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はじめまして中島くん

 「ねぇ睦くん…」


 「おーなんだ腹空いたか?スティックパンならあるぞ」


 「いやそうじゃなくて」


 「なんだトイレか?我慢しろよ。時間ガバガバだからどうせもうゲート開くぞ」


 「いや…睦くん。確かに僕は天野ヒジリと話したいって言った」


 「おん。ごめん人多すぎて聞こえん…!もっと声張ってくれ」


 「天野ヒジリと!話したいって言ったけど!!いきなりUSJはさ!!!」


 どれだけ声を張っても、睦にはほとんど届いていない気がした。だって今ここ、東京の満員電車以上の混雑だ。


 そう僕は今、USJの入り口前にいる。

 三連休の初日。

 修学旅行生、家族連れ、カップル、外国人観光客……ありとあらゆる人間が波のように押し寄せてくる。


 僕はその波の中で、ただ縮こまるだけだった。


 睦の「任せとけ!」という軽さだけで、ここに連れてこられた。

   

 「ニーナと話したいって言っただけなんだけどな……」


 ぼそりと呟くと、巨大な回転地球がぐるぐる回っていて、あれだけでかいのに妙に遠く見えた。


 ざわめきが胸に刺さる。

 左手首の包帯の下がじりじり痛んだ。


 睦はというと―


 「おーいイオリくん!はぐれるから気をつけろ!」

と相変わらず僕の腕をがっつり掴んでくる。睦の手は温かい。予想以上に。 


 振り払おうなんて発想が消えてしまうくらい、安心してしまう温度だった。


 「なんでムツミ!この男…中島イオリがいるの!?」


 甲高くて、周囲を惹きつける声。まるで息を飲むのを忘れたみたいな、切羽詰まった声だった。


 反射的に振り向くと―

 白いブラウス。

 水色のスカート。

 キャラクターショップで買ったっぽいミニオンのカチューシャ。


 そして、トレードマークと言わんばかりのおかっぱヘア。


 朝日だ。


 多目的トイレで、僕の手首に爪を立てたやつ。


 あの日と同じ目で僕を見上げていた。

 だけど、朝日の目からは怒りより先に怯えに似た光が浮かんでいた。


 「ちょ、落ち着け朝日。今日はイオリくんもいるって言ったろ?」と睦がなだめるように言った。


 「言ってない!絶対言ってない!」


 「えぇマジ?あ、じゃあ今日のユニバはイオリくんもいるから」


 「遅いってば!」


 ちなみに僕も朝日がいることは睦から教えてもらってなかった。だからこの件で悪いのは睦だ。間違いなく。


 そして睦と朝日が言い合いをして5分ほど経った時だった。


 「お〜い朝日…なにプンプンしてるのよ」と澄んだ声が後ろから聞こえてきた。


 振り向いた瞬間、世界が一段階、明るくなった気がした。


 すらりと伸びた手足。

 肩までのストレートヘア。

 まっすぐな瞳。


 光を吸い込むような透明な顔立ち。


 ……一瞬で分かった。


 「中島イオリくん、だよね。初めまして」


 その声は、中学の頃、便箋越しに毎日聞いていた声と完璧に重なった。


 ニーナ。


 名前が浮かんだ瞬間、心臓が跳ねた。


 その様子に、誰より早く反応したのは朝日だった。


 ガッ。


 急所の左手首を、朝日の指が掴んだ。


 「っ……!」


 電気が走るみたいに身体がこわばった。

 朝日は僕の反応を確認するように、爪をわずかに立てた。


 僕は反射的に朝日を睨んだ。

 朝日も睨み返す。

 火花が散る気がした。


 バカだな朝日。こんなところで自分がサリーなんて言うわけないじゃないか。


 「うわ、仲良しじゃん〜お前ら」


 睦が場違いなくらい明るく茶化す。


 その声で、聖が僕の方に向き直る。


 天野 聖。


 守護天使セラピーの向こう側にいた “ニーナ” が、今ここで僕を覗き込んでいる。


 近い。


 息が触れそうな距離で。


 聖は申し訳なさそうに微笑んだ。


 「実はね、私も今日中島くんが来るって知らなかったの。でも…4人だとアトラクションも乗りやすいし来てくれて嬉しい!」


 その瞬間。


 胸の奥がぎゅっと縮まった。


 綺麗だった。


 綺麗すぎて、自分の心臓の入れ物が壊れそうだった。


 声に、目に、指先の動きに。

 全部に、あの“ニーナ”を探してしまう。


 でも目の前の彼女は、手紙の中のニーナよりずっと大人で、ずっと強く見えた。


 だからこそ痛かった。


 「……初めまして。中島伊織です」


 声が少し震えた。

 自分のものじゃないみたいだった。


 聖はふっと安心したように微笑んだ。


 朝日を見ると、

 僕と聖の距離を確かめるように見比べて、

 ぎゅっと唇を噛んでいた。



 そんな様子を見て睦が手を叩いて声を張った。


 「よーし!行くぞ!一発目スパイダーマンだ!」



 「もうスパイダーマンないって!」

 朝日が突っ込む。


 聖は笑い、睦はテンションが高い。


 僕だけが違う時間を生きているみたいで、ふわふわした足取りのままパークの中へ押し込まれる。


 ―ようやく、話せる。


 ずっと会いたかった相手と。

 あの日、声をかけられなかった少女と。



 期待に胸を膨らませてUSJのゲートをくぐった。


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