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三章「監督生と評議会」

 揺らめく星の正中である。

 暗い屋敷の中は風のようなざわめきに満ちていた。

 青い炎の蝋燭が灯る廊下を、お揃いの眼帯をつけた子供が二人かけていく。兄弟だろうか、声がよく似ている。

「マスターが大変。マスターが大変だ」

「あいつを呼ばなきゃ」

「Kを呼ばなきゃ」

 囁きとともに、兄弟は廊下を走って、階段を降りていく。一階にいた他の三人の子供に「大変だよ」と告げる。

「Kは今日来るのかな? マスターつらそう? 僕たちどうしようかな?」

 不安そうな兎耳の子供の頭を、梟のような翼の先で一番年上の青年が撫でて、「俺たちは静かにしてような」と微笑む。

「誰か来る、誰か来るよ」

 青白い顔をした背の高い子供が怯えたように、梟の青年の背中に縋る。耳の良い彼らは、遠くからの足音を聞いて、廊下の先、玄関を静かに睨む。扉番の男が来訪者と言葉を交わしているのが聞こえてきた。

 ぎい、と重たい玄関の扉が開くと、真っ白の洋服の男がにんまりとした顔を五人の子供たちに向けた。

「おやぁ? 今日は制服じゃないねぇ?」

 男が玄関ホールに入ると、上着を脱いでその下に隠していた蚕のようなふわふわとした白い羽を伸ばして、ふう、とため息をつく。

「静かにしろよー」

「そうだぞ、静かにしろよな」

 眼帯の兄弟はナイフを取り出して、ぴっ、と男に向けた。

「君たちいつも物騒だねぇ。今日はお使いに来ただけさ」

「本当か?」

 梟の青年が疑り深く白い男を見る。男は白いジャケットのポケットから、紫の封蝋がされた手紙を取り出して差し出す。受け取って中身を確認すると、子供たちがマスターと呼ぶ人の名前が訪問を許可する旨を書いていた。

「伺うと連絡を入れてある。私の上司が」

「……着いてこい」

 梟の青年は他の子供達と別れて、警戒したまま白い男を連れて上階のマスターの部屋まで向かった。

 何かが床に落ちる音、ガラスが割れる音が扉の向こう、部屋の中からしてくる。それとマスターの声と使用人の声も。

「ああ、ご主人さま、どうか今日はもうお休みください」

「いや、まだだ。次まで時間がないんだ」

「今晩は月がかなり照っておりますゆえ、お体に触ります」

「アレのせいなどではないと言っているだろう!」

「ですが、お医者様もそう仰ってお薬をくださって」

「喧しい! 効かぬ薬を誰が飲むというのだ」

 梟の青年は扉の前に立ち、翼を広げて白い男に向き直る。

「さあ、これでも約束通り面会するのか?」

「勿論」

 男は口元に弧を描いて、青年が止めるのも振り払って強引に部屋の扉を勢いよく開け放つ。

「ご機嫌よう。白の大臣より伝令ですよ」

 場違いなほど陽気な声が響く。肩にガウンをかけて、青白い顔のマスターは大きくため息をついて、「Kを呼んでこい。薬は要らん」と告げて使用人を部屋から追い出すと、白い男の後ろで困惑した梟の青年に微笑みかける。

「お前たちはもう寝なさい。うるさくしてすまないね」

「はい、マスター。おやすみなさい」

 梟の青年はお辞儀をすると、他の子供達が待つ階下へ向かった。見送ってから、マスターはまた大きなため息をついて、今度は白い男に向き合う。

「で、今度はなんだ? お前がくるということは良い話ではないだろうな」

「おやおや、大臣様からの有難ァいご忠告と、私が仕入れた新しい『情報』もお持ちしましたのに、そのような言い方はいかがなものかと?」

 応接用のソファに断りなく座る白い男は、懐から一通の封筒を取り出し宙に浮かせる。呆れた顔でマスターは封筒を掴むと、白い男を見やる。

「忠告だと?」

「『星廻りが悪い。君は今より慎重に行動しなければ痛い目を見る』とのことです。非常に慈悲深く、お優しいお言葉ですねぇ」

「顔も見たことがないくせに、よく知った口がきけるものだな、白の大臣殿は」

「ふふふ……」

 心底面白いといった様子の白い男に、マスターは再びため息をついて封筒の中身を見る。白い封筒の白いカードには文字がなく、マスターの指が表面を撫でると黒々とした文字が浮かび上がった。一文読めばその文字が自ずから発火し、読み終えるとすべて灰になって消えた。

「……仕入れ先は前と同じではないな?」

「当然です。あの粗悪なネックレスではよろしくないでしょうからね、私どもにとっても」

 男の答えに深く頷くと、考え込むようにマスターは痛みが増していく自身の左手を見つめた。


  ◆


 シャルルがラナクス学園に転校してきたおよそ一ヶ月後、九月末。学園内のがらんとした広間に集まった学生はみなマントを羽織り、胸に寮の色と数字の書かれたバッジを胸元につけていた。シャルルが初めてこの場所に入った数週間前には、全寮の学生と教職員がいたが、今はせいぜい三十人ほどしかおらず、広間の大きさを改めた感じた。シャルルの隣にたっているヴィンスは、同じ緑寮の上級生と声を落とした話している。聞こえてくる単語が「公爵」だの「後継者」だのという単語から、シャルルには理解が及ばない貴族の話をしていることはわかった。気にはなるが、あまり個人情報に首を突っ込むのも憚られて、手持ち無沙汰に立ち尽くすほかなかった。

「リーヴス」

 肩を叩たかれてシャルルが顔を挙げると、今日この場に呼びつけた当の人物、監督生のクロエだった。

「大丈夫か? 顔色悪いぞ?」

「あ、はい、大丈夫です。ちょっと、緊張してるのかも」

「そんな緊張するもんでもないけど……まあ、初めてなら仕方ないよな。これ制服に付けとけ」

 クロエがシャルルを安心させるように背中を数度叩くと、シャルルの手のひらに小さなバッジを落とした。他の学生がしているものと同じような形をしている。銀色のフレームの内側はステルクスだから緑色で、数字は「3」と書かれていた。

 シャルルは言われるままにバッジをつけて、クロエがヴィンスや他のステルクス生にも同じようなものを渡しているのをぼんやりと眺めた。



 シャルルが戸惑いながら大広間に来た、その数時間前のこと。

 学園の生活にも少しずつ慣れてきた彼は、寮のカフェテリアで朝食を食べ終えて授業の準備をした後、ヴィンスと一緒に寮を出た。風がより一層冷たくて、九月とは思えない寒さだ。

「うう、凍りそう……」

 風が吹き付ける寒さにシャルルが肩を震えさせると、ヴィンスが少し驚いたようにシャルルを見てから微笑む。

「君はこの寒さに慣れないよな。マントを羽織ってたほうがいいんじゃないか? 取りに帰る?」

「ううん、大丈夫。今着たら冬の寒さに耐えられる気がしないから」

「それもそうか。でも、風邪をひかないようにしないと」

 二人が早足に北棟の歴史の教室へと向かっていった。

「学園に魔物が出たんだって‼︎」

「やっぱり、あれ本物だったんだ。怖いね……」

「あの生徒は魔物に操られてたって噂だよ」

 教室に入ると、赤寮の生徒たちがそんなふうに噂していた。

「君が倒れた件の話かな」

 一緒に来たヴィンスが顔色を変えずに耳打ちした。一方のシャルルは「魔物」という言葉に少し血の気が引く心地がした。それに気がついたヴィンスが大丈夫かと声をかけるのとほぼ同時に、近くの赤寮生の噂話が聞こえてくる。

「ロイたちの仕業じゃないか?」

「今日も授業来てないし、あいつリーガフレド出身だし、怪しいよな」

「おい、ラデクに聞こえると面倒だぜ」

 噂好きな赤寮生たちがちょうど入ってきた男子生徒二人を見て口をつぐんだ。端正な顔に気位の高そうな笑みを浮かべているヘーゼル髪の生徒はリチャード・マクドネル、その後ろについて入ってきた赤髪の目つきの鋭い生徒はラデク・ダンヘルだ。彼らは何かとヴィンスに嫌味なことを言うので、シャルルとしてもあまり良い印象がない二人だった。

「魔物が出たんだそうだね。ステルクスの方々が呼び寄せたんじゃないか?」

 リチャードが赤寮生に対して尋ねるようにそう言うと、くすくすと周囲にさざなみが広がる。

「ご立派な『魔法』が使えるだろうな。特に取り替えられた貴族の子供とか、離島の出身とか」

 わざとシャルルたちを見てラデクが言う。シャルルがちらりと隣を見ると、ヴィンスも、同じ寮生のカミーラもアルレットも、何も聞こえていないかのように振る舞い、教科書を開いている。彼らに向けて嘲笑を含んでラデクは言葉を続ける。

「否定もしねぇってことは、リチャードの言う通りか?」

 シャルルは否定をしようと顔を上げたが、何も自分の喉からは声が出てこない。反論すらできない自分が情けなく思えて俯いた。

「何をしているのかな」

 ジュネット先生がタイミングよく現れて、開いたままの教室のドアを後ろ手に閉じた。微笑んでいるが、リチャードとラデクに向けて厳しい目線が投げられている。リチャードが姿勢を正して先生に向き直る。

「おっと……先生。リーヴスは転校生なので去年までの授業の内容を教えていたんですよ」

「その心がけは良いけれど、もう授業開始の時間だ。私が来る前に、君たちは着席しているべきだね」

 軽く舌打ちしたラデクと、取ってつけたような笑顔のリチャードは先生に注意され、他の赤寮生が彼らのために空けていたであろう席に腰を下ろした。

「……リーヴス、大丈夫かい?」

「は、はい」

 シャルルに優しく声をかけるジュネット先生は、微笑むと黒板の前へと向かっていく。その様子に女子生徒たちが密かに「やっぱり素敵な先生ね」「緑寮にも優しいなんて」などと話している声がシャルルの耳に届く。一部の生徒に人気があるのはこれまでの生活でわかってはいたが、こうもあからさまだとジュネット先生の気遣いも好意的に受け取れなくなってしまう気がした。

「さあ、前回の授業の続きから進めますよ。教科書は七十三ページを開いて」

 今日の範囲は偶然にもミラトア王国が初めて魔物に勝利した戦いの話であった。ジュネット先生は生徒たちが教科書を用意したことを確認すると、真剣な表情で話し始める。

「ミラトア・ケーロスの戦いは王国史を語る上で最も重要なことの一つですね。トーリス三世王の治世については前回の授業で進めたように、魔物、いわゆる虚国からの侵略者たちが記録され始めるようになった時代でしたね。ケーロスは現在も王国の南西に存在する島国ですが、その当時から魔物が多く存在している国です。では、最初のミラトア王国とケーロスの戦いがなぜ起こったのか」

 手をあげた生徒に気がついてジュネット先生が頷いて発言を促すと、当てられた生徒が答える。

「ケーロス軍が王国の領土を得ようとして、王国民をたくさん殺したからです」

「その通り。正式にはケーロス軍を含む魔物の軍勢の侵攻です。とても痛ましい事件ですが、先のトリアノス紛争においても記憶に新しく、国同士の争いというのは非力な国民が犠牲になって始まることが多い。そのようなことを防ぐためにも、王国軍や公安が存在しているということです。この魔物との最初の戦いが重要であるのは、初めて魔物の詳細な記録がなされているところにあります。彼らは魔力が非常に強いことと引き換えに、私たちとは違い、人ならざる姿を持っています。例えば、この教科書に記述されているように、水牛のような角のある頭に巨大な人間の体を持っているものや、鴉のような羽が腕の代わりに生えているものなど」

 ジュネット先生が説明を続けていく中、シャルルは教科書の写真をぼんやりと眺めたまま、父レイモンドのことを思い出していた。

「……連合軍が再びこちらに攻めてくるかもしれない」

「じゃあ、あなたが従軍する予定の船は」

「おそらくそちらに向かうものだろうね。でも心配ないさ、ただの調査だ」

「調査って言ったって、この間も研究班の事故があったじゃないの」

「大丈夫だよ、ミニョン。王国軍は強い」

—— 何度か聞いた父さんと母さんの会話はきっと魔物の調査に関することだったんだ

 父さんの死が伝えられる一ヶ月くらい前から、母さんは幻聴や幻覚に悩まされるようになって、頻繁に怯えるようになっていた。

「いやよ、いや、こないで、こないで……!」

「ママ、僕だよ、僕の目を見て!」

「虫が……大変よ、シャルル、にげて……レイモンド、助けて!」

 虫なんかいるはずもないのに、しきりに自分の腕やシャルルの肩を払うような仕草を繰り返すようになり、それからすぐに母さんは病院に運ばれた。

—— 父さんが戻ってくれば母さんはすぐ良くなると思っていたんだけどな……

 医師である父は生きて戻ることはなく、勲章だけがシャルルの目の前に帰ってきた。同じように戻ってきたはずの肉体は棺の中に花に埋もれ、その顔を見ることは許されなかったのだ。もはやあの棺の中におさまったものが、父の亡骸なのかすら怪しいと思わずにいられない。

「……ミラトア・ケーロスの戦いでは、トーリス三世率いる王国軍が見事ケーロスの軍勢を制圧し、約百年ほどケーロス周辺をミラトア王国が支配することになりました。この戦い以降、王国内外の『門戸』と呼ばれる虚国からの侵入が考えられる場所は閉じられる法が定められました。そして、今日の『門戸の日』は王国に多くの魔物が侵攻してきた四月四日に定められたのですね。この一連の流れは非常に重要であるため、しっかり覚えておきましょう」

 ジュネット先生が黒板に書いている年表を写しながら、シャルルは人知れずため息をついた。

 いつも通りな歴史の授業が終わってすぐ、チャイムが鳴るのを見計らっていたかのように、緑寮の監督生が教室へ入ってきた。

「クロエ、どうした」

 ジュネット先生が気づいて声をかけると、クロエはシャルルとヴィンスの二人を指差す。

「うちの呼びにきました」

「ああ、今日だったな」

「はい。……あ、二人とも寮にマント取りに戻れよ。正装じゃないといけないから」

 先生と寮長が話す内容に何のことか全く見当がつかず、シャルルとヴィンスは顔を見合わせた。



「シャルルとヴィンスもいるじゃーん!」

 大広間に明るく響くウィルの声にシャルルの意識が現実に引き戻される。シャルルと同じようにマントの胸元にバッジをつけているが、ウィルのものは青色だ。

「ウィルも評議員になんだな」

 肩を組まれそうになるのを避けながらヴィンスがそう言った。ウィルは行き場をなくした手をそのまま自分の後頭部に回して苦笑する。

「やりたがる人いなくて、俺になったんだけどさ〜、そっちは女の子いないんだね」

 ウィルが不思議そうにいうのはもっともで、クロエが言うには通常、評議員は三年生以上で各寮各学年二人ずつ尚且つ男女のペアが選ばれるらしい。しかし、シャルルと同学年の女子二名—— カミーラとアルレットは今年大事なコンテストを控えているため辞退したそうだ。その旨をシャルルが伝えるとウィルは納得したように頷く。

「そうなんだ! てか、シャルル顔色悪くない? だいじょーぶ?」

「なんともないよ。さっきクロエに同じこと言われたけど……」

「鏡貸そっか?」

「ううん、大丈夫だよ、ありがとう」

 ジャケットの内ポケットから手鏡を差し出そうとしてくるウィルの手を制止して、シャルルは慌てて首を振った。ヴィンスがその様子を見て感心したように「用意がいいな」とウィルに言う。

「俳優たるもの、身だしなみはいつもちゃんとしてないとだろ〜?」

「え、ウィルって俳優なの⁉︎」

「言ってなかったっけ?」

 一ヶ月そこらでは友達が何をしているかなどわからないものなのか、と驚きつつシャルルは再び首を振った。

 一人、また一人とバッジをつけた生徒が広間に集まってきて、赤寮の監督生であるレオナード・サマセットは手を叩いて生徒たちの注目を集める。「あれ、俺の兄さんね」とシャルルに耳打ちするウィル。また驚いて目を丸くするシャルルに二人の友人は破顔した。

「そろそろ始めるぞー。……ジェラルド、ソンはどうした」

「あー……ロイは辞退したので、リチャードが代わりにきます」

 金髪を顎の辺りで切りそろえたボブヘアの女子生徒は赤寮の監督生からバッジを受け取りながら、気だるげに答えた。

「マクドネルか。まあいい。一緒に来なかったんだな」

「評議会に必要な資料をとりにいってます。オークス先生に頼まれて……」

「お待たせしました」

 示し合わせたかのように、リチャードが得意げな表情で箱をいくつか浮かせてやってきた。あまりに重そうなものを一度に運んできているために、何か魔法道具を使っていることは明らかだった。それを見た青寮の監督生であるノーランドは苦笑しつつ受け取る。

「資料を持ってきてくれてありがとう。だが、教室外の移動で魔法道具を使うのは次からは控えるようにね。一応校則だから」

 一瞬表情を崩したリチャードだが、シャルルたちもいることに気がついたようで、咳払いをして「気をつけます」と微笑んで答えた。

 サマセットが周囲を見渡してから、壁際に立っていた先生に会釈する。

「みんな集まったところだし、始めようか。ファン先生、よろしくお願いします」

「おう。まず、俺の授業に出てない子たちに自己紹介をしようか」

 呼ばれて前に出てきた先生は、シャルルが転校してきた初日に少し声をかけてくれた人だったことを思い出す。シャルルを見つけて、ファン先生もそれに気がついたらしく、ニッと口角を上げた。

「俺はファン・ジョンウ。技術魔法と生徒指導を担当している。昨年度から評議会の監督教師だ。評議会は学生主導の自治組織だから、俺は君たちにほとんど全て任せる。何か大人や教師の手が必要な時に助けるから、気軽に声をかけてくれ。基本的に監督生を頼りにしろよ。んじゃ、あとは好きに進めてくれ」

 軽く手を上げて進行を監督生に丸投げすると、再び壁際へと戻って適当な椅子に腰を下ろした。本当に何も口出しする気はないらしい。咳払いをしてサマセットが話を続ける。

「今回は新学年の評議会の顔合わせってことで集まってもらった。みんな、評議員のバッジは渡されているな? いつもそれを制服につけていてくれ」

 顔合わせだけかと安心してシャルルが少し肩の力を抜いたところで、リチャードが持ってきた資料レジュメがシャルルの手元にも配られた。今日の日付が書かれた表紙付きで数枚の紙が束ねられている。開いてみると、「評議員の基本」や「生徒代表としての心得」などと書かれている。

「資料も渡ってるな。適当に最初の数ページを見ながら話を聞いてほしい。例年、評議員の仕事は学園内に秩序を保つための生徒による自治活動だ。基本的には、校則を守るように注意したり、生徒間のトラブルがあれば先生に報告しにいったり、場合によっては監督生の手伝いのようなこともしてもらう。生徒の意見を集める場としての評議会を今日みたいに定期的に行うので、各寮の監督生としっかり連絡を取り合うように」

 サマセットは他の生徒がついてこれているのか確認するように見回すと、数度頷いてからノーランドに目線をやる。微笑んだノーランドが一歩前に出るとシャルルを含めた生徒たちの視線が集まる。

「本題は僕とシュウが続けよう」

 上背もあり少し威圧的な見た目のサマセットとは違い、髪も長く線の細い体型で中性的なノーランドだが、立ち居振る舞いは二人とも騎士的なものだ。シャルルは噂に聞く二人が有力貴族の子息だというのを間近に見て納得した。明らかにシャルルが島で交流していた人たちとは違うし、隣で冊子を読んでいるヴィンスも貴族だというが監督生たちは少し異なる印象を持たせる。一挙手一投足が上品という感想をノーランドたちに抱かずにはいられない。

「資料の最後二ページ分を見ながらアランの話をよく聞いててくれよ〜。わかんないとこがあったら、後で俺に聞きに来な」

 一方で、杖の先についた石をいじりつつ、そうやって眠そうに話しているクロエにはシャルルは親近感を覚えていた。そんな同期に微笑みを向けると再びノーランドが口をひらく。

「単刀直入に今回の評議員の任務を説明すると、生徒指導だ」

 上級生の、おそらくは何度も評議員をやっている生徒たちが不満そうな声を上げるが、ノーランドが軽く片手を上げると皆静かになった。

「面倒なのは理解できるけど、今回は事態が特別なんだ。資料の赤線で囲んでいるところを見てもらえるかな。六ページ目だよ」

 言われた通りに資料の六ページを開いて、目立つように赤い枠に収まっている文章を読んでシャルルは息を呑んだ。以前の生徒が亡くなったという事件についてだ。シャルルはディキンズ先生に言われた通り、ヴィンスやウィルにも口外することなくこの日まで来ていたが、噂が広がっているためか、学園はついに生徒たちに周知させることにしたようだ。評議会に集まった学生もざわついている。ノーランドは咳払いをして続ける。

「残念ながら先月あった事件での被害者になった学生は、中央病院に運ばれたのちに死亡が確認された。冷たいと思われるかもしれないが、どうか気持ちをそちらへ入れ込みすぎないでほしい。僕たち監督生と評議会は、この事件に関連して広がっている噂への対処を行うように指示されている。みんな知っての通り、魔物の仕業だという噂や、特定の能力を持つ学生を陥れるような噂だ」

 ちらりとリチャードがシャルルとヴィンスがいる方へ冷たい一瞥を投げてくる。シャルルはそれに気がついたが、どうにも居た堪れなくなり、手元の資料に視線を落とす。

「まず、この学園の警備や施設の構造上、魔物が侵入することは不可能だ。そして、特定の能力を持つ人物が魔物と同じであるとみなす行いは人権侵害行為で、つまり王国法に反する。根拠のない噂話を流して不安を煽るような言動をしている学生を注意し、場合によっては先生方へ連絡するのが、評議会に任された仕事だ……ここまでが今回の連絡事項だけど、良いかな?」

 資料に目を落としたままシャルルは小さく頷いた。開いたページにはニウェース聖区にある施設は全て、虚国を含み外部からの侵入を防ぐための大規模で複雑な保護魔法がかけられていることや、魔物の侵入経路となり得る「虚星の門戸」と呼ばれる場所は王国軍と公安省によって厳重な管理がされている旨が記されている。

「では、同学年の評議員はここで軽く挨拶をして各自解散としよう。同じ寮のものはそれぞれ戻ってから確認しておくこと。質問があるものはここへ残ってクロエに聞いていってね」

 ノーランドがそういうと、サマセットが各学年が集まる場所を簡単に指定し、シャルルとヴィンスは、ウィルやリチャードなど同じ三年生の評議員たちと顔をあわせた。

「軽く自己紹介しておしまいにしよっか」

 ウィルが場を和ませるような笑みを浮かべて見回す。シャルルとヴィンスが頷くと他の生徒たちも同意するように頷いたが、リチャードは名状し難い表情で腕を組んだまま何も言わない。

「えーと、じゃあ俺からね。ウィリアム・サマセット。赤寮の監督生レオナルド・サマセットの弟です。ロゼア出身で趣味は劇場のレア音源を集めること! はい、次」

 そう言って隣に立っている青寮の女子生徒の方を向いて順番を振る。彼女は大きな目を数度ぱちぱちと瞬かせてから淡いブロンドの前髪を整えるように少し触ってから口を開いた。

「ポーラ・シモン。出身はサシュゾン。あたしの好きなものは、んー、キラキラしてる可愛いもの」

「よろしく、ポーラ。じゃあ、次は……」

「赤寮のリチャード・マクドネル。ポムファ州マクドネル伯爵領出身。以上だ」

 進行してくれているウィルがシャルルたちの方を向いたためか、リチャードが喰い気味に自己紹介を簡潔に終わらせる。もう一人の赤寮の女子生徒はそれに呆れたような目線を投げかけてから、ため息をついた。

「エミリア・ジェラルドです。外部のイタリアって国から来ました。よろしく」

「あ、君って特別生だったんだね。よろしく〜。じゃあ最後はステルクスの二人」

 当てられるのにドキドキとしていたシャルルはウィルの笑顔を向けられて急に言葉は出ず、もごついていると、ヴィンスが先に自己紹介をしながら、シャルルの背中をこっそりと支えた。

「僕はヴィンセント・グレイ。出身はロゼアだ。一年間、評議員としてよろしく」

 シャルルに目線を向けて軽く頷いたヴィンスの優しさにほっとして、シャルルはやっと口を開く。

「シャルル・リーヴスです。アルカンナ島から転入して、わからないことが多いけど、頑張ります」

 なんだか恥ずかしさに顔が赤くなっているのを感じて、シャルルはお辞儀をするように顔を隠した。


  ◇


 休日を迎え、生徒たちが思い思いに過ごしている昼下がりのラナクス学園。その敷地内、白樺の森の入り口に近い場所に静かに佇む教会の内部で、常ならばあるはずもない大きな音が建物内に鳴り響く。大きな何かが割れたような音に、その時、業務に当たっていた数名の術師たちと、祈祷の準備を行なっていた寺院の管理者——ウォレン・カルマン主卿は驚いて音がした場所へと駆けていく。

 誰よりも早く物音がした部屋に辿り着いたカルマン主卿はその光景に言葉を失った。

「主卿! お怪我はありませんか」

 後からすぐにきた術師の一人が扉の前で立ち尽くしている背中へ声をかけると、主卿は蒼白した顔で振り向く。次々と走ってくる他の術師たちにも聞こえるように主卿は声をあげた。

「聖鏡が割られている……!」


  ◇


「また招集ですか?」

 前回の評議会の集まりから一週間しか経っていないのだが、終業後のシャルルとヴィンスの部屋へ監督生のクロエがやってきて「今から評議会だ」と告げにきた。先に食事を終えていたシャルルだけがその連絡を受けた。

「大至急。俺は他の学年を呼んでくるから、グレイと一緒にすぐに大広間へ向かってくれ」

「わかりました」

 急いで出ていくクロエを追いかけるように、自分とヴィンスのマントを引っ掴んで自室を後にしたシャルルは、寮のカフェテリアに向かい、一人で静かに食事をしていたヴィンスに声をかけた。彼らは並んで駆け足に大広間へと向かった。空は重たく、どんよりと曇っている。

 大広間の入り口でちょうどウィルとポーラに鉢合わせた。二人とも突然の招集にシャルルたち同様に驚いているようで、「なんのことで呼ばれたかわかんない」と口を揃えて言っていた。

 広間にはすでに同学年で赤寮のリチャードとエミリア、上級生の評議員たちもたくさん来ていた。

「相変わらず、変わり者集団の寮は遅いな」

 リチャードがシャルルたちが来たことに気がつき、これ見よがしに声を張る。呆れた表情のエミリアはリチャードをちらりと見ただけで一言も発さない。青寮のウィルとポーラも一緒に大広間に入ってきたものの、明らかにシャルルたち、ステルクス寮の二人に向けて言われていることはリチャードの目線からわかる。

「関係ない話をする暇があれば、手伝いでもしてくれればいいんだが」

 溜め息混じりに赤寮の監督生、サマセットがリチャードの肩を軽く叩いて諌める。自寮の監督生が相手では分が悪いと思ったのか、苦笑してリチャードはそっぽを向いた。シャルルたちを気遣うように「寮ごとに集まっていてくれ」と声をかけるサマセットは後方に向かって手を挙げた。その様子にシャルルが振り返ると、クロエとノーランドが急足にやって来た。その後ろには見慣れない服装の、教職員ではないことは明らかな人が着いてきていた。

「みんな居るな?」

 息が上がった様子もなく、クロエが厳しい目つきでその場を見渡した。手に持った資料の半分くらいの量をサマセットに渡すと、それをシャルルたち、評議員に配りながら話を続けた。

「今日集まってもらった理由を端的に言えば、生徒の誰かが教会の道具を破壊したそうだ。不審な動きをしている生徒がいないかこれまで以上に注意してほしい」

 ざわついている他の評議員たちと同じように、シャルルも手渡された一枚の紙に目を落とした。大きな鏡らしきものが、何者かによって故意に破られているらしい。ノーランドが背後に立っていた人物へ目配せする。白を基調として薄紫色の装飾が入っていて、やけにヒラヒラとした服装の人物はラナクス学園の敷地内に建っている寺院から来た人物らしい。クロエが頭に被っているものとよく似た、平べったい帽子を被ったその人は、軽く会釈をすると手に持った大きな歯車のような形の道具を抱え直した。

「術僧のガーウェンです。急ぎですので、今から皆さんに教会へ来ていただきます。私の周りに集まってください」

 一体何をするのだろうと首を傾げたのはシャルルだけだったようで、他の評議員たちはすぐさま動いたが、彼だけ出遅れた。ヴィンスがシャルルを振り返って小声で、「あれで転移するんだ」と教えてくれた。

「半径五メートル以上に出ないでくださいね」

 ガーウェン氏がそう言うと、クロエは持っていた杖を一振りして、少し離れたところにいたリチャードを引き寄せる。バランスを崩したらしいリチャードの腕をエミリアが雑に引っ張ったのがシャルルに見えたが、ガーウェン氏が大きな音をさせて歯車を動かしたため、注意がそちらへと移る。金属が引っかかり合う音に顔を顰めると、転校初日にディキンズ先生が行ったようにシャルルたちの周囲に壁のようなものが出来上がっていく。今回は水はないが、代わりにシャルルたちの足元に大きな魔法陣が現れて、光の壁が彼らを包み込んでいった。


 薄氷が砕けるようなしゃらしゃらという煌びやかな音と共に光の壁が崩れると、評議員たちはラナクス学園の北側、白樺の森の入り口にある白い建物の前に立っていた。

「……ここは?」

 シャルルが思わず呟くと、ヴィンスがそれに気がついてまた耳打ちをする。

「学園寺院だよ。あっちが僕達がいた校舎」

 ヴィンスが振り返ったのでそれに倣うと、遠くに学園の建物が見える。こう見ると複数の塔が集まって、一つの大きな城のような形に見えた。学園では転移はできないはずだが、今回のような特別な道具があればできるのだろう。シャルルはヴィンスに小声で礼を言って、他の評議員たちと共に白い寺院の中へと入っていった。

 シャルルは寺院の中の光景に息を呑んだ。建物内は外見でわかるよりも随分と広さがあるように思える。高い天井や正面の大きな窓が目につく。空が見える窓の前には祭壇らしきものがあり、よく見えなかったが何かが祀られている様子だった。ガーウェン氏と同じような服装の人々が二人ほどいるだけで、他に誰もいないようだった。彼らも術僧なのだろう、評議員たちが入ってきたのに気がつくと軽く会釈をして仕事に戻っていった。ガーウェン氏の後を歩いていく集団の一番後ろをついていきながら、シャルルはヴィンスが説明してくれる言葉に頷いていた。

「ここは中央寺院の次にニウェースでは重要な場所なんだ。色々と祀られているのもそうだし……」

 祭壇の前へと彼らが近づいてと再びそちらへと目を向けたとき、そばの柱の影に子供がいることに気がついてシャルルとヴィンスは目を丸くした。入ってきた時は大人以外に見えなかったのに、学園の生徒にしては幼い見た目の十歳ほどの子供が居たのだ。菫色の髪の、少女とも少年とも言えそうなその子は、背の高い机の端に座ってぷらぷらと足を動かしていた。シャルルたちの視線に気がついたのか、にっこりと微笑んだ。

「きみたちシエロだね」

 若葉のような声でその子がシャルルとヴィンスに話しかけてきた。他の生徒たちはガーウェン氏と共に祭壇横の扉を通って別の部屋へとすでに入って行っていて、この子供には気がついていないようだし、ゆっくりと歩いていたために遅れているシャルルたち二人に向けて言っているのは明らかだった。驚いて彼らは目を見合わせると、怪訝な表情を浮かべてヴィンスが代わりに頷いた。

「やっぱり! きみたちがくるの待ってたんだ」

 嬉しげな笑い声を上げると同時に、別の扉から誰かが出てきた。マントを何重にも羽織っているような重たそうな装束を着て、背の高い帽子をかぶっている男性。寺院の関係者なのだろうということは明らかだが、術僧の衣装と似ているようで異なっている。シャルルたちと子供が話しているところに気がつくと、その人物は呆れたようなため息をついた。

「フローラ、また遊んでいるのかい」

 フローラと呼ばれた子供は、「しまった」という表情を浮かべて机から飛び降りると、逃げるように寺院の扉へと走っていく。その様子を再びため息と共に見送ると、男性はシャルルとヴィンスに向きなおり口をひらく。無表情だが声は柔和だった。

「評議員だね? こちらへ」

 男性の後について、シャルルたちは他の評議員たちが既に居た別の部屋へと入っていく。そこには先ほど資料で見た鏡の破片が隅に寄せられ、鏡自体には白くて大きな布が被せてあった。シャルルたちは目立たないように、評議員の集団に紛れ込んで、ガーウェン氏が話す内容に耳を傾ける。

「生徒さんが犯人である可能性がある今、公安に調査をお願いして大ごとにする前に、皆さんの方で……ああ、カルマン卿。おいでになりましたか」

 シャルルたちと入ってきた男性に気がついたガーウェン氏が、深くお辞儀をする。

「どこまで説明しましたか」

「ほとんど何も」

 それを聞いて、ぼんやりしていて話を聞きそびれたわけではなさそうだ、とシャルルは胸を撫で下ろし、ガーウェン氏に変わって評議員たちの前に立つ男性——カルマン卿に目線を向けた。

「学園寺院主卿のウォレン・カルマンです。教会側としても大変心苦しくはありますが、監督生と評議員の皆さんにご協力願いたく、集まっていただきました」

 表情を変えずにカルマン卿は言葉を続けた。

「すでに周知されているとは思いますが、先日この寺院で保管していた聖鏡が何者かの手によって破壊されていました。魔力の痕跡があったものの、教会が情報を保持しない異種の魔術道具が使われていました。また、この部屋の鍵は私とガーウェンだけが管理しており、他の職員の携行品は厳重に管理しています。他の術僧が行ったとは考えがたいと結論づけました。加えて、寺院に設置してある監視鏡の記録を確認したところ、学園のマントを着用した学生らしき人物の出入りがありました。したがって、学園の先生方との協議の末、評議会の皆さんにも再発防止のために協力していただきたいと思っています」

 カルマン卿が一息ついたところで、評議員たちの間にざわめきが起こる。シャルルの耳には、学園内の窓やら花瓶はまだしも、これまで寺院のものが生徒に壊されたという事件は一切なかったらしい、と言うことが聞こえてきた。それに、授業や祭典以外に生徒が寺院に出入りすることは稀だ、と言うことも。

 シャルルは身近に島の教会があったため、神聖な場所で何かが壊れる、壊されると言うことが非常に重大な事件であることはよく理解しているつもりだ。ゆえに、聖なる鏡と呼ばれているものがこの寺院にとってどれほど重要で、それを壊した犯人が正常な状態でないのだろうと言うことは想像に難くない。人々が大事にしてあるものを、傷つけ、壊すなんてことをした人は必ず罰を受けることになる、とシャルルが居た島の教会学校では散々聞かされてきた。

「再発防止、ということは、犯人を発見することが目的ではないと?」

 ふと気づいたようで、クロエが軽く挙手をして尋ねた。カルマン卿はそれに頷くと、ガーウェン氏に目配せをした。それを合図にガーウェン氏は部屋の隅にある机から手のひらほどに二つ折りにされた紙を評議員たちに渡していく。

「左様です。犯人の調査に関しましては、未知の魔法道具が使われいることを考慮し、教職員の皆様と当寺院の術僧たちで行います」

「こちらが、監視鏡に残った記録による犯人らしき人物の情報です。先ほど、当寺院の術僧が解析を終えたばかりのものです」

 シャルルとヴィンスは二人で同じ紙切れを覗きこむように見た。輪郭が朧げではあるが、マントのフードを被り、手には何かの道具を持っている後ろ姿が写し出されている。マントの淵を彩っている所属寮の色は判別できないが、シルエットだけ見ると学園の生徒と言って間違いはなさそうだった。

「認識阻害の魔術も使われていますね」

 ノーランドが写真を傾けてあらゆる角度から見て言うと、ガーウェン氏は驚いたように目を見開いて二度頷いた。

「よく分かりましたね。寺院内の監視鏡を全て確認しましたが、そのどれもが朧げなものしか残していなかったため、生徒だろうと言うことは分かれども、寮まではこちらでは解析できませんでした」

 一通りの説明を受けた後、シャルルたちは「この情報は他の生徒には教えないように」と念を押されて、再び転移魔法で学園の大広間へと戻った。



 ◇◇◇


 風が窓を吹き抜けていく。ガラスが立ち尽くしている少年の足元に散らばっていて、メイド長はその光景を見て主人に報告しに走っていった。窓のそばに置かれていた花瓶も、突風と共に倒れて割れてしまっている。水がこぼれ、散った花と葉が風に舞う。

 騒ぎに気づいた執事が他の使用人に指示を出し、メイド長に呼ばれた主人が足音高く少年の元へと

「またお前か!」

 主人に怒鳴られた少年は一瞬肩を震わせたものの、表情はなく自分自身の手元をじっと見ていた。ガラスの破片が飛んで、チェーンを握る白い拳に赤い切り傷がついている。

「あれほど家の中で魔法を使うなと言っていたのに、自分で壊れたものを直せないだろう」

「ごめんなさい、父上」

 少年はまたチェーンを強く握り直す。自分が家族と異なる魔力を持っていることに、ずっと恥ずかしさを感じていた。

「そんな様子では父上の跡など到底継がせられません。ジョージの方がよっぽど……」

 父の横に立って眉間に皺を寄せる母は、後ろに隠れるように立っている幼い弟の頭を撫でている。

「次からは気をつけます、母上」

 無表情に頭を下げる少年は、手に握った宝物を誰にも取られないように、そっとポケットに入れた。


 ◇◇◇


 寺院の一件があった翌日、噂好きの生徒たちのよって瞬く間にこのことは学園中に広まっていた。評議員たちは、不審な言動をする生徒がいないか周囲に気を使うのと同時に、特定の人を名指しして、その人物がやったなどという根拠のない話をしている各寮の生徒たちを注意もしていた。シャルルとヴィンスが授業と授業の間で教室を移動するときなどには、「魔物のせいだ」などという、これもまた根拠のない噂で不安がっている一、二年生たちを宥めていた。

 評議員としての仕事をしながらようやく辿り着いた東棟の教室の前で、シャルルは教科書を見て右往左往していた。その隣で腕を組んでいるヴィンスは、ちらりと懐中時計を確認した。針は授業開始の二十分以上前を示している。

「……うう、やっぱり、緊張する」

「前に褒められてたし、大丈夫だと思うけど? 少なくとも、僕よりは筋はいいって言われてたし」

「そ、それは……」

 この日は能力別の授業で初めての小テストの日なのだ。能力別の授業はシエロは人数が少ないため縦割り、すなわち他学年の学生もいる。全員同じ寮なので特別心配いらないとヴィンスには言われていたが、先輩たちに見られていると言うことを考えると、シャルルはどうしても緊張せざるを得ない。もっとも、シャルルとヴィンスを含めて、シエロの能力別授業には五人しか生徒が来ていないので、緊張するようなものでもないのは彼自身もよく分かってはいるが。

「難しいことは何もしないはずだよ。天測庁の予報で答え合わせができるものだし、何年、何十年も先の星を読めなんて試験じゃないよ。星読みが苦手な僕でも、去年の小テストは難しくなかったよ」

 それはヴィンスが優秀だからなのではないか、と思ったが口には出さずに、シャルルはさっきからずっと手に握っているペンデュラムを見つめる。窓の外からの光を取り込んで、きらきらと若草色に煌めいてシャルルの腕を照らしている。

「不安なら、ペンデュラムの整備でもするかい? まだ時間はある」

 ヴィンスが自身の青い石のペンデュラムをジャケットのポケットから取り出した。初めて聞く言葉で、目を瞬かせたシャルルは自分の手元とヴィンスのものとを交互に見やる。

「整備って、どうやるの?」

「うん、見せてあげる。座ろう」

 廊下の窓際に置かれているベンチを指してヴィンスが答える。二人が腰を下ろすと、影に青と緑の光がちらちらと揺れて重なっていた。

「必要なのはハンカチとか柔らかい布」

 ヴィンスが白いハンカチを取り出す。Gの文字を模った豪奢な刺繍がされていることに気がついた。やはりヴィンスの家が大きいのだとほぼ確信めいたものを理解して、シャルルはなんだか気が遠くなる気持ちだった。

「ん? どうしたの、ハンカチなければ僕のを貸すけど」

「も、持ってるよ!」

 シャルルは急いでジャケットのポケットに手を突っ込んで、以前祖父にもらった花の神マルガリア様の紋章が入ったハンカチを取り出した。ヴィンスがそれを認めると、自分の膝の上にハンカチを広げる。

「これの上にペンデュラムを置いて……ああ、この刺繍か」

 ヴィンスはシャルルの目線に気がついて頷く。目は口よりもものを言うとはよく言ったもので、ヴィンスはシャルルが何かを言うより先に「グレイ家の紋章だよ」と答えた。

「……大きなお家なんだね、立派な刺繍だもの」

「まあ、一応ね。父親が侯爵ってだけだ。僕はただの子供」

 肩をすくめたヴィンスは唖然とするシャルルをよそに、ペンデュラム整備の説明を続けた。あまり深掘りされたくないのだろうと思って、彼の家について尋ねるのを止した。

「石を留めている金具があるだろ? ……そう、それが緩んでないか確かめて」

 ヴィンスの見様見真似で、シャルルも自分のペンデュラムに触れる。八面体にカットされた魔法石を丸いフレームで囲っている。この二つを接続している金具は細かな装飾がついたボルトのようなもので、シャルルのものはそれほど使っていないからだろうか対して緩んでもおらず、頑丈に絞められていた。

「大丈夫みたい」

「次は、ペンデュラムとチェーンがちゃんと繋がってるか見るんだ」

 言われた通りにチェーンに緩みがないか、ペンデュラム側の金具にも不具合はないかを確認する。最後に、ハンカチでフレームと魔法石を磨いて終わりだ。シャルルのものは金具の不備も一切なかったが、じっくり点検をして磨いたからか、先ほどよりも手に馴染むような感覚がした。

「魔法道具はこうやって整備して、自分の手に合わせていくんだ。僕のはもう三年使っているからこのあたりが緩みやすいんだけど、能力を使う時にすぐに僕の魔力に反応してくれるようになった」

 ヴィンスはフレーム自体についている小さな石をハンカチで磨きながら、少し楽しそうに微笑んだ。シャルルはそれを見て少し安心した。この後ある小テストのこともそうだが、時折ヴィンスがシエロの能力を疎ましく思っているのではないかと感じられる言動が気になっていたのだ。少なくとも、シエロに関わる、ペンデュラムは大事なものとして扱っているのだと分かって、シャルルも同じように大切にエメラルド色に輝くペンデュラムを磨いた。

 そうやって、二人が静かに授業の開始時間を待っていると、コツコツと階段を登ってくる音が聞こえた。シャルルが見上げると、薄いブルーグリーンのロングヘアの生徒が眉を下げて微笑んだ。彼女は上級生、七年生のブランシュだ。その後ろからは黒髪のボブへアの五年生、ターディフも少し早足に続いてきた。

「二人とも早いね。まだ五分以上前だよ。あら、ゾニアも」

 ブランシュはいつも授業に一番乗りであるため、すでに着いていたシャルルや後ろから来たターディフに驚いているようだった。彼女はブランシュに話しかけられて、すこし恥ずかしがるように教科書で口元を隠しつつ頷く。

「テストなので……」

「そうだね。リーヴスくんはテスト初めてだよね? 緊張してない?」

 優しく微笑んで尋ねてくれる先輩に、シャルルはちらりと隣を見てから頷く。

「はい、ヴィンスと話していたので、少し落ち着きました」

「よかった。私も初めてはすごく緊張したんだ。友達がいると心強いよね」

 またシャルルが頷くと、ヴィンスは小さく「そうか、友達……」と噛み締めるように呟いた。どうしたの、とシャルルが尋ねようとしたところで、クロエが溌剌とした声でブランシュに声をかけたのでやめた。

「ミュリエル、おはようさん〜……って、みんな揃ってる。偉いな〜!」

 ちょうど示し合わせたかのように授業前のチャイムがなり、五人の生徒は教室へと入っていく。


 授業が始まると、いつものように担当のディキンズ先生が転移装置で教室に現れた。先生は杖を振って蓋付きの籠を用意し教卓に載せる。

「さて、今日は予告したように小テストをしますよ。テキストは全てこの箱の中に入れて、自分のペンデュラムや杖だけを手に持ってくださいね」

 上級生とヴィンスを見習って、シャルルも持っていた教科書とノートを籠の中に入れた。ペンデュラムはチェーンで首からさげて、ヴィンスの隣へ立つ。クロエはいつも携帯している翡翠が上部に飾られているステッキを持っていて、ターディフはシャルルたちとは形状が異なるが、同じくらいの大きさのペンデュラムを手に持っている。ブランシュの方は首にかけられるようなタイプではなく、一本のチェーンの両端に違う大きさの雫型の石が付けられているものだ。全員が異なる魔法石を使っているため、太陽光を反射して教室内が鮮やかに彩られていた。

「よろしい。では、箱の横に置いてある紙と自動筆記ペンを持って、一人ずつ北側の窓辺に立ってください」

 ディキンズ先生に言われるまま、シャルルたちは紙とペンをそれぞれ一つずつ受け取り、他の生徒から離れて窓際に立つ。カンニングを防ぐために広い教室に五人がバラバラに分かれている。シャルルから二つ机を挟んで右の方にヴィンスがいる。窓辺に立っているのはこれから「星を読む」ためだ。

 星読みとは、空に数多ある星々の動きと、それによって生じる魔力の変動を読み取るもの。この魔力の変動は、大規模な魔法道具や一部の人々に影響を与えるため、気象予報と同じくらい重要な情報だそうだ。教会内部にある天測庁という組織が、星読みの情報を気象予報と同じように毎日王国中に発信していて、シエロの能力別授業は天測庁が出すデータを参考に進めることが多い。したがって、占星術や天文学とは似て非なるものであるが両方の知識と、そしてシエロの魔力が必要だと言うことだ。

 初めての授業ではどんなものなのか全くわからずに困ったものだったが、やってみるとシャルルはどうやら本当に筋がいいらしいと言うことがわかった。それはともかく、初めてのテストの緊張は完全には拭えず、何度も何度も頭の中でやり方を一から順に思い出してシミュレーションしていた。

「では、今回は今学期初めてのテストですから、簡単にしましょう。まず天の北極に位置する七連の星々の現在の位置を天の経緯度を用いて測定しなさい」

 ディキンズ先生が教卓の後ろ側に回って、黒板に白いチョークでテストの内容を書いていく。

「二問目は精度が高ければ加点します。七連の星々の中心である北極星に注目しなさい。北極星において守護者である天帝が司る魔力の種類は、主にフォルツォに影響するものであるため、魔力スペクトラム中のフォルツォ数値を本日正午と明日正午で読み取り、その間の変動値を十段階で計算しなさい」

 その指示だけ聞くと大変難しそうなものだが、一つずつ手順を追って進めていけばできそうだ。シャルルはペンデュラムに指で触れて外の景色に意識を向けていく。

「では、始め」

 ディキンズ先生の合図とともに生徒達はそれぞれのペンデュラムなどを窓の外に向け、自動筆記ペンに触れた。基礎魔術の授業で使ったもののと同じように、魔力に反応して自動的に図や数値などを書き出してくれる魔法道具だ。先生が用意したものだから、不正ができないようになっているのだろう。そして、ペンデュラムやステッキは星読みを行うためにその力を最大限に引き出してくれる。

 シャルルは天の北極へと視線を向ける。魔力によって彼の目には夜のように星々がはっきりと映る。北極星はその中で一際明るく輝いている。それを起点に、連なっている七つの星々 —— 一般に北斗七星と呼ばれるそれらの位置を順に確認する。ここまでは天文学で行うこととほとんど同じだ。シャルルは一度意識をペンと紙へ戻した。紙面には星々の経緯度を示す数値が書かれている。彼にはそれが正しいものか判別することはできないが、ひとまず一問目に取り組むことができて安心した。二問目に取り組むために再びシャルルは窓の外へ、明るい空へと視線を移した。

 北極星は位置を変えず、天の北極で煌めいている。シャルルの目には虹のような光が映っている。それが魔力のスペクトラムだ。フォルツォがどれを示しているのか、星読みを始めたばかりのシャルルには難しいものだ。どうすれば良いかわからなくなっていたが、ともかくペンを動かそうと指を触れた。さり、さり、とゆっくりペンが動いていく音がする。意識を遠くの星へと向けていくにつれ、先ほどと同様に夜のように視界は暗く、インクを散らしたような星空が広がっていく。

——フォルツォはどれだろう……

 シャルルが心の中で呟いた時、シャルルは自分が建物もない丘の上、満天の星空の下に立っているような心地がした。そう思えば、女性の声とも男性の声とも取れる囁きが耳に多層的に響く。気味の悪さよりも心地よさを感じるそれは、何か言葉を発しているようだった。

—— 誰? なんと言ってるのだろう……?

 風に揺れる木の葉のような、浜辺を打つ漣のような、音、声は次第に一つに重なった。

「……『◆◆◆』」

 深いその音に驚いて後ずさる。同時に、北極星へ向けられていたシャルルの意識は教室に戻っていく。急激な視界の変化に目を擦り近くの机に手をついた、その拍子にがたんと大きな音が鳴る。

「今のは……?」

「シャルル?」

 隣にいたヴィンスが声をかける。シャルル以外はみんなテストの回答を終えていたようで、彼に心配げな視線を送っている。ディキンズ先生も少し驚いた様子でシャルルに駆け寄る。

「眩暈でもしたか?」

「いえ……」

 首を横に振って、シャルルは自分の答案用紙に視線を落とす。二問目の数値も書かれているのはわかったが、最後に聞いた不思議な音のせいなのか、最後の方の文字はぐちゃぐちゃで読み取りにくいものになっていた。

「もしかして……何か聞いたの?」

 シャルルの様子を見ていたブランシュが、どこか期待するように尋ねる。その言葉にハッとしたのか、ディキンズ先生がシャルルの肩を掴んで同じことを繰り返し聞いてきた。

「聞いたか?」

 シャルルが恐る恐る頷くと、驚きの声が教室に満ちる。

「声が聞こえるようになるとは!」

「こ、声?」

 シャルルは不安げにヴィンスを見るが、彼も見当がつかないようで首を横に振っている。代わりにディキンズ先生が、シャルルの回答用紙を見て唸りつつ答えた。

「『星天の声』だ。純粋なシエロで、非常に強い星読み能力を持つものだけが聞こえる、天界の神々からのメッセージだ。この学校でそれが聞こえるものはほとんどいない。リーヴス、君はとても筋がいいぞ」

 感嘆する先生や先輩たちの声にうろたえたシャルルが再び窓を振り返ると、明るい昼の月が蝋燭の先の炎のように僅かにゆらめいたように見えた。

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