天野聖がニーナだよ
僕と睦の部屋は、窓が大きくて海が見えた。
睦はスーツケースを投げ置きながら、 「いやぁ〜最高の1日だったなぁ!!!」 とベッドに飛び込んだ。
「……疲れた」
僕は靴を脱いでベッド端に腰を下ろした。
ユニバの爆音・歓声・光の残像がまだ耳に残ってる。心臓はもう少しだけ速い。
窓の外では、海風がカーテンをふわりと揺らしていた。
睦は「風呂入ってくるー!!」と大浴場へいそいそと出ていった。
静寂が訪れる。
今日いろいろありすぎた。
どれも冷静に整理できる気がしない。
僕は共有のリラックスルームに移動し、自販機で買った水を持ってベランダへ出た。
潮の香りが夜に混じって、ホテルの灯りが波に反射していた。
カップルや家族連れが1日の思い出を共有し合い、微笑みあっていた。
僕はそんな様子を横目で見ながらベランダの柵にもたれかかった。深く吸い込んだ空気はすこし冷たかった。
「……中島くん」
背後から、柔らかく、でもどこか張り詰めた声がした。
振り向くと―朝日がいた。
昼間よりずっと静かで、表情が影に包まれている。おかっぱのヘアスタイルはクラゲのようにユラユラと揺れ動いていた。
「…天野さんは?」僕は探るように聞く。
「コンビニ。お菓子買ってくるって。……すぐ戻る」
独特な間。
朝日は小さく息を吸った。
「……ちょっと、話したいことがあるの」
その「あるの」が、震えていた。
昼間とは違う、弱くて、でも覚悟を含んだ声だった。
僕も無意識に息をのみ、朝日の方へ体を向けた。朝日はすでにホテルの部屋着に着替えていた。白い上着がヒラヒラと風にたなびいていた。
「……朝日さん…その前にお昼のこと謝らせて」
「あぁ…いいの…そんなこと。それより貴方の手首傷つけて…ごめんなさい」そう言って朝日は90度に頭を下げた。
「良いんだ…でもなんで僕の手首の傷のこと知ってたの?」
朝日の指先が、手すりをぎゅっと掴む。
夜の空気に、朝日の吐息だけが溶けていく。
そして―
朝日はゆっくり顔を上げた。
瞳が真っ直ぐ、僕の目の奥を刺す。
「まず……結論から言わせて」
声は震えていて、でも腹を決めた人間の声だった。
「天野聖はニーナ。それで合ってるよ。合ってるんだよ中島くん」
夜の風が止まったように感じた。
ここから数年越しの答え合わせが始まる。




