言われています」
「おや、かなりゆとりがあるな。ご家族に早く会いたいだろうし、急ぎましょうか」
特部棟は少し奥まったところにあった。先ほどまでいた病棟区画とは違い、患者よりも職員の方が多いように見えたし、そもそも人の出入りが他のところと比べると極端に少なく、シャルルはなぜか不安になった。サミュエル先生が言うには少々注意しなければいけない病棟だそうだ。
「第三棟は酷いとは聞かないが、特部に来る患者の中には少し他の人に対して攻撃的な人もいるそうですよ。入院患者に面会ができる病棟はそういった人はいないそうだから、それほど心配するものではないけれど、一応ね」
病棟の重たいガラスの扉を押して入ると非常に静かだった。待合ロビーには人がおらず、受付の職員が仕事をしている物音だけがしていた。それにしても病院について先生はやけに詳しいんだな、と思っているのがシャルルの顔に出ていたようで、サミュエル先生は苦笑して後付ける。
「実はね、特部ではないが、学生の頃に私もここに入院してたことがある。有る事無い事、噂話を色々と聞いたんですよ。……さて、私は待合ロビーで待っていますよ。気にせず、ゆっくりご家族に会って来るといい」
ひらりと手を振ってロビーの椅子に腰掛けるサミュエル先生と別れて、シャルルは再び一人で受付の職員に声をかける。二度目であっても緊張する。
「す、すみません。入院している母の見舞いに来たんですが」
受付の職員はシャルルの声に帳簿から顔を上げ、ペンと別の帳簿を取り出し、業務的な淡々とした声で尋ねる。
「入院されているご家族のお名前は?」
「ミニョン・リーヴスです」
名前を聞いてから職員はペラペラと帳簿をめくり、何かをペンで書き込んでから、シャルルにまた向き直る。
「五階、十四号室です。こちらをお持ちください。面会は十五時までです。お帰りの際はお声がけいただかなくて構いません」
無表情な職員に渡されたのは、母の名前と病室の番号、今日の日付、面会時間の書かれた紙だった。
「ありがとうございます」
シャルルは軽くお辞儀してから、エレベーターを探し、壁の案内表示に従って廊下を進んでいく。外光に照らされた白く明るい屋内にはシャルルの足音だけが反響している。一階にはどうやら病室はないらしく、診察室を出入りする人も見られないため不気味さすら感じられた。エレベーターで五階まで上がるとようやく人が見えた。看護師らしき職員が数人、作業をしており話声が聞こえて少し安心した。シャルルに気がついた職員が作業の手を止めて、にこやかに声をかける。
「どちらの方にお見舞いですか?」
「リーヴスです」
先ほどシャルルが受付でもらった紙を見せると、頷いて十四号室のある方向を指差した。軽く頭を下げてから早足に向かう。十四、番号の下に「ミニョン・リーヴス」と小さく印字された母の名前があることを確認して、シャルルは控えめに扉を叩いて、開ける。
十四号室は南側の日当たりの良い向きの個室だった。ベッドに座って本を捲る母の耳にはイヤーマフがされていて、シャルルが扉を開けたことに気づいていないようだった。
「ママ?」
少し大きな声を出して呼ぶと、ゆっくりと顔をあげてシャルルの方を向いた。息子の姿に目を見開いてから、すぐに耳を覆っていたものを頭から退け、開いたままの本の上に載せた。
「シャルル、来てくれたのね」
「うん。具合はどう?」
「ずいぶん良くなってると思う。こちらにいらっしゃい」
手招いてベッドサイドに置かれたスツールを指し示す。シャルルがそこへ座ると、幾分か痩せた手でシャルルの頬を撫でる。
「シャルルは元気そうね。学園はどう? ここまで一人できたの?」
「先生が一緒に来てくれたよ。アルカンナとは全然違うし、たくさん勉強することがあって大変だけど、面白いよ」
「そう。あまり無理しすぎないようにね。あなたはパパによく似てがんばりやさんだから」
「……僕のことはいいよ」
「息子のことは気になるのよ。突然入院して心配かけてごめんね」
「僕は大丈夫。おじいちゃんもいたし、こっちでも友達できたから」
息子の声を聞いて頷く母は、満足そうにシャルルの頭を撫でる。シャルルと同じ鮮やかな緑色の瞳の下には、眠れていないのだろうか、疲れが見えていた。
「入院している間、退屈?」
「そうねえ、退屈。横になっているか、本を読むか、お医者さんと看護師さんが見にくるかだから」
「何か欲しいものがあれば、僕が次お見舞いに来る時に持ってくるよ」
「ありがとう。通信機が使えればいいけれど、シャルルも持っていないし、私も持ち込みできないから連絡もろくに取れないし」
「じゃあ、手紙は? 魔力を使わなければ大丈夫かな」
「今度お医者さんに聞いてみるね」
母と話していると扉を叩く音が聞こえて振り向く。扉を開けたのは先ほどの職員で、銀色のトレーを持っていた。
「リーヴスさん、お薬の時間ですよ」
はいはい、と母は渡される薬を慣れた様子で口に放り込む。形の違う錠剤を三つ一気に水で流し込むのを心配げに見ていたシャルルに気づいて、母は微笑んだ。
「あなたが薬を飲むわけじゃないのにそんな顔しないの。これが効くってお医者さんが言ってるから大丈夫」
「……わかってるよ」
シャルルは薬を飲むのが苦手で、小さい頃に風邪をひいた時母に飲みたくないと泣きながら訴えていたことを思い出して苦笑いする。母からコップを受け取った看護師はやり取りを聞いて「リーヴスさんのお子さんですか?」と尋ねる。
「ええ、息子のシャルルよ」
母が自慢げに言うので、看護師に対してシャルルは軽く会釈する。
「じゃあ、お子さんのためにも早く元気になりたいですね。今日はちゃんと寝ましょうね」
「努力するわ」
溜め息まじりの母の返答に頷いて、看護師は「では失礼します」と病室を出ていった。やはり母の不眠は治っていないのだろうな、とシャルルは母の手を握る。
「ママ、僕のこと心配しないで大丈夫だから、自分のこと一番にしてね。ちゃんとお医者さんの言うこと聞いてね」
「本当に優しい子ね……早く治してシャルルとおじいちゃんを安心させてあげないといけない」
それから、しばらく母と話していたが、先生をあまり長く待たせてはいけないから、と言った母に半ば追い出される形でシャルルは病室を後にすることになった。近いうちにまた来る、と告げて病室の扉を閉める時まで母はシャルルの顔を見て手を振っていた。
学園に帰ってから、祖父に母の様子を連絡しようと思いながら廊下を歩いていく途中で、談話室から聞こえてくる患者たちの話し声に足を止めた。
「……南の部屋ってこたぁ、兄さん、あれかい、魔物にやられた口か」
「ああ、本当に最悪だよ。戦争が終わって十年以上経ってるが、この通り、まだ入院してる」
「質のわりぃ魔法しか使わねぇからなぁ、あいつらは。俺の同級生もそれで大変だったって聞いたな」
「最近また虚国からの侵入が増えてきてるって噂だからな。公安や軍なんかで働くもんじゃない」
「沿岸部は特にひどいそうじゃないか。この間も公安の警備範囲で女の子が行方不明って……」
南の部屋は母と同じ。鼓動が早くなるのを感じて、エレベーターの方へと逃げるようにその場を離れた。魔物の被害者がそこに当てがわれるのか? 母の病状は虚国から来た奴らのせいということなのか? まだ魔物はこちらへやってくるのか? あの日死んでしまった生徒のように母がなってしまうのか? 父は沿岸の警備について行ったのか? サミュエル先生と合流して、学園に帰る道すがらも、入院患者たちが話していたことに対して、シャルルは悩まずにはいられなかった。
外出後の疲れに日曜日もほとんどを寝て過ごしたシャルルだが、月曜日にはすっかり倒れる前の状態に戻っていた。気がかりなことはあれど、授業を休む口実にすらならない。先週の事件や病院でのことに悩む暇もなく、勉強は山積みであった。午前の自習の時間で休んでいた分の内容をヴィンスから教えてもらい、なんとか出されていた宿題も終え、一息ついたのもつかの間、初めての天文学の授業に向かう前に、シャルルは未知の名前が並ぶリストを前に困惑していた。シエロの能力を持つ学生の必修授業のうちの一つであるが、どうやら占星術で扱う道具も必要だそうだ。
天文学(三年生) 持ち物
全生徒必携:『天文学入門』(一・二年で使っているものと同様)、筆記具
シエロの生徒:ペンデュラム。ステッキ・リング等も申請があれば可とする。形状は問わないが鉱物が少なくとも一種類使われたもの。(占星術でも使うため常に携帯するのが望ましい)
シエロ以外の生徒:携帯望遠鏡(撮影機能のない物)
机の上に先日届いたばかりの新品の教科書と持参の筆記用具は準備できているが、シエロの生徒が用意すべき道具はまだない、というより、たった今必要だと知った。
「教科書は届いているんだけど、道具がなくって、どうしたらいいんだろう」
「君はこっちにきてから能力検査したから用意がないよな。僕のを一緒に使えばいいさ」
「ありがとう、ごめんね……」
「どうってことないさ。先生も理解しているだろうし、道具を貸してくれるかもしれない」
申し訳なく思いながらヴィンスと一緒に学園の東塔へと向かった。この塔はほとんどシエロの学生しか来ないらしく静かだった。初めてシャルルが学園に来た時に荷物が置かれていた準備室はこの塔の一階にあった。その隣の階段を前に、ヴィンスが「覚悟したほうがいいよ」というのでシャルルは首を捻る。
「天文学は五階、最上階だ」
「五階……!」
規模が大きいが古い建造物である学園には当然エレベーターなどはなく、階段を使って上階へと登っていく。二階は神話学の教室と資料室があり上級生が数名ドアの前で談笑していた。三階には再び準備室と特殊魔術の教室、四階が占星術、そしてようやく辿り着いた五階は開放的で、扉もなく階段を登ったらすぐ教室であった。教室というより、天体観測所といったほうが正しい。一番に目につくのは教室の中央に置かれた大きな望遠鏡。周囲にはさまざまな大きさと種類の天球儀や象限儀といった古い天体観測用の道具が置かれており、移動式の黒板や机は隅に追いやられている。
「す、すごい、ね」
息を切らしながらシャルルが言うが、すでに息を整えていたヴィンスは持っていた教科書などを机に置いて肩をすくめる。
「これでも小規模なほうだよ。望遠鏡は寮にあるものと同じモデルの改良版だけど、二十年前のものらしいからあんまり綺麗には見えない」
「寮にもあるんだったね。ヴィンスはどうやって使うのかわかるの?」
「ああ。基本的な使い方なら」
二人が話していると、階段を登る足音が聞こえて、シャルルは先生が来たのかと振り返ったが違っていた。黒い髪のネクタイを締めていない生徒。肩で息をしながら、気怠そうに目にかかる前髪を掻き上げたのは、ついこの前火事を起こしたあの生徒だった。確か、名前はロイ。見られていることに気がついたロイは、眉間に皺を寄せたが何も言わず、シャルルとヴィンスから離れた席に座る。なんとなく気まずさを感じて、シャルルはヴィンスと話すのをやめて教科書を見ておこうかと、『天文学入門』に手を伸ばしたところで、授業開始のチャイムが響く。それが鳴り止むと同時に、突如目の前に現れたディキンズ先生に驚いてシャルルが飛び跳ねる。ことん、と歯車が重なった何かが床に落ちる。
「少し遅れましたかね?」
ディキンズ先生は杖を持っていない方の手で落ちた歯車の道具を拾って教卓に置いた。おそらく転移装置の類だろうが、先生がそれを使って教室に来るとはシャルルは思いもしなかった。
「時間ぴったりです」
ヴィンスが淡々と答える。どうやら驚いているのはシャルルだけのようで、なんとなく恥ずかしい気がしつつ姿勢を正す。
「グレイ、リーヴス、ソンと全員揃っていますね。天文学は選択の人気がありませんねえ……」
黒板を動かしながらディキンズ先生がぼやく。口ぶりから、必修のシエロの生徒はこの学年は三人ぽっちと言うことになる。つまり、ロイもシエロの能力を持っていることで、シャルルは他寮にも同じ能力を持つ学生がいることに驚いた。ほぼ確実にシエロはステルクス寮に入るという話を聞かされていたが、その特例が彼なのだろうか。ロイは能力が混合しているミデンだと別の授業で噂されていたのをシャルルは思い出した。
「選択者がいないと寂しいですが、望遠鏡を使う手間が省けるのでその点は嬉しいところです。さて、三人とも道具は持ってきていますね?」
ヴィンスはチェーンの先に手のひらほどの大きさの青い石がついたものをポケットから取り出して机の上に置いた。先日の火事の際に見たものと同じだった。ちらりとロイの方を見てみると、彼は面倒臭そうに右手をひらひらと揺らす。赤紫に見える石が埋め込まれた指輪が親指に嵌められているのがわかった。
「……先生、僕、まだありません」
おずおずとシャルルが挙手をすると、ディキンズ先生は思い出したようにステッキをふる。何もないところから小さな木箱が現れて、それはシャルルの教科書の上に着地した。
「渡し忘れていましたね。能力測定の後で注文したので、リーヴスの魔力に適していると思います。代金は教材費でもらっているため心配しなくてもよろしい。それを開けながら説明を聞いてください」
「ありがとうございます」
ディキンズ先生はチョークで黒板に文字を書きながら教科書の二十六ページを開くように言い、二年生までの授業のまとめを説明し出した。
「この地球が存在する太陽系の復習から。基本事項なので太陽系の惑星ついては王国領内であれば初等学校でも学んでいるはずですね。各惑星の衛星については、地球の衛星である月を代表に……」
教科書のページをめくってから、渡された箱に手をつける。軽い木製の箱は金具で止められていて、それを外し蓋を開けると取扱説明書のようなものが一番上に乗せられていた。「ペンデュラム:エメラルド・プラチナフレームB」と一番上に書かれれている。細かく書かれた手入れの方法は後で読むことにして、黒いベルベットに包まれたペンデュラムを取り出す。細いチェーンの先には、深い緑に輝くエメラルドが菱形にカットされ、楕円状のプラチナのフレームがエメラルドの周りを囲っている。デザインはヴィンスが持っているものと非常に似ており、埋め込まれた石と周囲を囲っている金属細工が少し違っているくらいだ。初めて手にするペンデュラムはシャルルの魔力に呼応して、彼の瞳と同じ色の石の輝きが強まる。シャルルはそれを大事に握りしめて、ディキンズ先生が進めていく解説に耳を傾けた。
◇
リリ、元気にしてる?
こっちはずいぶん寒くなってきたけど、アルカンナはまだ暖かいよね。僕はやっと学園に慣れてきたよ。おじいちゃんから何か聞いているかもしれないけど、母さんの病気は良くなっているみたいなんだ。
学園での勉強は驚くことばかりだよ。教会学校で習ったことと同じものもあるけど、違うことの方が多くて大変だけど楽しいよ。学園と中央病院以外の場所にはまだ行ったことがないけど、どこもアルカンナとは全然違う。写真で見ただけの場所に自分がいるって変な感じだよ。たくさん書きたいけど書ききれないから、今度帰った時に話すね。
魔力が道具を使うだけのものじゃないって初めて知った。リリは知ってた? 魔力には種類があって、僕は珍しい「シエロ」っていう能力なんだって。遠くの星とか月が綺麗に見えるのは楽しいよ。まだ慣れてないけど、同じ能力を持ってる友達が色々と教えてくれるし、上級生も先生もとてもいい人ばかりだ。この間も能力別の授業で筋がいいって言われたんだけど、やっぱりまだよくわからないよ。リリはどんな種類の魔力なんだろうって考えてみたけど、いつも僕のことを元気づけてくれるし、癒しの能力って言われてる「サナティオ」かもしれないなあ。
楽しいこともいっぱいあるけど、時々アルカンナに帰りたくなる。こっちにきて一ヶ月くらいだけど、いろんなことが起きた。生徒の代表みたいな、評議員ってものに選ばれたんだけど、僕はそんなに頭がいいわけでもないし、リリみたいに他の子たちを引っ張っていける自信もないから、なんで僕が選ばれたのか不思議だよ。それに魔物の話もたまに噂で聞くんだ。アルカンナでは全然聞かなかったから、少し怖いよね。
大変なこともあるけど、僕はなんとかこっちでも頑張るよ。色々書いたけど、あんまり僕のことは心配しないでね。学園の購買で見つけたリリが好きな色のきれいな栞を入れたから、使ってくれると嬉しいな。
お返事待ってます。またね
シャルル




