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第11話:強力な味方-4

必死に逃げ回る僕は、脇目も振らずに痛む足を無理やり動かす。


喉はとっくに限界で、呼吸する度に血が混じった感触が伝わってくる。


だが、無茶をしてでも動かなければあの世行きだ。


身体中から滴る汗、今までの蓄積で悲鳴をあげる全身の筋肉。

全身から蒸気を吹き出し、走る僕を周囲の建物で出来た影が冷気で包み込む。


そんな僕に、一筋の光が見えた。


市街地の一本道の先、街の大通り(メインストリート)である。


「はぁ……はぁ……あそこまで行けば……。」


だが、そう上手くいくほど世の中は甘くなかった。


おってきていたシルバーバックに足を掴まれ、僕は無様に地面に倒れ込む。


全身に広がる痛みを堪え、震える手で地面から起き上がるとシルバーバックが悪趣味なまでに不気味な笑顔を見せつけたかと思うと、僕の身体は地面を転がっていた。


拳とおぼしき感触が胸にめり込んだかと思ったら、恐ろしい威力の打撃に数十m吹き飛ばされたのである。


肺から空気という空気を引きずり出された僕は両目を見開き、痛みに悶え地面に横たわることしか出来ない。


だが、見開いた僕の双瞳(そうどう)が飛びかかってくるシルバーバックを捉える。


息も絶え絶えな中、凶悪な破壊から逃れようとごろごろと場を転がった。

逃れてすぐに、一秒前にいた場所には僕の全身をすっぽりと覆えそうなクレーターが形成され、辺りには舗装されていた煉瓦の破片が散乱する。


このままではいけない、なんとかして立ち上がった僕を待ち受けていたのは今まで経験したことの無い地獄だった。


シルバーバックは渾身の一撃を避けられた怒りからか、僕へラッシュをお見舞いする。

血反吐を吐き、右に左に幾度となく衝撃が撃ち込まれる中、僕の意識は薄れていく。


シルバーバックと僕の能力(ステータス)は敏捷以外話にならない。


唯一張り合えたはずの敏捷(にげあし)は度重なる疲労で致命的なまでに落ちていた。


なんとか抵抗しようと右手にナイフを取りだし、構えるもシルバーバックは嘲笑うかのように僕の顔面に右ストレートを決める。


意識がグラりと揺れる中、思わず膝をつき痛みを堪えなんとか目を見開くと、弓なりに目を曲げ愉悦と悪辣に染まったシルバーバックの目が僕の双瞳(そうどう)に映る。


全身から放たれる悪意に、僕は恐怖する。

僕がこれまでいた優しい世界、常に誰かが助けてくれたのとはあまりにもかけ離れていた。


本来ならば、もっと早くに経験していただろう冒険者の洗礼……僕はまさしくそれを今、これ以上ないぐらい凶悪に受けていた。


なんとか心を奮い立たせようと歯を食いしばる僕は、それを不快に感じたシルバーバックに強烈な拳をこめかみに受けた。


──────────


一方的な戦いとも言えぬ戦いを繰り広げるクロウとシルバーバックの見世物(ショー)を見つめる視線があった。


「見殺しにする気ですか?フェアラート大臣。」

皇子(クロウ)は私が見込んだ、英雄の器だ。

こんなところでは死なないさ。」


大通り(メインストリート)の建物の一つ、その屋上から眼下に広がる無惨な光景を眺めるフェアラートは、直属の部下から冷ややかな目線を送られ、肩をすくめる。


皇子(クロウ)殿下の器を見定める……そう言っていましたが、そのためにわざわざこの惨状を?」

「ここまで被害が拡大するとは思っていなかったさ、冒険者や街の者たちには悪い事をした。」


その翠玉(エメラルド)の瞳はあまり悪いと思っていなさそうにクロウに釘付けだ。


「彼らへの保証金は貴方のへそくりから出しますからね?」と部下に言われたフェアラートはそれまでの憮然とした態度を一変させ、平謝りをし始める。


「待ってくれ、ヴォルケ!謝るからそれだけは許してくれ!」

「嫌なら街の修繕と、被害者たちの治療をしてきてください。」

ヴォルケと呼ばれた、グレーのローブに包まれた男はキッパリとフェアラートの懇願を切り捨てる。


フェアラートはなぜへそくりがバレているのか考える前に、没収されまいと動き出す。

収納魔法を使い仕舞っていた、太陽に照らされ白く輝く聖杖を高々と掲げると詠唱を唱え始めた。


「【今は遠い憧憬の地、愚かな私を見守る英霊よ、愚者の願いに今一度応え給え。この世の全ての災厄をうち払う慈悲で名も無き戦士たちを癒したまえ】!!」


迷宮都市全体を包む巨大な魔法陣が展開されると、傷ついた者たちの辺りに光玉が生まれ傷を癒していく。


魔法種族(エルフ)たるフェアラートだからこそ展開出来る魔法の一つ、全体回復魔法(エリアヒール)

一定領域のものたちを戦闘可能レベルまで治癒する強力な魔法が都市を覆い、モンスターたちによって傷つけられた者たちを癒す。


もちろん、クロウとて例外ではない。

シルバーバックにいたぶられ、もはや余力を失っていた彼に、気まぐれなエルフによって一筋の光が灯されたのである。


──────────


「はぁ……はぁ……。」


息を切らし、ダラダラと血を流すクロウ。

度重なる攻撃を受け、彼の体は限界を迎えつつあった。


軽装鎧はとうの昔に使い物にならず、下に来ていたインナーはところどころから無惨な傷跡を覗かせている。

彼が今、頼れるのはその手に握られた……度重なる戦闘によって刻まれた血塗られた剣のみ。


だが……彼の意思は剣より先に折れようとしていた。


「ぐっ……あぁぁぁ!!」


倒れた体を、剣を支えになんとか立ち上がる。

だが、それすらも嘲笑うかのようにシルバーバックはクロウを蹴り飛ばした。


かすれゆく意識の中、クロウには後悔の二文字が浮かび上がっていた。


……僕の攻撃も、敏捷(にげあし)も通用しなかった。

死力を尽くしてなお、ヤツには勝てないのか……?


僕は……負けるのか?


負ける……?僕が?


ここまできて負ける?


クロウの脳内に今までの出会い。

そして、支えてくれた人、信じてくれた人。

次々と走馬灯のように浮かんでは消える。


そして、彼は覚悟を決める。


「そんな事……できるわけが無いだろうが!!」


クロウは翼を授ける魔法(フリューゲル)を発動し、傷つく体を無理やり起こす。

覚悟を決めた彼に呼応するかのように、原因の一人(フェアラート)の回復魔法がクロウを癒し、力を与える。


湧き上がる力にクロウは少し困惑を見せるも、すぐに切り替えシルバーバックを睨みつけた。


「これで……決める!」


こめかみから流れ出る血は燃えるように熱く、心と共鳴しているように感じる。

震える右手を左手で抑えながら、シルバーバックに向け剣を構える。


おそらく、これが正真正銘最後の一撃になるだろう。

僕に戦える力はもはやない。

魔力もあとわずかもなく、文字通り死に体だ。


だが…ここで引く訳にはいかない!


狙うは、胸元の魔石!


失敗すれば今度こそ死ぬかもしれない。


しかし、覚悟を決めたクロウは口角をあげ、笑った。


「これこそが……冒険だろう?」


クロウとシルバーバックはお互いに駆け出す。

急速に縮まる双方の距離。


「うぁああああああああぁぁぁ!!」

『グルァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!』


互いの雄叫びが交わったあと、静寂が訪れる。


双方とも、駆け抜けたあと少し固まったかと思うと、パキンッという音と共にシルバーバックが膝から崩れ落ちた。


しかし……クロウはそれを見届けることなく、胸元から血が吹き出すと共に地面に倒れ込む。


「……終わった、のか?」


仰向けに倒れる彼に問いへの返事はもちろんない、沈黙だけがある。


しかし、すぐに静寂は切り裂かれる。


「「「わあ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"」」」


クロウの周囲から大歓声が上がる。

それは、彼とシルバーバックの死闘(たたかい)の行く末を見守っていた住民と冒険者たちの心からの叫びだった。


冒険者たちは、一人と一匹が繰り広げた死闘を静観し、そして熱狂していた。


彼らから見れば、新人(クロウ)の戦いは足元にも及ばぬような稚拙な戦い。


だが、彼らの心を掴んだのは命を燃やし、全てを捧げた少年が繰り広げた……まるで、御伽噺のような戦いだった。


冒険者たち(かれら)も歩んできた、かつての自分にあったもの。

安定というぬるま湯に浸り、冒険を忘れた彼らにとってこの死闘(たたかい)はあまりにも眩しいものだったのだ。


(やばい……目がチカチカする。)


そんなことを知らないクロウは死の淵に瀕しており、声を出すことすら出来なかった。

剣すら手放し、仰向けで血を流し倒れる彼の目に入ったのは仲間たち(さんにん)の姿だった。

ノエインはどこか誇らしげに、イオスとファロスは泣きそうな顔で覗き込んで来る。


「やったな、殿下……いや、クロウ。」


レッグホルスターから紫色のポーションを振りかけるノエイン。


どうやら普段僕が使っているような水色や緑色のポーションとは全くの別物のようで、振りかけられたと思ったら傷口がたちまち癒え、起き上がることが出来た。


「心配したんですよ、殿下。もっと大人を頼ってください!」

「イオス……。」

「もう無茶はしないでください!」

「ファロス……。」


勢いよく抱きついてきたイオスと、優しく僕の左手をギュッと包み込むファロス。

それを背後から見守り、僕の頭を撫でるノエイン。


生き残ったことに安堵した僕は、思わず涙が流れ出る。

とめどなく溢れる涙とともに、生き延びたという実感が溢れ出てきた。


そして、僕に釣られるようにイオスとファロスも大粒の涙を流す。


だが、僕たちの泣き声は周囲の歓声に掻き消され、誰にも知られることはなかった。


──────────


皇国歴1995年5月


迷宮都市にて発生したスタンピードは下層攻略中のS級冒険者パーティーたちによって最悪の事態を免れることとなった。

皇国第四皇子クロウが最後のモンスターを死闘の末に討伐、事件は幕を下ろすこととなる。


この事件はギルドの管理不行き届きが招いたこともあり、箝口令が敷かれることとなった。


よって、彼の死闘は現場に居合わせたものと、報告を受けた皇帝、そして大臣(フェアラート)麾下のものが知るのみである。

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