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カゴメが舞い降りる

 任天堂エリアのゲートを抜けると、鈍色だと思っていた朝の風景が一気に色づいた。


 ブロック、緑の土管、クッパ城。子どもの頃ゲームで見た世界が、そのまま巨大化して目の前に現れていた。


 「うわー!!すげぇ!!」と睦がはしゃぐ声が響く。


 朝日は「はしゃぎすぎ」と呆れながらも頬が緩んでいる。


 天野聖は少しだけ笑って、写真を何枚か撮っていた。


 僕だけが、呼吸を整えるので精一杯だった。

 ニーナ(天野聖)が隣にいるから。


 ドンキーコングの新しいジェットコースターへ向かう途中、睦が叫んだ。


 「おっ、40分待ちだって!!走るぞ!!早く!!」


 走らされた。普通に辛かった。でも40分で乗れるなら悪くない。


 待ち時間は睦が完全に場を仕切る。


 「うちのイオリくんさ、全国模試に載ってんだぜ」と睦が自分ごとのように報告した。


 「いや…あれはたまたま」

 

 「中島くん、そんなに頭いいんだ…」と天野は目を少し大きく開きパチパチさせた。僕は恥ずかしくて、朝日のつけているミニオンのカチューシャに視線をずらす。


 それに気づいた朝日が睨み返す。


 「いや…そんな……天野さんも全国模試…国語1位おめでとう」


 「わぁ見ててくれたの?ありがとう」と言って天野さんは上品に微笑んだ。

 

 記念すべきニーナもとい天野ヒジリとの初会話は、浅い上部だけの会話だった。でもそれが本当に幸せだった。


 その後も来月の修学旅行の話や、ゲームキューブのドンキーコングのゲームの話で盛り上がり、気づけば40分があっという間に過ぎていた。


 叫んで、笑って、振り落とされて。


 ドンキーコングのコースターは予想以上にぶっ飛んでいた。


 「うわっ楽しかったー!」と睦の表情は少し赤くホクホクしている様子だった。


 「朝日、なんで泣いてんの?」と天野が心配そうに聞く。


 「泣いてない!!風!!」と朝日は目をゴシゴシさせる。多分怖かったのだ。


 僕は睦と乗って、朝日と天野は後ろの席だった。


終始後ろから「ぎゃあ激しい!」「高く…高くなっていく…」「え、線路ないよ!これどうなるの!?」と客としては満点の反応を朝日はしていた。


 コイツは憎めないな。


 ドンキーコングのエリアから少し歩いたところにトイレがあったから小休憩を挟むことになった。


 睦は「小便」と言って駆けていく。

 

 天野はポーチを確認して、「じゃ、私は飲み物買ってくるね」と去っていく。


 残ったのは、僕と朝日だった。


 「朝日さん、ティッシュいる?」と僕は泣きべそかいている朝日にポケットティッシュを差し出した。


 「お前のなんて要らない!」と言って朝日は鼻を啜った。


 朝日と2人きりだ。

 聞くなら今か。


 「ねぇ朝日さん。聞きたいことがあるんだけど」


 朝日は頬を膨らませながら振り向いた。

 さっきまでの楽しげな顔とは違う。警戒心の膜が一瞬で戻っている。どうやら僕が今から何を聞こうとしているのか分かっているようだ。


 「……何よ」


 「どうして君、守護天使セラピーのこと知ってたの?」


 「答えるわけないでしょ」


 即答。それが逆に決定的だった。


 「僕の腕を血だらけにしたんだ。少しくらい答えてもらってもいいだろ」と僕は言って左手首を朝日の目の前に近づけた。


 声が鋭くなる。

 自分でもびっくりするくらい冷たい声だった。


 ごめんね朝日。

 でも僕には時間が無いんだ。


 朝日は一瞬怯む。

 でも、すぐに強がりの仮面を戻した。


 「……知らない。きもい」


 誤魔化そうとしたその瞬間。


 僕の中の何かが、ぷつんと切れた。


 僕は朝日の日焼けた綺麗な手首を掴んだ。


 「ちょっ……な、なに……!?」


 返事を待たず、人が少ない横道へ朝日を引っ張った。キノピオカフェ近くのトイレを抜けた細い路地。


 通る人はほとんどいない。


 朝日は抵抗しようとするが、小柄な朝日じゃまず無理だ。


 僕は壁際へ追い込み、両手と片足で朝日の逃げ道を塞いだ。壁ドンとか、そういう甘いものじゃなかった。僕はあの時のレイプする男のように一方的に支配的に連れ込んだ。


 朝日は目を大きく見開いた。


 顔が赤くなっている。

 呼吸が速い。

 肩が震えている。 

 なるほど。朝日はそっち側か。


 「どうして僕がサリーだと知ってた?ねぇ朝日さん答えて」と自分の人生の中で最も優しく甘い口調で言った。


 「わ…えっと…わわわ」と朝日の頬の赤さが最高潮になった。


 いける。落とせるーそう思った時だった。

 


 『わぁイオリくん……共学に行ってから肉食になったのかな』




 背筋が凍った。

 睦じゃない…けど聞き馴染みのある男の声。

 1年半ずっとそばで聴き続けた声。

 僕にキスをしたルームメイト。


 僕は唾をゴクリと飲み込み、ゆっくりと声の先に振り向いた。


 制服じゃない。

 黒いシースルーのシャツにグレーのズボン、

 そして生まれつきの存在感。


 ニヤニヤした目。

 静かな笑み。


 その視線は朝日ではなく、“僕だけ” を真っ直ぐに射抜いていた。


 朝日が固まった。

 僕は震えた声で言う。


 「なっ……なんで……ここに……?」


 男は朝日を通り抜け、そして僕のほうへ寄ってきた。


 低い声で、ひとこと。


 「……やぁ、イオリくん」


 「カゴメくん…どうして君が」


 内藤カゴメが再び僕の目の前に現れた。ここUSJで。

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