中学生編①カウンセリング
保健室の隣にある狭いカウンセリングルーム。クリーム色のロールカーテン越しに柔らかな陽が差し込んでいて部屋の空気は湿っていた。この空間は不快よりの普通だ。
僕はソファに寝そべるように座っていた。つまらない映画を切るか惰性で見続けるか悩むような姿勢。
目の前のカウンセラーのことを一切見ようとはしなかった。
肘をついて、頬杖をついて、顔は壁の方を向いていた。窓の方を向いたらグラウンドに向かうクラスメイトと目が合うかもしれないと思った。カーテンは閉まっているのに。
「今日から、よろしくお願いします」
丸机を挟んで座るその人は、今まででのカウンセラーの中でいちばん若かった。
白いブラウスに紺色のカーディガン。大学生のようにも見える。下めの一本結び。陰キャだ。
「5人目」
カウンセラーの「お願いします」という言葉に、僕は早口でそう言い返した。今まで黙り続けていたから上唇と下唇がぴったりくっついて発話するのに少し時間がかかった。
「え?」
「あなたで5人目のカウンセラー。つまりあなたの前に4人辞めたってこと」
カウンセラーは何も言わなかった。
僕は鼻で笑う。
「あなたもだよ?どうせ、他人の不幸で自分を鼓舞してるんじゃないの?“かわいそうな子を助ける私”って」
安い挑発に5人目のカウンセラーは眉ひとつ動かさなかった。
「私はただ、あなたと話したいだけです。仕事です」
「傾聴ってやつ? でも僕が仮に『ちんこ入れられました』『怖かったです』『辛かったです』って言っても『ちんこ入れられたんですね…』『辛かったですよね…』『夜は眠れていますか…』とか当たり障りないこと言って、僕から言葉を引きずり出そうとするだけでしょ?それを学校に報告して担任に報告して僕のために意味ある?担任の先生には内緒にしてねって伝えたこともあんたは容赦なく伝える。ネットに書いてた。そうなんでしょ?」
僕は痺れを切らしてカウンセラーの方に視線を向けた。
カウンセラーの目は今まで見たことない不思議な形をしていた。目…違う。いや、コイツは瞼が特殊なんだ。
カウンセラーは瞬きするたびに一重になったり二重になったり、三重になったりしている。瞼の皮膚が薄いからか。そしてその瞼の奥からは、怒りも悲しみも、全て押し殺して生きている空虚な瞳をしていた。
多分この女は今までのカウンセラーの中で1番マシなのかもしれない。
1人目のカウンセラーは、いかにもベテラン風を吹かしたBBAだった。カウンセリングは経験がものをいうのよ。あたしは肝っ玉母ちゃんよ。あなたのことなんてお見通しよ。そんな相槌が不愉快だった。僕の何を知っているんだ。僕ですら僕のことが分からないのに、なんでお前が分かるんだ。
2人目のカウンセラーは、本当に論外だった。僕の言葉をただ待ってオドオドしていた。僕が一言話すと、オウムのように復唱した。オウムと唯一違うとすれば復唱した内容に“?”をつけて返すところだ。つまり、2人目は僕に何て声をかけて良いか分からなくてパニックになっていたのだ。大人ってガキのまま時を重ねても大人になれちゃうんだと感心した。
3人目のカウンセラーはおじさんだった。喋らない僕に苛立っていた。箱庭療法をさせて打ち解けようとしているのが見え見えで気持ちが悪かった。
4人目のカウンセラーは、我の強い細身の女だった。今の5人目と雰囲気は似ている。ただ5人目との大きな違いは、僕の態度に対してあからさまに困ったように笑うのだ。心の中で「この子は傷ついているから仕方ないわ」と思っているのがバレバレなのだ。
この4人を踏まえたからこそ分かる。5人目はなんか違う。宇宙人だ。
それでも僕はここまで言ってしまったのなら、もう引き下がることができなかった。5人目も辞めさせてやる。
「カウンセラーなんてさ、結局“過去の自分”を救いたい人達の集まりでしょ?過去の自分を救えなかったから、今度は他人を使って救ったつもりになって。結局自分のためでしょ。いいよ。僕みたいなのは相手にしないで。恵まれた家庭環境のくせに悲劇のヒロイン気取ってるバカ女達のカウンセリングしときなよ。そっちの方がウィンウィンだよ」
2人しかいない部屋は更に静まり返った。
カウンセラーは一度だけ目を伏せ、何かを言いかけ、また黙り込んだ。
「なに僕が喋り始めるまで待つの?我慢比べ?そしたら僕は親に言うよ。あのカウンセラーは僕の被害にショックを受けて仕事をしないって」
また部屋が静かになると思ったら3時間目が始まるチャイムが鳴った。これでクラスメイト達とは50分は会うことはない。安心したからか、臓器がゆっくり下に落ちていく感覚がした。
僕の気が緩んだところで、
「………じゃあ私は仕事をしません」
カウンセラーはそう言って少し黙ったあとニヤリと笑った。
「は?」
「あなたに仕事をしてもらいます」
そう言ってカウンセラーはリュックに入ってあったクリアファイルから書類を1枚引っ張り出した。
僕は一瞬だけ黙ったあと、肩をすくめて目を逸らした。
「あ、仕事?」
そう言いながら、僕は窓の方を見た。窓といってもカーテンで閉じられているせいで外の景色は何も見えない。
大人に主導権を握られるのは気分が悪い。
意地でも自分のペースに戻したい。
カウンセラーは机に1枚の用紙を置いた。
「“守護天使セラピー”というものです」
予想だにしない“天使”という宗教ワードに引っかかり、思わずカウンセラーの目を再び見てしまった。
「何それ宗教?」
「いえ…心理療法の一環です。まだ確立していませんが…。私はこの心理療法を結構推しています」
「はぁ」
「どういうものか、もし興味があれば次回お話します。とりあえず今日は読むだけでいいです」
僕は一瞬紙に目を落としたがすぐに窓の方に戻した。
「ではまた来週。守護天使さん」カウンセラーはそう言って立ち上がり、部屋を出ていった。
残された僕は、一人ソファに沈み込んだまま、机の上の紙に目をやった。
《守護天使セラピー》
あなたが守護天使となり、困った人間を導き、支え、光となりましょう。
タイトルとサブタイトルを見つめながら、小さく舌打ちした。
「キモ…」




